夏の盛り3
前々日に夕矢と貢が見つけた花束が何故置かれていたのかを丸一日籠って調べていた夏月春彦と松野宮伽羅が朝食の席に現れて白露允華を交えて食事後に一階のカフェへと移動した。
キッズランドで遊ぶ白露月と津村太陽を見守りながら、そこが良く見えるカフェで4人輪になって顔を突き合わせたのである。
口火を切ったのは春彦であった。
一昨日の話の報告である。
「あれからずっと調べたんだけど」
そう切り出した。
それに允華が頷き
「夕矢君の撮ってきた花束のことだよね」
と告げた。
春彦は少し考えて
「そうなんだけど、その前に」
この前に泉谷さんが話していた九州コミュニティー放送局の推理クイズってクイズじゃないんじゃないかと思う
と携帯を見せながら告げた。
允華は目を見開くと
「は?」
と驚いた。
それに夕矢は腰を浮かせると
「俺も思った!」
と指を差した。
「ここへ来る前にテレビでしてたニュースと泉谷さんがしてた話がすっげぇ似てると思ってた」
マジマジ
「なんかさぁ、ほら、ここの行動表見てズボラな人多いなぁって思って覚えてた」
言って携帯の画面を指差した。
允華は目を見開いたまま硬直して二人を見つめていた。
伽羅は夕矢を見て
「…夕矢くんクールダウン、クールダウン」
と手で押さえる仕草をした。
夕矢はハッと気づき
「すみません」
と座り直した。
春彦は硬直する允華に
「えっと…その…」
と言い淀みながらも携帯をテーブルの中央に置くと
「読んでもらえますか?泉谷さんが話してた内容にソックリだと思うんだけど」
と告げた。
「九州コミュニティー放送局内で殴打事件」
被害者は金森雅夫
「犯人は機材の準備をしていた恩田進」
允華は大きく息を吸い込み吐き出すと
「はぁ~」
と声を零し
「確かに…そうだね」
間違いない
と告げた。
「被害者を含めた6人での打ち合わせも犯人が機材室で準備していたところも」
名前も同じだ
春彦は頷き携帯の上に指を乗せて
「それで、これ」
と告げた。
「偶然なんだけど…涙池の花束はきっとこれだと思う」
そこには涙池に転落して死亡した女性の記事が載っていた。
女性の名前は瀬田真以。
九州コミュニティー放送局で局ガールをしていたのである。
数人の知人と来ていた時に事故にあったというものであった。
島で一泊し翌日の朝に姿を現さないという事で探したら池の中で発見されたという事であった。
死因は溺死。
死亡推定時刻は明け方の4時前後。
春彦は少し考えて
「これだと思うけど…ちょっと」
と呟いた。
夕矢は不思議そうに
「何か気になることでも?」
と聞いた。
允華も春彦を見て
「その女性が好きな花もハマナスとミヤマキリシマだってことだから間違いないと思うけどね」
と告げた。
伽羅も春彦を見た。
春彦は腕を組むと
「日にちが」
と呟いた。
「もし花を手向けるなら余程の理由がない限りその女性が死んだ日だと俺は思うんだ」
日付け的には明日だろ?
