GWの誘い
桜の学期初めが過ぎて、いつもの学生生活が始まっても直ぐにソワソワする時期がやってくる。
所謂、GWというものだ。
4月下旬から5月上旬にかけての大型連休。
多くの人は海外や日頃帰れない実家などへの旅行を計画し実行するのだが…東雲夕矢は小さく欠伸を零してベッドから降りると机のカレンダーを目に
「あー、明後日からGWか」
兄貴どうするのかなぁ
とぼやいた。
小学三年の時に両親を失い、それからは9歳離れた兄の夕弦が親代わりとして自分を育てている。
なので、夕矢としては大型連休だからと言って旅行へ行きたいとかそういう事を言わないようにしているのだ。
夢を諦めて自分の面倒を見ている兄に迷惑をかけるわけにはいないというのが夕矢の気持であった。
もちろん、だからと言って全く旅行へ行ったことがないということもない。
兄は兄で夏は海水浴や冬は温泉などに連れて行ってくれる。
考えなくても出来た兄である。
夕矢は自室を出て既にリビングで新聞を広げている兄の夕弦を見ると
「おはよう、兄貴」
と声をかけて
「朝食作るから待っててな」
と洗面所へと足を向けかけた。
それに夕弦は新聞をテーブルに置くと
「今日の朝食はドーナツな」
昨日の夜に末枯野が買ってきてくれた
とミセスドーナツのロゴが入った箱を見せた。
ハワイ風の柔らかいふわふわ生地に中にたっぷりのクリームが入った人気のドーナツである。
夕矢は「おお!」と目を輝かせると
「めっちゃ人気の店じゃん、ラッキー!」
と呟いて、洗面所へと急いだ。
夕弦はそれを見送り
「…末枯野はこういうところがすげぇよな」
とぼやいた。
中学時代からの親友でこうして時折ケーキだドーナツだと自分と弟の夕矢に買ってくる。
それが意外と人気店のモノでそういうものにほとんど興味のない自分としては唯々驚くしかなかった。
夕弦は顔を洗って朝食の席に着いた夕矢に唇を開いた。
「悪いが、GW仕事になったから旅行はなしな」
夕矢はドーナツの箱を開けながら
「了解~」
と軽く応えた。
こうして、夕矢のGWは家でのんびりゲーム三昧と決定したのである。
外では桜の木が薄紅から緑へと衣を変えて、初夏の日差しの下で広く大きく枝葉を伸ばしていた。
写真推理 フォトリーズニング
「え?今年は旅行なしなんだ」
教室の一角で夕矢の親友の芒野尊が言った。
夕矢は頷き
「そうそう、兄貴が仕事だから今年は家でゲーム三昧する」
と返した。
二人は机に座りその前の席には桔梗貢と三つ葉冴姫が座って円陣を組んでの井戸端会議である。
GWの話になってこの件となった。
小学校から一緒の尊は諸事情を良く良く知っており
「そうか…じゃあ、後半は一緒に遊ぼうぜ」
俺ん家、前半に田舎行って後半は家だから
と告げた。
貢と冴姫は高校で共になり夕矢の家の事情は何となくでしか知らなかった。
彼は少し考え
「今年は親が2日も休みとって実家に帰るから戻るのは5月5日になるなぁ」
と呟いた。
冴姫も頷きながら
「私も、おじいちゃんがおばあちゃんの写真のところへ行くって言ってて、その後に津洗のホテルでゆっくりするみたい」
でも4日には帰ってきて5日はゆっくり家でするよ
と答えた。
尊はポンと手を叩くと
「じゃあ、三つ葉さぁ、もし疲れてなかったら5日に三人で集まらないか?」
夕矢の誕生日だし
「遊ぼうぜ」
と呼びかけた。
冴姫は驚いたように夕矢を見ると
「え?東雲君ってこどもの日生まれなんだ」
らっしぃ
「いいよ!いいよ!」
と笑った。
夕矢は「え?らしいって?しかもそこ笑うところ?」と思いつつ
「あー、無理はしなくていいからな」
と答え
「けど、遊ぶのは楽しみにしてる」
と付け加えた。
それに慌てて貢が
「え!じゃあ俺も行きたい!」
と手を挙げた。
尊は指を立てて横に動かすと
「帰ってくるの5日だろ」
無理しなくても7日8日にも遊ぼうぜ
「土日だしな」
と返した。
貢はむ~んと顔を顰めつつも
「わかった」
東雲、誕生日プレゼント買ってくるからな
と笑顔で告げたのである。
夕矢は笑いながら
「いいよ~、俺、尊以外は二人の誕生日知らないし」
と返した。
尊はどんと胸を張ると
「俺は7月28日な」
宜しく!
