3-5 私のこと嫌いなんでしょ
2か月後。コハルたちのグループはそれぞれの作業を順調に進めていた。
キャサリンの忍耐のおかげでもある。コハルは戦々恐々としながらも,何とかうまく行けるかな、と思っていた。
そうは言ってもカミラは相変わらず、他のメンバーに対し苛立ちを抑えるので精いっぱいだった。他の二人だけでなく,コハルの自信のない話し方も気に入らないらしい。
加えて彼女はヘレンに謝罪をしておらず,話しかけもしない。実際、ヘレンは全体の進捗にはあまり貢献していないので,あまり話しかけずに済むのだった。
だが、そんな気まずい中でも,カミラ以外のメンバーは仲睦まじく,お互いに助け合いながら活動していた。ヘレンも二人のサポートと空き時間のフル活用によって,語彙力や読解力が少しずつだが確実に向上していた。
……だが,そうしてにこにこしながら「頑張ります!」と息巻く彼女の姿は,むしろカミラの神経を逆なでしていた。
「やっぱりヘレンは,ふわふわがいっぱいなお洋服が好きですぅ!」
「似合いそうだよねー,ヘレンちゃん自体,マシュマロみたいでかわいいもん。」
「えへへへっ……。」
「ん~,アタシはそう言うの苦手だなー。ひらひらしてんのって邪魔じゃん。就職してからも,休み時間とかすぐバスケやりたいし。やっぱり動きやすいのに限るわー。」
「あー,キャサリンちゃんらしいね……そしたら,ズボンとかの方がいいのかな?」
「…………いや。ズボンは,一時期好きだった気がするけど……なんで……あ,あれじゃん。スカートの方が解放感あるからじゃない?」
「そ,そっか……でも,短いスカートだと――」
「ていうかさ,コハルはどういうのが良いわけ?」
「え,わ,私は……実は、あんまりよくわかってなくて……私服は普通に無地のワンピースとか,落ち着いた奴が多いかな……。でも、好きって程じゃないし……。」
「なんだよ,はっきりしろよぉ~。」
「うーん……。」
「服自体が好きじゃなくてもさ,どういう風に見られたいとかないの?」
「どういう、風に……。」
「うーん,それも大事ですよねぇ~……。コハルさんは,スイレン先輩の好みの服を探さないといけないのです!」
「うん……って,え!?へ,ヘレンちゃん,今なんて!?」
「え,だからぁ,スイレン先輩の好みの服を……。」
「は?え、お前……そう言うこと!?おいおいコハルぅ!なんだよぉ、そういうの消極的なタイプかと思ってたぜ!」
「いや,あの,ちが……!べ,べべ別に,そこまで積極的じゃないし……。」
自分の髪以上に濃い色に顔を染めるコハルを,ヘレンとキャサリンがはやし立てる。
「ヘレンの目はごまかせませーん!コハルさんはもう『ぞっこん』なのです!」
「うえぇ,やめてよぉ……ていうかヘレンちゃん,なんでそんな言葉だけすぐ覚えるの……!」
そんな会話の外で黙っていたカミラは、さきほどから肩を震わせていたが,とうとう我慢の限界とばかりに机を叩いて立ち上がった。
「――いい加減にしてよ!」
「あっ…………。」
キャサリンは舌打ちをし,ヘレンはびっくりしている。コハルは「やってしまった」と思った。
「さっきからあなたたち,真面目にやる気あるの!?関係ないことまでしゃべって、ふざけて……。」
「お前――」
キャサリンが何か言いかける。
「――大体,私にだけまだ、少しもしゃべらせてくれてないじゃない……。」
キャサリンが「あっ」と言う顔をし,ヘレンはまだ困惑していた。
「……どうせみんな,私のこと嫌いなんでしょ……?いつも口うるさくていけ好かない奴だって思ってて,避けてるんでしょ……。」
……やっぱり。
コハルは今,カミラの涙ぐんだ顔を見るよりずっと前から,誰よりも早く察していた。
カミラはずっと、寂しかったのだ。
プライドの問題だけではない。ヘレンに対する気まずい思いや,キャサリンに嫌われているという意識でずっと,彼女は打ち砕けた会話をすることに引け目を感じていたのだ。素直に仲良くしたいと言えずに,孤独感を味わっていた。
「別に,それはそれで良いわ……。でも,わざわざそんな,これみよがしに楽しそうにしなくたって!」
「ちょ、ちょい待った!別にそう言うつもりじゃねえって。いや確かにアタシは,お前のこと気に入らねえけどさ,でも仲間外れとか、そう言うの嫌いだし……。」
「そ,そうだよ。私は,カミラちゃんとも仲良くしたいって思ってるよ……。」
「別に、無理しなくていいから……。」
「無理って……違うだろそれは!単にお前の方がアタシ達に話しかけてこないじゃんか!どうしろってんだよ!?」
「…………っ!」
明白すぎる正論だったが,カミラはその言葉に今さら気づかされたかのように目を見開き,すぐに下を向いた。
そして授業中にも関わらず,何も言わずに教室の外に走り出す。
「おい,待てよ!まだ話は終わって――」
「キャサリンちゃん,もういいから……。今は,そっとしておいてあげよう?」
コハルはそう言いながらも,自分は彼女にどうしてあげればいいのか、またわからなくなってしまっていた。