「おかしくないか?」
夕矢は「う~ん」と考えると
「写真を撮ったのが一昨日だから三日前だよなぁ」
微妙な日付の差だけど…
と呟いた。
允華も腕を組んで「う~ん」と唸った。
春彦は「考えすぎかもしれないけどな」と小さくつぶやいた。
その時。
フロントチェックの方から騒がしい声が響いた。
「ここがルフランリゾートのフロントか」
「船のチャーターだけだからウロチョロしないでね」
「カメラは回さないで」
允華は声の方に目を向け
「…あ」
と声を上げた。
春彦と伽羅は肩越しに振り向き、夕矢も顔を向けて少し騒がしい一団を見て目を見開いた。
「「九州コミュニティー放送」」
今まさに話をしていた放送局である。
夕矢はその中の一人を見ると
「ん?」
と首を傾げた。
允華は「どうしたの?」と聞いた。
夕矢は顔をしかめて
「一昨日あった人に似てる人がいる」
あの時は帽子とグラサンしていたから顔は分からないけど
「輪郭が何となく」
と呟いた。
允華も春彦も顔を見合わせた。
気になる。
允華はあの事件の終わり方の違和感を思い出した。
春彦は腕章から伽羅の見た夢と繋がりがあるかもしれないと感じた。
伽羅は二人の今にもついていきそうな雰囲気にドキドキしたのである。
「あ、のさ」
直彦さんたちに俺が言いに行ってくるけど
「行きたいんだろ?春彦」
それと允華さん
と伽羅は告げた。
春彦は伽羅に小さく頷いた。
「頼む、伽羅」
夕矢も慌てて
「俺も行く」
と告げた。
伽羅は頷いて
「わかった」
と立ち上がると駆けだした。
春彦と允華と夕矢は立ち上がり九州コミュニティー放送局の方へと足を向けた。
その時、夕矢は急にパーカーを目深に被ってグラサンを掛けた人物に目を向けた。
「?」
近付き、やはり似ている気がしたのである。
一昨日は顔をはっきり見たわけではないが輪郭がそうだと感じたのである。
允華が彼らに歩み寄ると
「テレビ局の人ですか?」
と呼びかけた。
人数は6人。
その中の髪の短い女性がにこやかに
「九州コミュニティー放送局であの島へ取材に行くんです」
と弾んだ声で告げた。
「私、アナウンサーの相原千恵子と言います」
宜しくね
それに隣にいた男性が
「ここでハッスルするんじゃなくて向こうでハッスルしてくれよ」
と苦笑を零した。
そこへホテルの従業員が姿を見せた。
「チャーター船のご用意が出来ました」
実はこちらの三名のお客様も同じく島へ行かれる予約が入っておりまして
「同乗お願いできればと思うのですが」
春彦は隆が手を回したのだと理解した。
それに一番年配の男性が
「ああ、いいよ」
君たちがいる方が良い撮りができる
「君たちカメラが回るけど良いかい?」
と聞いた。
允華は頷いて
「はい、大丈夫です」
同乗させていただき助かります
と答えた。
年配の男性は笑いながら
「いやいや、こっちこそ」
と言い
「俺の名前は近浦金一」
今回のロケハンのプロデューサーだ、宜しく
と告げた。
そして、隣にいた髪の長い女性が
「私は松高百合よ」
アナウンサーと違ってメインは私だから
「一緒に楽しみましょう」
とチラリと千恵子を見た。
千恵子は一瞬ひくっと引き攣ったものの
「確かに松高さんが局ガールですけど」
と言い
「瀬田さんは優しかったんですけどね」
池でおぼれ…
と言いかけて、周囲を見回して俯いた。
それに隣にいた男性が
「彼女の事は」
と首を振って、直ぐに允華たちを見ると
「俺はディレクターの飛田隼人だ」
宜しく
と軽く会釈した。
百合も不機嫌そうに
「そうよ、波に流されるなんて運がなかったのよ」
と腕を組んで呟いた。
そして、後ろにいた男性がパンパンと手を叩き
「それより早く乗船して島へ行きましょうよ」
と告げ
「俺は音声担当の小泉政治、よろしく」
と付け加えた。
最後にカメラを持った人物が
「島津春馬だ」
カメラ担当だ
と告げた。
パーカーを目深に被りサングラスをしたままの挨拶であった。
允華と春彦、そして、夕矢も合わせて9名での出発であった。
夏月春彦は離れていく津洗の海岸を見つめ
「伽羅、4名ってアピールしないとダメじゃん」
とぼやいた。
允華は春彦の横に立つと
「伽羅君どうして来なかったの?」
と聞いた。
春彦は腕を組むと
「来るつもりだったと思うけど」
忘れられたんだと思う
と呆然と呟いていた。
夕矢は思わず離れていく海岸に向かって合掌した。
「伽羅さん」
船は島に着くと9名を降ろして大きなクーラーボックスを3個と9個のリュックと機材などを置いて
「では、明日の夕刻にお迎えに上がります」
と津洗の方へと戻った。
允華や春彦、夕矢も手伝いながら荷物をキャンプ場にあるロッジへと運んだ。
太陽は南天に差し掛かり時計は11時を知らせていた。
ディレクターの飛田は一通り荷物をロッジに運び終えると近浦に声をかけた。
「荷物運び終わりましたので」
昼食後に予定通り神山展望台から神の池に行きますが
近浦は頷き
「ああ、今回は責任者としてだけ参加しているから現場運用は任せる」
と返した。
「金森君とは詳細の打ち合わせは済んでいるんだろ?」
飛田は頷きジーパンの後ろのポケットから紙を取り出すと同じくポケットに入れていたペンでチェックを入れて
「はい」
と答え、キャンプ場の中央に集まっていた面々に
「昼食後、1時から神の池から神山展望台を回るので機材チェックよろしく」
明日は蛇の池と涙池な
と呼びかけた。
「昼食は1と書いているクーラーボックスに弁当が入っている」
さっさと食べて行動!
