新しい仲間
三嶋悟から鑑定方法の他に警備の仕方のレクチャーを受け始めて一週間ほどした後に兄の夕弦から新しい家の話が夕矢に伝えられた。
「今度の家は青森駅から歩いて五分程のところだ」
マンスリーマンションSATOの405号室
「鍵は11月1日に受け取ってその日から入居する」
夕矢は頷くと
「わかった」
と答えた。
「けど、駅前ってすげーよな」
夕弦はパソコンを触りながら
「その方が色々こっちも都合が良いからな」
と告げた。
今住んでいる場所も札幌駅から徒歩圏内である。
しかも周辺には公の施設が揃っている。
夕矢は何となく次の場所も周辺に公の施設があるのだろうと予測はしていたのである。
翌日、悟のオフィスに行くとそのことを告げて残り3日のレクチャーを受けた。
青森へは札幌から新函館北斗へ出てそこから新幹線で新青森へ行き乗り換えという形になる。
行くだけでも5時間近くかかるのだ。
貴重品以外の荷物は段ボール3つを前日に送り出して11月3日着にしておいた。
11月1日の10時に札幌駅に見送りに来た悟は夕矢と夕弦に
「ま、これでも食べながら道中気をつけてな」
と告げた。
北海道名物の十勝牛弁当である。
夕弦は「ありがとうございます、今後もこいつのこと頼みます」と言い、夕矢も「また、宜しくお願いします」と手を振って特急北斗10号に乗り込むと走り出しても暫く手を振り続けた。
約3時間半近く特急に乗り、そして、新幹線に乗り換えるのだ。
夕弦は11時半ごろに貰った十勝牛弁当を食べながら
「今日の夜も青森駅で駅弁買ってすまそう」
と言いシートに身体を預けた。
このとき、まだ訪れたことのない青森で二人が来るのを一人の男性が心待ちにしていたのである。
写真推理
新幹線が止まる新青森駅と青森駅は乗車時間5分程の近い駅であった。
が、その二駅を結ぶ列車の本数は少なかった。
一本逃すと30分から40分待たなければならないほどであった。
東京育ちの夕矢と夕弦はその時刻表を見て
「「まじかー」」
と鞄とリュックを背負いながら呆然と立ち尽くしていた。
夕弦はふぅと息を吐き出すと
「乗車時間5分だと聞いて油断した」
と呟いた。
夕矢は「おお」とか「ほへー」とか呟いて
「まあ、ノンビリ待つしかないよな」
とどこか感嘆を含んだ口調で告げた。
暫く待ってやってきた列車に乗り込み二人が青森駅に着いたのは午後4時であった。
駅弁と翌日の朝食のパンを買い込んで徒歩10分も掛からないマンスリーマンションSATOへ着くと不動産屋の社員がカギを持って待っており二人は5階建てのシックなマンションの4階にある405号室へと入居したのである。
家具は既に備え付けられておりレンジや冷蔵庫も完備されていた。
つまり、その日から何もなくても生活だけは出来るような設備のマンションだったのである。
夕矢は自分に宛がわれた部屋のベッドの腰を下ろし
「取り合えず、今日は疲れたから勉強だけ先にしておこう」
とモバイルを開けて流れる映像を見つめた。
夕弦も自身の部屋でパソコンをセットしベッドへと身体を投げ出した。
明日から早速仕事を始めようと思っていたのである。
翌日。
夕弦の携帯が震えた。
着信を知らせるバイブレーションである。
夕弦は目を擦りながら枕元の携帯を手にすると表示されている名前に目を見開いた。
「末枯野?」
そう呟き、応答ボタンを押すと
「末枯野、何かあったのか?」
と少し寝ぼけが入った声で呼びかけた。
それに末枯野剛士はホテルの一室から眼下を見下ろし
「今、青森に来ているんだが」
と告げた。
青森?と夕弦は頭を傾げかけてハッと起き上がると
「青森?どうかしたのか?」
と声を大にして聞き返した。
剛士は苦笑を零しながら
「ああ、実は話があってな」
今日は会える時間があるか?
