Episode:14 地道な積み重ねこそが大器を生むもの
ゼノアがユーストマに自分の正体を明かし、昼食を終えて生徒会室から退室した後。
ユーストマは、生徒会室の前に人気が無くなるのを確かめてから呟いた。
「…………………………素晴らしい」
そう呟き始めれば、もう止められなかった。
「くっ、くくくっ……ハハハハハハハハハハ!!」
笑う。笑う。笑う。
腹の底から、鬱屈したものを吹き飛ばすように笑う。
狂ったように声を上げて笑い、デスクに深く腰掛ける。
「まさかバロムの末裔ではなく、"ゼノア・バロム"本人が!500年前の過去からタイムリープし、さらに肉体が若返るなど、有り得ない……!!」
そう、有り得ない。
そんなことが実際に起きるわけがないと分かっている、分かりきっている。
だが、だからこそ。
「面白いじゃないか!!」
そんなデタラメのひとつやふたつ、何するものか!
彼はあのゼノア・バロムだ、不可能を可能にするくらい朝飯前、存在しないものを存在させることくらい日常茶飯事!
ならば、過去から若返ってタイムリープしたなどと言う言葉も真実だ!
「くふっ、ふふっ……私としたことが、少々取り乱してしまったか……」
喉を鳴らして歓喜を押し込むと、ゼノアが去ったドアを見つめる。
「貴方なら、今のこの時代の腐敗をご存知だろう。そして、それを破壊し尽くして変えようとも思うはず。……私の力、ぜひ使っていただきたい」
それだけ呟くと、ユーストマは生徒会長としての鉄面皮を被り直した。
昼休みと午後の授業を終えて。
「ゼノアくん、少しいいかしら?」
ルーナは、ゼノアの席にまで来た。
「ん、どうしたルーナ」
「コトネもなんだけど、この後教室に残ってほしいの」
ルーナの視線が、ゼノアの隣のコトネにも向けられる。
「なになに?何かするの?」
ひょこりとコトネも顔を覗かせる。
「来月に行われる生徒会選挙。選挙に勝つための、行動指針の会議をしたいと思うの」
ゼノアの懸念通り、ルーナも現状や他の立候補者とのパワーバランスなども理解しているようだ。
選挙で優位に立つための行動を、早速実行している。
「おっ、三人揃ってどうした?ってか俺も混ぜてくれよ」
そこへ、(ルーナとコトネが目当てなのか)オズワルドもやって来た。
「オズワルドくんも、ぜひ会議に協力してほしいわ」
ルーナはオズワルドの参加も認めると、ゼノアとコトネが座っている長机を間に挟んで会議を始める。
「会議……ってことは、いよいよ生徒会選挙に向けての準備ってことか」
オズワルドもルーナが開く会議の意味を捉え、「よーしやってやるぜ」とやる気に満ちている。本人よりも乗り気ではないだろうか。
ルーナは一度咳払いを挟んでから、まずは自分の主張から。
「どうするのか、と言うけど。私自身、こう言うことに立候補するのは始めてだし、何をどうするべきなのか、全くの手探りから始めなくてはいけない。私一人では、多分大した対策を打ち出すことは出来ない。だから、三人の意見とかも聞かせてほしいの」
だからといって他力本願ではない、クラスメートに求めるのは、あくまでも意見。
最終的にどう選択、実行するのかはルーナの舵取り次第だ。
コトネはまず現状の確認を挙げる。
「んーと、ルーナちゃんの他に立候補するのは……B組のエリシアさんと、C組のセルエくんだったよね?」
「そう。どちらも楽に勝てる相手ではないの。だから、時間がある今の内に、二人との間に差を付けておきたい」
そして恐らくその二人も同じことを考え、同じようにこうして会議を開くことだろう。
「んーと、ありきたりかも知れないけど、校門の前で挨拶をするとかは?ルーナちゃんが生徒会選挙に立候補するって知らない人もいると思うし、まずはそれを知ってもらうのがいいと思うの」
まずはコトネが、『挨拶回り』を挙げる。
「そうね。出馬する生徒がどんな人なのかを知ってもらわないと」
「……」
ごく真っ当な意見のはずだが、オズワルドは何故か不思議そうな顔をする。
「意外と普通だな。俺はてっきり、対抗馬に悪い情報を流すとか、票の操作をするみたいな、情報戦や心理戦を仕掛けるのかと思ったぜ」
オズワルドは何気なくそう言ったが、ゼノアは即座にツッコむ。
「お前、悪いこと考えるな?」
「た、例えばの話だって!つーか、ゼノアの方がよっぽどあくどいだろうが!」
対抗馬を誅殺する、などと言っていたゼノアは素知らぬ顔で正論を述べる。
「対抗馬の評価を下げさせるようなことは、自発的に行わない方がいい。万が一露見すれば、ルーナは確実に負ける」
「言ってることは正しいんだけど、ゼノアが言うと納得いかねぇ……」
解せぬ、とぼやくオズワルド。
「……悪い噂を流すとか、評価を下げさせるとか、そう言う嫌がらせみたいなことは望むところではないわ。ちゃんと生徒会の一員として相応しいと、そう思われることを示すのが最良よ」
毅然として、ルーナは言い放つ。
