Episode:15 同調圧力による盲信は視野狭窄を招く
生徒会選挙会議……と言い名の"お絵描き大会"を終えた後。
ルーナは下校する前に、生徒会選挙に必要な書類を生徒会室へ提出しに向かっていた。
この時間帯なら、まだ生徒会室は閉じられていないはずだと、特に急ぐこともなく廊下を歩いていると、
「おや、アストレア家のご息女じゃないか」
微妙に出会したくない相手――セルエ――と、その従者のウィルソンと出会してしまった。
それでもルーナは平静さを保ちながら応じる。
「ごきげんよう、グラデイエート家のドラ息……ご子息様」
「ちょっと待て。今、ドラ息子って言いかけなかったか?」
「それで、何かご用かしら?」
悪口とも取れる物言いを言いかけて、瞬時に矛先を逸らそうとするルーナ。何だかどっかの誰かさんの影響を受けているかもしれない。
「……ま、まぁいい。それで、君も生徒会選挙に出馬すると聞いたんだがね。辞めた方が身のためだよ、君だって自分の無様を晒したくはないだろう?」
嫌味ったらしい、挑発とも取れる発言を仕掛けてくるセルエ。
「……なるほどね」
昨日までのルーナなら憤りを覚えて感情で言い返したかもしれない。
しかし、昨日のちょうどこの時間帯で、どっかの誰かさんに精神をズタズタにふっ飛ばされたおかげで、この程度の挑発に動じることは無くなっていた。
「セルエくんは、当選する自信が無いのね」
「なっ、な、何をバカなことをっ……」
ルーナがそう指摘すると、図星を突かれたのかセルエは見るからに動揺を顕にする。
「自分に自信が無いから、そうやって私に立候補を辞退させようとするのでしょう?私が立候補を辞めれば、それだけ当選する確率が高くなるから」
しかも、逆に挑発し返してみせる。
「(まぁ、ゼノアくんなら「確実に勝つなら対抗馬を殺せばいい」とか言うでしょうけど)」
やっぱりどっかの誰かさんの影響を受けているとしか思えない。しかもズバリ当たっていたりもする。
「ふ……ふんっ、そこまで言うのなら止めはしないさ、せいぜい足掻くんだね」
言い返せなくなったか、セルエはバツの悪そうに踵を返しながら捨て台詞を吐いて立ち去る。
ウィルソンは去る前に一礼して――「グッジョブ」と言うように、握り拳に親指を立ててくれた。
「(あのウィルソンって人、本当にセルエくんのお目付け役なのかしら……)」
セルエの言うことやること成すことに口は挟まず、やりたいようにやらせているようにしか見えない。
だがそれは、まるで『セルエがバカをやるのを期待している』かのようにも思える。
眉の毛先一本も動かさない彼の心情を読み取ることは難しいだろう。
分からないものは分からないとして、ルーナは行き先であった生徒会室へ向かった。
「失礼します。予科一年A組のルーナ・アストレアです。生徒会選挙立候補の書類の提出に来ました」
ドアノックと共に、ルーナは用件を告げる。
「うむ、入りたまえ」
ドア越しにユーストマから入室許可の声を聞き、ルーナは静かに生徒会室へ入室する。
下校時間も間際だと言うのに、生徒会役員達は忙しなく書類の山を相手に奮戦している。
もし自分が生徒会選挙に勝てば、このような毎日を送るのだろうかと思いつつ、ルーナは澱みなくユーストマの居座るデスクへ向かう。
「こんな状態ですまないね。書類をいただこう」
ユーストマは一度作業の手を止めて、やって来たルーナに向き直る。
「はい。こちらの確認をお願いします」
ルーナは手にしていた数枚の書類をユーストマに差し出す。
それを受け取って、ユーストマはすぐに目を通していく。
「……よし、記入内容に問題は無いね。では、こちらは責任を持ってお預かりしよう」
