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フォトリーズニング  作者: 如月いさみ


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11/123

神威家

東雲家が北海道へ来て一か月が経った。

夕矢は平日の昼間は三嶋悟のオフィスへ行って美術品と宝石の鑑定方法を学び、美術館の警護依頼がくると悟と共に出向いた。


博物館や美術館の開館時間は朝の9時から夜の5時くらいが多い。

なので、夕矢は依頼の日だけは出来合いを買って帰ることにしていた。


夕弦もそれに関しては

「毎日手料理でなくていいから構わない」

気にしなくていい

と承諾していた。


勉強の方も夕弦が買った学習アプリを利用して毎日必ずしている。

分からないところは翌日三嶋悟に聞いたりしてアプリで定期的に行われるテストでは80点くらいをキープしていた。


ただ、あの日以来『なおひこ』からの連絡は一度も入っていない。

夕矢は時折彼女から預かった写真を取り出しては見つめていた。


「この丘の形…あれだよな」

夏月先生と朧さんの思い出の丘と同じような形だよな

「場所は違うと思うけど」


綺麗な放物面をした丘の形。

しかし、彼女から預かった写真の丘は水中にあるようであった。


気にはなるが…夕矢には彼女からの連絡を待つ以外に現在のところ手段がなかったのである。


写真推理


10月初めの金曜日。

夕矢は夕食の席で驚きの声を上げた。

「え?観光??」


北海道に来て観光という二文字が夕矢の前に提示されたことはない。

もちろん、アルバイトで小樽へ出かけたことはある。

しかし、観光ではない。

ゆっくり景色を楽しんだりした記憶はない。


夕矢は暫く箸を握ったまま夕弦を見つめ

「観光、北海道観光するのか?」

と聞いた。


夕弦は此処まで驚かれるのもなぁと思いつつ

「ここからだったら余市とか積丹半島の神威岬にでも行くか?」

行ったことないだろ?

と告げた。

「車をレンタルして東山温泉で一泊しても良いしな」

どうだ?


言われて夕矢は大きく何度も頷いた。

「いくいく!」

やほー!

と喜んだ。

そして

「給料もらったから俺が」

と言いかけた。

が、夕弦は困ったように笑いながら

「夕矢、その金は大切に溜めておけ」

と言い

「今回は俺が出すから」

気にするな

と告げた。


夕矢はそれに

「けど、今まで兄貴にばっかりじゃん…俺ようやく自分で稼げるようになったし」

と呟いた。


夕弦は夕矢を優しく見つめ

「俺はお前に生活費を稼いでもらうために一緒に来ることを許した訳じゃない」

と告げた。

しかし、不服そうに顔をしかめる夕矢に

「その代わり、土産代とかは自分で出してもらう」

それでどうだ?

と告げた。


夕矢は小さく頷き

「わかった」

と答え、腕を上げて

「でも旅行嬉しい!」

と声を上げて

「観光するぞー、わーい」

と無邪気に喜んだ。


夕弦は笑みを浮かべ

「それで、夕矢」

と声をかけた。


「俺は余市で少し寄るところがあるから」

その間はニッチウイスキーの工場の見学会で時間を潰しておいてくれ


言われて夕矢は夏月直彦から聞いた仕事だと理解すると

「わかった」

と返した。


翌朝、二人は一泊二日の替えの下着だけを鞄に入れると札幌の駅前から少し歩いた大通りに面したホッカイレンタカーで車を借りて余市へと向かった。


初日は小樽を越えて余市へと向かい、そこで半日ほど過ごして積丹半島の神威岬を観光して東山温泉のニセコハイランドリゾートで一泊して小樽へ戻って観光して家に帰るという予定であった。


