Episode:18 勝つべくして勝つのが勝ち戦である。
少しだけ波乱のあった休日が明けて、今日からまた六日ほど学院での授業が始まる。
だがその一週間の始まりの始まりは、特大のニュースと共に始まった。
『ルーナ・アストレアが城下町にて、脱獄犯の確保に貢献した』
それを讃えた感謝状が王国から贈呈され、朝の全校集会にてルーナが表彰されることになったのだ。
ルーナ本人は、「あれは私の力だけではなく、友達の力もあってのことです」と表彰を辞退しようとしたものの、その友達――ゼノアとコトネ、オズワルド――から「自分達の代表として受け取ってほしい」と言われ、断ることも出来ずに諦めて全校生徒の前で立つこととなった。
そして、全校生の前で大々的に表彰されたのならば、そのクラスメート達から盛大に賞賛される。
さらにクラスメートだけでなく、予科・本科を問わずルーナの名は瞬く間に知れ渡った。
しかもそのルーナが、品行方正で成績優秀、容姿端麗、加えて生徒会選挙の立候補者だと知ればどうなるか。
当然、全校生徒の半数以上がルーナに投票するだろう。
結果、ルーナ・アストレアの名は学院中で口にされることとなり、まさに正義の女神の家名に相応しい才女であると、生徒達は諸手を挙げて彼女を賞賛した。
表彰から数日が過ぎても、ルーナを讃える声は絶えなかった。
「……まさか、あの一件だけでここまでこうなるとは思わなかったわ」
日も暮れて夜の時間帯になり、学生食堂の人数も疎らになったところで、ルーナはようやく今日の夕食にありつこうとしていた。
「今日も凄かったからねぇ……元々人気者だったルーナちゃんが、さらに人気者になっちゃった」
夕食は既に終えているものの、ルーナの付き添いとして同行していたコトネは、紅茶を啜る。
今日も朝から今まで、ルーナに話しかける者が絶えなかったのだ。
「まぁ……今みたいにちやほやされるのは、ほんの少しの間だけよ。生徒会選挙が終われば、元に戻るわ」
そのはずだけど、とルーナは不安げに嘆息をつく。
一方でゼノアは、寮内の散歩がてら周囲の寮生達の声を聞き集めていた。
その声はどれも、ルーナを賞賛する声や、彼女に投票する声、彼女の美徳を称える声、実はルーナに告白してみようかと言う声すらも聞こえる。
「(ふむ、悪くない経過だ。多くの生徒の興味がルーナに向いている。やはり無理矢理にでも表彰させて正解だ)」
来週にチラシも出来上がる。
それを配りつつ挨拶していけば、体勢は盤石。
あとはもうルーナは何もしなくても圧勝するだろう。
内心でほくそ笑んでいると、ふと向かいから見知った顔を見かける。
B組の立候補者である、エリシア・クローデルだ。
「ん、バロムか?」
「おぉ、エリシアか。こんばんはだな」
「こんばんは。……良いところに通り掛かってくれた」
「お?」
するとエリシアは然りげ無く周囲を確認すると、ゼノアを手招きする。
さらに用心深く周囲を確かめ、他人の目や耳が無いことを確信してから、エリシアは小声で話し始めた。
「少々、耳に入れておきたい話がある……」
「うん」
あまり面白くない話のようだが、ゼノアは特に構えることなくエリシアの言葉を待つ。
「アイラから聞いた事を又聞きしたのだが、C組……それも、セルエ・グラディエートの周辺が少し騒がしいらしい」
ゼノアは頷くことで続きを促す。
「今日の昼休み、学院の食堂で喧嘩が起きたのは知っているな?それを諌めたのはグラディエートだったのだが……どうやら、"自作自演"のマッチポンプらしい」
「ほぉ?」
「何故そうだと言えるのかは、彼がその場に介入しただけで、不自然なくらいにすんなり喧嘩が収まったからだそうだ。大方、アストレアが表彰されたことへの対抗のつもりだろうが……」
「……」
やはりか、とゼノアは心底で呟いた。
馬鹿がバカをやらかす。
その前兆がこれだ。
「そのせいかは分からないが、グラディエートに対する風当たりがきつくなっている。自作自演をしてまで人気取りをしようとした、自業自得だと言えばその通りなのだが」