と言い、貢は手を上げると
「あー、俺は9月10日」
と続けた。
冴姫は「私は3月22日だからその頃に夏月直彦の小説出てたらそれ!」と笑った。
本来ならば…この予定でGWはゲーム三昧。
5月5日に一寸した誕生日会で終わるはずであった。
確かに5月5日の朝までは想定通りのGWであった。
が、その日の朝…思わぬ事態が待ち受けていたのである。
5月5日。
初夏に似合いの晴れ渡った青空が天井一面に広がり、穏やかな風が吹き抜ける最高の日和であった。
「お邪魔します!」
「お邪魔!」
「…お邪魔します…」
冴姫と尊と…そして、何故か貢が東雲家の玄関に姿を見せた。
夕矢は扉を開けて三人を目にすると
「え?桔梗…?どうしたんだ?」
と目を見開いた。
貢はスゥと息を吸い込むとハァを吐き出して
「実は」
と言いかけた。
事情があって一日早く戻ってきたのだ。
それを言おうとした瞬間に横から尊が
「写真捜索隊再びだぜ!」
とVサインを見せた。
夕矢は「はぁ!?」と声を上げると暫し戸口で立ち尽くすしかなかったのである。
兄の夕弦は予告していた通りにここ数日のあいだ朝7時ごろに家を出て夕方の7時頃に帰宅する毎日を送っており、今日も家にはいなかった。
諜報活動に祝日も土日もないようである。
夕矢は三人を招き入れると自室ではなくダイニングの椅子に座るように勧めた。
「兄貴、今日も夜遅いと思うから気にしなくていいぜ」
部屋だと座るところがないからな
そう笑って告げた。
最初にテーブルの上に白い箱を置いたのは尊であった。
「これ、オヤジが事情話したら持ってけってさ」
まあ4人分だから
「夕矢の兄貴は勘弁な」
と付け加えた。
貢は慌てて
「あ、俺は良いよ」
来る予定じゃなくて来たんだし
と言ったが、夕矢は紅茶を入れながら
「気にしなくていいさ」
末枯野のおじさんがケーキ買ってきてくれるから
「兄貴はそれでOK」
と答えた。
尊は頷きながら
「そうそう」
今食ってしまえば分からないし
と笑って付け加えた。
貢は「ごめん」と言い
「俺からはこれ」
とクッキーの缶を出した。
そして、夕矢に袋を渡した。
「誕生日プレゼントな」
夕矢は袋を受け取り、中からプレゼントを取り出すと目を見開いた。
「ルータと…デジタル腕時計?」
良いのか?こんな豪華なもん
貢は少し脱力した乾いた笑いを零すと
「うん、良いんだ」
時計は一応モバイル機能も付いてるから
と時計の横のボタンを押して画面を触ると
「これでアプリ起動したり、カメラ機能とビデオカメラ機能も使えるから」
けどモバイル機能はWifiのところでないとだめだけどな
「だから、このItumo-Wifiのルーターな」
外でも使えるから
と説明した。
夕矢は驚きながら
「いやいや、俺こんな豪華なモノもらえない」
兄貴に怒られる
と返しかけた。
貢は肩を落としながら
「あー、受け取って」
でないと俺がおじさんに怒られる
「俺もちょっとは出したんだけど、殆どをおじさんが出してくれたんだ」
と言い、二つの袋とデジタルカメラを鞄から取り出してテーブルにおいた。
そして、袋をそれぞれ冴姫と尊に渡し
「これは冴姫でこれは芒野の分な」
冴姫のはペン型ライト
「芒野のは小型タブレット」
と説明した。
冴姫はひゃーと驚きながら
「さっすが!貢のおじさんお金持ち!」
と嬉々としてペン型ライトを手にした。
尊は夕矢と同じでおどおどしながら
「い、いいのか?」
高そうだし
「俺も親に怒られそうだけどなぁ」
とぼやいた。
貢は首を振って
「もらって」
と言い、封筒をずずっと前に出して
「その代わりこれ…」
と告げた。
「話聞いてほしいんだけど」
三人はそれぞれもらったものを手にギンッと封筒に目を向けた。
貢は封筒を手に
「実は写真が入ってて…おじさんの友人のかた…」
と告げた。
それに尊が手を上げて
「あー、待て待て待て!」
取り敢えず
「夕矢の誕生日会終わってから写真捜索隊会議な!」
と重い話しになりそうなところを止めた。
冴姫も頷き
「それがいいわ」
先に東雲君のお祝いしよ
「私はこれ持ってきたから」
とテーブルの上にお重を置いた。
「お昼もついでにと思って」
お重の中はオードブルとサンドイッチであった。
夕矢は「サンキュ」と言い、尊からのケーキを出した。
誕生会は全員何処かソワソワしながら行われ、ケーキと冴姫が持ってきた料理を食べ終えると夕矢が唇を開いた。
「…じゃあ、桔梗の写真の話な」
全員がギンッと鋭い目で貢を見た。
夕矢は「待っていたんだなぁ」と思いながら、視線を向けた。
貢は例の封筒をテーブルに再び置き中から写真を取り出した。
「これ、おじさんの友人の形見なんだけど」
おじさんが言うには
「この写真の場所に大切なモノを隠したらしいんだって」
もし受け取るつもりがあるなら
「5月26日までに探して手に入れてくれって言われたんだって」
夕矢はそれにウ~ンと唸ると
「手に入れる必要がないと思ったら放置で良いってこと?」
と問いかけた。
貢は頷き
「多分ね」
だけど、おじさんはどうしても手に入れたいらしくて
「冴姫の話をした時にこの写真の場所も見つけてほしいって言われたんだ」
と告げた。
「本当は自分で行きたいらしいけど」
おじさん先月の写真が届く少し前に大腿骨を骨折して入院してるから動けないんだ
冴姫はにっこり笑うと
「そうなんだ」
じゃあ、探すしかないわね
とあっさり告げた。
尊はコクコクと頷き
「だな」
タブレット貰ったし
「探すしかないな」
と後押しした。
夕矢は写真を手にするとそれを見つめた。
写真は建物の中から外へ向かって写されているモノで開け放たれた窓の向こうには白い建物とその奥の方に僅かに階段状の茶色い建造物が覗いていた。
「…この建物は家じゃないな」
夕矢の呟きに横から尊が覗き込んだ。
「…んー、暗いから分かりにくいけどな」
倉庫っぽい?
そう呟いた。
夕矢はテーブルの中央において
「うん、棚の感じとか…ほら、これって長いホースを撒いてるのだろ?」
家の中よりは車庫とか倉庫とかに置いてそうじゃん
と指を差した。
冴姫も写真を見て
「確かに農作業用とか?」
と三人の顔を見た。
貢は「だよね」と腕を組んだ。
夕矢は少し考えると
「前の三つ葉のおばあちゃんの時に兄貴に言われたんだけど」
写真は歴史って
「写真の持ち主が見たことある景色だって言ってたから…やっぱりそこから探るしかないよな」
と言い、貢を見た。
そう、写真はその人が見たことのある景色…その人の歴史の切り取りなのだ。
夕矢は貢に
「先ず貢はおじさんにこの写真の人のことを聞いてきてもらえるかな?」
家族の人がいたらその人に当時に何処へ行っていたのかとか
「手掛かりが欲しいし」
そこから始めた方がいいよな
と告げた。
貢は頷くと
「わかった、おじさんに聞いてくる」
それで内容をLINEする
と答えた。
尊は「じゃあ、探索行動開始は7日からだな」と告げた。
「26日までって言っても学校あるから土日しか探すことできないし」
実質6日間しかないからな
それに夕矢も貢も冴姫も頷いた。
夕方、陽が落ちる前に誕生日会は解散し、夕矢は夕食の買出しに行きかけた。
誕生日だからと言って夕食が特段変わることはない。
ケーキが少し華を添えるくらいである。
夕矢は冷蔵庫の中を確認して
「今日は八宝菜と餃子にするかなぁ」
とぼやいて閉めた瞬間にインターフォンが鳴った。
応答ボタンを押すと末枯野剛士の声が流れた。
「今日誕生日だろ、ケーキとついでに夕飯も持ってきたぞ」
夕矢は「おお!」と顔を輝かせると扉を開けて
「末枯野のおじさん」
と呼びかけて中へと招いた。
末枯野はオードブルの盛り合わせとBBQパエリアの入ったトレー容器をテーブルの上に置いた。
「ま、味は保証する」
一流の料理人が作ったパエリアだからな
ケタケタ笑いケーキの箱も置いた。
夕矢は食欲をそそる匂いに
「すっげー美味そう」
ありがとう!