夕弦は予定通りに小樽を越えて余市へと向かい、午前10時くらいに余市へと到着した。

そして、ニッチウイスキー工場に午前10時の予約を入れておいたので夕矢を連れて行き

「じゃあ、俺は用事を済ませたら戻ってくるから楽しんでこい」

もし見学会が終わったら

「隣の道の駅で博物館があるからそこで時間を潰しておいてくれ」

と工場を出て行った。


夕矢は兄を見送りカメラを手に

「見学して尊に写真送ってやろ」

と見学客の一団が案内者の呼びかけに集まるのに足を向けた。


夕弦は一時的に駐車場に止めていた車に乗り込み、エンジンをかけてアクセルを踏んだ。

行き先は余市でも少し神威岬に向かった海沿いの一軒家であった。


ニッチウイスキーの工場の横手の駐車場を出て左手へ曲がると神威岬へと続くドライブラインになる。

直ぐ側に宇宙の展示物のある小さなミュージアムと道の駅があるがそこを越えてもう少し先に行った場所にある。


夕弦は前を見つめ

「神威家…か」

とにかく神威家の一族がどうなっているか見て確認しないとな

と呟いた。


津村隆。

白露元。

末枯野剛士。

そして、夏月直彦。


自分を含めて5人で津洗のバカンスの時に話し合ったのは各地に存在する政財界に通じた特別な家系の話であった。


津村家と白露家は東京におけるその家系であった。


確かに資産や様々な面において津村と白露は群を抜いた資産家であった。

しかし、夕弦にしても直彦や剛士にしても単なる政財界に顔の利く財閥というぐらいの認識であった。


それを隆と元の二人は否定したのである。

確かな裏付けのある特別な家系であることを明かしたのである。


日本を13区間に割ったそれぞれの区域にそういう家系が存在することを二人は知っていたというのである。


ただ、その中には断絶したと言われる家系や行方が分からなくなった家系があるらしい。

夕弦が依頼されたのはその各地の家系の追跡調査であった。


北は北海道から南は九州までの特別な家系の…特に行方が分からなくなっている家の調査であった。


白露元はその全てを告白すると

「白露家でもそうだが断絶した家系や行方が分からなくなった家系の多くは後継ぎ問題などに起因した争いがあったと思う」

その多くは封印され表になっていない

「朧を死なせてしまったのも…そこに原因がある」

と告げた。

「俺はそれを終わらせる時が来ているんじゃないかと思っている」


…幾つかの強権家系が区間を支配する時を終わらせないといけない時期が来ていると思っている…

「そのためにその家系の洗い出しをしてもらいたい」


今は津村隆と白露元が雇い主と言う事だ。


愛する女性がその犠牲になった。

夏月直彦にしても。

末枯野剛士にしても。

夕弦自身にしても。

その事が行動への後押しとなっているのである。


朧清美。

愛した。

ずっとずっと愛していた。


例え自分が親友という立場であっても彼女に幸せになってほしかった。

あんな形で死なせたくなかった。


だから。


北海道に到着した翌日から市役所で三つの家系の住民票と戸籍を調べた。

神威家と木野伊家。

地域を限定されていないが秋月家についても調べるように依頼された。


ただ、秋月家に関しては北海道にその痕跡はなかった。

というか、戸籍を調べることができなかったのである。

住民票も調べたが北海道にその情報はなかった。


隆と元は

「秋月は特別な上に謎の家系でどこでどうしているのか分からない」

権力も地位も持っていないし

「九州の島津家と親戚関係だが…島津家自体も数十年前に色々あって詳しく知らない子供が今は後を継いでいる」

と告げた。


そこについても後々調べることになるだろう。

ただ、夏月直彦の弟の夏月春彦が当の島津家の次男だと分って今は九州で暮らしている。


次男の行方が分からなくなるくらい混乱していたという事だ。

ただ九州に関しては彼から情報が流れてくる可能性がある。


夕弦はそれを思い起こしながら

「まあ、九州は最後の方だからそれまでに何かわかるかもしれないな」

と独り言を呟き街外れに似つかわしくない長い壁と重厚な門が守る家の前で車を止めた。


荒々しい北の海を背景した屋敷。

