Episode:4 誇り高き戦士の末裔は弱者を見下す男だった
学生食堂は本日も大盛況である。
自炊などをしている生徒は弁当を持参しているケースもあるが、そうでない生徒は大抵ここで昼食を取ることになる。
「うぉぅ、今日も大混雑だな」
混雑具合を一目見るなり、オズワルドは眉を顰める。
見慣れたものだが、見慣れたからと言って具体的な対策などは取りようがない。
「おっし、オレが空席を確保しておくから、ゼノアは注文頼むわ。カレーライスひとつな」
「よし、任せたまえよ」
ゼノアの頷きを確認すると、オズワルドは踵を返して列から離れ、座席の方へ向かう。
もうしばらくすると列も動き、カウンターにいる年配女性に注文し、代金を払って半券を渡される。
ちなみにゼノアの注文も、オズワルドと同じカレーライスだ。
注文してから一分少々で、カレーライス二人前が受け取りカウンターから押し出されて来る。
それを受け取って、オズワルドはどこにいるかを見渡していると、少し離れたところにある席にオズワルドが座って手を振っているのが見えた。
「っと、待たせたな」
「注文ありがとな、ってお前もカレーか」
オズワルドは、ゼノアの運んできたトレイに二人分のカレーライスとサラダを見て苦笑しつつ、自分の分のカレーライスの代金をゼノアに手渡す。
「んじゃ、食べるか」
いただきます。
多数の生徒に対して迅速に用意出来るように予め作り置いていたものだろうが、深く煮込まれた香辛料に、根菜類と牛肉が柔らかく口の中で溶け、ピリリと程よい辛さがゼノアの味覚を刺激する。
「んむ、これいいな。美味い」
「ゼノアってよ、ここのカレーは初めてか?」
「カレーなんて最後に食べたのは、一体いつか覚えてないくらいに昔に食べたかどうかだな。味もすっかり忘れたよ」
「マジか!そんな人類が存在するのかよ!?」
「現に俺という現例がいるからな」
美味いなー、とのんべんだらりカレーライスを咀嚼していると、
不意にピクリとゼノアの左手の指が挙動した。
気配を感じた。
あまり面白くない、ちょっとした不穏な空気を。
ゼノアのその気配の通りと言うべきか、どこの席からか諍いの声が聞こえてくる。
「ここはあたし達が先に取ってた席なのに、なんでいきなり明け渡さなきゃならないのよ!」
「関係無いな、ここは僕の指定席。君のような平民風情が勝手に座っていい場所じゃないんだよ?」
声は二人。
一人は勝ち気そうな女子生徒に、もう一人はキザったらしい金髪碧眼の男子生徒。
ゼノアはカレーライスを美味そうに頬張りながら、その諍いを聞いていた。
「指定席ってなによ!そんなのあんたが勝手に決めたことでしょ!?」
「随分反抗的だね、僕はグラディエート家のセルエだよ?これだから身の程も分からない平民は……」
陰険な空気が色濃くなっていき、その周囲にいる生徒達がざわめき始める。
「お、おい、あいつまた……」
「グラディエート家の御曹司だろ……」
「あの娘、下手したら何されるか分からないよ……」
グラディエート家と言う単語を聞き、ゼノアは耳を傾けた。
「(ほぉ、グラディエート。あのセルエとか言うのは、『ヘンリー・グラディエート』の末裔か)」
ヘンリー・グラディエートは、リナリア・アストレアと同じ、第七次魔法大戦の渦中を共に駆け抜けた魔戦士の一人だ。
ゼノアが直属としていた六人の中でも特に屈強な肉体と、勇猛果敢な武勇を兼ね備え、二万人の敵兵をたった一人で蹴散らしてみせた、まさに万夫不当の豪傑と呼ぶに相応しかった。
その一方で、命の危険に曝される子どもを救うために状況、戦況を投げ捨てるどころか、ゼノアの命令すら無視するような男でもあったが、それでもなお己の信念を貫いてみせたヘンリーがゼノアは好きだった。
ヘンリーがリナリアと同じように子孫を紡いでいたとしたら、あのセルエが末孫なのだろう。
だが、そのセルエは平民出身らしき生徒を見下し、あまつさえ我を押し通そうとしているではないか。
あの勇ましくも心優しい巨漢であったヘンリーと、セルエを比較するつもりはないが……
ゼノアは不意にスプーンを置いてその場を立った。
「お、おいゼノア?どこ行くんだ?」
オズワルドの声をニコリと流して、ゼノアはその諍いの元へ向かう。
つかつかと堂々悠々と諍いの間に割って入り、右腕を振り上げると――
バギァンッ!!と言う轟音と共に、テーブルにうっすらと亀裂を走らせた。
