Episode:16 策士とはいかなる時も謀を巡らせるもの
翌日のロングホームルームにて、クラスメート全員によってルーナの似顔絵が描かれ、描かれたものは全て印刷所に提出しに行く運びとなった。
そして、(主にオズワルドが)待ちわびた休日である。
寮には外出届を出し、アバロニア王国の城下町へ向かうのだ。
メンバーはルーナ、ゼノアとオズワルド、そして誘われたコトネの四人だ。
ゼノアとオズワルドも今日は制服ではなく、普段は着ることのない私服姿で、ルーナとコトネを玄関口で待っている。
「いやー、この日というこの日を待ちに待ったぜ」
これからピクニックにでも行くかのように、オズワルドはウッキウキである。
「楽しみにしていたのはいいが、本来の第一目的を忘れるなよ、オズワルド」
印刷所に行くことこそついでだと言っていたオズワルドに釘を刺すゼノア。
「わ、分かってるっての」
一瞬、本当に忘れかけていたのか、オズワルドの声が揺れる。
「……それにしても、ルーナとコトネは遅いな。そろそろ待ち合わせ時間になりそうだが」
ゼノアは女子寮の方へ視線を向ける。
「女の子の外出準備には、時間がかかるんだよ」
知ったふうなことを言うオズワルド。
そう言ったのが前触れだったか、階段の上から人陰が二つ降りてくる。
「ごめんなさい、待たせたかしら」
「お待たせー」
ルーナとコトネだ。
「朝からありがとうございます!」
すると突然オズワルドがびしすと姿勢を正して腰を直角に倒す。
「え?えぇと、私は何もしていないけど……」
何故いきなりオズワルドが感謝したのか分からずに困惑するルーナだが、
「おめかししたルーナちゃんがかわいいんだって」
オズワルドの感謝の意味を察したか、コトネが教えてくれる。
「ルーナちゃんだけじゃねぇ、もちろんコトネちゃんもだ!」
鼻息荒く主張するオズワルドだが、コトネはコトネで「うんうん、ありがと」と軽く流している。大分、オズワルドの扱いにも慣れているようだ。
玄関口で繰り広げられる光景に、ゼノアは表情をそのままに、
「(さて、休日を楽しむとは言ったが、この状況をどう転がして利用するか……)」
その脳内には策略や謀略の企てに満ちていた。
もちろんこの休日は楽しむつもりだが、"何か"あった時にそれをどう巧く利用できるか、ゼノアは今日を楽しみ半分、気を張っている。
学院寮を出て、慣らされた街道を歩くこと小一時間ほど。
砦と見紛うほどの広大な石壁に囲われた王城。
その王城の下に広がる、活気溢れる町。
ここがアバロニア王国、その城下町だ。
門番達には、聖アイリス魔法学院の学生証を提示して通してもらう。
「ふぃー、やっとこさついたか」
オズワルドは背伸びしながら門を潜る。
「徒歩で一時間って、歩いてみると結構遠いね」
ちょっと疲れたかも、とコトネは呟く。
「疲れているところ悪いけど、印刷所にポスターを提出しなくてはね」
ルーナはしっかりとした足取りで、城下町の案内図を目に通す。
特に疲れた様子もなく、ルーナのあとに続くのはゼノアだが。
「(城下町、と言うにはやけに見回りの兵が多い気がする。何か起きていると考えるべきだな)」
他三人が気付いていないことに意識を傾けていた。
物々しい町の様子に、ゼノアの頭脳は即座に情報収集へと切り替わる。
町中を歩きながらも、視線や耳をすれ違う住民へと傾けて、声を聞く。
魔力で聴力を少しだけ強化し、その内容を聞き取っていく。
町の喧騒から、『魔法犯罪者』『脱獄』『潜伏』と言う、少々物騒な単語を耳にし、不規則バラバラな単語を並べ合わせ、想定し得る事と状況を思い浮かべる。
「(察するに、魔法犯罪者が脱獄して、町に潜伏している……というところか?)」
とはいえ、まだ確定的なものではない。
もう少し情報がほしいところだが、今日の第一目的の場所である、印刷所が見えてきた。
印刷所で生徒会選挙に必要なポスターの印刷依頼を申し込む。
印刷物の受け取りは来週と言うことにしているため、後日にまたここへ足を運ぶ必要がある。
これで、今日の目的のひとつは達成。
「印刷の注文はこれでよし……さてとっ」
ルーナは軽く背伸びをして、印刷所の近くで待っていた三人に向き直る。
「お昼にはまだ時間があるけど、どうする?」
時刻はまだ10時が過ぎて間もない辺りだ。
「あっ、じゃぁお洋服見に行こうよ」
どうすると意見を求められて、真っ先にコトネが挙手する。
「えーっと、ゼノアくんやオズワルドくんにはちょっと退屈かもだけど、いいかな?」
とはいえ一応、男子二人の様子は窺うコトネ。
「俺は構わない」
「どうぞどうぞ!何時間だって付き合えるぜ!」
ゼノアは端的に、オズワルドは大変元気に答えてくれた。
「うん。じゃぁ行こっか、ルーナちゃん」
「まずは洋服からね、いいわよ」
特に反対意見が挙がることもなく、コトネ主導のショッピングが始まった。
ブティックをいくつか見て回り、ルーナとコトネがあれでもないこれでもないと服を吟味する。
オズワルドはその女子二人の様子をありがたく拝んでいる。
残るゼノアはと言うと。
「ほぅ、脱獄犯とな?」
先刻に自分が集めて整理して推測した状況の、答え合わせをしていた。
「そうらしいです。ちょっと怖いですよね、そんなのが町を彷徨いてるなんて……」
ゼノアが話している中年の女性が言うには、数日前に王国の留置所から魔法犯罪者が脱獄したらしいとのこと。
聞くところによると、諍いの弾みで魔術を使い、相手を意識不明の重体にしてしまったことで、魔法傷害罪として拘束されていた。
魔術による犯罪は、一般的な罪と比較しても重く、場合によっては危険分子として、法廷の場に立つことなく即日銃殺刑と言うことすら有り得るほど。
今回の件においては、悪意の元ではない衝動的なものだったが、それでも傷害罪に変わりないため、数ヶ月近い期間を拘束されていたようだが、留置場の警備体制に緩みが生じていたのか、脱獄を許してしまったそうだ。
城下町は広大な城壁に囲われているため、外へ出るには門を通る以外に手段がない。
当然、門番がそこで目を光らせており、そこで脱獄犯が捕まった話はまだ聞かれていないので、必然的に脱獄犯は城下町内に潜伏しているはずである。
なるほど、それならば見回りの兵士がやけに目立つのも頷ける。
「早く解決してほしいものですね」
ゼノアはそう言って店員に一礼すると、オズワルドの元へ戻っていく。
「店員さんと何話してたんだ?」
ルーナとコトネをありがたく拝んでいたオズワルドは、ゼノアが戻ってきたのを見て、店員と何を話していたのかと訊ねる。
「ちょっとした世間話さ、大それたことじゃない」
「そうか?」
「(運良く脱獄犯を発見出来れば……ルーナにとって有益な結果を生み出せそうだ)」
オズワルドと話している間にも、ゼノアの策謀の頭脳は止まらない。
そんな彼の脳内の歯車が円滑に回転していることなどつゆ知らず、オズワルドは興味を女子二人に移す。
「どうかなルーナちゃん、似合ってるかな?」
「かわいい!すごく似合ってるわコトネ!」
女子二人のファッションショーの閉幕には、もう少し時間がかかりそうだ。