4-5 人気者
「はぁ…………寿命が縮まるかと思った……。」
コハルは自分の部屋のベッドに体を投げ出し、息を整えていた。
どうしよう、まだ体が落ち着かない……。
時々普段から、こういう気持ちになることはあった。でも今日は、それにしてもやっぱりおかしかった。
スイレンと一緒に並んで走る。耳元でスイレンの声を聴く。汗と香水の匂いが混ざり合う。腕や足の関節に触れられながら、体の動きを教わる――
正直に言うと、その距離感に耐えるのは結構つらくもある。
普通に接したいのに接することができない。動揺していることを悟られないようにしないといけないし、なんというのか……背徳的だ。
でもいつも、これは練習なのだから、しょうがないのだと自分に言い聞かせている。
やっぱり、好きだから…………そう言う気持ちに、なっちゃうのはしょうがない、のかな……。
「……………………体が、熱い、よ……。」
そうだよね、やっぱり、体がこうなってるって言うのは……私は、《《そう言うタイプ》》のドールなんだよね、きっと――
一瞬の、違和感。
本当にそれだけ?
もっと、色々な「楽しい」が混ざっていた気がする。
私のこの、先輩に対する気持ち、は
――疑問が言語として頭に浮かびあがりそうになったその瞬間、室内が青色に染め上げられた。
優しいオルゴールの音色が流れ出し、天井にピコンッ、とメッセージが浮かび上がる。
「コハルさんの乙女ゲージが最大に達しました!乙女の時間です♡」
あ。
その瞬間、コハルの揺れていた気持ちはすぐに、一つの意味へと集約される。
「どうしよう……もう、我慢できないよ……。」
熱に浮かされるように、口が決まりきった《《独り言》》を発する。
言葉が先に。その次に体が。そして感情が――《《その通り》》になっていく。
思考が停止する。しかし論理は淀みなく紡がれていく。意識はむしろ明晰になる。
やりたいことはただひとつ。はっきりしていた。
空中に《《実在しない》》スイレンが、ホログラムで映し出される。
スイレンは現実では言わないはずの甘い台詞でコハルに呼び掛け、誘いかける。
コハルはその姿に視線を釘付けにさせられたまま、次第に息を荒くしていく。
胸元をはだけ、スカートを足元に下ろす。
完全に自動的に、しかし完全に思った通りに、手が指先が動いていく。
これは訓練された行動。
幼少期に何千回も、性教育ロボットによって刷り込まれた幻想。
そこに分類が難しい感情の機微など、何もない。
恋愛は恋愛。ならば行動のリストは決まっている。
例えよくわかっていなくとも、それが自分の気持ちなのだと、思い込んでさえいればよいのだ。
リアリティ、すなわちわかりやすさこそがリアルを作る――それで《《彼ら》》は満足する。
特定の周波数により、脳内麻薬の分泌量を引き上げていく。
コハルはまるで別人のように、ただただ暗記した通りの甘ったるい抽象的な愛を語り、わざとらしい嬌声を上げ続ける。
…………画面の外。
去勢済みのガブリイルは、コハルのそんな姿を見ても、何も感じることは無い。
画面いっぱいに広がる少女の痴態を飼育箱の中の昆虫のように無感動に観察し、携帯食料をぼりぼりと齧る。
高額な会員費の「裏配信」のコメントの盛り上がりを死んだような目で一瞥し、カメラワークをタイミングよく切り替えていく。
豚どもめ!お前たちの「好き」も、マスターベーションのオカズも何もかも、僕たちが演出して設計してやってるんだよ……!
ドールたちを崇め、視線を奪われ、欲情し、縋りつき、特定の個体にこだわって望みの展開に金を賭け、延々と無意味な「批評」を垂れ流し続ける――
ガブリイル達監視員は、彼らのようにドールに踊らされたりしない。たとえ社会的地位は視聴者たちの方が上でも、実際には感情も欲望も、監視員たちがすっかり支配している。
そう、監視員こそは全てを上から見下ろし、世界の構造を俯瞰できる特権を持っているのだ。ガブリイルたちは躍らせる側なのだ!
視聴者を――そしてもちろん、偉大なドールたちをも!
「…………いやぁ君たち、ほんとに大人気だねぇ!おかげで僕達、あっという間に出世しちゃうよぉ。」
画面の向こうで蠢くコハルに向かって、ガブリイルは乾いた笑い声を上げる。
毎日どこかしらの監視員が、世界中のドールに対して同じ業務を繰り返しているのだった。