その大音に、食堂内にいた誰もがゼノアに視線を向けて沈黙する。
「う る さ い」
続けて、諍いの両者に向けて告げる。
「騒ぐな喚くなほざくな。メシが不味くなる」
ニコニコと、穏やかな笑みを浮かべながら。
行動と声色と、表情が一致しない、矛盾している。
そんな様子のゼノアを、誰もが異物を見るような目で見ている。
唯一動じていないのは、セルエの一歩後ろで控えている、仏頂面の男子生徒ぐらいか。
「グラディエート家は、いつからそんな横暴を罷り通すような家柄になったんだ?」
「な、なんだい君はっ、いきなり……」
セルエは声を上擦らせながらもゼノアに大きな態度を見せようとするが、
「法と秩序を示し、子どもの未来を守ることが己の信ずる道だと宣い聞かなかったヘンリー・グラディエートの、その誇り高き意志はどこへ消えた?」
「な、何の話をして……」
「俺は腐ったものが嫌いだ、大嫌いだ」
セルエの苦し紛れな反論を切り捨てるように、ゼノアは『ニコニコと』続ける。
「ただただ気に入らないし、気に食わない。見ていてイライラする」
「ひっ」
その穏やかな笑みの奥にある"何か"を垣間見たのか、セルエへ情けない声を洩らして後退る。
セルエは完全にゼノアの空気に呑まれている。
「俺はここにいる全員の代弁者だ。お前がふざけたことをするから、せっかくの昼飯が不味くなった。もちろん俺もその一人だ」
食堂全体の空気を、ゼノアが支配する。
「この席がお前の指定席とするなら、まずはそれに見合う対価を払ってみせろ。金でもなんでもいい、こいつを納得させて席を譲ってもいいと思わせろ」
ゼノアの言う「こいつ」とは、セルエに食って掛かっていた女子生徒のことだ。
しかも、セルエの言うところの『指定席』については否定していない。
お前はどっちの味方なんだ、と何名かの生徒がそう思いかけてすぐに口を噤む。
「ば、バカな。何故席を座るためだけに金を払う必要が……」
「払うつもりが無いなら、力尽くで退かせて黙らせばいい。こいつを屈服させて反論しても無駄だと思わせろ。周囲の人間にもそれを理解らせろ。ここでは自分が頂点だと言ってのけろ」
対価を払ってみせろと言えば、力尽くで退かせろと言う。
こいつは一体何を言っているんだ?
そんな疑念を誰もが抱く。
「……き、興が削がれたな。行くぞウィルソン」
ゼノアのニコニコとしたプレッシャーに耐えられなくなったのか、セルエは嫌な汗をダラダラと流しながらも、一歩後ろにいた、ウィルソンと言う男子生徒を連れて食堂を出ていった。
そのウィルソンはその前にゼノアに対して申し訳無さそうに一礼してから、セルエの後を追う。
それを見送ったゼノアは、
「あー、余計に腹が減っちまった。メシの続きだ、続き」
何事も無かったかのように自分の席へ戻って行った。
まるで嵐が通り過ぎたかのように誰もが黙ったままで、食堂の支配は、ゼノアの声から不気味な静寂に成り代わった。
何とも言えない顔をしているオズワルドの前に着くと、またもぐもぐカレーライスを頬張るが、微かに舌打ちした。
「ちっ、余計な時間のせいで冷めたか」
まぁ冷めてもイケるな、と構わずに咀嚼を繰り返す。
「あー、その、なんだ、ゼノア?」
何とか会話をしようと、オズワルドは戸惑いながらも話しかける。
「なんつーか、すげぇな」
「ふぁん?」
口にしたものを飲み込んで、お冷で口内を整えてから、ゼノアはオズワルドの次の言葉を待つ。
「あのセルエって奴、家は名門グラディエート家で、王国への発言力もあるくらいだぜ?そんな奴を相手に正面から言い負かしてよ、……うーん、なんかすげぇとしか言えねぇや」
自分の語彙力の無さを誤魔化そうとしたオズワルドだが、次のゼノアの言葉に絶句することになる。
「どうせ殺したら死ぬんだから、結局は俺達と同じだろう?」
手持ちの金が多いか少ないかの違いだけだ、と事も無げに言うゼノア。
「…………お、ぉぅ」
こいつは本当にこんなキャラだったか?
オズワルドは自分の記憶の中にいたゼノア――それは何故か曖昧でうまく思い出せないのだが――と、目の前でカレーを頬張っているゼノアとの不鮮明な違いに、微妙に苦心したのだった。
と言うわけでEpisode:4でした。
オズワルドとカレーライスをムシャつくゼノア、そこへやってくる名門のドラ息子、新キャラセルエ。
は?(威圧)で黙らせたゼノアですが、プライドばかりが高いボンボンですから、このままで済むわけないんですよねぇ。