と聞いた。
夕弦は頷くと
「ああ、こっちに着いたばかりだ」
問題ない
と答え
「今どこにいる?」
と問いかけた。
剛士はホテルのカードキーを見ながら
「青森駅から徒歩10分程の海に隣接しているアスパ青森ホテルだ」
物産館と併設している
と告げた。
夕弦は駅周辺の光景を思い出しながら
「ああ、右奥に立っていた三角の形の建物の横手のホテルか」
と告げた。
剛士は頷いて
「ああ、それだ」
と答えた。
夕弦は笑むと
「夕矢も喜ぶと思うが…夕矢を連れて行っても大丈夫か?」
と聞いた。
夕矢は剛士になついており会えば喜ぶだろうと思ったのである。
剛士は頷くと
「ああ、夕矢君のことでの話もあるからな」
と答えた。
夕弦は「ん?」と思ったものの
「わかった」
と答え
「場所は駅の側にあるデパートにするか?」
レストランも入っているだろうし
と告げた。
剛士は「ああ」と頷き
「じゃあ、昼の12時にデパートの入口で待っている」
と携帯を切った。
ちょう夕矢が朝食を作り始めダイニングで昨日買ったパンの香ばしい香りが夕弦の嗅覚を刺激し始めたところであった。
夕弦はベッドから降りて部屋を出るとダイニングに姿を見せてパンを焼いて皿に乗せている夕矢を見た。
「昨日の今日で早いな」
そう呼びかけ
「まあ、ちょうど良かったんだが」
というと
「今、末枯野から電話があってこっちへ来ているから昼飯食おうって話になった」
と告げた。
夕矢は目を見開いてパァと笑顔を見せると
「え!?末枯野おじさんが青森に来ているのか!?」
と夕弦を見た。
夕弦は頷き
「ああ、お前にも話があるらしい」
と笑顔で答えた。
夕矢は両手を上げて喜ぶと
「すっげぇ嬉しい!」
と小躍りした。
その後、夕矢は焼き上がったパンを夕弦に渡し、自分の分も焼いて食べた。
いつもは夜する勉強アプリを朝からやって昼前には終わらせた。
後方の憂いを無くしてゆっくりあって話がしたかったのである。
二人は11時40分ごろに家を出てJR青森駅へと向かった。
通勤通学時間はとっくに過ぎ去り、駅はどちらかというと観光客と主婦の姿が多かった。
買出しである。
夕矢は夕弦を見ると
「食事終わったら夕飯の準備買ってかえろうな」
末枯野のおじさんも一緒に食べれたらいいな
と笑った。
夕弦は笑みを深めると
「そうだな」
と答え、デパートの前に立っている柄の大きな男を見た。
末枯野剛士である。
剛士は二人を見つけると手を振り
「久しぶりだな」
と笑いかけた。
夕矢は抱きつくと
「お久しぶり!」
と答え笑顔を見せた。
「末枯野のおじさん、仕事で青森に来たのか?」
今日の夜ごはん作るから家に来てくれるよな
それに剛士は笑顔で
「おお!久しぶりに夕矢君の料理か」
楽しみだ
と告げた。
三人はデパートに入ると最上階のレストランフロアへと向かった。
レストランフロアには幾つかの店が入っており末枯野は個室完備の中華料理屋に入った。
個室は4人席で窓からは青森の駅周辺が見下ろせた。
末枯野は注文を通して料理が来ると夕弦と夕矢を見て
「実は俺が青森に来たのは夕矢くんと一緒に仕事をするためだ」
と告げた。
それには夕弦も目を見開いて驚いた。
末枯野は鞄から一枚のチラシを出すとテーブルに置いた。
それは青森の弘前にある赤レンガの美術館のチラシであった。
「弘前成田収蔵レンガ美術館なんだが、恐らく予告状が来るだろうという話でな」
予告状窃盗未遂事件の担当になった
「北海道で依頼を受けていた三嶋悟の助言でな」
夕矢は「あ」と声を漏らすと俯いた。
「ごめんなさい」
俺がおじさんの名前出したからだ
末枯野は首を横に振り
「いや、俺も色々探りを入れていたからな」
と言い
「本来は管轄ではなかったんだが…津村の圧力もあったと思う」
とプッと笑った。
夕弦は腕を組むと
「なるほどな」
と呟いた。
「菱尾湖南の意味が分かったからか」
夕矢は夕弦を見た。
以前に菱尾湖南という名前について夏月春彦と白露允華から助言を受けたことがあった。
夕矢にはその二人の言っている意味が解らなかったのだ。
末枯野は頷いた。
「ああ、菱尾湖南はアナグラムで夏月の名前が入っているってことがな」
しかも作者の情報が封印されている
「津村が不審に思っても仕方ないだろう」
夕矢は二人の話を聞きながら
「んー」
というと
「ひしお、こなん…ひし、お、こ、なん」
と名前を繰り返した。
夕弦はそれに笑いを堪えきれずに
「ひしおこなんの『ひ』と『お』と『こ』と『な』を組み合わせたらどうなる」
と告げた。
夕矢は目を見開くと
「なおひこだ!」
と叫び「そうだったんだ」と納得すると
「残りの『し』と『ん』は?」
と聞いた。
「まさか真ナオヒコとかじゃないよな?」
それには剛士も堪えきれずに笑うと
「それは夏月に教えてやらないと」
と告げた。
夕矢はむーと顔をしかめると
「でも、残った言葉にも意味がないとおかしいじゃん」
と告げた。
