Episode:6 本に書かれていることが真実とは限らない
セルエを眠らせて一方的に決闘を終わらせたゼノアは、その足で図書室へ向かっていた。
図書室内にいる生徒の数はごく少数で、席も座り放題だ。
ふと、図書室のカウンターに見知った顔が見えた。
「……あれ?ゼノアくん」
入室に気付いたのか、図書委員らしき女子生徒――コトネが顔を上げてゼノアと目を合わせる。
「ん、コトネか。そう言えば図書委員だったな」
「うん、図書委員さんだよ。何か、借りたい本でもあるのかな?」
「図書委員ならちょうどいい。アバロニア王国の歴史書……出来るだけ古いものがいいな。そう言った書物はどの辺りにある?」
「歴史の本だね。こっちだよ」
コトネはカウンターの椅子から立つと、歴史に関する本棚に案内してくれる。
「えぇと、古い順だから……この辺かな」
彼女が指さした方向には、経年劣化によるものか、ややくたびれた歴史書が並んでいる。
「わざわざ悪いな、ありがとう」
「どういたしまして」
コトネは元いたカウンターの方へ戻っていく。
「さてと……」
ゼノアは古い書物の中でも特に古いものを何冊か手に取り、席へと持っていく。
彼が知りたいのは、主に『第七次魔法大戦』の終結前後と、アバロニア王国の建国から今日までと、その過程で闇属性の存在抹消について。
目次から、第七次魔法大戦の項目とページ数を照らし合わせて飛ばしていく。
1ページを読むのに三秒も要らない。
ゼノアは書の内容を凄まじい速度で速読していく。
………………
…………
……
持ってきた何冊かの速読を開始して、読み終えたものは返却してまた別の歴史書を速読すること、小一時間ほど。
「ふむ……」
ゼノアは持ってきた歴史書を全て棚に戻すと、椅子に座って腕を組み、目を閉じて黙考する。
分かったことがいくつかある。
第七次魔法大戦は、『六人の魔戦士』なる六人の英雄達が中心となって終結したとされており、"ゼノア・バロム"についての記述はどの書にも記されていなかった。
さらに言えば、魔獣龍エンデアヴェルトについても記述されていない。
まず、これがあまりにも不自然だ。
大戦の元凶となった存在が何故隠蔽されているのか。
六人の魔戦士は戦後に、戦災によって帰る場所を失った者達のために、国を興し、法治の元で戦災被害者達を一国民として受け入れる。
だが、これは無謀極まりない。
六人の魔戦士達がいかに有能であろうと、たった六人だけで、国を興せるはずがないからだ。
では何故それが可能だったのかと言えば、彼ら六人が英雄として祀り上げられたことと、戦災被害者達があまりにも多すぎたことだ。
困窮した民草にとっては何かに縋る必要があり、その縋る先――信仰対象がその英雄達だった。
盲信でもなんでもさせて、国の基盤を作る。
そして、王国と呼ぶからには"王"の存在が必要だが、その王を誰とするか。
六人の魔戦士の内の誰かとする、と言うわけにはいかなかった。
何故ならその六人にはそれぞれ国を保つための役割を背負っており、その上から王としての看板など背負えるはずもなかった。
その結果『王国でありながら王が存在しない』と言う矛盾した体制のまま基盤が完成してしまったのだ。
最高決定者たる存在がいないため、なし崩し的に六人の魔戦士による合議制が執られることとなり、そんな歪な体制が続いて、建国から200年ほど経過。
かつての魔戦士達もこの世を去り、各家の子孫たちによる世襲によって合議が行われていくにつれて、六家の中で内乱が起こり、私兵を用いた武力闘争にさえ発展するが、そこへ調停に申し出たのが、『アルファルド・アバロニア』と名乗る男だった。
調停から戦後処理などにも尽力した彼は、合議の末に国王として据えられ、以降は合議制から国王制を敷き、六家は王家直属の貴族として収まり、アバロニア家が王家としてその名を継ぐこととなり、今まで無名国であった国もアバロニア王国と名付けられた。
第七次魔法大戦の終結からアバロニア王国の建国はこんなものだろう。
だが、建国から今日までの中で、闇属性の魔法については一切触れられていなかった。
歴史書に書かれているのはあくまで歴史だけで、魔法史などはまた別のジャンルなのだろう。
闇属性魔法に関しては、ここで魔法史の書物を借りて、寮の自室で調べるとして、ゼノアは軽く背伸びしてから魔法史の書物はどこかと探す。
魔法史の中でも特に古い物をいくつかコトネを経由してから借りて、ゼノアは図書室を後にする。
ふと、窓から校庭がよく見える位置で、なおかつ夕陽が差し込んでいる位置を見つけ、そこへ近づく。