「まぁまぁ、今のはちょっとした冗談ってことで……」
いきなり話の腰が折れかけたところを、コトネが立て直す。
「あとは……」
「広告だな」
ルーナが用紙に必要事項をメモしていく中、唐突にゼノアが意見を述べた。
「ようはチラシ。アストレア家のご令嬢、ルーナ・アストレアが生徒会選挙へ立候補しますって言うのを、紙にするんだ。挨拶のついで渡して、ルーナへの興味関心を向かわせる」
ルーナ、オズワルド、コトネの三人が彼の言葉に聞き入っている。
「紙面のデザインとしては……そうだな、ルーナの似顔絵が望ましい」
「私の似顔絵?」
「名前を載せるだけじゃ、どう言う人間なのかのイメージが不透明だからな。次のロングホームルームで、クラスの皆にも似顔絵を描いてもらいたいが、……とりあえず俺達三人で描くか」
そんなわけで。
モデルたるルーナを前にして、ゼノアとコトネ、オズワルドの三人は各々の思うままにルーナの似顔絵を描いていく。
………………
…………
……
「そろそろ、出来た頃?」
背筋を伸ばして座り続けて少し疲れてきたルーナは、進捗具合を三人に訊ねる。
「一応完成か?」
ゼノアはどこか微妙な顔をしている。
「わたしも、完成かな」
ゼノアに続くようにコトネもペンを置き、
「もうちょい待ってくれよ……よっしゃ」
トンッ、とペンを軽く叩いてオズワルドも頷いた。
ようやく描き終わったことで、ルーナも姿勢を楽にした。
「それじゃぁ、見せてくれる?」
ルーナのその言葉に、ゼノアが最初に裏向けていたチラシデザインを表に返した。
「ゼノアくんのは、これ……模写、かしら?」
ゼノアが手掛けたデザインには、モノトーンカラーなルーナ・アストレアそのものが描かれていた。
「言いだしっぺの俺が言うのもなんだが、こう言うことはあまり得意じゃなくてな。抽象的に描くとかは出来ないから、そのまま描くしかなかった」
こうする他に無かったと言うゼノアだが、
「いや、これが自然に出来るって相当だろ!?ゼノア、お前画家でも十分やっていけんじゃね?」
オズワルドはゼノアの描いたルーナの似顔絵を見て驚愕している。
「画家なぁ。前向きに検討するフリくらいはするよ」
つまり最初から考えるつもりもないと言うことだ。
「まぁ俺のはいいだろう。コトネはどうだ?」
次はコトネ。
「うーん、あんまり上手じゃないけど、笑わないでね?」
躊躇いがちに、コトネは自分のデザインを表に返した。
「あら、かわいい……」
ルーナがそう口にしたように、コトネのデザインは、緩やかな曲線でルーナを可愛らしくデフォルメ化して描かれている。
子ども向けの童話に登場するような女の子のようだ。
「おぉ、デフォルメなのにルーナちゃんって一目で分かるな」
オズワルドも興味深げに頷いている。
「トリを飾る、オズワルドくんのは?」
最後に、一番筆が進んでいた割には完成が一番遅れたオズワルドのデザインはどうかと、コトネは最後の裏向けられたデザインに目を向ける。
「ふふん、見て驚くなよ……そりゃぁッ!」
やたらと気合を入れて勢い良く裏返すオズワルド。
自信満々な様子だが、さてそれは如何なものか。
そうして表に現れたのは。
「………………」
「…………」
「……」
沈黙するオズワルド以外の三人。
「え、何この反応。なんか言ってくれねぇと泣くんだけど」
そのオズワルドは、こんなつもりではなかったのかオロオロと三人の顔を窺っている。
「いや、あのね、オズワルドくん。確かに上手い、上手いと思うの。でも、ね……」
ルーナはオズワルドの顔と、その彼のデザインを見比べる。
紙面に描かれているのは、やたらとハイライトが大きく取られた、顔の半分近くを占めるキラッキラの瞳に、銀髪は無駄に長くて派手に靡き挙がっており、制服の外観も明らかに改造しているようなフリフリした装飾が過剰に施されている。
「これ、もう完全に別人だよね……」
コトネも顔を引き攣らせている。
「しかも似顔絵どころか上半身近くまで描いてるな。これじゃ文字のスペースが無い」
ゼノアは表情ひとつ変えることなく、絵の上手い下手以前の問題を指摘する。
「お、俺の会心の一作が……」
予想とはまるで反対の反応をされてか、オズワルドはガックリと机に突っ伏した。
「ま、まぁ、チラシのデザインの参考にしますと言うことで……この三枚、私が持ち帰っていいかしら?」
自分が持っていいかとルーナが訊ねれば、ゼノアとコトネは快諾し、オズワルドは納得いかないながらも頷いた。
気が付けば下校時間が近くなっていたので、今日のところはこれにて閉会だ。
と言うわけでEpisode:14でした。
ゼノアの正体が500年前の生証人で、かつてのゼノア・バロムそのものだったと知り、大爆笑するユーストマ会長。
初の選挙対策会議、ゼノアの提案でチラシを作ることになったはいいが、オズワルド製のルーナの似顔絵(?)とは一体……の二本で締めました。