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新たな旅立ち

晴れ渡った空は青く。

入道雲がモクモクと育っていた。


東雲夕矢は8月大半を津洗のバカンスで過ごし久しぶりに家へと帰宅したのである。

夕矢は家に入りリビングに荷物を降ろすと

「はぁー、楽しかった」

とう~んと身体を伸ばした。


津洗から東都電鉄での帰宅である。

一時間ほどの乗車時間であったが、やはり家に帰るとホッとして気が緩む。


椅子に座ってテーブルに頭を乗せた。


夕弦はそんな弟を笑んでみて正面に座ると

「夕矢」

と名前を呼んだ。


夕矢はそのままの格好で

「なに?兄貴」

と返した。


夕弦は彼の頭を撫でながら

「大切な話があるんだ」

と告げた。


夕矢は頭を上げて座り直すと

「ん」

と夕弦を見た。


夕弦は弟を見つめて

「お前のことは末枯野に頼んでおいたんだが」

暫く末枯野と暮らしてほしい

と告げた。


夕矢は「は?」と首を傾げた。


背後の窓から夏独特の強い日差しが射し込み長い影を部屋の中に作っている。

光と影とが部屋を彩っていた。


夕弦は驚く弟に

「俺は当分…一年か二年か…わからないが帰れない」

色々なところを回らなければならない

「そこで色々調べなければならない」

だから

「お前のことは末枯野に頼んでおいた」

高校2年だ

「来年は受験もある」

行きたい大学に行ってお前の進みたい道を進んでほしい

「必ず帰ってくるから」

と告げた。


光が…音を吸い込み静寂を広げる。

夕矢はまるで時が止まったような錯覚さえ覚えていた。


夕弦は立ち上がると

「大切な仕事なんだ」

許してくれ

と告げて背を向けた。


夕矢は夕弦が去った後も暫くずっと椅子に座っていた。


まるで。

いや、そうなんだろう。


夕矢は今自分が捨てられた犬のような顔をしているんだろうと何処かぼんやりと考えていた。


写真推理


陽が傾き荷物が小さな音を立てて床に落ちた。

夕矢は「あ、荷物仕舞わないとな」と立ち上がり洗濯物は洗濯機へいれ勉強道具を自分の部屋へと持って行った。


出発前に貰った夏月直彦の小説。

学校の宿題。


だけど。

だけど。


夕矢はハハハと笑うと

「結局、小説読む暇もなかったし宿題も…やってないな」

と呟いた。


海水浴をして。

お土産買って。

冒険して。

あの事件騒ぎだ。


だけど。

兄の夕弦はあの写真の頃の笑顔で過ごしていた。


それが。

嬉しかった。


今まで仕事と言って帰ってこない日もあったが数日で帰ってきていた。

兄が一年、二年と言えば本当にそうなのだろう。

いや、もしかしたらもっと長くなるのかもしれない。


夕矢は机の椅子に座り

「いつ…そんな仕事が入ったんだろ」

と呟いた。


しかも、兄がそこまで決意を固めるなんて…と思い、白露允華や夏月春彦、松野宮伽羅と自分が弟チームとして集まっていた時に兄の夕弦も夏月直彦や末枯野剛士、津村隆、白露元たちと兄チームとして話をしていたことを思い出した。


