Episode:13 人は誰しも何か憧憬の念を抱く
ルーナが生徒会選挙への立候補を公言した、その日の昼休み。
授業終了と同時に、オズワルドは背伸びしながらゼノアを昼食に誘う。
「んぁー、腹減ったぁ……ゼノア、食堂行こうぜ」
「ふー、面白かった。よし、行こうか」
先程の物理学の授業を楽しんで受けていたゼノアは、手早く勉強道具を鞄にしまい、オズワルドに続くように席を立とうとすると、
「おぉ、まだいてくれたか」
予科一年A組の担任教師が教室に入ってくるなり、ゼノアと目を合わせる。
「バロム、せっかくのところ悪いが呼び出しだ。生徒会室に行ってくれ」
「生徒会室?分かりました」
さて何か呼び出されるようなことは――心当たりはあるので特に疑問に思うことなく、ゼノアは頷いた。
「生徒会室に呼び出しって、お前なんかやったのか?」
オズワルドは目を丸くしながら、担任教師とゼノアの顔を見比べる。
「なんかやったから呼び出されたんだろう?すまん、先に食べてくれていい」
そう惚けたフリをしつつ、ゼノアは生徒会室へと移動していく。
生徒会室は、本科校舎の最上階の中央区画に位置しているため、予科生の教室から行くには少しだけ手間だ。
ゼノアは悠々とした足取りで生徒会室の前まで来ると、軽くノックする。
「失礼します。予科一年A組の、ゼノア・バロムです」
「入ってくれたまえ」
ドアの向こう側の声を聞き、ゼノアはドアを開いて生徒会室へ入室する。
入室して最初に目が合ったのは――
「ッ!」
ゼノアの姿を見るなり強く警戒するセルエだった。
ここにセルエがいると言うことは、呼び出された理由はひとつだろう。
そしてもう一人。
生徒会長のデスクに腰掛けながら待ち構えていたのは、白金色の髪に冷たい色彩の蒼眼を持った男子生徒。
この聖アイリス魔法学院の生徒会長『ユーストマ・フェンリス』だ。
「さて、二人揃ったところで始めようか」
そう口を開いたユーストマに、セルエは身持ちを固くし、ゼノアは何が始まるのかと少しだけ楽しみになる。
「君達二人は昨日の放課後、魔法を使った上での決闘を行ったとの報告を受けている。これがどう言うことか、分からないことはないだろう」
「……はい」
そう言われて、セルエは殊勝な態度で頷き、ゼノアはただ黙っているだけ。
「学内で、他人への攻撃目的で魔法を使うことは禁じている。君達二人はその校則を破っている。それは分かるな?」
ユーストマが表情を険しくするのを見て、セルエはバツが悪そうに顔を歪め、ゼノアはやはり表情ひとつ変えることなく聞いている。
「幸いにも、怪我人や校舎の損壊は発生していないが……全くのお咎め無し、と言うわけにはいかない」
とは言え、とユーストマは続ける。
「予科一年生ならまだ反省の余地はある、と私が先生方への弁護を働いたため、君達への処分は、"厳重注意"のみに留めさせていただいた。本来ならば数日間の謹慎、場合によっては即日退学も有り得ることだ」
そこへゼノアが挙手した。
「ちなみに、一方的に因縁をつけられて、なし崩し的に決闘せざるを得なくなった側の場合はどうなりますか」
堂々とそう宣うゼノアを、横からセルエが非難するような視線を向けるが、ユーストマの視線を受けてすぐに殊勝な態度に戻す。
「だとしても、最終的に君は決闘を受けている。たとえ、眠らせて怪我させずに無力化した結果で済ませたとしてもだ。喧嘩両成敗、君にも厳重注意の処分は受けてもらう」
「分かりました」
不満を述べることなく、ゼノアは頷く。
一息を置いてから、ユーストマは二人に告げる。
「セルエ・グラディエート、ゼノア・バロム。この処分により、同じ過ちを犯すことの無いよう、慎重な行動を心がけよ」
「……分かりまし、た」
「はい」
セルエは大変落ち込んだように、ゼノアは平常通りに、それぞれ頷いた。
「よろしい。昼時なのに呼び出してすまなかったね」
「失礼しました……」
セルエは重たい足取りで生徒会室を後にしていく。
それを見送ってから、ゼノアも食堂へ行こうとするが、
「あぁ、ゼノア君。君はもう少し残ってもらいたい」
不意にユーストマがゼノアを引き止めた。
「昼飯の時間くらいは残してくださいよ?」
「問題ない。ここで食べるといい」
そう言いながら、ユーストマは自分の荷物から二人分の昼食を取り出した。
「その様子だと、最初から俺をここに呼び出すつもりだったと?」
