表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/123

怪盗クロウと最期の対決

9月16日の土曜日。

東京太陽ミュージアムの開館時間は午前10時であるが怪盗クロウが時間内に取るという保証はなく剛士は夕矢からの電話を受けると朝の7時に迎えに向かった。


9月中旬ではあるが夜明けはまだ早い。

通勤に向かう人々も多く見受けられ夕矢は夕弦に

「じゃあ、俺行ってきます」

と言うと家を後にした。


この日は津村隆も夏月家へ行くことなく東京太陽ミュージアムに姿を見せていたのである。


剛士は車を駐車場に止めて夕矢と共にミュージアムの裏口で隆と落ち合い中へと入った。

裏口はあるが指紋認証の為に早々誰もが抜けられるわけではない。


剛士は後ろについて歩きながら

「そう言えば、夏月の方は大丈夫なのか?」

と聞いた。


隆はそれに笑いながら

「ああ、昨日の夜に原稿上げて『行って来い』と言われた」

と言い

「今頃は布団の中で丸くなって寝ているな」

と告げた。


夕矢は目を見開くと

「猫のようにとか?」

と呟いた。


隆は頷いて

「ああ、ソファでもベッドでもあいつは布団を巻き込んで丸く寝る」

と答えた。


夕矢は「へー」と笑って

「俺、夏月先生だから仰向きで気を付けして寝ているのかと思った」

と告げた。


隆と剛士は「「何故、夏月なら気をつけして寝ると思ったんだ??」」と心で突っ込んだが言葉にはしなかった。

時々ある夏月直彦の印象による謎思考である。


裏手の狭い通路を抜けると事務室へと入り、そこを抜けて展示室へと入る。


展示室は一階の大フロアと二階の二つの中フロアから成り立っており大フロアは常設展示で二階の二つの中フロアを期間展示や特別講習などの様々な催しに使っている。


今回はその2Aのフロアで期間展示として日本洋画展をしているのだ。


隆は二人を予告のあった中村早雪の紅葉と仔犬の絵の前へと連れて行った。

鮮やかな紅葉を見上げる愛らしい二匹の仔犬が掛かれており、剛士は「ほう、可愛いな」と呟いた。


隆は腕を組み

「そうだな」

と答え

「運営は館長の酒井に任せている」

と告げた。

「これが絵の情報だ」


剛士は受け取り絵の持ち主を見て

「なるほど」

と夕矢に渡した。


夕矢はそれを見ると

「やっぱり、安積美術館だ」

と呟いた。


隆は頷いて

「怪盗クロウが盗んでいる美術品は安積美術館のものばかりで…しかも貸し出されたモノらしいな」

と告げた。


夕矢はハッとすると

「ん、そうだ」

と呟いた。


隆は笑むと

「昨日、予告が届いて直彦に言ったらそう言っていた」

それで

「普通なら美術館から盗めば良いが、そうしない、そうしたくない理由があるんだろうってな」

と告げた。


夕矢は春彦から事情を聞いていたので凡その理由は想像できたがその情報なしで考えつく夏月直彦を思い

「やっぱり、春彦さんのお兄さんだ」

と心で呟いた。


絵は間違いなく本物でまだクロウは盗んでいないことを夕矢は確認し、剛士と共に警備に当たった。


その際に隆に

「絵の鑑定は俺がするから、異変があっても駆けつけた人に容易に渡さないで」

と告げたのである。


それで盗まれそうになったことがあるからである。


隆は頷くと

「わかった」

と答え、時計を見ると

「もう少しで開館時間になるな」

と呟き

「俺は警備室で館内のカメラチェックを行っておく」

と立ち去った。


暫くすると開館の音楽が流れ、客が一人二人と姿を見せた。

その中に若いカップルの姿があった。


