Episode:12 大志を貫くと決めた少女の決意は固い
食堂前でルーナとコトネに会ったゼノアは、そのまま流れるように三人になって朝食を摂る。
ルーナとコトネが隣り合って座り、ゼノアはルーナの対面に座る。
「…………」
コトネと二人でいた時はいつも通りだったルーナは、ゼノアの姿を見た瞬間、緊張感に包まれていた。
ゼノアは昨日の出来事も、今朝の"散歩"も、何事も無いかのようにスープを咀嚼し、コトネはそんな対照的な様子の二人を不思議そうに見比べている。
そこでまずコトネは、ゼノアの方に話しかけた。
「ねぇ、ゼノアくん」
「ん、どうしたコトネ」
「あのね。昨日、ルーナちゃんと何かあったの?」
コトネがそう訊いたことで、横から聞いていたルーナのスプーンを持つ手が揺れた。
「俺から話してもいいんだが、ルーナはどうだ?」
つまり、"何か"はあったことは確定である。
それを話していいのかと、ゼノアはルーナに目を向ける。
「……ダメよ」
至極真剣に、ルーナは首を振った。
「昨日の夕方のこと、今は言わないで」
ルーナは、ゼノアの思想を"危険"だと見ていた。
暴力は必要なことである、と言うその考え方にはとても頷けそうにない。
あまりにも急進に過ぎるのではないか、それは絶えのない反発を招くのではないか、と。
そして、そんな危険思想を他人に広めていいものではないだろう。
「そうか。すまんコトネ、今は話せないな」
ルーナが話してほしくないと云うのなら、自分からも話さない。
ゼノアはコトネにそう応じた。
「……そっか、うん」
話せないなら仕方ないね、とコトネは頷いた。
頷いたが、今ひとつ納得出来なさを感じつつも、コトネはロールパンを頬張った。
朝食を終えた後は、三人並んで登校だ。
今この場にオズワルドがいれば「朝から両手に花とかなんだよ羨まし過ぎか!!」とでも喚いていたかもしれないが、その彼はまだ食堂で慌てて朝食を食べている最中だろう。
校舎がそろそろ見えてくる辺りで、ルーナは意を決したようにゼノアに向き直った。
「ゼノアくん」
歩きながら、ゼノアはルーナと目を合わせた。
「私ね、生徒会選挙に立候補しようと思うの」
彼女のアメジストの瞳は、確かな決意が宿っている。
「私は……身に余る力を得ようとは思わない」
「ほう?」
「でも、私に出来ることを精一杯やり遂げてみせる。あなたとは違うやり方で。それが、一つの"力"になるのなら」
「ふ……そうか」
彼女もまた、"力"そのものになる事を受け入れた。
それを見たゼノアは、優しげに頷く。
「力が欲しくて、でもそれだけじゃ足りない、だったらどうするか。それを自分で考え、泥に塗れてでも追い求めるなら……俺は"力"になるぞ」
ルーナの瞳に、彼の血の色の瞳が混じり込む。
しかしそれに飲み込まれてなるものか。
暴力ひとつに屈するような人間の心など、ゼノアはいとも簡単に跡形なく吹き飛ばしてしまうだろう。
まさに吹き荒ぶ暴風のような少年。
それに立ち向かい、足を踏み締めて進もうとする者でこそ、彼は認める。
ルーナはそれに気付いたのだ。
「うん、ありがとう」
力になると言うゼノアの言葉を曲解せずに受け止めて、ルーナは素直に「ありがとう」を口にした。
そのやり取りを傍から見ているコトネは、小首を傾げていた。
「(ルーナちゃんってもしかしてゼノアくんのこと……でもそんな感じには見えないし……むしろ避けてる、怖がってる……?)」
コトネのその内心は当たらずも遠からずだが、彼女一人だけではその是非を判断することは出来なかった。
今朝のホームルームで、ルーナ・アストレアは生徒会選挙に立候補すると、堂々宣言した。
多くの生徒は「まぁそうなるだろうな」と思っていたのか、彼女の立候補に何の疑問も持たず、応援してくれる。
「にしても今朝のルーナちゃん、なんかいつもと雰囲気違ったよなぁ」
ホームルームが終わり、一限目は体育の授業と言うことで、女子は更衣室に、男子は教室で着替えることになる中、オズワルドはゼノアに話しかけた。
「なんつーの?やる気?ってか、決意が違ったって言うのか?」
要領を得ない言葉しか出せないことにオズワルドは首を捻らせる。
「学内を変えようって気概があるんだ。気合のひとつくらいは入るだろうさ」
