Episode:2 正義の女神は子々孫々と生命を紡いでいた
この学生寮は、部屋の配置こそ男女別に分けられているが、学生食堂や医務室などの共通施設は、中央に寄せてつくられている。
手荷物を纏めて、白と青を基調とした制服に着替えたゼノアは、のんびりと学生食堂へと向かっていた。
朝と晩の二食は、ここで給食として食べることが出来るからだ。
出入り口付近でトレイを手に取り、予め並べられているパンやスープ、サラダ、牛乳やお茶、ジュースなどを受け取っていく仕組みだ。
ゼノアは何気なく受け取っている……ように見えて、出されている朝食に関する情報を瞬時に読み取っていた。
炭水化物は控えめに、野菜は種類豊富に、ソーセージや卵と言ったたんぱく質も、野菜と釣り合う量として作られている。
戦時下ではこんなに小綺麗に整った食事なんて摂れるものじゃなかったなー、と心底でぼやきつつ、一通り受け取ったゼノアは適当な空席に目を付けてそこへ座る。
「いただきます」
スープを啜り、パンをちぎり、サラダを頬張る。
何年も保存食しか食べておらずに鈍りきった味覚に、みずみずしいサラダは大変刺激的だ。
幾年ぶりに生野菜など食べたら腹を下したりしないだろうかと――否、そもそもこの身体が500年前から同じものではないのだからそうはなるまい、と今の自分が何者かに疑念を持ちつつも再認識。
「おっ?ゼノアじゃねぇか」
ふと、誰かが自分に声を掛けてきた。
振り向いてみれば、自分よりも一回り大柄な男子生徒が、トレイを手にゼノアの顔を見ていた。
ゼノアは瞬時に記憶を読み解き、目の前の男子がクラスメートの『オズワルド・ロイ』と言う名前であることを認識する。
同時に、クラスではそれなりに仲が良い、友人関係であることも。
「おぉ、オズワルド。おはよう」
「だから、オレのことは"オズ"って呼んでくれよ」
「人の名前はちゃんと呼びたいからな」
「相変わらず自分ルールに厳しい奴だなー」
そこ座るぜ、とオズワルドはゼノアの向かいの席に座る。
オズワルドのトレイには、ゼノアのトレイと比べてもやけに量が多く、パンやソーセージ、スクランブルエッグと言った炭水化物やたんぱく類がほとんどを占めている。
他の生徒のぶんまで取ってないだろうかとゼノアが懸念していると、不意にオズワルドが気遣わしげな目をする。
「ってかゼノア、お前大丈夫なのか?」
「ん、何がだ?」
「何がだって……お前昨日、廊下でいきなり倒れたろ?」
オズワルドの言葉を聞いて、ゼノアは声にせずに「そう言うことか」と呟く。
その意識を失っていた間に、500年前の時代の自分の魂と記憶がこの身体に乗り移った、と言ったところだろう。
「外傷とかは無くて、呼吸も安定してて、ただ眠ってるだけって、何が起きたのかと思ったぜ?」
「すまん、俺も気が付いたら自分のベッドで寝てた、としか覚えてなくてな」
「なんじゃそりゃ……それで、具合が悪いとかそんなんじゃ無かったんだよな?」
「飯が美味いと感じられるのは、健康の証拠だな」
そう言いつつ、スクランブルエッグをスプーンで一口。余分な塩分の無い、ちょうど良い塩梅だ。
「そりゃ何よりだ」
おかしそうに笑うオズワルド。
仲間と一緒に食事を楽しむ、なんてことは滅多に無かった。
あったとしても、味気も何もあったものではない携行食を無理矢理腹に押し込みつつの作戦会議だとか、そんなことばかりだった。
「(本当に、平和になったんだな)」
あの戦乱は恐らく終結し、平和と呼べるようになる時代になるまで何百年もかかったのだろう。
いや、もしかすると平和を享受している陰で今尚戦っている者はいるかもしれないが、少なくとも一日で億単位の人間が死ぬことは無いはずだ。
人が死ぬことが当たり前ではない時代。
それは、十分に平和だろう。
「どうしたんだゼノア、ボーッとしちまって」
「ん?ちょっと悟りを開いていたところだ」
「お前は修行僧か何かよ」
オズワルドとの他愛ない談笑に華を咲かせ、残る朝食もまた噛み締める。
朝食を終えた後は、そのまま登校だ。