「末枯野のおじさん」
夕飯買いに行かなくて済んだ
とラッキーと笑顔を見せた。
末枯野は夕矢の頭を撫でると
「東雲にしても夏月にしても…本当に出来の良い弟がいて良いな」
と笑みを見せた。
夕矢は末枯野を見ると
「…夏月って…兄貴はあの夏月って人と知り合いなの?」
と問いかけた。
「前に兄貴の部屋で末枯野のおじさんとその人と…後知らない人が3人くらい写ってる写真みて」
小説家の人だよな?
末枯野は目を細めると
「あ、まあな…」
あの写真を見たのか
と答え、視線をそらせた。
夕矢は「あのさ」と言いかけて、言葉を止めると
「いいや」
刑事って忙しいだろうからさ
「兄貴が帰ってくるまでゆっくりしておいて」
テレビでも見て
と笑みを見せた。
末枯野は苦く笑って
「おお、わかった、すまないな、夕矢くん」
と椅子に座ってテレビのリモコンを手にした。
自分の態度で何かを感じたのだろう。
同時に自分がそのことを口にしないだろうことも予測したのかもしれない。
末枯野は小さく息を吐きだすと
「…弟チームはみんな鋭いな」
と心でぼやいた。
末枯野の想像通りに夕矢は彼の態度から兄たちに何かあり、同時に聞いたところで応えてはくれないだろうと勘づいたのである。
末枯野はそういうときは視線をふっと逸らせるところがあるのだ。
夕矢はスープを作りながら
「…まあ、いいや」
と小さくつぶやいた。
伏せられたあの写真。
ずっと胸の奥の中で残っている。
何故、兄はその写真を伏せたのだろう。
何もなければ…きっと伏せずに飾られていたに違いない。
高校を出る頃に兄は変わった。
両親が亡くなり自分の面倒や生活の重圧で変わったのだと思っていた。
だけど…それだけではないのではないかとあの伏せられた写真を見て感じたのである。
そう。
「…あの写真の秘密が兄貴を苦しめているなら…必ず見つけてみせる」
そう思ったのである。
兄の夕弦が帰宅したのは7時前であった。
末枯野がケーキと夕飯を持ってくるだろうと予測していたらしく驚いた風も見せずに
「何時も悪いな」
と言うとオードブルとパエリアとケーキが置かれたテーブルの席へと腰を下ろした。
夕矢はスープをそれぞれの前に置いた。
「末枯野のおじさんが持ってきてくれたんだ」
上手そうだろ
夕弦は「そうだな」と答え、パエリアを見て
「これは…一流編集者のパエリアか」
と末枯野に視線を向けた。
末枯野は頷くことで応え、夕矢にクオカードを渡した。
「何が良いかわからないからな」
好きなものを買ってくれ
夕矢は慌てて
「あ、え…ケーキだけで十分だけど」
と答えつつ
「ありがとう、末枯野のおじさん」
と受け取った。
夕弦はゲーム用のカードを出して
「俺からはこれな」
悪いな買う時間がなかった
と渡した。
夕矢はハハッと笑うと
「サンキュ、兄貴」
と答え、不意に
「あー…そうだ」
と部屋に戻ると貢からもらった時計とルータを置いた。
「あのさ、これ…友達から誕生日プレゼントでもらった」
夕弦はじっと見ると
「…高価なモノはもらわない方がいい」
と呟いた。
夕矢も頷きながら
「俺もそう言ったんだけど友達のおじさんが怪我で動けなくて、写真で調べてほしいことがあるからその捜査代も含んでるって」
貰ってくれないと困るって言われてもらったんだけど
と付け加えた。
夕弦は嫌そうに顔をしかめたものの、末枯野が
「つまり探偵の依頼料か」
凄いな夕矢くん
と笑ったので、夕矢も思わず苦笑するしかなかった。
「いや、俺は探偵じゃないし」
と小さく付け加えた。
夕弦は溜息を零しつつ
「俺も探偵の弟を持ったつもりはないけど、今回はしょうがないな」
まあ、これからはダメだからな
と言うにとどめたのである。
夕矢は頷き
「わかった」
と答え、両手を合わせると
「いただきます」
と二度目のパーティを始めた。
その日の夜に貢からLINEが入り、彼のおじさんの友人の住所がわかったのである。
初夏に似合いの過ごしやすい夜のことであった。
『写真を送ってきたおじさんの親友は新潟の越後湯沢に住んでいて、今も家族の人がいるって言ってた』
聞きに行くならおじさんから伝えておくって言ってたけど
『どうする?』
こういう内容であった。
新潟の越後湯沢は意外と遠い。
新幹線でも1時間半足らずだ。
つまり、移動するのにお金がかかるという事である。
だが、尊も冴姫も乗る気であった。
冴姫はLINEで『私はOK。温泉入りたい(*´ω`)』と即効書き込んできた。
尊もまた『俺もいいぜ。了解』であった。
夕矢はそれを見てフムッと息を付いた。
毎月、兄からお小遣いはもらっているが…片道5千円以上で往復だと一万円はかかる。
「ないことはないけど」
温泉入るお金まではなぁ
と呟き『了解』とだけ書いた。
翌日、学校へ行き7日と8日の話になった。
7日は朝に出発して貢のおじさんの親友の家族と会い話を聞き、その上で8日のどうするかを決めるという事であった。
授業が終わり4人で教室の片隅に集まっての作戦会議である。
夕矢はメモを取り出すと
「聞くことを纏めておかないとな」
と言い
「第一はその人が写真を撮った時に何処へ行っていたか」
と告げた。
それには三人とも静かに頷いた。
が、冴姫が
「でも、もし家族の人も知らなかったらどうする?」
私のおばあちゃんの写真の時もそうだし
「何処へ行くか大人になったら言わない人いるよね」
と告げた。
確かにそのとおりである。
それに尊が
「日記とかあれば見せてもらうとか」
何かそういうたぐいのことを言ってなかったかを聞くしかねぇよな
と腕を組んだ。
夕矢は貢を見ると
「この写真はいつどこから送られてきたのかおじさんに聞いた?」
と問いかけた。
貢は頷くと
「その人の家から先月の初めだったって3日には届いていたって」