ゼノアは、ルーナの心境変化を齎したのは自分だろうと言う自覚はあるが、わざわざそれを公言するつもりはなかった。
「学内を変える、ねぇ。俺じゃ大層過ぎて、何がどう変わるのか想像つかねぇよ」
まぁ何にせよ、とオズワルドは体操着に袖を通す。
「ルーナちゃんが立候補するんなら、俺達はそれを応援してやらねぇとな」
「……ただ応援する、だけじゃ足りないかもな」
お互い着替え終わったところで、教室を出る二人。
「足りない?どゆこった?」
何が足りないのかが分からないオズワルドは、素直にその意味を訊ねる。
「B組からはエリシア・クローデル、C組からはセルエ・グラディエートが、それぞれ立候補するんだ。ただ座して果報待つだけじゃ、厳しいかもしれない。エリシアは王国騎士の家系、セルエは名門貴族の嫡子。家柄ならルーナも負けていないが、それでも現状を鑑みれば票数はちょうど三等分されていることになる」
エリシアが名門でないことも含めれば、
ルーナ:3.5 エリシア:3 セルエ:3.5
と言う拮抗した割合になるかもしれない。
現状維持をするだけでは、セルエとの正面勝負で劣る可能性が出てくる。
そこまでを懇切丁寧に説明したゼノアだが、オズワルドは「んん?」とさらに顔を顰めさせる。
「えぇとつまり、今のままじゃルーナちゃんは選挙に勝てないかもしれないってことか?」
「そうだな。何もしなくても、セルエが自爆して自分の票を潰す可能性もあるが、そっちは期待しない方がいい」
階段を降りて、玄関ロッカーで上履きから運動靴へ履き替えていく。
「今から一ヶ月、ルーナ・アストレアがいかに生徒会にとって、聖アイリス魔法学院にとって有益な存在であるかを、学内に広く行き渡らせる必要があるんだ」
「お、おぉぅ。選挙って、意外と大変なんだな」
具体的に何が大変なのかは理解していないだろうが、簡単なことではないらしい、と言うことはオズワルドにも理解できただろう。
「んで、ルーナちゃんが選挙に勝つためには、どうすりゃいいんだ?」
オズワルドは何気なくそんなことをゼノアに聞いたが、この男にそんなことを聞いたのはある意味間違いだった。
「一番手っ取り早いのは、エリシアとセルエを誅殺して対抗馬を無くしてしまうことだな。それならルーナの一人勝ちが確定する」
「ってオォイ!?それは選挙以前の問題じゃねぇか!?」
「手段を選ばなくていいなら、そう言う方法もあるってことだ。少なくとも『今は』そんな手段に頼ることはない」
「今お前、「今は」って言ったな?必要ならそれもするってことだな?」
「それは本当に最後の最終手段だし、実行するなら相応のしっぺ返しも覚悟しなければな」
「ナチュラルにそう言うこと考えつくお前がこえーわ……」
ゼノアのあまりにもあんまりな手段に、オズワルドは溜息をつくしかない。
「まぁ、ルーナはルーナで現状は理解しているだろうし、どうすれば選挙に勝てるかだって、自力で思いつくだろうさ」
今はそれより体育の授業を頑張るとしよう、とゼノアはコキキと首を鳴らす。
同じように体操着に着替えた男子生徒達がぞろぞろと校庭に集まってくる。
ふと、ゼノアとオズワルドの二人は、男子生徒質が囁きあうその"噂話"を耳にする。
「なぁ知ってるか?今朝、この近くでレッドワイバーンの変死体が発見されたらしいぞ」
「マジで?しかもこの近くって、大丈夫だったのかよ」
「なんでも、翼膜がズタズタ、角も折られて、尻尾も切り落とされて、左眼も抉られてて、頭蓋骨が砕けて脳に刺さって、でもそこ以外は綺麗な状態だったらしい」
「死後から数時間しか経ってないとも聞いたぞ」
「魔物の縄張り争いでそうはならないし、冒険者が狩猟したなら解体されて丸裸にされてるはずだし……まさに変死体だぞ」
その噂話を聞いて、オズワルドは呟く。
「何だかこえーなぁ、そんなのが学院の近くにいるなんて」
「……」
その変死体を作った本人であるゼノアは、何も言わずに体育の授業に臨んでいたのだった。
と言うわけでEpisode:12でした。
悪魔の囁きにも屈さず己の信ずる道を征くと言い放つルーナに、ゼノアはどこか満足げ。
そんな二人の微妙かつ奇妙な関係をを恋愛脳で見守るコトネちゃん。
そしてオズワルドは相変わらずオズワルド。
の三本でキメました。