3-3 チーム
「はああああぁ~っ,あいつほんっとにうっぜぇっ!」
カフェテリアでキャサリンはふんぞり返って吠える。
「キャサリンちゃん,机の上に足載せちゃだめだよ……。」
「あ,わりー。」
コハルに言われて,キャサリンは素直に足を退ける。カミラに言われた時とは態度が大違いだ。
「うう、ごめんなさいみなさん。こんなに迷惑かけて……。」
ヘレンがまたしょぼくれながら言う。
「おまえさぁ,ふにゃふにゃしすぎなんだよ。だからなめられんだよ。あんな奴ぶっ飛ばしちまえばいいのに,なぁ!?」
キャサリンは空中を殴りながらコハルに同意を求める。
「だ、駄目だよ……仲良くしようよ……。」
グループの面子で集まって昼食を取ろうと言う時に,カミラだけがこの場にいない。
「仲良くっていったてさ,あいつが自分でアタシたちのこと見下してんじゃん。コハルも他の授業で似たようなことあっただろ?」
「う~ん,まあ,そうだけど……。」
確かにカミラは、他人の失敗や努力不足に対して厳しいことが多い。でもコハルは,彼女がその倍以上の厳しさを自分に向けているのもわかる。
それにコハルが見る限り,カミラはそこそこ面倒見がいい子だ。あんな風にきつい態度を取るのは,ヘレン以外の相手では見たことが無い。
やっぱり,個性の相性っていう奴なのかな……。
「……でも,カミラちゃんはその,真面目過ぎって言うか,ちゃんとやらなきゃって思いすぎてるだけって言うか……こっちから先に優しく接すれば,仲直りできるんじゃないかな……。」
コハルは恐る恐る提案する。
「……それって,アタシに歩み寄れって言ってる?」
「っ……いや、別に,命令とかじゃないんだけど……そうしてくれた方が,私もうれしいし,へ,ヘレンちゃんも,二人が仲直りしてくれたら,泣かないで済むし……だよね?」
「そ,そうれふ……!れも,あっふぁりわたひふごふごふご」
「ちょっと待て,何言ってんのかわからん!ていうか一人で食ってんじゃねぇ!」
キャサリンに吠えられ,ヘレンは慌ててコッぺパンを飲み下す。
「うぐぅっ……その,だから,仲直りは,して欲しいけど……でも,私が勉強苦手で,迷惑なのは変わんないから……ほんとに,ごめんなさいって、言う感じで……うう。私って,前からずっとこんな感じで……何にも、ひぐっ,できなくて…………。この先もずっとこのままなのかな、って……。」
言っている間に,ヘレンはまたぽろぽろと泣き出してしまった。コハルはてっきり,彼女はマイペースな子なのかと思っていたが,実は相当気にしていたらしい。
保育園では,教育ロボットが秒単位の行動で指導をしてくれたが,初等教育教室ではどの教科もある程度同じ内容を教えるものの,達成度はそれほど考慮されない。ドールの能力に合わせて,できるだけ得意なことを伸ばす方針だ。
コハルも,なかなか思うようにいかなくて歯がゆい気持ちと言うのは、痛いほどわかる。キャサリンはできないことに頓着しないらしく,「気にすんなよ,適当にやればいーだろ。」などと言って励ましているが……。
今この場面で,コハルがするべきことは――
「あ,あのさぁ,ヘレンちゃん。」
「はいぃ?もぐもぐ」
ヘレンは泣きながらもしっかり口にはベーコンを咥えていた。コハルは拍子抜けする。……こう言う間の抜けた行動のせいで、彼女の涙が真剣なのかどうかがわかりにくくなるのかもしれない。
「た,食べながらで良いよ……。あのね、ヘレンちゃん。もしよかったら,私が勉強教えようか?」
「はぇっ?教えるって……。」
ヘレンは首をかしげる。文脈でコハルの言っていることがわからなかったようだ。
「だ,だからさ,コハルちゃんは,言葉を覚えたり,数学解いたりするのが苦手なんでしょ?だから,もし私でよければ,教えてあげようかな,って……。」
ヘレンは数秒沈黙して,
「え……あ,そっか。そんなの,ありなんだ……。」と低くつぶやいた。
そしてすぐにそれをかき消すように,目を見開いて大げさな笑顔で叫ぶ。
「え~~~~っ!本当にいいんですかぁっ!」
「う、うん……。わ,私も勉強はそんなに得意じゃないけど……最近,友達に数学教わって,ちょっと克服してきてるし。」
「うわぁすごい,コハルさん女神さまですぅ。是非お願いしますぅっ!」
「そ、そんな、大げさだよ……。」
「…………よしっ!じゃあわかった!あたしも手伝ってやる!」
キャサリンがそこに加わった。
「アタシは最強だからな!どの教科もそれなりに得意だぜ……化学と数学以外は。あ,選択してない教科は勘弁な!」
「えっと,とりあえずは言語と歴史だけでいいんじゃないかな。調べ学習に必要なのは……。放課後とか,時間ある時に自習室で勉強しようよ。」
「うぅっ,ありがとうございます,二人とも……ヘレン,大感激ですっ!」
「だからお前大げさだって。アタシたちチームだろ?助け合うのは当たり前だぜ!」
キャサリンはヘレンと無理やり肩を組む。
「そうそう,『困ったときはお互いさま』だよ……頑張ろうね,ヘレンちゃん。」
「はい!」
ヘレンは屈託のない笑顔で叫ぶ。
その後ろを歩いているエリーが,そっとこちらを振り返る。そして,コハルに向かってそっと微笑んだ。
口元の動きが,「頑張ってね。」と言っていた。
……よし,私も頑張ろう!
人間関係は難しいし,苦手なことをできるようにするのも難しい――それでも,友達と一緒なら、何とかなる気がした。