それにロケ隊の面々が
「「「「はーい」」」」
と答えた。
飛田は夕矢の方を見ると
「あ、君たちはゆっくりで構わないよ」
と笑顔を見せた。
允華も春彦も夕矢もホッと息を吐き出し相原千恵子が
「僕たちー、お弁当どうぞ~」
と呼びかけると、それぞれお弁当を受け取り草原に座った。
夕矢は飛田を見て
「ディレクターさんが一番忙しそうだよな」
ジーパンの後ろポケットもパンパンに紙とペンが入ってるし
「黄色のシミ出来てる」
と呟いた。
允華はそれに飛田のポケットを見て
「夕矢君、目が良いね。言われても分かりにくい」
と言い
「もしかしたらシャークアイさんと同じくらい目が良いのかも」
とぼやいた。
夕矢は顔を向けて
「シャークアイさんって?」
と聞いた。
允華は小さく笑いながら
「ほら、晟のゲームの話したよね」
MMORPGの
と言い、夕矢が頷くと
「そのギルドのメンバーで映像を見る目に特化した人がいるんだ」
僅かな氷の色の違いとかね
と告げた。
「もしかしたら映像解析とかそういう事している人かも知れないね」
夕矢は「そうなんだ」と呟いた。
允華は頷き
「そうそう、ロケの構成はね」
と説明した。
「責任者はプロデューサーだけど現場監督はディレクターなんだ」
だから今みたいにスケジュール管理とか指示とかも彼がするんだ
「中心人物と言えばそうだね」
プロデューサーとディレクター兼用ってこともあるくらいだからね
「特に今回は色々あったから実務上のことは飛田さんが兼ねているんじゃないかな」
と告げた。
春彦は「そうなんだ」と呟いて見つめた。
食事を終えると松高百合が三人に声をかけた。
「君たちはどうする?」
私たちと一緒に神の池と展望台から島を回らない?
言われ、允華は春彦と夕矢を見た。
夕矢は「俺、一緒に回る」と答えた。
春彦は「俺は涙池の方を見てくる」と答えた。
つまり、意見が真っ二つに分かれたのだ。
春彦はあっさりと
「あ、俺一人で大丈夫」
と言い
「夕矢君、涙池の行き方だけ教えてもらえる?」
と聞いた。
夕矢は腕を組むと
「う~ん、分った。案内する」
一昨日回ったし
とあっさり転換した。
允華は百合を見ると
「ということで、俺達は向こうから見て回ります」
と告げた。
百合は詰まらなさそうに
「そう?結構距離あるから遅くなるわよ」
と言い
「気を付けてね」
と立ち去った。
三人はロケ隊が右側の道から神の池の方へ行くのを見届け、左側の蛇の池から涙池の方へと足を向けた。
允華は春彦に
「ロケ隊が気になっているから神の池に行くと思ったんだけど」
と呼びかけた。
春彦は歩きながら
「あの二人どうして違うのかなぁって気になって現場を見に行こうと思ったんだ」
と答えた。
それに允華と夕矢は首を傾げた。
春彦は立ち止まると二人を見て
「千恵子さんは涙池でおぼれたって言ってただろ?」
瀬田真以さんの事故のこと
と言い携帯を出すと
「記事にも『池に沈んでいるところを発見し』って書いているだろ?」
と説明した。
允華も夕矢も頷いた。
春彦は携帯をポケットに直して
「けど、あの人は『波に流されるのが』って言ったんだ」
そう言う風に言うって何か確信があるからそういう言葉が出たんじゃないかと思って
と告げた。
「俺、涙池行ったことないからちゃんと確認しておこうと思ったんだ」
允華も唇に指をあてると
「確かに、池に沈んでいるところを発見し死亡が確認されたって記事だから普通は池に溺れたって思うのが普通だよね」
それを
「波に流されるっていう表現を使うことはそうであることを知っていると考えられるね」
と告げた。
「俺も行ったことないから状況分からないし」
行こう
