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1-4 私たちの歴史

「新入生の皆さん、初めまして。」


 ピンマイクを通して、彼女の凛、とよく通る声がホールに響く。吐息や乱れの少ない、聞いていて心地よい音だった。


「みなさん、おはようございます。在校生代表のスイレンです。私たち在校生はこの素晴らしい日に、200名の新しい仲間を迎えることができ、本当にうれしく、誇らしく思っています。」


 スイレンがそういいながら観客席に視線を回す際、一瞬コハルとも目が合った――確かに向こうはこちらを認識したようで、そこで視線を止めて瞬きをした。少なくともコハルはそう思ってどきっとした。


「みなさんはこれまでの14年間、あるいは15年間、この日を迎えるために様々な努力をしてきたと思います。人間としての行動、言語、文化、知識、知的操作――様々なことを学び、そしてよりよい生き方を身に着けてきたことでしょう。」


 相変わらず退屈そうにしている面々もいるが、聴衆の多くは彼女の声と視線に惹きつけられていた。


「それもすべて、みなさんがやがてこの新しい世界でふさわしい役割を見つけ、人類の未来に貢献するためです――ところで、そもそも私たちドールは、如何して生まれてきたのでしょうか?どんな歴史をたどり、人類とどのように共生してきたのでしょうか?」


 そこから先は、誰もが知っている有名な話だ。だが、しきたりとして何度も繰り返される。正直、たいして目新しいこともないが、コハルが自分の将来について不安になったときにその話を思い出すと、励まされるのも事実だった。


 人類が女児を生み出すことができなくなり、資源が枯渇して滅びかかっていた時、科学が起こした奇跡によってドールは誕生した。


 人類はドールに存続の希望を託し、彼女たちを育てるための巨大な構造的・制度的システムを構築し始めた。30年経って、システムは完成した――「新世界暦」の始まりである。


 その時以来、ドールは人類と手を取り合い、互いに支え合って生きてきた。


 そして100年余りが過ぎ、今日に至る。


「人類とドールは、決してどちらかが優れていて、どちらかが劣っているような関係ではありません。お互いがお互いを必要とし、共に支え合って生きなくてはならないのです。」


 決して人類の子孫を残すだけがドールの唯一の役割ではない。全てのドールに子を産むことを奨励していたこともあったが、それは70年前までの話だ。今は人口も安定し、社会が小規模ながらも安定して回るようになった。


「ヒトに生まれるにせよ、ドールに生まれるにせよ、それぞれ一人一人の個体に適応的な価値、すなわちかけがえのない個性を持っています。誰もがこの小さくも偉大な社会の中で、唯一無二の役割を見つけることができるのです。」


 勉強ができるドール、スポーツが得意なドール、オフィスで働くドール、みんなの前で歌って踊るのが好きなドール――


「赤でも青でも黄色でも緑でも――いろいろな色があっていい。多様性は無限です。そのひとつひとつが、あなたたち一人一人が、輝きを持ち、それぞれのやり方で、誰かを幸せにすることができるのです!」


 スイレンは前半の落ち着いた話し方から、次第に熱を帯びた抒情的な表現へと移っていく。彼女にとってはこの「声」が個性であり、天賦の才能なのだ。

 その言葉を聞いている何万人もの者の心の中に、各々様々な感情が沸き起こる。


 それぞれのやり方で、誰かを幸せに――


 その後も色々な話が続いたが、コハルはもはやほとんど集中していなかった。ただひたすら、スイレンの顔と声に魅せられてしまっていた――


 頭がぼうっとする。体の奥が熱くなってくる――


 やっぱり。


 コハルはさっきスイレンと会った時から、どうも自分の体が勝手に反応すると思っていた。


 ――どうやら、恋に落ちてしまったらしい。


 

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