Episode:8 身分差などに意味は無いが気にする者は多い
学生寮の自室に戻って来たゼノアは、借りてきた本は一旦机に置いておき、夕方の給食を食べに向かう。
時間帯としてはまだ早めの夕食になるが、後で魔法史の本をじっくり読みたいため、食事や入浴は先に済ませておくのだ。
早めの時間ゆえか食堂にいる生徒の数は疎らで、座席も選びたい放題だ。
ピーク時を迎える前に食事、と言う判断は正解だったようだ。
カウンターに並ぶ夕食は、茹でられたパスタに、好きなソースを選べると言うものらしい。
ゼノアはサラダとパスタを取り、ソースはボロネーゼを選択した。
さて席に座ろうかとカウンターから踵を返すと、
「ん?」
振り返った先に、二人組の女子生徒、その内の一人と目があった。
見覚えがある、というより少し前――昼休みにも見た、勝ち気そうな顔の、明るい茶髪をポニーテールにした女子生徒。
「あっ、やっぱり!今日の昼休みにいた人!」
女子生徒の方も合点が入ったのか、ゼノアの顔を見て喜色を浮かべる。
「知り合いなのか?」
隣にいたもう一人の、黒い短髪の女子生徒が、彼女とゼノアが知り合いなのかと訊ねる。
「そうなの!あのグラディエートのボンボンに絡まれてたとこにやって来て、ニコニコしながら追い出してくれた人!」
目の前で女子二人が言葉を交わす間にも、ゼノアはこの二人が誰かを記憶から読み解こうとするが、名前が見つからない。
別のクラスの生徒なので、名前までは記憶されていないらしい。
「追い出したと言うか、あいつが勝手に出ていっただけなんなが」
自分が見たままを話すゼノアだが、相手の方は「気に喰わないボンボンをビビらせたカッコいい人」と認識されているようだ。
「ねねっ、キミ名前は?あたしは予科一年B組の『アイラ・ティナ』!で、こっちはエリちゃん!」
「紹介するなら渾名じゃなくて名前にしてくれないか。……彼女がすまない、同じくB組の『エリシア・クローデル』だ」
茶髪のポニーテールがアイラ、黒髪のショートヘアがエリシアと言うらしい。
尤も、エリシアはアイラから「エリちゃん」と呼ばれているようだが。
「A組のゼノア・バロムだ」
双方互いに名乗ったところで、アイラとエリシアがカウンターからサラダとパスタ、ソースをトレイに乗せてくる。
「ゼノアー、良かったらあたしらと一緒に食べようよ!」
「アイラ。彼にも都合があるだろう」
どうやらこの二人組、他人とコミュニケーションを取りたがるアイラと、それをやり過ぎないように抑えるエリシア、と言う関係で出来ているようだ。
「別にいいぞ。元々一人で食べるつもりだったけど、他クラスの人間と話すのもいい経験になりそうだ」
ゼノアが頷くのを見て、アイラは「やった!」と喜び、エリシアは申し訳無さそうな顔をする。
二人にとってこう言ったことは日常なのだろう。
そんなわけで、ゼノアと、その向かいに並んで座るアイラとエリシアと言う形に。
「"バロム"って聞いたことない家名だけど、ゼノアも平民出身だったりするの?」
早速、アイラの方から話題を振ってくる。
ファミリーネームから、どこの出身かどうかを訊ねているようだ。
「んー」
この問いに、ゼノアはどう答えたものかと頭を回す。
500年前の自分が物心ついた時には、既に戦乱の最中で生きていて、どこの何の出身かどうかなど確かめる暇もなかった。
あの時代は、いつどこで誰が死んでもそれが普通だったのだから。
「平民……ってか、"根無し草"だな。物心ついた時にはもう産みの親がいなかった。戦争で死んだのかもしれないな」
これは嘘ではない。
ゼノア自身、親の顔など記憶に残っていないのだから。
「「…………」」
ゼノアの予想外な返答に、アイラとエリシアは黙りこくってしまう。
「まぁ俺の親の話はいいじゃないか。そう言う二人はどうなんだ?」
食事の時にする話ではない、とゼノアは同じ話題を二人に訊き返す。
「……あ、うんっ、あたしは平民出身。聖アイリスには、知り合いの魔法使いに推薦もらって入学したの」