意見がまとまると夕矢の先導で涙池へと急いだ。
往復4時間ほどの長いコースである。
つまり片道でも2時間である。
鬱蒼と茂った道を進み、三人は陽が少し西に傾いた頃に池に到着した。
林から抜けると柵のされた池があり満潮時には海からの海水が入るくらい海岸と隣接していたのである。
海側へ行くところには注意書きの看板があった。
夕矢は引き潮で波際が離れていることを確認して昨日の花束のあった場所へと進んだ。
「ここに花束があったんだ」
やっぱりもう流されちゃってるけど
と言いかけて、池の方を見ると目を見開いた。
池の中に花束が沈んでいたのである。
允華は自分の携帯を手にすると指を動かした。
「もしかして…そう言う事だったら」
言って目を見開いた。
夕矢と春彦は彼を見て一歩近づいた。
允華は二人を見て
「これは俺の想像だから確信も何もないけど」
と前置きをして
「去年の今頃の満潮時間は明け方の3時半くらいから5時前くらい」
と言い
「もし、彼女が何かの理由でこの海側で眠らされていたら満潮時に波によって池へと押し流されておぼれてしまうことになる」
それを仕組んだ人間がいたとしたら
「そしてそれを知ってしまった人がいたら」
と告げた。
その意味。
春彦は允華を見て
「けど、その時間帯のアリバイって事情聴取で聞かれるだろ?」
と告げた。
允華は春彦を見て
「潮の満ち引きだったら睡眠薬とか使えば自分がいなくても自然とその時間に波が彼女を池へと沈めてくれる」
と告げた。
「アルコールで眠らせたりもできるし」
方法はあるよ
春彦は允華を見て目を見開いた。
直彦の言葉を思い出したのである。
『お前はお前のままトリックを見破る力をつけていけばいい…允華君はそういう意味では良い先生になると思うがな』
「どうすればそれを矛盾なく成し得ることができるのか」
だよな
允華は静かに笑むと
「そうだね」
錯覚や思い込みがトリックの一番の餌になると俺は思ってる
「一種のマジックみたいなものだと」
と告げた。
夕矢は横で
「ほへー」
と声を零した。
「それで?」
もしそれを仕組んだ人がいるとしたら
「誰?」
允華と春彦は同時に
「「松高百合」」
と告げた。
春彦は夕矢を見て
「彼女は突発的に相原さんがその話題を出したことで後ろめたさが沸き立ったんだと思う」
彼女をそうやって殺したという
「だから、咄嗟に本当のことを言って自分を弁護したんだ」
流されるのは運が悪いって
と告げた。
允華もまた
「記事にも載っていない犯人だけが知りえる事実を口にできるのは犯人だけだからね」
と告げた。
夕矢は頷き
「そうか」
と言い
「けど、証明する何もないよな」
と告げた。
「空想だって言われて言い逃れされたら終わりだと俺は思うけど」
確かにそのとおりである。
夕矢は沈んだ花束を見て
「でも、この花束はやっぱりその瀬田真以さんへの供養の花束だったんだ」
と呟いた。
春彦は頷いて
「…そうだな」
それに
と小さくつぶやいた。
允華は春彦の横顔を見て目を細めたものの傾いていく陽に
「そろそろ戻らないとロッジに着くのが夜になるね」
と告げた。
三人は来た道をゆっくりと戻った。
途中、蛇の池へと差し掛かったところで夕矢が一瞬足を止めて
「な」
と声を上げたものの、允華と春彦が驚いて
「どうした?」
と聞くと慌てて
「いや、あの…こっちは良いのかなー?って思って」
…見るの
と告げた。
が、実は蛇の池の道の木の影に夏月直彦が隠れるように立っていたのである。
思わず『直彦さん』と言いかけが、彼がハッと気付いたように唇の前に指をたてたのだ。
つまり秘密にしてくれという合図である。
なんでここに直彦さんが?