警備室のカメラでそれを見た隆は目を見開き

「…允華君…まさかこの日にデートか」

とアチャーと困ったように笑みを浮かべた。


そう、白露允華が港川絢華と共に姿を見せたのである。

そんなことになっているとは知らず夕矢は絵の前で怪盗クロウが現れるのを待っていたのである。


二人と夕矢が出会ったのは開館して50分程経った頃であった。

白露允華が一階の常設展示を見終え、二階に上がった時に警備をしていた夕矢と剛士を目に

「夕矢君に末枯野さん?」

と名を呼んだからである。


夕矢は入口に立っていた允華に目を向けると

「允華さん!」

と呼んだ。


允華は二人に近寄ると

「どうかしたの?」

と聞いた。


夕矢は頷くと

「今日、怪盗クロウが現れると予告があって」

この紅葉と仔犬が狙われているんだ

と告げた。


絢華は絵を見ると

「中村早雪の代表作ね」

と告げた。

「他にも雪月花という雪に埋もれた山茶花を描いているわ」


允華は驚いて

「やっぱり、詳しいんだ」

絢華さんは

と告げた。


絢華は笑むと

「私が知っているのは概要だけ」

詳しいことは分からないわ

と答えた。


夕矢は允華と彼女を交互に見て

「やっぱり允華さんの恋人?」

と聞いた。


允華は真っ赤になりドキドキしながら

「え、そう…だけど」

と答えた。


絢華は笑って

「そうなの」

宜しくね

と告げた。


夕矢は「おお!」と言った瞬間に声が響いた。


「煙だ!!」

足元に煙が!!


声に剛士も夕矢も驚いて声の方を見て床を見かけた。

白い煙がエアコンから広がっていた。


剛士が「まさか、クロウが」と足を踏み出しかけた瞬間に允華が

「動かないでください!」

下ではなく前か上!

「陽動です!」

と叫んだ。


夕矢と剛士は足を踏み堪えて下に向けた視線を上にあげた。

そこに一つの影がフワリと現れた。


剛士は蹴りを入れてきたその影を避けると

「ちっ」

と舌打ちし

「夕矢君、避けろ!!」

と叫んだ。


夕矢は言われて咄嗟に身体を捻って影からの攻撃を避けた。

煙が二人の動きでフワリと沸き上がった。


剛士は素早い動きで突きをかまそうとしたが、影はまるで飛ぶようにフワリとはねた。


夕矢も剛士も驚いた。

剛士はそれを見て

「なんだ!?重力が無いのか?」

と叫んだ。


允華は絢華を守るように前に立ち

「絢華さんは動かないで」

と言うと、上を見て天井に取り付けられた滑車に

「あれだ!」

と叫んだ。


それに剛士は目を向けると

「あんなものを」

と言い

「津村!修理頼むぞ!」

と叫び銃を取り出すと滑車を撃ち抜いた。


瞬間に影は下に落ちた。


夕矢は逃げようとした影に飛びかかり

「あんたに話があるんだ!」

絶対に俺

「逃がすわけにいかないんだ!」

と抱きついた。


影は夕矢を振り払い、動けないように拳を作ってその手を止めた。

急所を突いて倒そうと考えたが手が動かなかった。


剛士は夕矢の危機に

「クロウ!!」

と名を叫び銃口を向けた。


「俺に引き金を引かせるな」

守る為に撃つ引き金を俺は躊躇しない


低い声に允華も夕矢も影も動きを止めた。

滲み出る本気に誰もが息を飲み込んだのである。


その時、夕矢の携帯から声が響いた。

「道野愁さんですね」

夕矢君を傷つけることできないですよね

「貴方の弟さんと面差しの似た彼を」


春彦とビデオ電話が繋がっていたのである。

怪盗クロウは動きを止めると携帯を見た。


春彦は携帯に映る姿に

「俺はずっと不思議でした」

貴方は不思議に思わなかったんですか?