「今は勝手にさせてればいいんじゃないのか?自分の首を絞めるようなものだ」
気楽に構えているように見せるゼノアだが、エリシアは首を横に振る。
「……いや、もしこれがエスカレートするようなら、やがてアストレアにも類が及ぶかもしれない。それを君に伝えたかった」
「そうか、わざわざすまんな」
話はもう終わりだろうと、ゼノアはエリシアから離れる。
「気を付けないといけないのはお互い様だろうさ。それじゃ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
互いに夜の別れ挨拶を告げて、エリシアは自分の部屋に戻り、ゼノアも自室に戻る――フリをした。
魔力感知を集中させて、行き先を決める。
向かう先は――セルエの部屋だ。
セルエの個室の中から、彼本人とウィルソンを含むおよそ五人ほどの魔力が留まっている。
聴力強化の魔術を使って会話を盗聴しようと考えたが、立ち聞きしているところを誰かに見られるとまずい。
「(少し魔力を浪費するが……)」
ゼノアは聴力強化に加えて――その場から風景に溶け込んだ。
これは、一時的に周囲の風景に擬態出来る魔術だ。
あくまでも擬態であるため、ゼノアの実体はここにある。
加えて、長時間の発動も難しく、さらに聴力強化も併用しているので、魔力の消耗が激しい。
もっとも、ゼノアであれば十数分近くは維持可能だが。
風景に擬態したゼノアは、ドアに聞き耳を立てた。
「…………であるからして、このままではA組のルーナ・アストレアが選挙で勝ってしまう」
これはセルエの声だ。
「脱獄犯の確保に貢献するなんて、運が良すぎる……」
「(そりゃそうだ。脱獄犯の確保をするように仕向けたのは俺だからな)」
脱獄犯が見つかるかどうかは運次第だったが、そこからルーナが貢献したように仕組ませたのは、他ならぬゼノアである。
確かに運がいいだろう。ゼノア・バロムが味方に付いているという時点で。
「来週にも町に赴いて、事件が起きていないかを探る。そこで事件解決に貢献できれば、まだ挽回出来るはずだ」
「そこで何も無かったら、どうするんだ?」
続く声は、セルエでもウィルソンでもない男子の声。
「そうなったら最後の手段……って、どうしたウィルソン?」
「失礼、少々……」
ウィルソンがセルエに一言断ってから、つかつかと足音が近付いてくる。
「(ん?気付かれたか?)」
ゼノアはドアから離れ、そのすぐ脇に移動する。
途端、勢いよくドアが開けられた。
ドアを開けて出てきたのはウィルソンだ、彼は注意深く周りを見回している。
「……気のせいか?いやしかし、確かに気配があったはず」
「(さすが、鋭いなウィルソン)」
ドア越しかつ姿の見えない相手の気配を朧げながらも感じ取ったのだ。
やはり油断ならない男だ。
こちら側に引き込めるなら何としてでも欲しい人材に成り得る。
だが、これ以上ここに留まっては察知されてしまうかもしれない。
「(仕方無い、ここは一度退くか)」
聴力強化を切り、代わりに気配遮断の術を上書きし、ゼノアは足音を立てないようにその場から離れた。
「……気配も消えた?一体何が……」
ウィルソンは困惑したものの、すぐにセルエの部屋に戻った。
人気の無いところまで移動してから、ゼノアは上掛けしていた魔術を全て解除した。
たかが数分だけとはいえ、複数の魔術を併用したため、少し疲労を感じる。
「(最後の手段ってのは何だろうな?)」
まさか自分が考えていたことと同じこと――対抗馬を潰す――ルーナの排除でも考えたのか。
否、学院内でそんなことをしようとすれば確実に騒ぎになる。
それはさすがにセルエとて理解しているだろう。
では、彼が言うところの「最後の手段」とは何なのか。
だが、それを覆してみせてこそのゼノア・バロムだ。
「(くくっ、何をしてくるかは知らんが……お前もグラディエートの血を引く者なら、俺を止めてみるがいい)」
今から十日後に迫る選挙当日を前に、ゼノアは邪悪に嗤った。