というか、なにしに来たの?
である。
夕矢の心臓は春彦と允華にばれていないかバクバクと音を立てていた。
しかし、允華があっさり
「調べたかったのは涙池だから良いよ」
観光はまた今度ゆっくりしよう
と告げてくれたのである。
夕矢は心で「ナイス!允華さん」と言いつつ、冷や汗を拭った。
三人がロッジに戻ると思わぬ人物が姿を見せた。
「春彦----!!」
伽羅が駆け寄ってきたのである。
春彦は驚くと
「伽羅!良く後追い出来たな」
と告げた。
すると伽羅がロッジの中央に集まる6人のロケ隊の他にいる二人を指差した。
「九州県警の刑事さんが二人来て一緒に乗せてもらった」
一人はシュッとした30代くらいの男性で
「九州県警の刑事で名前は天村日和という」
九州コミュニティー放送局の殴打事件を担当していたんだが気にかかることがあって
「再度聞き込みを」
と手帳を見せながら告げた。
もう一人は20代後半くらいの明るい感じの男性で
「天村刑事のぱっしり…ではなくて、部下の西野悟です」
とちゃらけたところもある人物であった。
允華と春彦と伽羅と夕矢は全員で夕食を終えた後に始まった事情聴取を聞く事になった。
というのも部屋は中央のダイニングと個室のような部屋が4つしかなかったからである。
それにプロデューサーの近浦が
「ダイニングで十分です」
とさっさと済ませてもらいたいという事で、ダイニングで雑魚寝する予定だった4人も事情聴取に付き合う事になったというわけであった。
ただ、アナウンサーの相原千恵子が
「局ガールの松高さんと私からです」
険しいかをしないで
「お茶どうぞ」
と彼女がお茶を配り歩いた。
飛田は松高の隣に立つとお茶を受け取り
「気が利くな」
と笑った。
彼女は鼻で息を吐き
「配るのは愛想のいいアナウンサーで良いでしょ」
と返した。
島津春馬は相変わらずグラサンをしたまま口を閉ざして首を振って断った。
春彦も千恵子がお茶を持ってくると手で制止して
「俺、寝る前に水分とらない派だから」
と断り、伽羅に渡してこっそり耳打ちしたのである。
しかし事情聴取を聞けるのは渡りに船であった。
最初に聴取を受けた近浦は被害者の金森雅夫の代理で殴打事件の時も放送局にはいなかったのである。
カメラマンの島津春馬も依頼を受けたフリーカメラマンで事件当日には放送局にいなかった。
飛田隼人は当時の事情聴取と同じように
「俺は金森さんと一緒に打ち合わせに出てました」
金森さんが戻らなくて探そうという話になるまでトイレにも行っていなかったので
と告げた。
小泉政治はふぅと息を吐き出すと
「ええ、俺は確かに途中でトイレに行きましたけど5分くらいで戻ってますよ」
他のロケハンから戻ってきて直ぐに言われて我慢できなかったんですよ
「急な打ち合わせで飛田さんが急だからみんなの分の行動表は張っとくから向かってくれって言われて急いで部屋に向かったんですよ」
トイレも我慢してね
と肩を竦めた。
「生理現象まで疑われたらなぁ」
相原千恵子もまた
「私はトイレにも行ってないです」
急だったんですけど先にトイレ行っといて良いよって後やっとくって言われてトイレ行って参加したので
「金森さんがいなくなってみんなで探すときはバラバラでしたけど」
と告げた。
松高百合は腕を組んで
「前も言ったけど私は確かにトイレに行ったけど何もしてないわ」
犯人は恩田だったんでしょ
「私がしたわけじゃないわ」
と呟いた。
天村は6人の話を聞き
「実行犯は恩田でしたが彼が自分は脅されて行ったと自白しているので調べないわけにはいかないんですよ」
と告げた。
全員が顔を見合わせた。
春彦は天村に
「脅されて行ったってことは、彼は脅されるようなことをしたんですよね?」
それは何ですか?