「怪盗クロウの被害届は一つも出ていないんです」

と言い

「安積美術館から出されていません」

と告げた。


クロウは睨むように見つめ

「…それは信用問題にかかわるからだ」

と告げた。


春彦は首を振ると

「信用問題で出せないのは借りた側です」

安積美術館のオーナーは貴方に全て盗られても良いと思っているからです

と告げた。

「貴方が恨み続けている安積牧夫はもうこの世にはいません」


クロウは驚いて春彦を見つめた。

剛士は銃を直して夕矢の手を掴んで安堵の息を吐き出した。


夕矢はそれに微笑んで小さく頷いた。


クロウは落ちている携帯に目を向けたまま

「嘘だ」

あの男は今も安積美術館で…父の絵で儲けている

と詰るように言った。


春彦はクロウを見つめ

「今の安積美術館のオーナーは安積操江…そう貴方の父親の妹で安積家に嫁がされた道野操江さんです」

彼女は全てを知り毒を食事に持って心中しようとして死にかけたところを前田家の当主である保さんが助けたんです

「彼女と会ってあげてください」

そして彼女を救ってあげてください

「彼女を救えるのは貴方しかいない」

と告げた。

「彼女は今貴方に全てを渡すためだけに生きているんです」

地獄の中で


クロウは拳を握りしめ

「…叔母も…あの火事を知っていたんじゃないのか」

あの男と一緒に絵を…盗ん…

で。と言いかけて言葉を止めて目を閉じた。


そうではないと心の中ではわかっていたからである。

時折、遊びに来ていた叔母は何処か悲しそうだったがそれでも家族には優しかったのだ。


春彦は彼を見つめ

「彼女と向き合えばわかると俺は思う」

貴方の家族に起きたことは凄く哀しいことだし

「安積牧夫がしたことは許されることじゃない」

貴方が許さないのも仕方がないし当り前だと俺は思う

「だけど彼女の辛さは貴方と同じだと俺は思う」

兄家族を夫が殺したと知った衝撃と悔恨の念と

「己だけが生き残ってしまったという地獄」

と告げた。

「彼女が許せないなら俺はこれ以上言えることはない」

ただ彼女に会って彼女が貴方に渡したいと思っているものを受け取って欲しい

「長い彼女の地獄を」

貴方の恨みを

「解き放つ勇気を持って欲しい」


…許す必要はないけど、恨みだけを溜め続けても貴方は幸せになれない…

「そして、そんな生き方を貴方を愛していた両親や弟さんが嬉しいと思うかを考えて欲しい」


…恨んでも憎んでも、相手はもういない…

「だから前を向いて歩く勇気を持ってください」

人はそれでも生きていかないといけないんだから


クロウは目を閉じて立ち尽くした。

夕矢は彼の手を掴むと

「俺には貴方の辛さは分からない」

けど

「春彦さんが言ったことが本当なら貴方の盗む行為は何の意味もないと俺は思う」

それより貴方を思う人と向き合ってそれから

「生きていく道を考えた方が良い」

春彦さんの言った通りに

「人は辛くても悲しくても…それでも生きていかなければならないんだ」

だったら、少しでも幸せな方に足を向けた方が良いと俺は思う

と告げた。


剛士も允華も静かに見つめた。


クロウは夕矢に微笑みかけ

「慧眼の君があの頃にいてくれたと思っていた」

そうしたら絵が取り替えられたことを見つけてくれたかもしれない

と言い、春彦を見ると

「君の言う通りだ」

叔母に会おうと思う

と告げた。

「辛くても…人は生きていかなければならない」

この6年間この世にいない相手への恨みを積み続け俺はあの時のまま時間を止めていた

「だが、時を進めないといけないのかもしれない」


春彦は微笑むと

「貴方の人生は今までよりもこれからの方が長いんだ」

だったら恨みや憎しみの中で生きるより

「幸せの中で生きて欲しい」

貴方ならできると思う

と告げた。


クロウは静かに頷いた。


剛士はクロウの肩を叩くと

「行こうか、道野愁さん」

と告げた。


クロウは道野愁となり黙って足を進めた。


夕矢は心配そうに

「末枯野のおじさん」

と呼びかけた。


剛士は笑むと

「大丈夫だ」

任せてくれ、夕矢君

と告げて道野愁と部屋を後にした。


夕矢はそれを見送り残った允華を見た。

「允華さん、あの時なんで前か上をって言ったんですか?」


允華はそれに

「手品の仕掛けを思い出して」

よく人の目を引き付けている間に仕掛けをするだろ?

「だから煙で下に注意を払わせるなら仕掛けをするのは上か前かと思ったんだ」

と微笑んだ。


夕矢は驚きながら

「やっぱり、允華さんって凄いな」

と言い、携帯を拾うと

「春彦さん、ありがとうな」

と笑みを浮かべた。

「俺じゃ、ダメだダメだで説得できなかった」


春彦は首を振ると

「夕矢君がいてくれたから彼は心を開いてくれたと俺は思う」

俺の方がありがとう

と告げた。

「それから、允華さんと絢華さんもありがとう」


允華と絢華は手を振った。

「いや、俺は何もしてないよ」

「私は立ってただけー」


春彦は笑って

「じゃあ、夕矢君、ありがとう」

それから、允華さんと絢華さんデート楽しんでください

と通話を切った。


三人は顔を見合わせると笑顔で笑いを零した。

その後、隆から礼と昼食をご馳走になった。


夕矢はその時に隆と剛士から道野愁を前田保の配下の者が迎えに来て北陸へと連れて帰った事を聞き

「きっと、叔母さんと会って話をするんだな」

希望が見つけられたらいいな

と呟き、まだ明るい外の光景を見つめた。


そして

「もう、怪盗クロウは現れないんだ」

と心で呟いたのである。


帰宅した夕矢と末枯野に夕弦は

「明日、白露の家で話し合いがある」

末枯野も来てくれ

と告げた。


剛士は頷いた。


夕矢はそれに

「じゃあ、俺は何時も通りに予備校で勉強してくる」

と告げた。


季節は少しずつ秋へと移行し、状況もまた大きく変わり始めていたのである。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