夕弦は「確かにそうだな」と答えた。
夕矢は少し考えて
「しなん…しおん?」
と呟いた。
「なおひことしおん?」
夕弦と剛士は表情を変えると
「直彦としおん…」
と呟いた。
夕矢は腕を組み
「しんは男の子ならいるけど…しなん、しおん、しひん、しこんって考えるとしおんって名前が女の子ならしっくりくると思うんだ」
と告げた。
剛士は夕矢を見ると
「夕矢君は何故、女の子だと限定したんだ?」
犯人は男だと聞いているから『しん』でもいけると思うけどな
と聞いた。
夕矢は視線を逸らすと
「今は言えない」
と答えた。
夕弦も剛士もこういう時の夕矢の強情さは良く分かっていたので
「「そうか」」
というに留めた。
剛士はふっと笑うと
「それで、三嶋氏の代わりに俺が夕矢君に色々教えながら任務に就くようになるからよろしく頼むな」
もっとも俺は
「三嶋氏ほど目は良くないから夕矢君を頼りにしている」
と話を切り換えた。
夕矢は頷くと
「俺、すっげ、頑張る」
と言い、箸を手にすると目の前に並べられた中華料理を皿に盛りつけた。
夕弦も箸を手にすると
「お前が一緒なら安心だ」
と言い
「俺達も食べようか」
とエビチリを皿に盛った。
夕弦はエビチリの次に五目焼きそばを食べながら
「そう言えば、今ホテルだと言っていたな」
と剛士に聞いた。
剛士は頷くと
「ああ、宿泊費は経費で落とせるから問題はない」
と答えた。
夕弦はそれに
「一緒に住まないか?」
部屋もあるし
「その、頼みたいこともある」
と告げた。
夕矢は夕弦を見た。
兄がこうやって誰かに頼みごとをするのをほとんど見たことがない。
剛士も、である。
偶に悩みがあることを打ち明けられることはあるが、こうやって頼みごとがあると言われるのはめったになかった。
「ああ、じゃあ。俺も助かるから世話になる」
と笑顔で答えた。
食事を終えると夕食の買い物をして剛士の宿泊しているホテルへ行き、荷物を手に夕弦と夕矢が住むマンションへと向かった。
ホテルの方は連泊の予約を切り上げてチェックアウトをした。
当日の宿泊費は払う事になったが翌日からの分は必要なかった。
キャンセル費用は当日100%だけのホテルだったのである。
仕事柄いつ呼び戻されるか分からなかったのでそういうホテルを選んではいたのである。
マンションの部屋に入ると剛士は
「おお、中々広々としているな」
と告げた。
夕弦は笑って
「まあな」
と答えた。
「やはり駅が近く市役所など色々な場所へいく利便性を考えるとこうなるな」
夕矢の隣の部屋を使ってくれ
言われ、剛士は
「ありがとうな」
と答え、部屋に荷物を置いた。
ベッドも完備されクローゼットもある。
彼は備え付けのハンガーに上着をかけて部屋を出るとリビングの椅子に割っている夕弦の前に座った。
夕矢は家に帰ると
「夕食まで勉強アプリしておく」
と部屋で勉強であった。
そして
「夜は末枯野のおじさんの仕事の詳細を教えてもらうな」
というとこであった。
夕弦は15分ほどで湯が沸くポットでお茶を入れると剛士の前にカップを置いて
「お前の持っている刑事の技術を夕矢に教えて欲しいんだ」
と告げた。
剛士は一瞬驚いて目を見開いたが静かに笑むと
「そうか、夕矢君はその道を選んだのか」
と呟いた。
夕弦は「先のことまでは分からないが」と言い
「けど、俺はそういう道を行くんじゃないかと思ってな」
と返した。
「俺は諜報活動の方法なら教えてやれるが警備の在り方や考え方…それに体技とかはな」
出来れば心構えというかそういうのもお前からなら学べると思ってな
剛士は頷くと
「そう言ってもらえると俺としても嬉しい」
と言い
「今回の仕事をしながら教えていくようにしよう」
と答えた。
夕矢は兄の夕弦と剛士がそんな話をしているとは知らず化学の講義を見ながらノートを取っていた。
夕食はハンバーグであった。
夕方の4時半になると勉強を終えて夕矢は
「俺は今からシェフになる」
と笑顔でミンチを練り始めた。
「おじさんがいるからめっちゃおいしいの作るからな」
夕弦は笑いながら
「良かったな、末枯野」
と告げた。
剛士も笑いながら
「それは楽しみだ」
と答えた。
夕矢のワンプレート煮込みハンバーグは好評で、食事を終えると剛士は問題のチラシを出した。
弘前成田収蔵レンガ美術館の例のチラシである。
そこには菱尾湖南の乙女の一枚が印刷されていたのである。
菱尾湖南の乙女シリーズの女性は全て同一人物である。
見ればわかるという事だ。
夕矢はチラシを手に
「片隅の印刷だけど…見つけたらきっとくる」
と呟いた。
彼女『なおひこ』の目的は絵の中にある写真を抜き出すことにある。
タイトルなどは全く関係がないのだ。
乙女シリーズがあると分っただけできっとやってくるのだ。
剛士は頷いて手帳を開くと
「タイトルは『椿』だ」
と告げた。
「まだ予告状は届いていないんだが明日にでも美術館の方に出向こうと思うんだが」
どうだろうか?