「実行したという事は脅される内容が本当だったから言いなりになったってことだと思うけど」
何だったんですか?
と聞いた。
天村は「ほーほー」と呟き春彦をちらりと見て
「君も探偵君かな」
と告げた。
春彦は慌てて
「いえ」
と伽羅を横目で見た。
伽羅は「春彦は俺の夢ハンター」スィングと告げた。
…。
…。
天村はぷはっと笑い
「恩田はまだ吐いていない」
と言い
「余程のことをしたんだろうが」
と腕を組んだ。
春彦は「そうですか」と呟いた。
近浦は呆れたように
「先ず恩田から全て聞いてからでないと」
明日も撮りがあるので我々はこれで
と告げた。
天村もそれ以上は言いようがなかった。
允華に春彦、夕矢はそのままダイニングで雑魚寝した。
天村と西野は近浦から
「警察の方はそこの部屋で寝てください」
見張られているようで気味が悪い
と一つの部屋を宛がわれたのである。
一つは相原千恵子と松高百合。
一つはフリーカメラマンの島津春馬と音声の小泉政治が使った。
最後の一室は飛田隼人と近浦金一であった。
それぞれ部屋に入り近浦は息を吐き出すと
「まったく金森のピンチヒッターなんて引き受けるんじゃないかったか」
とぼやいた。
飛田はそれに
「しかし、恩田が誰かに言われたというなら怖いですね」
と呟いた。
近浦はハァと息を吐き出し
「こりゃ、一杯やって寝ないと」
と言い、飛田は笑いながら
「近浦さんは変わってない」
持ってきますよ
「こっそりね」
と部屋を出て少しして缶ビールを二本手に戻ってきた。
同じ時、松高百合はそわそわしながら相原千恵子を見ると
「警察官がいるってなんだか怖いわね」
と言い、紙カップを二つ置くと
「ジュース付き合わない?」
とオレンジのペットボトルからカップに注ぎ一つを千恵子へと渡した。
千恵子は飲みながら
「本当ですよねー」
と言い小さく欠伸をすると
「明日も撮りがあるので、寝ますね」
とそのまま眠り込んだ。
夜の闇と共に静寂が広がり4つの影がロッジから消え去ったのである。
翌朝、允華と伽羅と夕矢はけたたましいスマフォの音で目を覚ました。
允華は立ち上がると
「何処から?」
と周囲を見回した。
同時に天村と西野も飛び出して周囲を見回した。
それに近浦と飛田が欠伸をしながら姿を現して近浦が
「申し訳ない」
どうやら俺が間違えてアラームをセットしていたみたいだ
と告げた。
飛田も欠伸をしながら
「近浦さん~勘弁してください」
と言い携帯を見ると
「まだ4時前ですよ」
と嫌そうに告げた。
同じように隣りの部屋で寝ていた相原も姿を見せて
「何かあったんですか?」
ときょろきょろと周囲を見回した。
それに全員が苦笑いを零した。
その時。
伽羅が寝ぼけながら周囲を見回し
「…春彦がいない」
と呟いた。
相原もまた
「そう言えば…松高さんもいない!」
と叫んだ。
天村は慌ててまだ誰も出てきていない部屋の戸を叩いた。
「おい!」
誰かいるか!?
おい!!