サクラと言う、極東の島国の春の短い間にだけ咲く美しいピンク色の花が舞い散る中を、ゼノアとオズワルドは行く。
ゼノアにとってこの通学路は、視覚的には初めて見る光景なのだが、記憶的には見慣れた光景と言う、酷く矛盾した既視感を覚える。
「(学校……授業……勉強か……)」
多人数と一室の中で、細々としたことを勉強する。
それも、魔法に関する勉強もまた含まれている。
500年前までは、魔法が使えるものは即戦力として前線に放り込まれるのが当たり前で、そもそも魔法とはある種の根性論で放つもので、理論や計算とは無縁の概念だった。
その、理論や計算の元に行われる魔法の勉強とはどう言うものなのか、ゼノアは楽しみだった。
「おっ、おい見ろよゼノア」
ふと、オズワルドがやや興奮気味にゼノアの肩を叩いた。
彼の視線の先にいるのは、多くの生徒達から羨望と尊敬の眼差しを受けながらも堂々と行く、銀色の長髪が美しい女子生徒だ。
ふわりと銀髪が靡き、それに合いの手を加えるようにサクラの花弁が舞う。
それはどこか、幻想的な美しさを醸し出していた。
「ルーナちゃんは今日も美しいなぁ……今日は朝からラッキーだぜっ」
よっしゃー、とガッツポーズしているオズワルドだが。
ゼノアはそんな手放しに喜べるような心境ではなかった。
あの美しい銀髪に、アメジストの宝石のような青紫色の瞳、肌を重ね合っていたほど見た顔立ちは瓜二つ。
何より、ゼノアが彼女から感じ取れる魔力が全てを物語っていた。
「(アストレア!?何故アストレアまでこの時代に……いや、あれは別人か)」
オズワルドが「ルーナちゃん」と言っていたように、彼女はゼノアの知る人物ではない。
記憶の読み解きから、彼女は500年前の同志の一人だった『リナリア・アストレア』ではなく、予科1年A組の生徒『ルーナ・アストレア』と言うことは理解できた。
アストレアと言うファミリーネームは、500年前からその血筋が続いているのだろう。
となれば、自分と共に戦った同志達も、子々孫々と命を紡いでいるのだろうか。
ふと、ルーナの瞳がゼノアに向けられると、つかつかと歩み寄ってくる。
「おはよう、ゼノアくん。体調は大丈夫なの?」
「なんだ……オレじゃなくてゼノアの方か……」
自分に用があるとばかり思っていたオズワルドは、ガックリと肩を落とした。
「オズワルドくんも、おはよう」
ルーナがオズワルドにも挨拶をすると、彼は落としていた肩をシャキッと正した。
「ありがとうございます!!」
「どうして挨拶しただけでお礼を言われるのかしら……それよりゼノアくん」
若干呆れた視線をオズワルドに向けていたルーナだが、すぐにゼノアの方に視線を戻す。
やはり昨日に倒れた(と言うことになっている)ことを気にしてのことだろう。
ゼノアは特に取り繕うことなく自然体で応じた。
「心配かけさせたようですまん。体調なら問題ない。今朝の朝食もしっかりいただいて来たからな」
「そう?なら良かった。でも、うーん……」
問題ないと答えたゼノアだが、ルーナは何故か険しい表情をする。
「何と言えば言えばいいのかしら……今日のゼノアくん、どこか様子が違うように感じられたから」
さすがアストレアの末裔だ、とゼノアは口にせず呟いた。
外見上の変化は無くとも、そうでない何かからゼノアの変化を感じ取っているのだから。
一晩の間に500年前から時空を超えて来て若返った、などと言っても誰も信じないことは分かりきっているので、ゼノアは嘘ではない程度に頷く。
「寝ている間に何かが覚醒したんじゃないか?」
「寝ている間に覚醒って、器用なことをするのね」
ふふっ、と少しおかしそうに微笑するルーナ。
ゼノアの隣でオズワルドが「ルーナちゃんの天使の微笑みッ……オレはもう死んでもいい」などと歓喜に震えているが、そんなことは放っておき。
「さてと、教室に行くか」
待ってろ授業、とゼノアは気合を入れて背伸びした。
と言うわけでEpisode:2でした。
朝からメシウマーを楽しむゼノア、今回のバカだけどイイヤツ担当のオズワルドと、500年前の仲間と瓜二つな美少女ルーナの登場でキメました。