それでその人は先月の末に亡くなったって言ってた
と告げた。
夕矢は「そうか」と呟いた。
尊は夕矢の顔を覗き込み
「どうかしたのか?」
と聞いた。
夕矢は首を振ると
「いや、少し宛てが外れたってだけ」
と答え
「どっちにしても明日越後湯沢に行ってからだな」
と告げた。
それに三人は大きく頷いた。
その時、貢が慌てて
「あー、そうだ」
切符は買わないで改札で待っててな
「おじさんに話したら交通費は出すって言ってくれたから」
と告げた。
冴姫と尊と夕矢は同時に
「「「いいの?」」」
と叫んだ。
けっこうな金額である。
貢は頷き
「もちろん」
おじさんの用事で行くんだから
と返した。
夕矢は内心安堵の息を吐きだした。
兄に前借はしたくなかったのである。
翌朝、夕矢は朝食を作ると起きてきた夕弦に
「俺、今日少し遠くに出かけるけど」
夕飯前には戻るから
と告げた。
夕弦はネクタイをしながら
「…どこだ?」
と聞いた。
弟の夕矢が遠くという言葉を使うときはかなり遠いのだ。
夕矢は迷ったものの正直に
「越後湯沢」
と返し
「あ、けど交通費は大丈夫だからさ」
と付け加えた。
夕弦は小さく息を吐きだし
「そういう心配はしなくていい」
と言うと財布を手に夕矢にお金を渡した。
「何かあっても帰るだけの金額だけは持っていけ」
夕矢は「ごめん」と小さく頷いた。
夕弦は仕方ないという表情で苦く笑み
「今回は旅行にも連れて行ってやれなかったから」
これで温泉入るなら入ってこい
「土産も忘れるなよ」
末枯野の分もな
と告げた。
夕矢は笑むと
「わかった、サンキュな兄貴」
と財布にお金を入れた。
両親が亡くなったのは夕弦が18歳で夕矢が9歳の時であった。
交通事故で何もかもを無くした。
9歳と言えば小学生だ。
色々わがままも言いたい年齢だったはずである。
両親が生きていた頃は次男らしく自由奔放でわがまま放題だったのだが、その頃から弟はぱったりわがままを言わなくなった。
お小遣いも。
欲しいものも。
渡さなければ欲しいとは言わなくなった。
良くできた弟だと思うが、夕弦はそれに胸の痛みを感じていた。
夕矢は家を出ると
「兄貴に心配かけたなぁ」
と呟き
「末枯野のおじさんのお土産と兄貴のお土産買ってこないと」
と呟いた。
夕矢は尊と駅で落ち合い、上野で冴姫と貢の二人と合流した。
越後湯沢へは新幹線とき341号に乗り1時間15分程。
正にちょっとした旅行である。
9時10分発で到着は10時半前。
そこからバスに乗って神立にある友人宅へとたどり着いた。
名前を堺谷達夫と言い、今はその家に奥方の真千絵という女性と息子の達樹と彼の嫁の加奈子の三人が暮らしていた。
真千絵は夕矢達を迎えると日本家屋特有の広い居間に4人を通し膳の上に茶菓子とお茶を用意した。
「遠いのによく来てくれましたね」
彼女はそう言い
「あの人が桔梗さんに送った写真のことですね」
と付け加えた。
貢は頭を下げて
「この度はおじさんが足を怪我して葬式にもこれなくてと悲しんでいました」
ご愁傷様です
と告げた。
彼女は首を振ると
「いえいえ、あの人は桔梗さんとは大学卒業以来会っていなかったんですよ」
もうかれこれ30年以上もね
と言い
「それが…病気が分かって亡くなる前に手紙を、ね」
と遠くを見るように外へと目をむけた。
庭先が見える大きな縁側があり、その向こうに緑の山の稜線が家々の間から見えた。
夕矢は真千絵に
「その、もしかしておばさんも桔梗のおじさんを知っているのですか?」
と問いかけた。
彼女はくすくす笑うと
「知ってましたよ」
大学時代一緒にいましたからね
と言い、少し視線を伏せると
「まあ、色々あってあの人と桔梗さんは仲たがいをしましてね」
相手を思いやり過ぎたというか
と困ったように笑い
「恐らくどちらも引くに引けなかったというか、結局亡くなる前まで…」
とそっと手を膳の上に置いた。
彼女はその頃を思い出しているのか穏やかな笑みを浮かべた。
それだけで。
夕矢には堺谷達夫という彼女の夫は桔梗のおじが大層仲が良かったことが分かった。
でも、30年も音信不通だったのだ。
夕矢は小さく
「その、そんなに仲が良かったのに…30年も会わないってかなり嫌いになったんじゃないんですか?」
と呟いた。
彼女は小さく笑い
「仲違いはしたけれどあの人は桔梗さんを嫌いになんてなっていませんよ…どちらかというと、あの人は桔梗さんに合わせる顔がなかったと思っていたんでしょうね」
と呟いた。
「私、桔梗さんと夫の二人にラブレターを貰ったんですよ」
それに貢だけでなく全員が「「「「えっ!!」」」」と声を上げた。
彼女は少し笑って
「私は桔梗さんのお家には分不相応だと思っていましたし…お返事を書いてはいたんですけど迷いに迷って…」
丁度そのころ桔梗さんに家の縁談が持ち上がって
「桔梗さんは駆け落ちしてでも私をと思ってくれていたみたいですけど…夫は先の生活もあるからと引き留めて家の人とちゃんと話し合えとお互い好き同士なら話し合ってちゃんとしてから結婚すればいいと諫めたらしいんです」
でも桔梗さんはそのことで家に閉じ込められて縁談相手の方と結婚を
「そう言うつもりでなくても…夫にしたら自分が邪魔をして私を奪ったようだと自分を責めたんでしょうね」
私と結婚してくれるまで10年もかかりましたわ
と告げた。
「あの人と結婚したことを後悔したことはないんですけど、最後まであの人が桔梗さんと会えなかったことだけが辛かったわ」
…相手を思いやってのボタンの掛け違いだったんですけどね…
夕矢はそういう仲違いもあるのだと俯いた。
駆け落ちしたとしても大学生だった二人がどうなってしまうのか。
先の生活は?二人のそれまで持っていた夢は?家族との関係は?