「よろしくお願いします」
ぺこりと一礼してからルーナは生徒会室を退室しようとするが、その前にを「あぁ、少し待ってほしい」とユーストマに引き留められた。
「君のクラスには確か、ゼノア・バロムがいたね?」
「はい、そうですが……まさか、彼が何か?」
そう言えばゼノアは昼休みに生徒会室へ呼び出されていたようだが、もしや彼が何かやらかしたのか、とルーナは危惧する。
「いや、彼が何かしたと言うことでは無い。同じクラスだったか確かめただけだ」
そう言うと、ユーストマはにこりと微笑を浮かべる。
「何か困ったことがあれば、彼に相談するといい。彼ならば必ず、君の力になってくれるはずだ。……そう、君の"力"にね」
二回言った。
力になってくれる、と二回言った。
「は、はぁ」
まるでゼノアとは気安い仲のような物言いだ。
「君が何も心配することはない。彼を信じて、その上で自分を信じて進めば良い。『何故なら彼はゼノア・バロムだからな』」
全幅の信頼……とは違う、不鮮明な違和感。
「そ、そうします……」
ユーストマの浮かべる微笑に、何か危険なものを感じたルーナは半ば逃げるように「失礼しました」と一礼してから、足早に退室して行く。
「(会長のあの微笑み、なんだか『ニコニコしたゼノアくんに似ていた』かもしれない……)」
表情は穏やかそうなのに、滲み出る狂気がその本質を語る。
明日辺り、ゼノアに生徒会室に呼び出されたことを聞いてみようと思いながら、ルーナは玄関ロッカーへ向かった。
ルーナが生徒会室に向かっているその一方、夕暮れの茜色の中を、ゼノアとオズワルドの二人はのんびりと下校していた。
その途中で、オズワルドの方から話しかける。
「次のロングホームルームで、クラス全員にルーナちゃんの似顔絵を描いてもらうって方針になったのはいいけどよ、それをチラシにするんだろ?校内に印刷できる場所ってあったか?」
「無いな。町の方で業者に頼む他に手はない。印刷代は学院の方で持ってくれるだけありがたいと思う方が建設的だ」
「そっか、町まで行かなきゃならねぇのか……」
うーむ、とオズワルドは腕組みしながら思案を思い浮かべる。
しかしその数秒後に思い当たったか、「よしっ」と頷いた。
「んじゃさ、印刷しに行くついでに、町へ遊びに行こうぜ」
「ん?印刷所にはルーナ一人で問題無いんじゃないのか?」
何故複数人で行くのかとゼノアは疑問符を浮かべる。
「別に何人で行ったっていいじゃねぇか。ルーナちゃんと、俺、ゼノア、それとコトネちゃんもだ!」
それにさ、とオズワルドは続ける。
「今日集まった四人って、何ていうか、そう言うグループみたいなもんだろ?ここは四人の親睦会も兼ねて遊びに行くんだよ」
「そう言うものなのか?」
「そうなんだよ、そう言うもんだよ」
「まぁ……ルーナとコトネがいいなら、いいか」
オズワルドにとっては、印刷の方がむしろ"ついで"であり、四人で遊びに行くことの方が主になっているようだ。
「よーしっ、それなら今度の休みだな。うぉーっ、今から楽しみだ!」
絶対楽しい日にするぞ、とオズワルドは気合を入れている一方で、ゼノアも少し楽しみだった。
「(こう言うのも、学生生活の醍醐味か)」
授業の無い休日に、友人達と集まって町へ繰り出す。
これも、500年前では望んでも出来なかったことだ。
ならばオズワルドが言うように、楽しむ方がきっと面白い。
「明日辺り、放課後に町の下見に行かねぇとな。女の子が好きそうな店とかをピックアップだ……」
まだ先のことである休日の予定を立てていくオズワルドを尻目に、ゼノアも休日に期待を膨らませるのだった。
と言うわけで連載再開しましたが、月に2話程度のローペースになります。