夕矢は大きく頷きかけて
「あ!」
と声を漏らすと
「明日は荷物が来る」
と告げた。
…。
…。
夕弦も「ああ」と言い
「確か3日の午前中だったな、荷物」
と呟いた。
剛士は夕矢を見ると
「じゃあ、荷物を受け取ってからいくか」
と告げた。
「車で1時間だ」
夕矢は頷いた。
剛士は頷き返し
「予告状がくるかどうかは分からないが来る可能性があるなら、通常の状態を知っておいた方が警備などには良い」
と告げた。
「予告状がくると全員がいつもと違う事をするから通常の状態がわからなくなる」
そういうことだ
夕矢は目を見開くと
「そうなんだ」
と驚いた。
夕弦は静かに笑みを浮かべた。
翌日、夕矢と剛士は10時頃に荷物が届くとレンタカーを借りて弘前へと向かった。
車で1時間少々。
客として弘前成田収蔵レンガ美術館に訪れた。
赤レンガ倉庫を改築した美術館はL字型をした作りで入口を入ると左手に受付と事務所とトイレが併設されており、その前を通って展示室へと向かう。
パーティションで幾つかの部屋に分れている訳ではなく事務所を越えた一つ目の倉庫の両側の壁に絵が飾られており奥まで行くと左側に二つ目の倉庫が続いていた。
一番奥の広々としたところには青森の有名な画家の風景が飾られ、そこまでは両側の壁の絵を見て進むという形的には建物の構造そのものと同じ形になっていた。
絵は洋画のみで二つ目の倉庫が常設展示で季節によって変わることはあるが郷土の画家の絵以外は飾ってはいなかった。
イベントなどの特別な絵は一つ目の倉庫の身で飾られている訳である。
大人500円のチケットを二枚買って剛士は一枚を夕矢に渡した。
「じゃあ、入ろうか」
夕矢は受け取りながら
「あ、けど…お金」
と言いかけたが、剛士は笑顔で
「心配しなくてもいい」
これは経費で落ちるんだ
と告げた。
「帰ったら確定申告のやり方も教えるからな」
夕矢は驚きながら
「確定申告」
すっげー
と笑った。
剛士は苦笑しながら
「そうだ、これから必要になるからな」
と告げた。
チケットを受付に渡し半権を受け取って中へと入った。
事務所とトイレの前を通りゆっくりと一つ目の倉庫の絵を見て歩いた。
剛士は絵を見ながら防犯カメラの位置や事務所内の人間の人数チェックなどを見ながら確認を行っていた。
問題の菱尾湖南の絵はイベントブースの中ほどにあった。
夕矢と剛士はその前に立ち赤い椿の花を手にそれを俯き加減に見つめる少女の姿を描いたそれを見つめた。
夕矢はちらりと剛士を見た。
夕矢はその少女の目が夏月直彦と同じだと感じたのである。
中学時代からの旧友である剛士にはどう映るだろうか?
酷く気になったのである。
自分の思い過ごしなのか。
それともそうではないのか。
剛士は菱尾湖南の絵の少女を見て目を細めた。
「夕矢君はこの女性の目が夏月に似ていると言っているんだな」
夕矢は目を見開いた。
剛士は「確かに似ているな」と告げた。
「三嶋氏や夕矢君ほどの目が無くても似ているとは思う」
彼女は誰か
夕矢はハッとすると
「確かに、この女性…誰なんだろ」
と呟いた。
空想で書いている訳ではないことは分かる。
つまり、モデルの女性がいるのだ。
剛士は少し考え
「さて、そろそろ行くか」
と歩き出した。
夕矢も頷くと足を進めた。
作品数はそれほど多いわけではない。しかし、空間は広いのでゆったりと見ることが出来る。
休憩用の椅子も多く休み休み見ている人も少なくはなかった。
ざっと見て一つ目の倉庫では10名ほど。
二つ目の倉庫でも20名ほどである。
そして、出口には絵画グッズを取り扱った売店があり剛士は問題の菱尾湖南の椿の絵ハガキを購入した。
美術館を出ると丁度正午を迎え剛士は夕矢に
「じゃあ、ランチを食べに行こうか」
と告げ、鞄から『青森弘前 美味しいランチの店』という本を取り出しペラペラと捲った。
夕矢は笑顔で
「末枯野のおじさんの選ぶ所なら何処でも良い」
と告げた。
剛士は笑い
「よし、和洋中のどれがいい?」
と聞いた。
夕矢は考えながら
「んー」
と言い
「俺、和食が良い」
と答えた。
「昨日はハンバーグ作ったしその前は中華だったから」
剛士は笑顔で
「OK、行こうか」
と歩き出した。
美術館は弘前城の近くにあり周辺にはレストランが多く有名店や老舗も多かった。
その中に弘前城の堀に面した場所に老舗の日本料理屋があった。
城を見ながら日本懐石が食べられるという店である。
夜は単品のみだが昼間は少し格安のミニ懐石があり夕矢も剛士もそれを頼んだ。
客はそれなりに入っているが全員が仕切りのある個室タイプで自由に話しが出来る落ち着いた雰囲気の店で剛士は料理が来るとゆっくりと食べながら夕矢を見た。
「今、美術館を見てきたんだが夕矢君の感想はどうだ?」
夕矢は天ぷらを頬張りながら
「ん?」
と首を傾げた。
剛士は静かに笑むと
「わかるか?」
と聞いた。
夕矢は天ぷらをモシャムシャ食べて飲みこむと
「…絵の感想?」
と聞いた。
剛士は首を振ると
「いや、違うな」
と答えた。
「今、夕矢君は何のために美術館に行ったんだ?」
夕矢は考えながら