貢のおじの親友はそう考えたのだろう。
全員がしんみりと口を閉ざしたものの、初夏の風が不意に舞い込んだとき…夕矢は顔を上げると
「その、でも30年も経って…それでも最後に渡したかったものって」
と呟き
「おばさんは分かりますか?」
と聞いた。
彼女は首を振ると
「私には全く」
と言い
「それをどこに何時隠したのかもわからなかったくらいで」
と悲し気に笑んだ。
「桔梗さんから電話をもらうまでそういう手紙を送った事すらしなかったんですもの」
それに4人は一瞬ガーンとショックを受けた。
聞く前に終了された気分になったのである。
夕矢は「こりゃ、やべぇ」と思ったものの
「その、桔梗のおじさんが手紙を貰ったのは先月初めころなので…恐らく3月の中旬か終わり頃に出かけたりはしていなかったですか?」
と聞いた。
彼女は少し考え
「さあ、その頃はもう入院してましたし…そう言えば出掛けるほどの元気はなかったんですけど三月中頃に新聞を見て急に昔の話を…」
大学の頃に良く富津の方へ行っていたんですけど
「その頃が懐かしいって」
良く三人でキャンプしてたから
と告げた。
「しかも富津岬でキャンプしていた時に二人からラブレターを貰ったんですよ」
二人とも同じ展望塔の上で…
「似た者同士だったのかしら」
ずっと以前にあの人にその話をしたら
「同じ時に同じ場所でか!って驚いていたわ」
その頃のことを思いだしてたのかもしれないわね
…あの頃のことは忘れないでほしい、と言っていましたわ…
4人は小さく笑った。
夕矢は彼女に
「急にその話になったっていうのは」
新聞に何か書いていたとか?
と問いかけた。
彼女は頷きながら
「ええ、内容は覚えていないんですけど写真が載っていて」
と答えた。
夕矢は少し考え
「その新聞の日付け覚えてますか?」
と聞いた。
彼女は困ったように
「ごめんなさい、そこまでは…でも確か…その話があったのが3月20日くらいだったかしら」
と告げた。
夕矢は「3月20日の新聞富津海岸」とメモを取り
「あと、日記とかそういうのはありませんか?」
と聞いた。
彼女は困ったように笑い
「夫はそういうの書かない人だったので」
と告げた。
「ごめんなさいね、手掛かりらしい何もお応えできなくて」
夕矢は首を振り
「いえ、話を聞けて良かったです」
そういう事もあるんだなぁって…思って
と答えた。
貢は彼女におじから預かった香典を渡し
「おじさんも身体が治ったら焼香に来ると言ってました」
俺は身体のこともあったと思いますが
「おじさんは悲しくて俺たちに託してくれたのかもと思います」
絶対に受け取りたいからって言ってたので
と頭を下げた。
彼女は静かに微笑み
「ありがとう、嬉しいわ」
あの人も喜んでるわ
と答えた。
昼を食べるように彼女は勧めたものの夕矢も全員が丁寧に断り、図書館の場所だけ聞いて家を後にした。
新聞と言っても地域新聞の可能性もあるので図書館で新聞の記事だけ探して明日の探索につなげようと思ったのである。
ただ、話では湯沢町には図書館ではなく公民館の中に図書室があるという事であったので夕矢達は堺谷家の近くのバス停から教えられた湯沢医療センター前経由のJR越後湯沢行きに乗り医療センター前で降りた。
そこから徒歩数分でショッピングセンターと隣接している公民館が見えた。
ショッピングセンターを前に冴姫が時計を見て
「ねぇ、ここでお昼済ませていかない?」
時間も11時30分だから込み合う前だからいいかも
と告げた。
確かにである。
夕矢も尊も貢も頷くとショッピングセンターにあるハンバーガー屋でセットを頼み昼食を軽く済ませると図書室へと向かった。
図書室での閲覧は町民やそこで働いている人以外でも可能で、夕矢は司書の女性に3月中の新聞の場所を聞いた。
女性はそれに
「新聞は公民館のろびーにあるけど…2か月前のはなかったと思うわ」
もしかしたら新聞社のデータのバックナンバーなら見れるかもしれないけど
と教えてくれた。
夕矢は頷き
「ありがとうございます。一度ロビーで見てみます」
と答えた。
そして。
「あ、あと…この辺りで配られている地方の新聞って名前分かりますか?」
と聞いた。
彼女は頷くと
「この辺りは日刊だったら新潟日報ね。あと週刊の雪国新聞もあるわ」
と答えた。
夕矢はメモを取ると礼を言ってロビーへと向かった。
職員の女性が言う通りに一か月前の新聞までは保管されていたがそれ以上のモノはなかった。
それに尊が
「じゃあ、温泉入って帰ってからネットで見た方が早いよな」
と告げた。
「出版社がデータとしてバックナンバーを公開してると思うしさ」
夕矢は頷くと
「そうだな」
と答え
「温泉…」
と言いながら三人の顔を見た。
全員心は温泉であった。
冴姫はきゃわぁと喜び
「温泉!」
と飛び跳ねて喜んだ。
貢も安堵の息を吐きだしながら
「調べもので入れなかったらと思ったけど」
12時なら温泉入ってからでも2時の新幹線に十分乗れるしお土産も買える
「良かった」
と笑った。
温泉で有名なところへ来て、温泉を入らずして帰るというのは辛すぎると思っていたようである。
4人は日帰り入浴可能な温泉宿の温泉に入り新幹線乗り場でお土産を買うと2時の新幹線で東京へと戻った。
時間は午後3時半。
夕食を作っても間に合う時間である。
夕矢は上野に着くと
「じゃあ、新聞は俺が調べてLINEで送る」
と告げた。
が、それに尊が
「いや、明日はその新聞を調べる日にして行動は来週にしようぜ」
と提案した。
「今日の明日だし、もし慌てて無駄になったらお金も勿体ないしさ」
貢はそれに
「確かにそうだね」
僕もおじさんに他に手篝がないか聞いてみる