声に寝ぼけながら小泉が姿を見せた。
「ど、したんですか?」
まだ早いんじゃ
言った彼に
「もう一人は?」
と聞くと小泉は振り返り
「…!?」
いないです
と答えた。
近浦は「どうなってんだ?」と叫び
「取り合えず探しに行くしかないか」
着替えて探しにいくぞ
と部屋へと入った。
飛田も相原も小泉も部屋へいったん戻ると着替えて姿を見せた。
允華と伽羅と夕矢も慌てて顔を洗った。
允華は小さく息を吐き出すと
「春彦君、無事だったら良いんだが」
と呟いた。
夕矢も小さく頷いた。
この時、伽羅は祈るように窓の外のまだ明け切らない空を見つめて允華と夕矢に唇を開いた。
全員がリビングに揃い、飛田が昨日と同じようにジーパンから紙とペンを出して
「広いから二手に分かれて探そう」
と紙にペンで島の簡易図面を書いた。
夕矢はそれを見ると「ん?」と目を細めた。
允華は夕矢を見ると
「どうしたんだ?夕矢君」
と呼びかけた。
夕矢は全員を見回して
「みんな昨日と同じ服」
と呟いた。
それに相原が
「しょうがないわ」
一泊だし
「荷物増やせないモノ」
とぷうぅと頬を膨らませた。
近浦も笑いながら小泉や飛田を見て
「まあなぁ」
と答えた。
飛田も笑いながら
「あるあるだよ」
と答えた。
が、夕矢は飛田を見ると
「でも、飛田さんのジーパンは昨日と違う」
と告げた。
「そのジーパンのポケットのところに昨日はペンのシミが付いてた」
飛田は驚いたように夕矢を見た。
「そ、うかな?」
見間違いじゃないのか?
「それに今そんなこと関係ないじゃないか」
4人を探しに行かないといけないからね
允華は少し考え
「探しに行っても…松高さんは亡くなっているかもしれないですよね」
と告げた。
全員が今度は允華を見た。
允華は飛田を見ると
「荷物調べさせてもらってもいいですか?」
と告げた。
飛田は息を吸い込み
「何を」
と告げた。
允華は彼を見て
「ジーパンは水に濡れると乾きにくい」
特に洗濯物のように干せなければ数時間では乾かない
と言い
「代えたジーパンには海水が付いているんじゃないんですか?」
と告げた。
「涙池で一年前の今日に亡くなった瀬田真以さんは同じ九州コミュニティー放送局の局ガールだった」
彼女は知人と来て涙池でおぼれて事故死したと言われているけれど
「本当は松高百合に溺れさせられて殺されたんだと思います」
相原が驚きながら
「まさか!?」
と声を上げた。
允華は飛田を見て
「貴方はそれを知っていて…今回の事を企画した」
と告げた。
「恐らく犯行は彼女だけでなく金森さんと恩田さんも関わっていた」
恩田さんが隠している脅されていることは
「瀬田真以さんを殺したことに加担したことです」
天村は腕を組むと
「どうしてそんなことがわかる?」
と聞いた。
「まあ、荷物を調べて海水のついたジーパンが出れば今回のことは彼の犯行だと立証できるかもしれないが」
允華は「そうですね」と言い
「ただ恩田さんが打ち合わせ中に携帯で電話したのは偶々じゃない」
と言い
「飛田さんがその時間に携帯をするように指示したんだ」
そして
「その時間に合わせて急遽打ち合わせを入れた」
恩田さんは多少警戒したと思いますが
「行動表には打ち合わせの札が張っていなかったから安心して呼び出した」
それも全て飛田さんの計算だった
「全員の証言から貴方が作り上げたことがわかる」
と告げた。
そして携帯を見せると
「飛田さん、どうして急に打ち合わせを入れたんですか?」
それに行動表に打ち合わせの札をどうして張らなかったんですか?
「全員分を張ると貴方が買ってでたんですよね?」
もし一人でも張っていれば恩田さんが電話しなかったかもしれなかったから
「その役を引き受けた」
と告げた。
「恩田さんが自白すれば全て明るみに出ます」
飛田は大きく笑うと
「その通りだよ」
真以と俺は恋人同士だった
「真以は恩田と金森に無理やり酒を飲まされ涙池の海側に放置されたんだ」
それを指示したのが女だってことは分かったが
「相原か松高か迷っていた」
だが昨日松高の言った言葉でわかった
「そう、彼女は波に流されて殺されたんだとな」
と告げた。
「だが、俺は後悔していない」
松高は今頃死んでいる
允華はそれに
「彼女は、死んでいないと思います」
春彦君が助けていると思います
と言い
「恐らく」
と告げた。
「春彦君は貴方が三日前にどうして花束を手向けたのかを気にしていた」
貴方は今日犯行に及ぶので花を手向けられない
「だから三日前になったんですね」
サングラスをしてわかりにくかったらしいですが夕矢君が貴方と会ったことを覚えてます
「春彦君はそれを気にして貴方がたを追いかけたと伽羅君に聞きました」
俺達を起こしたけど誰一人起きなかったと一人で
飛田は驚くとそのまま座り込んだ。
「何故!!!」
そんな余計なこと!!
