3-1 1年C組
「セルフデザイン」――フェーゲライン愛嬢希望学園において,入学時から三年間続く必修科目である。ドールたちが文化活動・特技・職業選択などについて「自分らしさ」を研究し,自己像を確立するための科目だ。一年生が受ける「I」において,最初に課される課題は――
『みなさんにはヒトの女性の『ファッション』について文献調査し,その分類や歴史についてレポートにまとめていただきます。その上で,グループの各メンバーに自分でコーディネートしたファッションを身に着けてアピールをしていただきます。』
「は~っ,めんどくせぇ……!」
キャサリンが机の上に両足を載せてうなる。短いスカートから下着が見えているが,気にしている様子は無い。彼女が見た目に一切気を使っていないことは誰もが見て取れるだろう。
「ちょっとやめて。態度悪いわよ。これからグループで協力しなきゃいけないのに……。」
そんな彼女を睨むのは,対照的に皺ひとつない袖の長い制服を纏う優等生、カミラだった。
彼女たちはどうも馬が合わないらしく,授業中ことあるごとに敵意のこもった視線を交わしあっている。……無理もない。
「えへへ~,初めてのグループ活動ですねぇ……ヘレン,楽しみです!しかも,これから三年間ずっと一緒なんですよねぇ。よろしくお願いしまぁす!」
「……ええ,よろしく。」
ふわふわの金髪に似合うような,ふわふわした人懐こい笑みを浮かべるヘレンに,カミラが複雑そうな顔で答える。あまりにもふわふわな雰囲気についていけないようだった。
コハルも少し戸惑っていた。このグループは、きちんとまとまることができるだろうか,と。
しっかり者のカミラがリーダーになったからと言って,大丈夫とは言えない。
キャサリンは見ての通り反骨心が強い。一方コハルはと言えば自信もコミュ力もないのでどれくらい貢献できるかわからない。
ヘレンのことは……コハルはよく知らなかったが,かなり有名なドジっ子らしい。
入学式の時,一番最後に遅刻してきたのが彼女だったそうだ。曰く,「夢の中で食べてたパンケーキが美味しすぎて~、つい、起きるの忘れちゃったんですぅ。」とのことだ。
数学系の授業は全く理解しておらず,いつもノートに絵を描いて終わっているらしい。
コハルは毎回エリーの助けで何とかサバイブしているのだが……ヘレンほど何も気にせずに構えていられるというのは,羨ましくもある。
「……とにかく,まずはみんな,もらった資料をちゃんと読んで。」
「あ,はい。」「は~い。」「お前に命令されなくてもできるっつーの!」
カミラはキャサリンに我慢ならず、やや苛立っている様子だった。
だが,今回はあくままで初回。話し合いと言うよりは,各自がデータベースを使った調べ学習が中心だ。
キャサリンちゃんとカミラちゃんが喧嘩することもない、よね……。
コハルたちはコンソールを使って,アーカイブ上の古今東西あらゆる情報にアクセスすることができる。
ただし,旧世界のいわゆる「インターネット」とは仕組みが違う。どちらかと言うと,「図書館」に似ているだろうか。
この世界の電子空間上の文書情報は全て,SERIESのデータアーカイブに保管されている。個々のコンソールがサーバーを介して文書にアクセスする際に,端末と文書の情報を組み合わせた請求番号を送る。そしてアーカイブがその都度アクティヴになり,該当する文書データを探し当てて送り返す。
そうは言っても,閲覧に必要な操作はインターネット同様,キーワード検索のみだ。請求番号はセキュリティのため毎回ランダムに変わるので,覚える必要はない。
加えて旧世紀の世界に関する情報は,新世界語《ノヴァ・エスペラント語》とドールの教育水準に合わせてかなりわかりやすく再編集されている。決して難しいことなどない、はずなのだが……。
「すいませーんカミラさぁん,これ、なんて読むんですかぁ?」
「『萌え袖』。ローマ字は初等教育教室で習ったはずでしょ?」
「あー!ローマ字かぁ……ごめんなさい。エスペラント語かと思ってたあ。」
「……あなた,さっきからなんで私にばっかり質問するの?自分で調べればいいじゃない。」
カミラが机に肘をつき,頭を抱えながら言う。さっきからヘレンにレベルの低い質問を繰り返し投げかけられてきたせいで、自分の作業が一向に進んでいなかった。
「あ~,ごめんなさい。だってカミラさん,頭よさそうだし―。」
「頭よさそうって…………あなたが馬鹿なだけじゃない。」
「「っ!」」
……キャサリンとコハルは凍り付いた。