と告げた。
夕矢は頷くと
「じゃあ、明日は俺の家に集合で」
と告げた。
それに全員が頷いた。
夕矢は家の近くのスーパーで買い物をして夕食を作ると兄の夕弦が帰ってくるまでにパソコンで新聞のバックナンバーがあるかを調べた。
新聞は俗にいう日経、読売、朝日、毎日などの一般紙に新潟日報と雪国新聞の地方紙の6誌ほどだ。
ただ、新聞社の記事の詳細閲覧には購読契約が必要なのでそこがネックであった。
『続きを読む場合は購読契約を』と言うやつだ。
新聞は慈善事業ではないので当たり前と言えば当たり前である。
夕矢はサイトを探しながら
「でも、そこがネックだよなぁ」
と小さくつぶやいた。
瞬間に扉が開く音がして、夕矢は慌てて玄関へと足を向けた。
兄の夕弦が帰ってきたのである。
「お帰り、兄貴」
それに夕弦は
「ただいま、お金は足りたか?」
と聞いた。
夕矢は頷き
「切符は桔梗が用意してくれてたから」
あと温泉にも入った
と笑顔で答え、袋を渡した。
「これ、兄貴と末枯野のおじさんのお土産」
夕弦は驚いて
「マジで買ってきたのか」
別に良かったのに
と呟いたものの
「まあ、サンキュな」
と笑んで受け取った。
夕矢は首を振ると
「あ、今朝貰ったお金も返しておく」
と踵を返しかけた。
が、それに夕弦は
「いや、いい」
どうせまた出かけるんだろ?
「その時に使え」
と告げた。
夕矢は振り返り
「…うん、ありがとう」
と答え
「あのさ、合わせる顔がないって30年も思い続けるのって辛かったんじゃないかな」
と呟いた。
「今回の話、桔梗のおじさんとその親友の人がおばさんを好きになって」
桔梗のおじさんに縁談が持ち上がっておばさんと駆け落ちしようってしたんだけど
「親友の人が止めてダメになったんだって」
おじさんは結局その縁談の相手と結婚して会わなくなったんだって
「おばさんはその人は邪魔をするつもりじゃなくて先の二人のことを心配してのことだったんだって言ってた」
…もしそうなら30年も辛かったんじゃないかなぁって思って…
夕弦はネクタイにかけた手を止めて視線を下に向けた。
夕矢はその夕弦に気付かずに
「でも、俺きっと桔梗のおじさんも同じような気持ちだったんじゃないかなって思うんだ」
だって、30年も経ってから『もし受け取るつもりがあるなら5月26日までに探して手に入れてくれ』っていう手紙を送ってきて嫌いだったら放置するけど
「おじさんは絶対に手に入れたいって言ってたから」
兄貴はどう思う?
と顔を見て問いかけた。
夕弦は夕矢の問いかけが聞こえていないように、じっと下を見たまま凍りついたように立ち尽くしていた。
夕矢は夕弦に再度声をかけた。
「なぁ、兄貴!」
夕弦はハッと視線を上げると
「…あ、ああ」
と答えると
「かもな」
と曖昧に言い
「着替えてくる」
と自分の部屋へと入っていった。
夕矢はそれを驚きながらぼんやりと見送った。
始めてみた兄の姿であった。
何が兄をあれほど動揺させたのか分からなったのである。
夕矢は夕弦の心配をしつつ夕食を作るとできるだけ普通の声で呼びかけた。
「兄貴、夕飯出来た!」
声に扉が開くと夕弦が姿を見せた。
「今日はハンバーグか」
とテーブルの上のワンプレートに乗せられたハンバーグを見て呟いた。
その姿はいつもの兄で夕矢は反対に戸惑いながら
「あ、うん」
と答えた。
そして、椅子に座ると食事を始めた。
先の話を切り出していいのか悪いのか。
夕矢は迷いながら結局何も言わないまま食事を終えると部屋に戻ってパソコンで新聞社のサイトを巡り始めた。
夕弦も特段何かを言う事もなく自室へと戻りそれぞれの時間を過ごしたのである。
奇妙な…静けさの広がる夜であった。
夕矢は検索サイトで再度新聞のバックナンバーが見れないかを調べた。
そこでマッチしたのが国立国会図書館のサイトであった。
東京にある図書館である。
それほど遠くもない。
夕矢はサイトの案内を見て
「…ここならありそうだし、近いし」
良いかもしれない
と言いアクセスマップを印刷すると慌ててLINEを入れた。
『明日、国立国会図書館に行かないか?そこだったらバックナンバーが見れそうだけど』
返事は早かった。
冴姫も貢も
『じゃあ、こっちから直接行くね』
『俺も冴姫と一緒に直接向かうから、図書館で落ち合おう』
と返ってきた。
尊も
『じゃあ、俺と夕矢は向島の駅で落ち合って図書館に向かう』
であった。
夕矢も『それで』と返した。
8日の行動が決定して夕矢は息を吐きだすと椅子に凭れ天井を仰ぎ見た。
夕食前の兄のこと。
何が兄を動揺させたのだろう。
全く分からなかった。
だけど、あれほどの動揺を一度も見たことがなかった。
夕矢は目を閉じると
「兄貴、どうしたのかなぁ」
と呟き、小さな溜息を零した。
翌日、夕矢は尊と駅で会って、その後に国立国会図書館で貢と冴姫の二人と合流した。
4人でそれぞれ担当を決めて20日から新聞を遡ってみることにした。
先に日経、読売、朝日、毎日の一般紙から、見つからなければ新潟新聞と雪国新聞であった。
が、目的の新聞は意外なほどあっさりと見つかった。
読売を見ていた貢が声をあげたのである。
「これ、19日の新聞のここに富津岬のこと出てる」
三人に呼びかけた。
夕矢も尊も冴姫も手を止めて貢の元へと集まった。
新聞の記事は岬の名所とその近くの施設の開発の紹介であった。
岬の近くにあった公園を再開発し、より楽しめるだろうという内容であった。
冴姫はそれを見て
「日にちから考えても、これだよね」
でも
「写真の場所…ここかなぁ」
全く関係ない可能性もあるよね
と告げた。
確かにそのとおりである。