「それはやっぱり菱尾湖南の乙女を盗もうとする人物から守るための事前準備」
と答えた。
剛士は「そうだな」と肯定し
「じゃあ、どう思った?と聞いた内容はわかるな」
と告げた。
夕矢は頷いて
「うん、通常時の客の人数とか…警備状況とか…内装とか」
と答えた。
そして
「けど、俺ちゃんと見てなかった」
と付け加えた。
剛士は「そう思った」と笑み
「それで良いんだ」
と言い
「昼からもう一回見に行くからな」
と告げた。
夕矢は笑顔で大きく頷き
「ありがとう、おじさん」
と答えた。
そう、三嶋悟と末枯野剛士はそれぞれ職種も違えば捜査の仕方も違うのだ。
夕矢はいま剛士から今後遭遇するだろう事件解決の大切な手法を教わっているのだと理解したのである。
剛士も夕矢が真意を分かってくれたと理解すると笑顔で
「そうしたら、食べて第二段だ」
と告げた。
親友である東雲夕弦から夕矢の事を頼まれた。
相談はされても頼まれることはなかった。
それくらい気丈な親友から大切な弟のことを頼まれたのである。
自分にできる限りのことを教えて行こうと剛士は思っていたのである。
二人は食事を終えると美術館へと再度向かった。
剛士はチケットを買い渡すときに
「夕矢君、先は午前中の状況だった」
今度は午後の状況になる
と告げた。
夕矢は深く頷き
「はい」
と敬礼した。
二人はレンガ倉庫の中へと足を踏み入れた。
チケットを購入して事務所の中の様子を伺いながらトイレの前へと進んだ。
トイレは男女の入口が同じで中で男性用と女性用に分れていた。
大元がレンガ倉庫なので反対側は壁が展示しているスペースへとそのまま伸びていた。
絵は壁に掛けられパーティションはなく正に手に取れる距離まで近づくことが出来る状態であった。
夕矢は手を伸ばして
「何か凄く身近」
としたときに事務室から一人の女性がやってきた。
慌てる風もなく傍から見ても怪しくは見えない感じであった。
「いかがですか?」
当美術館は身近に絵を見れることをモットーにしております
そう告げてさり気無く展示物に触れないように促してきたのだ。
夕矢は慌てて
「あ、すみません」
あまり何もないので手が届きそうと思って
と告げた。
女性は笑顔で
「いえ、たまにそういう方はおられます」
どうぞごゆっくりご観覧ください
と告げた。
つまり。
防犯カメラで見張っているという事である。
二人は女性に見送られてゆっくりと絵を見ながら歩き館内を見た。
来客数は昼食後という事もありノンビリと歩くカップルや一人で美術館めぐりという小冊子を持って歩いている人も居た。
ざっと見て一つ目の倉庫には12名。
二つ目の倉庫には14名ほど。
午前中と余り代わり映えがなかった。
出口を出ると太陽は西へと傾き始めていた。
その時、末枯野剛士の携帯が震えた。
彼は美術館の庭の芝生の上で足を止めて携帯を手にした。
「やはり、予告状が届きましたか」
そう言い、バッと見た夕矢を一瞥し
「ああ、今ちょうど弘前成田収蔵レンガ美術館に三嶋氏のオフィスのメンバーと来ているところです」
と告げた。
夕矢は三嶋悟ではなく警察からだと理解した。
剛士は数度頷き
「全国のチラシを良くチェックしているという事でしょう」
ネットだと思いますが
「そうでなければかなりの労力が必要ですから」
と告げた。
「わかりました、予告日は明日ですか」
今から事務所の方へまわります
夕矢はじっと見つめ、拳を握りしめた。
剛士は携帯を切ると夕矢を見て
「行こうか、夕矢君」
と足を踏み出した。
建物を回って入口に戻ると受付の女性にそっと警察手帳を見せた。
「いま連絡を受けて」
女性は立ち上がると事務所の入口の戸を開けた。
「どうぞ中へ」
剛士と夕矢は中へ入ると事務員の女性に応接室へと案内された。
5分程で慌てて館長の成田健三が現れた。
「まさかこちらに来られていたとは」
お待たせして申し訳ありません
そう言って二人の前に座った。
剛士は首を振り
「予告状が届いたとのことですが」
と告げた。
健三は頷いて封筒と白い予告状を見せた。
「これが届きまして」
剛士は夕矢に見せた。
「これか?」
夕矢は頷き
「間違いない、文字も一緒だしカードも一緒」
と答えた。
剛士は「そうか」と言い健三を見た。
予告状には『明日、菱尾湖南の偽乙女に預けたものをいただきに参ります』と書かれていた。
剛士は封筒を手に取り
「なるほど、青森市内から郵送か」
と呟いた。
「しかも、ご丁寧に一番大きな郵便局から送っているようだな」
夕矢も剛士から受け取り消印を見た。
昨日の消印である。
届く日にちを計算して出したのだろう。
剛士は健三を見ると
「実は北海道でも同様の事件が二件起きておりました」
と告げた。
「二件とも犯行は失敗に終わり絵は戻っております」
健三は驚きながら
「そうだったんですか」
と言い
「ニュースにはなっていなかったようですが」
剛士は頷くと
「犯行は失敗し絵が無事に戻った事と…どちらの美術館もやはり公にすることで騒がれることを良しとしなかったようです」
と答えた。
「犯人は菱尾湖南の乙女シリーズを狙っていると思われます」