都会の真ん中にある津村家や白露家とは違うものの重々しい空気を感じずにはいられなかった。


夕弦はゆっくり指先を伸ばすと神威家のインターフォンを押した。


インターフォンから執事の声が返った。

「どちら様でしょうか?」


それに夕弦は

「津村家の使いの者です」

と告げた。


執事は少しの間の後に

「かしこまりました」

と答え、勝手口を開けて姿を見せた。


「旦那様がお会いになるそうです」

夕弦は頷いて中へと足を踏み入れた。


夕矢は案内の女性と他の工場見学の参加者の人たちと一緒に歩きながら携帯のカメラで写真を撮りまくっていた。


工場には中央に広い通りがあり、その両側にウィスキーの製造過程に合わせた建物がある。

入口から少し中に入っていく甘い独特の香りが広がり製造過程に沿って案内を受けた。


工場自体が現在も稼働しており、蒸留するポットが置かれている建物ではポットスチルの下で石炭を燃やして蒸留する作業を見ることが出来て夕矢は

「おおお、暑いけどすげー」

とシャベルで石炭を入れているところを写した。


そして、尊にLINEで

『ニッチウイスキーの工場に観光に来た。暑いけどすげー』

と写真をつけて送った。


それに対しての返事は早かった。

『俺は授業中だー。もっと写真送れ(/・ω・)/』

であった。


夕矢はすっかりライフサイクルが昼は仕事、夜はアプリで勉強となっていたので

「あ、そうか」

と呟き、蒸留塔を出ると青い空を見上げて友人たちが今授業を受けている姿を思い浮かべた。


懐かしい。

懐かしい。

少しだけ寂しい気はするがそれが自分の選んだ道なのだ。


後悔はなかった。


夕矢が見学会最後の建物を見終わり、ニッチウイスキーの試飲室へ入った時に携帯が震えた。


兄の夕弦からであった。

夕矢はウイスキーが飲めない人用のソフトドリンクサービスのリンゴジュースを手にして

「もしもし、終わった?」

と聞いた。


それに夕弦が

「見学中に悪いな」

手伝ってくれるか?

と告げた。

今まで言われたことがなかった。

何かあったのだろう。


夕矢は即答で

「わかった、すぐ行く」

と答えた。


夕弦は返答を聞くと

「先の駐車場に迎えに行く」

と答えると携帯を切った。


夕矢はリンゴジュースをぐい飲みして空きカップをごみ箱に捨てると建物を出て駐車場へと走って戻った。


そこに夕弦の車が入ってきて夕矢を乗せると直ぐに来た道を戻った。

夕矢は兄のヘルプに緊張しながらも少しうれしかったのである。

自分にも手伝いができるという事が嬉しかったのである。


夕弦は車を走らせながら

「俺の目では…ダメみたいでな」

と告げた。

「夕矢、お前の目の力を借りたい」


夕矢は目を見開くと

「?俺の目の力?」

と言い

「良く分からないけど、一生懸命見る」

と笑顔で返した。


神威家に着くと執事が門を開けて迎え入れ、庭が見える部屋へと案内した。


そこに壮年男性が座っており二人を出迎えた。

夕弦は正面に座り

「俺の目では貴方が言おうとしていることがわかりません」

けれど

「弟の夕矢の目は俺よりも遥かに良い」

きっと貴方の言わんとしていることに応えると思います

と告げた。


男性は神威家の当主で神威史利と言い夕矢を見ると

「ではそこへ座って庭を見てもらおうか」

と告げた。


夕矢は夕弦を見て

「庭?」

と聞いた。


夕弦は頷いて

「庭を見て気付いたことを言ってくれ」

と告げた。


夕矢は言われた通りに部屋の中央に座り庭を見た。

庭は海に向いて作られており満潮時には海水が昇り干潮時には溜められた水で池が見れるようになっていた。

つまり、池全体にガラスを張り人工池を作っていたのである。

その一か所だけダイヤモンドのような特別な宝石がはめ込まれてキラキラと輝いていた。


夕矢は「すっげえ」と思わず呟いて慌てて口を塞いだ。


夕弦はふぅと溜息を零しつつ

「いや、求めているのは感想じゃない」

と心で突っ込みつつ表情を押さえた。


夕矢は池の周囲を見て

「他は普通に砂があってー岩があってー何を言えばいいんだ?」

と考えた。


ガラスを張り満潮時に海水を上に重ねるように取り入れるのにはびっくりしたが、だから?