そう、手紙を出す少し前に話題になったというだけである。
夕矢もその辺りには全く自信はなかった。
だけど。
夕矢は少し考え
「たださ、いくら写真を用意したからと言ってさ、桔梗のおじさんが探しに行くと考えて全く思い当たりもしない場所に隠すかなぁ」
受け取るつもりがあっても探せない場所には隠さないと思う
「渡すつもりがなかったら手紙なんて送らないだろうし」
と告げた。
貢も意を決すると
「そうだね」
もし見つからなかったら
「正直におじさんに言うよ」
きっと分かってもらえる
と告げた。
冴姫は頷いて
「そうだね」
もし見つからなくても
「思い出の場所だって言ってたから…記念に写真撮って渡そう」
と笑みを浮かべた。
尊も「じゃ、来週に行こうぜ」と告げた。
夕矢は図書館の司書の方と話をしてその紙面を印刷し、次の土曜日に富津岬へ行くことを決めたのである。
4人はランチを食べてついでに東京駅から出ている青堀行きのバスの時刻を調べると別れて家へと返った。
夕矢が家に帰ると兄の夕弦が居り、今のテーブルで新聞を広げて読んでいた。
「夕矢か、お帰り」
夕弦はいつものように声をかけた。
いつもと変わらない兄である。
夕矢はほっと安堵の息を吐きだすと
「ただいま」
と答え
「夕飯の用意するな」
と鞄を自室に置いてダイニングへと戻った。
夕弦は新聞を広げて読みながら
「夕飯は末枯野が買ってきた弁当があるからそれを温めるだけで良い」
お土産の礼だとさ
と付け加えた。
夕矢は「えー、俺の方こそ誕生日プレゼントも貰ったのに」と言いながら冷蔵庫を覗くと二人分の折詰が入っており、カップの味噌汁の元まであった。
本当に細やかな性格である。
夕矢は両手を合わせると
「末枯野のおじさんありがとう」
と感謝し、夕弦の前に座ると
「兄貴がもし何年も経ってから相手が受け取ってもらえたらと思うものがあって、それを何処かに置いておくとしたらどんな場所を選ぶ?」
と聞いた。
夕弦は新聞に目を向けたまま
「昨日のか?」
と聞いた。
夕矢は頷きながら
「俺は、まったく関係のない場所というか相手が思いつきもしない場所には置かないと思うんだ」
と言い、全ての経緯を説明した。
夕弦は冷静にそれを聞くと
「受け取ってくれるなら5月26日までにっていうのが気になるけどな」
俺もお前の言う通りに思い出の場所に隠すと思うが
と返した。
「もしかしたら、5月26日までに見つからなければ…それが無くなってしまう場所に隠したのかもしれないな」
ずっとあり続けるのであれば期限は入れないだろ
夕矢はそれにはっと目を見開くと
「そう言えば」
と自室へ戻り新聞のコピーを見た。
記事に書かれた富津岬の公園の施設を新しく建て替える工事の開始が5月27日になっていた。
そう言う事なのかもしれない。
夕矢はダイニングに戻ると夕弦を見て
「サンキュ、兄貴」
と告げた。
翌日、夕矢は学校へ行くと夕弦との話の内容を告げて
「探すのは工事をするところな」
と付け加えた。
貢は驚きながら
「そう考えれば分かる気がする」
と言い、尊はポンと手を合わせて
「なるほど、それは一理あるな」
と告げた。
冴姫もまた頷き
「そうだね、そこに写真の場所があるか調べよ」
と夕矢の意見を取り入れた。
4人ともそわそわしながら一週間を過ごし、土曜日を待った。
そして、土曜日の朝に4人は東京駅で合流し、バスの乗り場へと急いだ。
バスは東京からアクアラインを通って青堀に到着し、そこから富津の岬行きの路線バスに乗って富津公園を訪ねた。
公園は広々とした臨海公園で先端の方には木造の展望塔があり、上るとそこから東京湾内を一望出来る。
自然観光地なのだ。
夕矢達が路線バスを降り立つと、海岸線に沿って緑の木々が並び合間から青い海がのぞいていた。
流れる風も潮の香りを含んで心地がよかった。
冴姫が最初に展望塔を見つけ
「あれ、隠しもの見つけたら登ろう!気持ちよさそう」
と指を差した。
尊も「おお!」と感嘆の声を上げると
「いいじゃん、いいじゃん」
後で登ろうぜ
とはしゃいだ。
貢もまた目を細めて
「うん、まだ9時だし時間は十分あるよ」
と答えた。
夕矢はそれに
「そうだな!今日と明日しかないから先に探してからな」
と呼びかけた。
そう、この週末を逃すと来週の金曜日には工事が始まってしまうのだ。
夕矢は工事予定地の看板がある方に足を向けた。
予定地には入れないように杭とロープで仕切られ中に作業のプレハブが立っていた。
尊はそれを見ると
「写真も倉庫っぽくて道具が置いていたよな」
もしかして
「あのプレハブとか」
と指差した。
確かにそうであった。
それに冴姫がキョロキョロと周囲を見回して
「見てみない?」
と告げた。
朝も早いために人の姿は殆どない。
恐らくあと一、二時間も人が増えるだろう。
4人はロープの間を抜けると中へと入りプレハブの前に立った。
プレハブには鍵が掛かっており中へは入れそうにはなかった。
が、夕矢は写真を手に周囲を見回すと
「あ」
と声を上げて
「…多分、違う」
と告げた。
そして、階段状の展望塔を指差し
「この写真の白い建物の向こう側に見えるのあの展望塔だと思う」
このプレハブからだと近すぎる
と言い、振り返って奥の方を見つめ足を進めた。
恐らく隠したのは『今』ではなく『過去』なのだ。
その時にはきっと開発の話は世間的に知られていなかったはずである。
つまり、堺谷達夫という人物が訪れた時にはここに杭もロープも、そして、プレハブもなかったのだ。
自分たちがその頃のその場所に行かなければきっと見つけることはできない。
夕矢は足を止めて目の前に広がる光景を見つめた。
白い建物を見つけ、足を進めた。