健三はそれに腕を組むと
「なるほど、乙女シリーズは14枚あり一人の女性をモデルに描いているということは私の父から聞きました」
名前のほとんど聞かない画家だったので値段自体は高くはなかったようです
と言い
「絵は素晴らしいし女性も魅力的に描かれている」
良い絵だと思っています
「ただ高い値段ではなかったのでこう言っては何ですがシリーズを一気に購入しようとする蒐集家はいたようです」
と告げた。
夕矢はそれに目を見開いた。
「え?何故しなかったんですか?」
健三は夕矢を見て
「それが一枚以上の購入は出来なかったみたいでね」
売り手の意向でね
と答えた。
剛士は考えながら
「つまり、バラバラにしなければならない理由が売り手にはあったと」
と言い
「その売り手の情報は?」
と聞いた。
健三は立ち上がると
「んー、27年前だったの…当時の履歴が残っているかどうか」
と部屋を出ると事務の女性に指示を出した。
そして、戻ると
「今、調べさせているので」
古い記録なので残っているかどうか
と告げた。
剛士は頷き
「助かります」
と答えた。
「それで、警備についてですが」
健三は頷くと
「はい、どのようにすれば」
と聞いた。
「やはり私たちの美術館も泥棒に入られて万が一盗まれたとなると今後の絵画貸し出しなどに響くので穏便のことを運びたいと思っています」
そうなのだ。
美術館で泥棒に狙われ盗まれるとセキュリティの低い美術館として美術品の貸し出しに影響が出るのである。
つまり、大々的なイベントが出来なくなる可能性があるのだ。
剛士は健三に美術館の現状のセキュリティを聞いた。
現状は先程注意受けたように主には防犯カメラで係の者が注意をしに行くというモノである。
健三は説明し
「絵画は全てドッコ式で固定しているので早々簡単に外すことはできません」
レールから額を取る時にはセンサーが作動して警報が鳴るようにしております
と最後に告げた。
ドッコ式は壁と額にそれぞれレールをつけて鍵のように組み合わせて固定する方法でよく使われるものであった。
夕矢はドッコ式については三嶋から聞いておりよくわかっていたが
「北海道の二件の犯人はかなり乱暴に絵を取り外してます」
と告げた。
健三は夕矢に目を向けた。
剛士も夕矢を見て頷いた。
これまで対峙してきたのは夕矢なのだ。
自分の方が知識としては足りないことを重々承知していたのである。
夕矢は剛士の視線を受けて
「俺から見て犯人はただただ絵を手にするだけが目的なので…後のことを考えていないと思う盗り方をすると思います」
と告げた。
「額縁から丁寧に外して保護するような取り方はしないという事です」
そう。
恐らく絵が破れようが傷つこうが構わないという取り方なのだ。
健三は首を傾げ
「しかし、絵を傷つけると転売などできなくなるのでは」
と告げた。
多くの盗難事件の目的は『金』である。
転売。
絵を人質に身代金。
つまり、絵自体を傷つけることはご法度なのだ。
夕矢は息を吐き出すと
「俺が二件の事件から思ったことは」
絵が傷ついても良いと思っている人物が犯人だと確信してます
と告げた。
「究極、壁から額縁が剥がせなかったら額のガラスを割って絵を切り取ることもすると」
…。
…。
健三は目を見開いたまま倒れそうになった。
夕矢は慌てて
「あ、あわわ…すみません」
と手を前に伸ばした。
剛士はふぅと息を吐き出し
「成田さん」
と言い
「それも考慮に入れて警備をするということで」
と告げた。
健三は頭を大きく下げると
「お願いします!」
私は父から受け継いだ美術館を大切に思っています
「そして同時に中に飾られる絵も大切にしています」
もしもし
「絵が破られて…などと公になったら美術館は他の美術館から絵を借りることができなくなる」
と両手を組んで俯いた。
夕矢は俯いて膝の上で拳を作った。
本当は。
恐らくは。
展示されている絵がどうなっているかは分からないのだ。
夕矢と剛士は明日の警備の打ち合わせをして帰宅の途についた。
途中で有名な持ち帰り用の弁当を三つ買って帰り、既に帰ってきていた夕弦にそれを渡してそれぞれの部屋へと入ったのである。
ラフな服に着替え二人はリビングに姿を見せた。
夕矢は弁当を温めて夕弦と剛士に渡した。
そして、食事を終えてコーヒーと夕矢は紅茶を入れて一息ついた。
外は既に闇が降り町の明かりが皓々と点いていた。
駅前なのでそれほどの暗さはないがそれでも海が近いだけに東京よりかは闇の深度は深かった。
剛士はコーヒーを置くと夕矢を見て
「先の北海道の二件の事件だが表向きは失敗と言われているが…夕矢君自身はどう思っているんだ?」
と聞いた。
刑事の声である。
夕弦は黙ってコーヒーを口にした。
夕矢は息を吸い込み吐き出すと
「俺は…なので…真偽は分からないけど」
俺は先の二件の絵は犯人が持ち去っていると確信している
と告げた。
「末枯野のおじさんには嘘はつけない」
剛士は大きく息を吸い込み吐き出し笑みを浮かべると
「ありがとう、夕矢君」
俺を信じてくれて
と言い
「三嶋氏も同じようなことを言っていた」
