乙女の像が示す謎
夕矢の眼が優れていることについて夕弦は良く理解していた。
だが、暗号などについてはからっきしであることもよくわかっていた。
夕矢はぎこちなくギギギと夕弦を見た。
夕弦は小さく息をついて
「大丈夫だ」
と眼鏡を軽く押し上げて
「強力な助っ人が二人いる」
と告げた。
夏月春彦と白露允華である。
夕矢はふぅと息を吸い込み頷いた。
襖に書かれている暗号。
それを解くのが先のようである。
『乙女が抱きし金色の地に輝く心の臓』
夕矢は清信に
「乙女の絵とか何かありますか?」
と聞いた。
清信は頷いて
「それは分かっている」
と言い、部屋の中に入ると庭側の襖を開けた。
そこに池がありガラスで出来た乙女の像があった。
「恐らくこの乙女像を指していると思う」
夕弦は「ここまでは俺も分かった」と告げた。
夕矢は庭に出ると池の傍まで行き目を細めた。
「…今までと違う」
剛士も夕弦も夕矢を見た。
夕矢は振り返り
「今までは何処かにダイヤモンドがあったんだけど、この像にはない」
と呟いた。
それに清信は
「ダイヤ…か」
と言い反対を向くと
「ダイヤモンドなら何故か襖に使われている」
と奥側の襖の絵を指差した。
「この鳳凰の眼はダイヤだ」
飾りだと思っていたのだが
夕矢は顔を顰め
「ふむぅ」
と声を零し
「像が二重になっているのは分かるけど…」
と呟いた。
それに清信も夕弦も剛士も驚いた。
「「「二重?」」」
夕矢は頷いて
「うん、凄く分かりにくいけど乙女の臓の外はガラスだと思うけど中は水晶ぽい」
と告げた。
「けど金色の地の意味が分からないし心の臓の意味も分からない」
俺そういうのからっきしなんだよな
少し考えて
「…連絡してよい?」
と聞いた。
夕弦は頷いた。
「ああ、頼む」
夕矢は春彦に電話を入れた。
通話は直ぐに通じて
「どうかした?夕矢君」
と返った。
夕矢は「実は」と説明した。
春彦は話を聞くと
「う~ん、とりあえずLINEに動画か写メ送ってくれる?」
と告げた。
夕矢は頷いて周囲をゆっくり回した動画を送った。
夕弦も剛士も清信も春彦からの返答を緊張して待った。
10分程して春彦からの返答があった。
「もしもーし」
夕矢はそれに
「はーい」
と答えた。
春彦は「正解かどうかは分からないけど」と前置きをして
「恐らくその乙女の像にある時間の夕陽が当たるとその後ろの鳳凰の絵の描かれている襖に像の影が映るんだと思う」
夕陽だから金色じゃないかな?
「俺には像の中のその…水晶部分の見分けは全くつかないけど見分けがついた夕矢君なら襖に写り込むその夕陽の色の違いが見分けられるのかも」
と告げた。
夕矢は目を見開くと
「なるほど」
と言い
「だったら、ダイヤの意味も分かる」
ありがとう、春彦さん!
と礼を言うと通話を切った。
それに清信は
「なるほど」
慧眼の子に智慧の子か
と言い
「夕方までゆっくり話をしようか」
と応接室へと夕矢達を連れて戻った。
その夕刻。
夕矢は襖に映った像の中の金色の地を見つけると
「絵が重なって凄く分かりにくいけど…地図だ」
その中央くらいにダイヤがある
と告げた。
清信は「私には全く分からない」と肩を竦めた。
夕弦にも剛士にもその僅かな色の差が分からないのだ。
夕矢は清信に
「俺、描きましょうか?」
と告げた。
清信はふっと笑うと
「いや、今は良い」
と告げ
「それが本当に必要となった時に君を呼ぼう」
と答えた。
夕矢は頷いて
「わかりました」
と答えた。
これまで見てきたものと同じものだった。
地図は恐らく新潟の地図だろう。
そして、ダイヤモンドの位置が…菱尾湖南の乙女シリーズに隠されている写真の放物面を持つ丘の場所。
そう、特別な家系のバックボーンであるシステムの在処。
誰もが早々わかるようになっていてはハード的な保護が難しいからだろう。
清信はもう一つの特別な家系である上杉家へも連絡を取ることを約束してくれたのである。
家に帰ると夕弦は津村隆と白露元に清信の連絡先と上杉家にも連絡を入れてくれる旨を書いてメールを送った。
そして、津村隆からの返答は思わぬものであった。
その日の夜。
夕矢に夏月春彦から連絡が入った。
春彦は「先の電話で言おうかと思ったけど立て込んでいたし」と言うと、怪盗クロウの正体がわかったと告げたのである。
怪盗クロウが特別な家系の人間で放火によって家族を殺されその時に盗まれた絵を取り戻すために盗みをしていると夕矢に伝えたのである。
「俺は彼を待っている人の元へ帰してあげたいと思っている」
だから
「彼を掴まえて会わせて欲しいんだ」
話をしたいんだ
夕矢はその言葉に頷くと
「そうだったんだ」
と言い
「わかった、俺…絶対に怪盗クロウを掴まえる」
と返した。
「それで春彦さんに連絡する」
そう告げた。
春彦は電話の向こう側で頷いて
「ありがとう」
頼むな、夕矢君
と告げたのである。
夕矢は窓の外の闇を見つめ
「新潟での兄貴の仕事は終わったし…次何処で会えるか分からないけど」
次会った時は絶対に捕まえる
と呟いた。
次の土地は何処なのだろうか。
そう考える夕矢に翌日、兄の夕弦は
「来週、東京へ帰る」
と告げた。
「確か梶田幹一も東京だったな」
帰ったら彼のところへ行こう
夕矢は驚いて頷いた。
「わかった」
そう、8月の旅行で出会った梶田幹一という資産家。
彼は菱尾湖南の乙女シリーズの『木蓮』を持っているのだ。
その回収も兄と自分の仕事なのだ。
新潟からどちらに行くにも東京は通る道であった。
が、状況は夕矢の知らないところで大きく変わっていたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。