「ほぉ、推薦で選ばれるなんてすごいじゃないか」
アイラは、平民の出でありながら、他人と比較しても魔法の才覚があり、それ見出されたために魔法学院への推薦入学をもらったという。
「でも、平民出身ってこの学院じゃめんどくさくて。ほら、貴族連中からは下に見られるし、同い年なのに偉そうにしちゃってさ」
その一端が、今日の昼休みに起きた出来事だろう。
貴族――それも家柄にモノを言わせるような連中からは、差別の対象にされているという。
では、彼女の隣りにいるエリシアも平民なのかと思えば。
「その点、エリちゃんは王国騎士ってすごい身分なのに、偉ぶったりしないし!」
「騎士と言っても、まだ見習いなのだが……」
軽く咳払いをしてから、エリシアも自分の家柄や出身を話す。
「私の家のクローデル家は、代々騎士として王国に仕える家系だ。学院には、知識や教養に身に付けるために通わせてもらっている」
エリシアは騎士の家系だと言う。
騎士は、貴族階級全体で言えば下の方に当たるが、それでも単なる一平民との待遇は雲泥の差だ。
「でね、あたしがめんどくさい連中に絡まれてる時に助けてくれたのがエリちゃんなの!」
「アイラ、あまり話を誇張しないでほしい」
「えー?誇張なんてしてないし、あたしにとっては事実だし」
つまり、アイラが身分の低さを理由に虐げられているところをエリシアが助けて以来、こうして友人になっていると言うところだろう。
「さて、せっかくのパスタだ。冷める前に食べようじゃないか」
話が長引く前に、美味しく食べられる内に食べておきたい、と言うゼノアの意見に、アイラとエリシアも頷いて食を進めることにした。
ある程度食が進んだところで、ふとまたアイラが話題を持ってくる。
「そうそう、来月の生徒会選挙って、A組は誰が立候補するの?」
生徒会選挙。
それは、予科一年生の各クラスから代表一名、合計三名が生徒会役員として立候補し、誰が生徒会役員に相応しいかの選挙が行われるのだ。
来月に行われるそれに、A組の立候補者は誰なのかとアイラはゼノアに問い掛ける。
「んー、分からないが多分ルーナだろうな」
確信では無いが恐らくそうなるだろう、とゼノアは頷く。
「あ、やっぱりそう思う?あの人すごい綺麗で真面目で、成績も優秀だし……あ、もちろんエリちゃんだって負けてないからね!」
アイラは隣にいるエリシアの顔を見やる。
そのエリシアは流麗な手付きでパスタを口に運び、一度ナプキンで丁寧に口周りを拭う。
「確かに私は生徒会役員に立候補するつもりだが……なるほど、これは強敵だな」
対抗馬 (になるだろう相手)がルーナ・アストレアだと聞き、エリシアは真剣な目付きになる。
「何であれ、私は私なりに全力を尽くすまでだ」
「きゃーっ、エリちゃんカッケー!」
凛としてゼノアを見据えるエリシアに、アイラは黄色い声を上げる。
「そんなエリちゃんには、プチトマトをプレゼ……」
「私を持ち上げてもそれは受け取らないぞアイラ。嫌いでもちゃんと食べるべきだ」
「えぇ〜……」
どさくさに紛れてサラダのプチトマトを差し出そうとしたアイラだが、エリシアに断固拒否されてしまう。
「ははっ、食べ物の好き嫌いが出来るなんて贅沢じゃないか。俺がいたところなんて、食べ物かどうかも分からないものを無理矢理腹に押し込んで、その食べた物の毒で死ぬとか当たり前だったからなぁ。かく言う俺も、七、八回くらいは食中毒で死にかけたことがあったっけな」
自分の思い出――と言うにはあまりに凄惨な記憶――を楽しそうに笑いながら語るゼノアだが、向かいにいる二人は何故か青褪めた顔をしている。
「……エリちゃん、ゼノア、ごめん。ちゃんと食べます」
その後アイラは、苦虫を噛むようにプチトマトを口へ運ぶのだった。
と言うわけで新キャラが二人も出てきたEpisode:8でした。
平民出身のギャル系アイラ・ティナ、王国騎士の身分を持つエリシア・クローデル。
そして先に迫るは生徒会選挙、しかしゼノアに"暴力"を教えられたルーナは果たして立候補に名乗り出るのか。