恐らくその奥に倉庫があるのだろう。
尊も冴姫も貢も全員が黙って夕矢の後を追いかけた。
白い建物は公園の中にある複合施設であった。
受付やレストラン、そして、土産物屋もあったのだろう。
その名残が封鎖された店内に残っていた。
夕矢は裏に回り倉庫を見つけると中に入り窓を開けて様子を見た。
確かに白い建物の向こうに展望塔が見える。
「ここだ」
全員が「「「おおお」」」と声を上げ、尊の
「じゃ、探そうぜ」
と言う呼びかけに中にそれらしいものがないかを見回したが…中には棚だけでからっぽであった。
…。
…。
…。
開発のために取り壊される予定なのだから荷物は運びだされている。
考えれば…有り得る話である。
冴姫は薄暗い中を見回して
「…ここだと思うけど…中身は撤去されているみたいね」
と呟いた。
「もしかして、捨てられちゃったのかな」
貢はその場にガック―と崩れ落ち
「…だよね」
というか知らないものあったら捨てられるよな
「撤去以前に捨てられてたのかも」
仕方ないよ
と呟いた。
夕矢はジッーと外を見つめ
「そうかもしれないけど…もう一か所だけ探してもいいかな」
と呟いた。
倉庫の中に置けば捨てられるリスクは高い。
そんなこと考えれば分かる。
けれど、桔梗のおじさんの親友はずっと以前に隠したのに工事するまで無くならない確信があったのだ。
きっと。
思い出の場所。
それをもし何時か渡そうと思った時にここだと思う場所。
『富津岬でキャンプしていた時に二人からラブレターを貰ったんですよ。二人とも同じ展望塔の上で…』
白い建物の向こう側にある階段状の展望塔。
夕矢は倉庫から出ると駆けだした。
きっと、桔梗のおじさんならここが分れば白い建物の向こうの展望塔が目についただろう。
そこは三人で良く登り、そして、彼女に告白した場所。
一番心に残っている場所なのだ。
行き成り駆け出した夕矢の後を追いかけて三人も駆けだした。
緑の木々が海岸沿いに繁り、その向こうに青い青い海が垣間見える。
流れる風が潮の香りを含んで何処からか吹き込み、そして、何処かへと去っていく。
その一瞬を。
その一刻を。
絡めるように笑い声も笑顔も抱きしめて去っていく。
夕矢は展望塔の前に立つと一番高い場所の真下に立って手で掘り始めた。
「きっとここだ」
尊は慌てて
「おい、待て待て」
それじゃぁ手が切れるだろ!
「スコップ借りてくる」
と駆け出した。
管理人に話をして注意を受けたもののスコップを借りて後できちんと穴を戻すことを約束して地面を掘った。
少しして、そこから古びた四角い缶が姿を見せた。
「これ、かも」
夕矢がそれを貢に渡し、貢はそっと缶を開けた。
中には二通の手紙が置かれていた。
一通は堺谷達夫と結婚した真千絵の貢のおじへ宛てた手紙。
きっと無くしたと言っていた返事の手紙だろう。
そして、もう一通は堺谷達夫自身からのモノであった。
夕矢と尊と冴姫と貢は穴を埋めて警備員の人に謝り、無罪放免となった。
警備員の人も注意はしたものの最後は「見つかって良かったな」と笑みを浮かべていた。
4人はその後、展望塔の上に登って広がる東京湾の光景を堪能した。
夕矢は笑顔で湾内を見つめる友人たちを見て、将来自分たちがどうなるのだろうかとフッと考えた。
堺谷達夫と貢のおじのように互いを思いながらも30年間…いや、もう会えなくなることもあるのだ。
こうやって笑っている自分達にもそう言う時がもし来てしまったら。
兄もまたあの写真の親友たちと何があったのか。
夕矢が知る限り兄の下に姿を見せているのはあの写真の中の唯一人…末枯野剛士だけである。
あの様子から…兄が写真を伏せたのは彼らと『もう会わない』か『もう会えない』という無言の告白なのかもしれない。
その後、富津岬で遊び、夕方自宅へと帰ると夕弦がカレーを作って待っていた。
「見つかったのか?」
夕矢は頷き
「うん、見つかった」
と答え
「俺、きっと桔梗のおじさんと親友の人はずっとずっと会いたがっていたんだと思う」
桔梗のおじさんもずっともっと昔に許していたし
「その人がさ、自分のために言ったんだって分かっていたんだと思う」
だから
「きっとどうしても自分のために残したものを手に入れたかったんだと思う」
と告げた。
「…もし、俺、尊や冴姫や貢と何かそう言う時があったら」
その時は
「ちゃんと離れないで済むように頑張ろうと思う」
きっとおじさんも親友の人もずっとずっと辛かったと思うからさ
夕弦は視線を伏せて
「そうか、そう…できるなら…救われるかもしれないな」
と言い、夕矢に目を向けると
「カレー、悪いが温めてくれ」
できたら呼んでくれ
と自室へと戻った。
夕矢は頷き
「わかった」
と答えた。
兄もやはりきっと…そういう思いを抱いているのだろう。
それが確信できた。
何があったのかわからない。
けれど、きっと、あの写真の人たちを嫌いではなく離れているのだ。
夕弦は部屋に入ると写真立てを見つめ目を細めた。
「…辛かったんじゃない…地獄の…苦しみだ」
お前は許さないだろう
「きっと何かを俺が残してもお前は捜したりはしない」
同じ女性を愛した。
そして。
「彼女が愛したのはお前で…彼女を殺したのは俺だ…」
そこにどんな思いがあったとしても。
今どんなに望んでも。
今どんなに請うても。
…許されるわけがない…
日暮れは早く街には夜の闇が深々と降り始めていた。
夕矢は温まったカレーをご飯にかけて準備を終えると
「兄貴!できたよ」
と声をかけた。
何時かきっと。
兄が彼らとまた向き合える日が来るように祈りながら。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。