そう言って床に拳を叩きつけた。
西野は飛田の部屋へ行きジーパンを見つけると
「濡れていますね」
と言い
「鑑識で調べさせます」
と告げた。
天村は飛田を見て
「金森にしても恩田にしても松高にしても必ず罪は償わせる」
と告げた。
「事故で処理してしまったのは我々の落ち度だ。申し訳ない」
飛田は黙ったまま虚を見つめた。
計画は失敗し全てが終わってしまったのである。
その頃、春彦は夕矢が見た直彦を交えて松高百合を助けていたのである。
夕矢は允華と伽羅と三人で涙池へと迎えに向かった。
しかし、春彦に気付いてロッジを出た島津春馬と、助けられた松高百合と、春彦と直彦の4人で途中まで戻ってきていたのである。
途中で合流し全員でロッジへと戻ったのである。
その時に伽羅が春彦に事情を話していたようである。
ロッジに着くと春彦が手錠を掛けられて俯いている飛田を見ると歩み寄り
「飛田さん、貴方がどれほど三人を恨んでいるか…想像は出来ます」
貴方は白いミヤマキリシマを置いていた
「花言葉は初恋」
愛し合っていたんですよね
「その思いを込めておいたんですよね」
と言い
「あの三人を許す必要はないと思います」
彼らがやったことは許されることじゃない
「彼らは裁かれます」
と告げた。
飛田はちらりと春彦を見て
「だからどうした」
お前はそれでもあの女を助けたじゃないか
と告げた。
春彦は飛田を見て
「ええ、だけど俺は全員助かって良かったと思ってます」
と言い
「それは彼らの命を惜しんでではなく貴方が彼らを殺してしまっていたら瀬田真以さんに花を手向ける人が誰もいなくなってしまうから」
と告げた。
彼女を愛して彼女を思い出して
「花を手向けてくれる人がいなくなってしまうから」
飛田は唇を噛みしめると両手で顔を覆った。
「あの日から真以の事を忘れたことなど一日もない」
春彦は笑むと
「彼らは正当に裁かれます」
貴方は彼女への愛を守ってください
「復讐心などで汚したりしないでください」
と告げた。
「復讐心は恐らく彼らを殺してもずっとずっと繰り返し貴方の心を蝕みながら永遠に続いていく」
きっと真以さんへの愛にとって代わるくらいに
「愛ではなくて復讐心だけになってしまう」
…貴方が苦しくても乗り越えない限り…
「許さなくていい」
だけど
「復讐心を花束と一緒に海へ流して忘れてください」
飛田は上を向くと涙を零し
「君は、難しいことを言うな」
と少し笑って
「だが、そうだな」
きっと俺は真以への思いも忘れて復讐鬼になっていただろうな
と告げた。
「あいつらを殺しても心の中で更に何度も殺し続けたに違いない」
だが敵を取らない俺を真以は許してくれるだろうか
春彦は笑むと
「きっと貴方を愛していたら彼女は復讐鬼になった貴方より彼女を愛し幸せに向かう貴方の方を望むと思います」
貴方を愛していたんだから
「愛する人の幸せを望みますよね」
と告げた。
飛田は頷き
「努力する」
彼女の笑顔を思い出しながら
と告げた。
夕矢はそれを見て春彦の言葉に笑みを浮かべた。
どこか胸に染み入る言葉だったのだ。
チャーター船が来ると全員が乗り込み津洗へと戻った。
意識を取り戻した松高百合は怒りを露わにしたが瀬田真以にしたことを言われると蒼褪めて黙り込んだ。
恩田進も全てを自白し、金森も意識を取り戻して全てを自供した。
三人は相応の罰を受けることになる。
夕矢は空を見上げて
「なんか、春彦さんも允華さんも探偵ぽかったなぁ」
とぼやいた。
空は青く晴れ渡っていた。
そして、8月に入り様々なことがあったものの長かった夏休みもそろそろ終わりを告げようとしていたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。