「さて、どうだろう?私の気まぐれかもしれないな?」
涼やかな微笑を浮かべるユーストマだが、その視線は間違いなくゼノアを試しているものだった。
同時にゼノアも確信していた。
「かつての六人の魔戦士が一角、『ヴォルフ・フェンリス』を始祖に持つあなたが、ただの一生徒を私用で呼び出すわけにはいかない?」
ヴォルフ・フェンリス。
かつてのゼノアの配下の一人だった、『六人の魔戦士』の一人だ。
六人の中で最も冷静、冷徹、冷酷な男であり、戦いにおいては神算鬼謀の元、一切の情け容赦なく敵対勢力を殲滅する。
人情家であるヘンリー・グラディエートとは真逆であった。
ヴォルフとヘンリーの反りは合わなかったが、その大志は同じであったため、ヘンリーもヴォルフの立案した作戦を忠実に実行していた。
目の前にいるユーストマは、そのヴォルフの末裔だ。
「そう。昨日に君が、『ゼノア・バロムと言う名の生徒』が問題を起こしてくれたのは、渡りに船だった」
だからこそだ、とユーストマの目が細まる。
「ゼノア君。君は……"誰"だ?」
「と言うと?」
事の真偽を確かめんかのように、ユーストマは神妙に語り掛ける。
「君から、尋常ではない魔力波を感じる。私は三年と数ヶ月、生徒会役員として多くの生徒と顔を合わせてきたが、これほどまで強力な魔力を持つ人間は初めてだ。学院長も相当な魔力をお持ちだが……君のはそれと同等、いやそれよりも上か」
「それが、何か?」
ゼノアは微笑と共に返すが、ユーストマはそれを是としなかった。
「魔力だけではない。君のその眼……まるで血塗られたルビーのような紅色の瞳。そして純黒の髪に、ゼノア・バロムと言う名前……まるで、かつての第七次魔法大戦の英雄『ゼノア・バロム』、その再来……いや、生まれかわりのようだ」
これを聞いて、ゼノアはユーストマに興味を持った。
500年前のゼノア・バロムのことを知っていると言うことは、あの大戦はただの御伽噺ではない、現実のものだと知る者。
ならば、この昼休みを使ってでも聞く価値のある話だ。
「それは、御伽噺のはずでは?」
その先を促そうと、あえて間違った知識で相槌を打つゼノア。
そして予想通り、ユーストマのその先を引き出す。
「私の家は代々、第七次魔法大戦の真実を語り継がれている。今でこそ御伽噺と"騙られて" いるが……あの戦争はノンフィクションだ」
「ふむ」
「だからこそ、その名前と容姿を持つ君に興味を持った。果たして君は、一体何者なのかと」
「フェンリス会長、ひとつ問いたい」
ゼノアは挙手して訊ねる。
「闇属性の魔法が、実在していることはご存知か?」
「無論だ。禁忌とされたためにその存在は抹消されたが、確かに闇属性の魔法は存在した」
やはりか、とゼノアは疑念を腑に落とした。
闇属性の存在は禁忌として、あらゆる記録から抹消されていたのだ。
「闇属性魔法の実在まで知っているとは……やはり君は、あのゼノア・バロムの末裔なのか?」
ユーストマはついに率直に訊ねた。
ゼノア・バロムと言う生徒の正体を。
ゼノアは、思案した。
今ここで、自分が500年前の過去からタイムリープしてきた、とんでもない爆弾案件だと明かしてよいものかを。
「だとすれば君は、いいや、貴方は私が求めた、最高にして最強の理想……"存在しない存在"、その究極」
そこに、ユーストマは補足した。
「ならば私は……」
「面白い」
その先を述べようとしたユーストマを、ゼノアは遮った。
目を見て、すぐに理解した。
今のユーストマの蒼眼は、物語の英雄に憧れる幼児のように輝いている。
そう言えば、あの冷静・冷徹・冷酷の冷たい三拍子が揃ったヴォルフも、ゼノアに付き従うと決めた時は、今のユーストマと同じような目をしていた。
存在しない存在に、憧憬と絵空事を抱く、まるで子どものような男。
そして、ユーストマは生徒会長。
この学院を動かすことの出来る"力"を持っている。
時代を変えたいと強く願い、望みを捨てないルーナと、自分と言う存在を狂信する有力者ユーストマ。
この組み合わせ、使いこなせば事を有利に運べる。
ならば、とゼノアは自分の正体を明かすことにした。
それを聞いた、ユーストマは――。
と言うわけでEpisode:13でした。
生徒会室に呼び出されて、注意をされたと思ったら、かつてのゼノア・バロムを英雄視し、心酔する生徒会長との遭遇。
目の前にいるのは、その本人なのですが……