声を大にしては言えないがと言っていたが
夕矢は目を見開いた。
剛士は腕を組み
「だが本物が戻ってきているというのがな」
と呟いた。
「俺は絵についての知識はないが…飾られている絵が偽物なのか本物なのか」
それに夕弦が唇を開いた。
「両方、本物だろ」
それに夕矢と剛士が目を向けた。
夕弦は二人を見ると
「その話を聞くと盗まれた最初の絵も本人作だったんだろう」
その後に戻った絵も本人作
「だったら、菱尾湖南は同じ作品を二枚ずつ描いたと考えた方がおかしくないだろ?」
しかも
「同じ時期に」
と告げた。
「ゴッホのひまわりもそうだろ?」
そういう画家は沢山いると聞いたことがある
「もっとも、今回の乙女に関しては量産とは違う意味があるようだが」
夕矢は大きく目を見開いた。
「そうか」
そう言う事だったんだ
「俺、逆の考え方をしたんだ」
夕弦と剛士は夕矢を見た。
夕矢は二人を見ると
「俺、ずっと誰かが乙女の絵を真似て書いてそれにあるモノを隠して売ったんだと思ってた」
きっとそうじゃなくて
「それを隠すために作者がその絵を描いて売りにだしたんだ」
それを手元に置くと危ないから
と告げた。
剛士は夕矢を見て
「写真…だな」
と告げた。
「三嶋氏がどんな写真家は知らないが事件の後に必ず犯人と思われる人物が持ってきていたと言っていた」
俺も夕矢君を信じているので
「話しておく」
つまり、全ての事を三嶋悟から聞いていたのだ。
だが、夕矢が話さなければ話さなかったのだろう。
所謂、信用と信頼の問題なのだ。
夕矢は立ち上がると部屋に入り写真を手にすると戻ってきた。
「これ」
全部で三枚ある
「この写真が飾られている絵のどこかにあるんだ」
きっと
剛士は手に取り
「これは…なんだ?」
と呟いた。
「全て似ている形をしている丘の写真だが」
夕弦も腕を組み
「そうだな」
と呟いた。
夕矢は「俺は兄貴もおじさんも信じてる」と言い
「この丘の形…夏月先生と先生の好きだった人との思い出の場所の丘に似てると思ってる」
と告げた。
「場所は違っても全部綺麗な放物面をしてるだろ?」
前に兄貴に聞いたことあったと思うんだけど
「その時の丘の形に全部似てる」
…それが14枚あるのかもしれない…
その意味。
夕弦も剛士も顔を見合わせて言葉を失った。
夕矢は息を吸い込み
「彼女は『なおひこ』って名乗ってる」
世界で一番嫌いな名前なんだって
と告げた。
剛士は微笑むと夕矢に
「ありがとうな、夕矢君」
全てを話してくれて
と告げて、写真を渡した。
「これは夕矢君がその彼女から預かった大切なモノだ」
大切にしておくと良い
夕矢は受け取り頷いた。
「ありがとう、おじさん」
剛士は夕弦を見ると
「取り合えず、津村には連絡を入れておく」
夏月と朧の思い出の場所がどういう意味を持っているのか
「調べさせた方が良いからな」
と告げた。
夕弦は頷いた。
翌日、夕弦は市役所へと向かい、剛士と夕矢は美術館へと向かった。
どちらの絵も守ることが出来るのか。
絵を傷めても構わない上での行動なのだからそれを防ぐのは難しいものがあった。
夕矢と剛士は問題の菱尾湖南の『椿』の周辺をうろつきながら開館の音楽を耳にした。
人々が昨日と同じようにパラパラと入り始めた。
延べ床面積に比べると20名から30名というのは狭いと感じさせる人数ではない。
二人は中央辺りで人々の動向を見ていた。
客層は意外と20代から60代くらいで旅行客のような少し大きなボストンバックを持った人も混じっていた。
その中に一人のガラの悪いGパンの男が姿を見せた。
男は絵に興味がないという具合に真っ直ぐ菱尾湖南の絵の方へと近づいた。
剛士は夕矢を見ると
「夕矢君は周りを警戒しておいてくれ」
というと男の元へと足を進めた。
男はニヤリと笑うと
「おりゃぁ!」
と拳を振り上げると振り下ろした。
が、その拳を横合いからの手が掴んだ。
剛士がガッと掴むと男の横に立って
「美しい女性に腕を上げるなんて無粋な男だな」
と言い、驚いて逃げようと腕を払った男を床に押し付けると
「業務威力妨害で逮捕する」
と手錠をかけた。
その時。
夕矢が声を上げた。
「おじさん!」
声に剛士が前を見ると帽子を目深に被った一人の青年が立っていた。
いや、青年に見えるほどシュッとしているが見るものが見ればわかる。
剛士は「なるほど、女性か」というと手早く男が動けないように後ろ手にもう片方の手に手錠をかけると立ち上がった。
「君か」
しおんさん
「君の嫌いな夏月直彦と同じ目をしているな」
それにその人物は目を見開くと腕を振り指先を真横に走らせた。
手刀である。
剛士は後ろの絵を気にしながら腕で手刀を受け止め足蹴りで後ろへと弾き飛ばした。
もちろん、剛士は性別が分った以上はそれほど強く蹴りは入れていない。
「業務威力妨害で君を逮捕する」
と手を伸ばした瞬間にその腕を掴むと捻りながら足を滑らせた。
「!!」
一瞬の出来事あった。
剛士は反動で回転するように倒れ床に身体を打ち付けた。
夕矢は慌てて足を踏み出しかけて剛士に止められた。
「やめろ!夕矢君!!」
危ない!!