茜色に染まる校内に、サクラの花弁が舞う。
思えば、こうして何気ない時を過ごすのは、記憶が覚えている限りなら、無い。
切った張ったの戦いの日々は、確かに終わったのだろう。
だが、今ひとつ見えない。
先程に目を通した歴史書もそうだ。
自分の名前が載っていないと言うのはまだ分かる。
だが、エンデアヴェルトのことについて何も記述されていないとはどう言うことだろう。
第七次魔法大戦――この世の地獄そのもの――をまるで英雄譚かのように書かれ、後世に語り継がれていた。
人類史上最大の汚点とも言うべき災厄だ、何が起きていたのかをそのまま記述するわけにはいかなかったのだろう、故に英雄譚のように書かれたのかもしれない。
しかし、昼休みに見た、セルエ・グラディエートの横柄な立ち振る舞いを思い返す。
貴族と言う階級を笠に、平民を見下す傲慢な態度。
アストレア家のルーナは、貴族と言う立場を自覚した上で、誰かを見下すような様子は見られなかった。
セルエと言う人間の、その気質だけの問題なのかもしれないが……
「臭うな」
この時代に感じる、不鮮明で不明瞭で不確定な、"腐臭"を。
それはどこから流れてくる臭いなのか。
何故それは腐臭を放つのか。
腐っているのなら、それは吹き飛ばさなければならない。
自分達は世界を腐らせるために戦ってきたのではない、むしろ逆だ。
世界をこれ以上腐らせないように、人類はまだ棄てたモノではないのだと証明するために。
だと、言うのに。
何故こんなにも臭うのか。
この、釈然としない理不尽な苛立ちの感情を何と言うか知っている。
"怒り"だ。
「……ゼノアくん?」
ふと、窓の前に立つゼノアに声をかける者がいた。
ゼノアは湧き上がりかけた怒りをスッと沈め、その声に向き直った。
「おぉ、ルーナか。どうした?」
「私は風紀委員の見回り。もうすぐ下校時間だけど……あなたこそ、こんなところでどうしたの?」
どうもしていない、と言えばその通りだった。
物思いに耽けていただけなのだから。
「なぁ、ルーナ」
ゼノアはルーナのアメジストの瞳を見た。
見れば見るほどに、リナリアの瞳と同じだ。
「お前は、今のこの時代をどう思う?」
視線の先を、彼女の瞳から窓の外の茜色に移す。
「どう思うって……心のありのままを言えばいいの?」
「それが聞きたい」
忌憚も飾りも要らない、そのままを知りたいのだ。
短い呼吸で一拍置いてから、ルーナは思いを口にする。
「間違っている、と思う」
「何故、そう思う?何が間違っていると言うんだ?」
時代が間違っていると言うのなら、それは……
「傲慢を承知で言わせてもらうわ。魔法使いの価値は、貴族の階級や爵位で決まるだなんて、そんなのおかしいと思わない?」
自分が名家の人間であることを自覚しているが故に、これを"傲慢な発言"だと言うのだろう。
「魔法は、階級爵位立場に関係無く平等に学べて然るべきはずなのに、そんなの、」
「間違っていると、そう言いたいんだな」
ルーナが言おうとした先を、ゼノアは答える。
同時に、何故"臭う"のかを理解する。
今の時代の魔法とは、特権階級者のステータスのひとつのように扱われているらしい。
「間違っているのなら、どうしたい?」
「出来る事なら、正したい。でも、たかが名家の娘一人が吠えたところで、何も変わらないわ。今の私は、家柄ばかりが立派な無力な小娘でしかない……」
何とかしたい、間違いを正したいと願うから、今の自分が如何に無力な存在であるかを自覚せざるを得ない。
ルーナはそう言うものの、
「無力なものかよ」
ゼノアはその"無力"を否定した。
彼の視線がルーナへ向けられ直す。
「自分の力で何かを変えようと言う、その気概は間違いなく"力"のひとつだ」
「"力"のひとつ……?」
鸚鵡返しに訊ねるルーナに、ゼノアは続ける。
「力って言うのは、何かを変えるために必要なものだ。知力、武力、腕力、脚力、魅力、財力、学力、暴力……かつての六人の魔戦士達も、最終的に暴力で戦争を終わらせたようにな」
この時、ルーナは気付く。
ゼノアが隠していた怒りと、その怒りすら糧にする、
"狂気"を。
「ゼノア、くん……あなたは、何を……?」
「なぁルーナ。真にそれを願うならさ……」
戸惑うルーナに、ゼノアはまるで夕食の献立でも考えるように誘った。
『「俺と時代を変えようぜ』」
500年前、ゼノア・バロムがリナリア・アストレアにそう言った時と、同じように――。
と言うわけでEpisode:6でした。
図書室でコトネと遭遇、不自然しかない歴史、夕暮れのいい雰囲気の中でルーナにデート(時代粛清)のお誘い、の三本でキメました。