と考え、池のガラスの宝石?と考えたがそんなものは兄の夕弦でも分ったはずである。


夕矢は暫く見つめ、不意にガラスの下の水と海水で分りにくいが所々でキラッキラッと光が反射しているの気付いた。

「そうか、一枚ガラスに宝石がはめ込まれいるんじゃないんだ」


それに史利は目を細めた。

夕矢は僅かに色が違うガラスが組み合わさって池にはめ込まれていることに気付いたのである。

そして、それが形作っているモノ。


「北海道だ…うん、北海道の形をしたガラスが宝石と一緒にはめ込まれているんだ」


夕弦は目を細めて見つめたがその境が分らないのだ。

僅かなガラスの色の違いが下の水と流れる海水に紛れて見分けにくいのである。


史利は夕弦を見ると

「確かに君の言う通り…弟さんは目が良いようだ」

と言い

「北海道のガラスがはめ込まれていたのか」

と呟いた。


夕矢は史利を見ると

「それだけじゃない」

と言い

「そのガラスも一枚ものじゃない」

と告げた。


史利は驚き

「それは」

と聞いた。


夕矢は顔を顰め

「すっげぇ分かりにくいけど…13か所は色が違うように見える」

触ったら割れそうだから確認できないけど

「宝石は一個だけど」

と告げた。


史利は微笑むと

「なるほど13枚か」

と言い

「私も目がそれほど良いわけではなくてな」

神威家を引き継ぐ時にこの池にとても大切な秘密があると言われたんだが

「わからなくて」

と告げた。

「その秘密を見た君にあげよう」


夕矢は「は?」と首を傾げた。


史利は夕弦を見ると

「君の弟が見たのだから、君たちにあげよう」

と告げた。

「それから、約束通りに木野伊家について教えよう」


夕弦は微笑み頭を下げた。

「ありがとうございます」


夕矢も分からなかったが頭を下げた。

「ありがとうございます!!」


夕弦は神威史利からもう一つの家系である木野伊の話を聞きメモを取った。

そして、別れ際に史利は

「そう言えば、先日ニュースにはならなかったみたいだが…小樽の美術館で菱尾湖南の桜という絵が盗まれかけたという情報が入ったのだが」

桜と一つのシリーズになっている絵があと13枚あって

「それには全て同じ乙女…女性が描かれているらしい」

九州の君が調べている家系の一つである磐井家の秘蔵品でどうして流出してオークションに掛けられているのか

「不思議に思ってね」

通常我々のような家系からそういうモノが流出することはないんだが

と呟いた。


夕矢はあの事件だと思い固唾を飲みこんだ。

あれは実は贋作で…本物にすり替えられたのだ。


『なおひこ』と名乗った少女によって。


夕弦はメモを取ながら

「あと、13枚…ですか」

つまり

「全部で14枚」

と呟いた。

「それに磐井家か」


その家系についても調べる予定にはなっている。


史利は二人を送り出し先ほどの部屋に戻ると池を見つめた。

「そうか、動き出したものがいるのか」

しかし

「あの家系のモノを見つけない限り…彼らが目指しているモノを達成するのは難しいかもしれないが」


彼の呟きは細波の音に消されて誰にも聞こえることはなかった。


夕弦は夕矢を乗せて

「助かった、サンキュな夕矢」

と微笑んだ。

夕矢は首を振ると

「役に立てて俺嬉しいから」

と笑った。


夕弦はエンジンをかけながら

「それで宇宙の博物館に行くか」

と聞き、夕矢は頷いて

「うん!」

と答えた。


そして、不意に

「あ、そう言えば宝石の位置…この後に行く積丹半島だった」

と告げた。


夕弦は少し考えたものの

「そうか、分った」

と答え

「だが、今からは本当の観光だ」

楽しんでくれ

とアクセルを踏んだ。


車は再び余市へと戻り宇宙の博物館のある道の駅に着くと二人はゆっくりと博物館を見学して、神威岬へと向かった。


積丹ブルーと呼ばれる独特の覚めるような青い海が広がる神威岬。

そこに宝石の示す秘密が隠されているとはまだ二人とも知らなかったのである。


神威岬では小高い丘を登ってその向こうにある人が一人通れるくらいの細い蛇行しながら高低を作る道を進み、その先端にある神威岩を見た。


夕矢も夕弦もうっすらと汗をかき

「「意外としんどいな」」

と記念撮影をすると再び来た道を戻った。


その頃には二人の足がガクガクになっており車でそこから2時間ほど走った東山温泉で身体を休めた。


東山温泉は羊蹄山を正面にしたリゾートホテルで多くの人でにぎわっていたのである。

翌日には小樽へと向かいガラス館やオルゴール館などを観光して食事を済ませて札幌のホッカイレンタカーで車を返却すると自宅へと帰り着いた。


さすがの夕弦も夕矢も途中で買ったお弁当を食べるとそのままダウンして眠りについた。

クタクタだったのである。


翌朝、夕弦は遅い目に起きてパソコンに向かい報告書を作成していた。

夕矢はノンビリと休日を過ごして明日の仕事への英気を養っていたのである。


机の中に入れている『なおひこ』から預かった写真。

あの関連のシリーズの絵が残り13枚あるとすれば…もしかしたら

「なおひこは…またすり替えにくるんだろうか」

彼女が集めているこの写真は全部で14枚あるってことなんだろうか


夕矢は呟き、ベッドの上でそっと目を閉じた。


外では陽光が明るく地上を照らし、その光の中を多く人々が行き交っていた。



最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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