体術を学んでいると分ったのである。
剛士もまた体術を学んでいたので受け身を取れたが夕矢はそうではない。
かなりの怪我をする恐れがあった。
青年の姿をした『なおひこ』は踵を返すと集まる客を押し退けるとその場から逃げ去った。
夕矢は剛士に駆け寄ると
「おじさん、大丈夫か!?」
と心配そうに呼びかけた。
剛士は頷き
「受け身を取ったので問題はない」
と言い、後ろ手に手錠をされて転がっている男を見ると
「洗いざらい話もらおうか」
と告げて、駆けつけてきた美術館の館長に引き渡した。
館長は安堵の息を吐き出し
「ありがとうございました」
と頭を下げた。
夕矢は剛士と間諜を見ると
「頼みがあるんです」
と唇を開いた。
美術館は客にお詫びを言って入館料を払い戻して直ぐに閉館した。
捕まえた男は全てを泣きながら白状し、受け取った金もその場で渡した。
結局、何も壊していないということで厳重注意をして解放した。
そうしなければならなかったのである。
夕矢は関係者以外誰もいなくなると剛士と美術館スタッフと共に館内を捜索し始めた。
そして、女子トイレの中から菱尾湖南の『椿』を見つけたのである。
全く同じ絵が二枚。
サインも経年劣化の具合も…筆も全てがほぼほぼ同じであった。
成田健三はそれを前に驚きながら
「これは、一体」
と呟いた。
夕矢は彼を見て
「お願いがあります」
と告げた。
成田健三はそれを聞き深く頷くと
「わかりました」
と答えた。
「私は絵が無事だったのでそれだけで」
夕矢は笑みを浮かべると
「ありがとうございます」
と答えた。
二人は美術館を後にすると弘前城の近くにある洋食レストランに入った。
席に着いた瞬間に夕矢の携帯が震えた。
『なおひこ』からである。
夕矢は携帯に出ると
「…お腹大丈夫?」
と聞いた。
それに『なおひこ』は
「手加減していたから衝撃は余りなかった」
と言い
「もう一つの絵も見つけたよね」
と告げた。
夕矢は頷き
「うん、ごめんな」
兄貴とおじさんには預かった写真見せた
「俺の一番信用している人だから」
と言った。
「君も俺を信用してくれているなら…一人で抱え込まないで」
しおん、さん
長い沈黙が流れた。
「どうして名前分かったの?」
夕矢は剛士をチラリと見た。
剛士は静かに頷いた。
夕矢は応えるように頷き
「菱尾湖南はアナグラムなんだって」
『なおひこ』と『しおん』
「二人の名前が入ってる」
と告げた。
「会いたい、今どこにいる?」
絶対に君を傷つけないから会いたい
「俺、守るから」
彼女は視線を伏せると
「ありがとう」
というと
「弘前城の追手門の近くにあるエルフィンという喫茶店に来て」
と告げて携帯を切った。
夕矢は立ち上がると
「俺、エルフィンって喫茶店に行ってくる」
と告げた。
剛士も立ち上がり
「一緒に行こう」
もちろん捕まえるためじゃない
と微笑んだ。
店のウェイトレスに断って店を出ると追手門の方へ向かいエルフィンという喫茶店に入った。
小さな店でサッと見渡すことができた。
が、夕矢の知っている『なおひこ』の姿はなかった。
夕矢はレジの女性のところへ行くと
「すみません、少し前まで身長がこれくらいの女の子いませんでした?」
と聞いた。
女性は夕矢を見ると
「あの『なおひこ』さまですか?」
と聞いた。
夕矢は頷くと
「はい!」
と答えた。
女性はレジ台の引き出しから封筒を取り出すと
「『なおひこ』という名前を知っている方にこれを渡してくださいと女性の方が」
と告げた。
剛士は彼女に
「あ、ここは食事もしているんですか?」
と聞いた。
女性は頷くと
「はい、軽食もしております」
と答えた。
剛士は夕矢の肩を軽く叩くと
「座って見た方が良い」
とウェイトレスの案内で窓際の席に座った。
封筒には二枚の写真とカードが入っていた。
『君のことだから取り損ねた写真ももらってくれるよね。
ありがとう、宜しくね』
そして、下に名前があった。
『詩音』
夕矢は口を尖らせたまま俯き
「…ちゃんともらう約束したから安心しろ」
と落ちそうな涙を堪えた。
剛士は夕矢を見てそっと頭をポンポンと叩いた。
「大丈夫だ、次も止めてやろう」
彼女の為に
夕矢は剛士を見ると大きく頷いた。
数日後、弘前成田収蔵レンガ美術館から連絡が入った。
27年前の購入記録が見つかったということであった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。