異世界の修行
“今日も死にそうだった。多分死んだ。”
それしか日記に書く内容が思い浮かばない。必死で頭を動かそうとするも、疲れていて脳が勝手にシャットダウンを始める。
「らいと? 今日の分まだ?」
そんな俺の気も知らずに、神は督促に来る。
「あの、せめて、1000字にしてくださいませんか?」
「原稿落とすの? いいの? それで本出せると思ってんの?」
「すみません……」
そう言われると、何も言えない。なんたって、神はただ、俺を手伝ってくれてるだけだ。
「うーん、でも、正直ここまでレベル上げに苦労するとは思わなかったから、いいよ! ある程度安定して倒せるようになるまでは、レベル上げ優先で」
「ありがとうございます!」
つまり、俺の身体能力が良くないって意味だろう。元からできるやつはレベル上げも容易なようだ。1000字という神の許可を得て、今日の日記を書いていく。PCもスマホも選び放題らしくて、PCの方が早い俺は、いつもPCでカタカタと入力する。
“俺は今、異世界の山を登っている。魔獣がうじゃうじゃといる、不気味なオーラを放つ山だ。勇者たちがラスボス戦で挑む、魔王のいる城のような雰囲気だ。なんでそんなところを登っているのだろう。毎日、自分でも疑問に思っている。俺は強くならないといけない。小説家として、表現力を身につけるために。
そう考えながら、歩いていると、草陰から小さなウサギが飛び出した。その愛らしさに思わず微笑み、近寄る。よく見ると、うさぎには針金のような支えがついている。まるで、チョウチンアンコウのようだ。そう気づいた時には、目の前に、俺を丸呑みしようとする大きな口があった。慌てて、装備した武器を手に取る。木の棒だ。そうだ、ラスボスでも出そうな、魔王でも出そうなこの森に挑む俺が装備している武器は、木の棒だ。防具もない。何度死んだかわからない。死ぬたびに、優しい女神が俺を救って、元いた場所に戻してくれるんだ。ゲームのコンティニューボタンを押したかのように。経験値はついて回復はしているが、気持ちはついていかない。俺は二度とゲームキャラに、そんな思いをさせないと誓った。
ウサギチョウチンアンコウの大きな口を、思いっきり殴った。口が裂けると痛いから、それを狙って横向きに思いっきり殴った。うまくヒットしたようで、ウサギチョウチンアンコウは、一瞬怯んだ。その隙に距離を取り、大きく飛び上がる。いつの間にか、俺は、効果音のつきそうなジャンプ力を手に入れた。今はもう、壁を連続で蹴って登れると思う。思いっきり、木の棒をウサギチョウチンアンコウの頭に突き刺した。
ウサギチョウチンアンコウは、「ぎょーー」っと、うめき声をあげながら倒れた。そして、淡く光って消えていった。その場には、ドロップアイテムとして、ウサギのぬいぐるみと魔石と肉が残った。何度見ても、不思議な光景だ。ウサギのぬいぐるみは命を救ってくれた女神に捧げた。笑顔で受け取ってくれた。女神は、神というだけあって、とても美しい。20歳くらいの見た目で、煌めく白銀の長い髪は、人間程度の生物ではないと一目でわかる。異世界の人々ですら、それには及ばない。当初、出会った時にはフィギュアサイズだった女神は、いつの間にか人間サイズになっている。現実世界では、フィギュアサイズにしかならないが、異世界では、そのようなことが可能だと言っていた。
ウサギチョウチンアンコウを倒し、しばらく歩いていくと、不気味な気配が現れた。真っ暗な大きな体に赤い目をした狼のような生き物だ。2mはあるだろう。頭の真ん中に生えた1本のツノが鋭く光る。これは、やばいと思った瞬間、ツノで串刺しにされた。また、女神が俺を連れ帰る。不思議そうにするオオカミに対し、再び構え直し、今度は思いっきり木の棒を振り、ツノを折る。その瞬間、首に噛みつかれた。激痛を感じ、意識を失うと共に、女神が俺を連れ帰る。ツノは折れたままだ。今度は思いっきり、オオカミの喉元から頭に向かって、こぶしを突き上げる。うまく入って昏倒するオオカミの腹に木の棒を突き刺す。ドロップアイテムは……肉と魔石と毛皮と……オオカミのツノの剣!? 素晴らしい収穫だった。明日からの俺は、きっともっと死ななくなるだろう。そう信じたい。”
「ほい、今日の分は、受け取った。今日のご飯は、オオカミの肉のステーキだよ! これ、すっごく美味しいからおすすめー! 明日からどうする? あの剣使う? まだ早くない?」
神がオオカミのツノの剣を指差しながら、俺に問いかける。あれは、結構レアなもので、かなり切れ味が鋭いらしい。売れば、オオカミの肉が100枚は食べれるとか……神がそう言っていた。
「俺のステーキ1枚捧げるので、剣使わせてください」
1人2枚しかないステーキを1枚、神に捧げよう。今すぐの捧げ物でなんとか武器を身につけさせてください!
「仕方ないなー? 了解!」
俺は、ステーキ1枚でなんとか武器を手に入れた。ステーキは、程よい引き締まった肉なのに脂も感じて、臭みなんて全くなく、とろけていく味わいだった。すごく美味かったし、捧げたことを一瞬後悔したけど、剣には負ける。
「剣いらないなって思ったら、いつでも言ってねー?」
「絶対手放しません!」