兄の夕弦を動かせるのは夏月直彦か津村隆だけである。

津村隆の父親である津村清道こそが夕弦の雇い主なのだ。


恐らくそこで話が出たに違いない。


夕矢は立ち上がると携帯を取り出しLINEを入れた。

それに対して直ぐに返答があった。


『20日に帰るから21日でも大丈夫かな?』

夕矢はそれに

『大丈夫、急にごめんな』

と返した。


夕矢はLINEを見て

「3日後か」

と言い、ベッドへと身体を投げ出した。


翌日、末枯野剛士が家へとやってきた。

昨日の話のことで来たのだ。


夕弦は彼に

「夕矢には話した」

と言い、夕矢を見た。


夕矢は末枯野に

「お世話になります」

末枯野のおじさん

と告げた。


そして、夕弦を見ると

「で、兄貴はいつ行くんだ?」

と聞いた。


夕弦は少し考えて

「色々準備もあるからな」

25日くらいを予定している

と告げた。


夕矢は話を聞いた後だと安堵の息を吐き出すと

「わかった」

と答えた。


末枯野は夕矢を心配そうに見て

「大丈夫か?」

夕矢君には絶対に不自由な思いをさせないからな

と優しく告げた。


夕矢は末枯野を見ると頷き

「俺、兄貴の次に家族だと思ってるの末枯野のおじさんだから」

と笑顔で告げた。


末枯野は静かに笑むと

「そうか、それは嬉しい」

と返した。


本音である。

両親を亡くして兄と二人きりになった。


その中でずっとずっと自分たちを気にかけて家に訪れてきてくれていたのは末枯野だったのだ。


夕矢は笑顔で

「じゃあ、宿題するから」

津洗じゃ結局宿題しなかったからな

と自分の部屋へと入った。


笑顔で言いながら心はぐちゃぐちゃである。


夕矢はそれでも何があったのかを聞こうと決めると三日間黙っていつも通りに行動した。

宿題をしなかったのは救いであった。

宿題をすることで誤魔化すことが出来たからである。


三日後。

夕矢は高砂駅に降り立つと夏月春彦と落ち合った。

「悪いな、バカンスの最中に」


春彦は首を振り

「良いんだ」

直兄が連れて来いって言ってた

と告げた。


夕矢は目を見開くと

「え?」

と驚いた。


春彦は夕矢を見つめ

「それとなく聞こうと思ったら直兄がちゃんと話をするって」

と告げた。


夕矢は小さく頷いた。


春彦は笑顔を浮かべると

「俺も今月中に九州へ行くことになった」

と告げた。


夕矢は驚き

「は?」

と目を見開いた。


春彦はゆっくり歩きだしながら

「俺と直兄は血が繋がってなくて…あの島の事件でカメラやってた人が俺の本当の兄だったんだ」

九州の本当の家に行くんだ

「直兄にそうしろって言われて…その時はショックだったけど」

と真っ直ぐ前を見ながら話を続けた。


「俺は自分のルーツを見てこようと思ってる」

ただ一つ

「俺が直兄の弟だってことだけは譲らないから帰ってくるけどな」


知らないところで知らないモノを見てくるのも必要だと思うから

「それが避けられない血の宿命なら」


夕矢は驚きながらも

「なんか、俺凄い子供みたいな気がしてきた」

とぼやいた。

「兄貴が仕事で1年か2年か…帰らないって話を聞いて心がぐちゃぐちゃになってこんな風に騒いで」


春彦は笑いながら

「俺も泣いた」

と言い

「直兄に捨てられた子犬みたいな顔するなって言われた」

と告げた。


「けど、そう言う気持ちになるだろ?」


夕矢は頷き

「なる」

と答えた。


「けど、知らないところへ行って知らないものを見て…か」

俺がさ

「兄貴と一緒に行くって言ったら結構甘えん坊だって思う?」


春彦は「思う」と答えたものの

「でも、俺も今なら直兄がそう言う状況になってどうする?って聞かれたら行くかもしれない」

と告げた。


「どういう気持ちで行くかだよな」


夕矢は笑顔で

「さんきゅ、春彦さん」

と告げた。


直彦は二人が戻ると夕矢を見て

「想像していたのと違う表情だな」

と告げた。

「もっと捨てられた子犬のような顔になってると思っていたが」


夕矢は笑顔で

「先まではその通りでした」

と答え

「でも俺、兄貴について行こうと思ってる」

と告げた。


「将来は決めていないし、まだ見えていないけど」

兄貴と一緒に

「知らないところを見て、知らないことを知って…俺がどうしたいのかを決めようと思う」


直彦は春彦をちらりと見て小さく笑みを浮かべた。

そして、春彦に

「春彦、お前は席を外してくれ」

と告げた。


春彦は頷くと

「じゃあ、買い物行ってくる」

と家を出たのである。


夕矢はコクリと固唾を飲みこんだ。


直彦は夕矢を見つめ

「あるがままの話をする」

ただ

「それは君が東雲の弟だからだけでなく俺が君を信頼できると思ったからだ」

他言無用で頼みたいが

「君が話せば俺の見る目がなかったということなだけだがな」

と告げた。


夕矢は反対に

「だとすれば、その信頼を裏切れば…俺は自分でただそれだけの奴だったて思うことになるってことだよね」

と呟いた。


直彦は静かに笑むと唇を開いた。

夕矢はその話を静かに聞き、直彦の表情から真実を話しているのだと確信した。


心は、決まっていた。

春彦の話を聞いた時から決めていた。


だが、直彦の話を聞き更に固まったのだ。


夕矢は話を聞き終えると

「俺、兄貴と行きます」

と告げた。

「手伝うとかそんなことできないけど…次の世代として目をそらさずに事実を見てくる」

何が起きてきたのかを


直彦は頷き

「東雲のことを頼む」

夕矢君

と告げた。


夕矢は春彦が戻ると

「今日はありがとうな」

と笑顔で告げた。


春彦はそれに頷き

「夕矢君の気持ちが晴れたなら良かった」

と答えた。


家に戻ると夕矢は夕弦に

「俺も一緒に行く」

反対してもいく

と告げた。


夕弦は夕矢の顔を見て

「何故急にそんなことを思ったんだ?」

何かあったのか?

と聞いた。


夕矢はそれに

「兄貴は俺の進みたい道を進めって言ってくれた」

俺はまだ何も将来が見えていない

「なりたいモノも何も」

けど

「兄貴と一緒に知らないところで知らないものを知って…探していこうと思ったんだ」

と答えた。


直彦から聞いたことを言うわけにはいかなかった。

例え兄であってもだ。

今言った理由も間違いなく自分の本心だ。


夕弦はじっと見つめると

「高校中退になってもか?」

と聞いた。


夕矢は笑顔で

「大学検定を受ける」

それで大学には行く

「いつか」

と答えた。


夕弦は暫く夕矢と睨み合いながらやがてふぅと息を吐き出し

「夏月の見る目は確かだな」

と手を伸ばすと頭を撫でた。


「この家に帰るのは何年後になるか分からないぞ」

いいか?


夕矢は笑顔を作ると

「俺の家は兄貴といる場所だろ?」

ここも大切な家だけど

「兄貴がいなかったらマンションの一室なだけだ」

と答えた。


末枯野は連絡を受けて飛んでやってくると

「そうか」

と小さく笑った。


「そんなことになるかと想像はしていたが」

俺は少し寂しいな


夕矢は末枯野に抱きつくと

「ありがとう、末枯野のおじさん」

でも

「末枯野のおじさんが家族だって思ってるって話は嘘じゃないから」

俺、ずっとずっとそう思ってたから

「きっとこれからもそうだ」

家族なら離れていても家族だろ?

と告げた。


末枯野は抱きしめ返すと

「そうだな」

だったらちゃんと定期的に連絡よこしてくれ

「いいな」

二人とも俺の家族だからな

と告げた。


夕矢も夕弦も大きく頷いた。

翌日、夕矢は尊と貢と冴姫をLINEで呼び出して北千住駅で落ち合った。


そこのショッピングモールにあるフードコートで集まり

「俺、高校辞めることにしたんだ」

と告げた。


それに全員が目を見開いた。

尊は顔をしかめると

「何かあったのか?学校辞めないといけないほどのことが?」

俺で力になれることがあったらなるからさ

「辞めるなよ」

と告げた。

貢も「そうだよ、俺も力になるから」と心配そうに告げた。

冴姫は黙ったままジッと夕矢を見つめた。


夕矢は三人を見て

「ごめんな、でも俺の意思なんだ」

俺は兄貴と一緒にまだ見ていない知らないものを見て知って

「将来生きていく道を探していこうと思ったんだ」

三人と会えなくなるの寂しいけど

「でも、今は兄貴について見ていかないといけない大切なモノを見に行く」

と告げた。


冴姫は唇を噛みしめ

「会えなくなるんじゃないわ」

と告げた。


そしてにっこり笑うと

「また会おうね」

と告げた。


「貢との約束もあるし…また4人で会おうね」


夕矢は大きく頷いた。

「ああ、絶対に帰ってくるから」

あのマンションは俺と兄貴の家だからな

「俺と兄貴のもう一人の家族も待ってくれてるから」


尊は豪泣きしながら

「俺は…いやだ、夕矢」

すっげぇ寂しい

と涙を袖で拭った。


貢も喉で漏れる声を堪えながら

「…でも、絶対絶対に…島を4人で回る約束絶対に守ってくれるよね」

待ってるからね

「俺も…」

と告げた。


冴姫は笑顔で

「もう、男性陣は」

と言いながらも少し涙を滲ませて

「行ってらっしゃい」

帰ってきてね

と告げた。


夕矢は頷いて

「ありがとう」

と告げた。


4日後の25日に夕矢と夕弦は北海道に向けて飛び立った。

同じ日に、春彦も言っていた通り九州に向かって飛び立ったのである。


夕矢は最後まで反対していた尊のことを考え小さくため息を零した。

一番の親友だったのだ。

夕矢自身も寂しくないわけがなかった。


「尊…ごめんな」

そう呟いたとき携帯が小さく震えた。


取り出して見るとLINEが入っていたのである。

尊から一枚の画像データが送られてきていたのである。


『俺からの挑戦状だからな!この画像の謎が解けたら答え送って来いよ!』

『また送るからな!』


その画像を見つめ夕矢は小さく笑った。


そして

『分かった!俺も送るから…写真探索隊だからな、俺達は』

と返した。


尊はそれを見ると一人自分の部屋の窓から青い空を見上げた。

「行って来いよ、夕矢」

俺もお前が帰る頃には自分の道を見つけてるぜ

「今いるここで」

そう呟いた。


夏から秋へ、それぞれの新しい旅立ちであった。



最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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