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Episode:11 事の全ては小さな一歩から始まるもの

 小鳥の囀りと、カーテンの隙間から差し込む朝日を感じ取り、ルーナは目を覚ました。


「ふぁ、ふ……」


 よく眠れた方だと思う。

 しかし寝ても覚めても、ある事がルーナの心を離さない。


 それは、昨日にゼノアから教えられた"暴力の必要性"だ。


 何かを変えるためには、必ず暴力が必要になる。


 思ってもみなかった言葉だ。

 だがそれは、心のどこかで分かっていた気がする。

 ゼノアが言っていることは全く未知の知識ではなく、心の奥に閉じ込め、知らないふりをした知識だ。


 本気で時代を変えたいのなら、それによって生じる争い、争いによって起こり得る謀略や犠牲……それら全てを喰らい尽くしていけと言うのだろう。

 そんなこと、それこそ本物の"悪魔"にでもならなければ出来ると思えない。 

 自分がどれだけ浅慮に「時代を変えたい」と言っていたのかを思い知る。


 だが、ゼノアは「自分のようになれ」とは言わなかった。

 というよりも、「絶対に自分のようになるな」と思わせたかったのかもしれない。

 だからこそ彼は「暴力だけでは何も変わらない」とも言った。


「私の、戦い方……」


 時代を変えるために、ルーナ・アストレアは何が出来るか。

 事柄ひとつでいきなり全てが好転したりはしないが、変化を齎すきっかけの一部を作るくらいにはなる。

 小石ひとつでは何にもならない。

 例えたくさんあってもバラバラでは『小石ひとつ』がたくさんあるだけだ、やはり何にもなれない。

 が、それが集まり巨岩になれば、誰かの悪意を押し潰す強大な"力"になるだろう。


 そのために出来ることは。


 ルーナは、自分の心の中の整理をつけていく。

 

 きっと、それもまた"力"のひとつのはずだから。


「……よしっ」


挿絵(By みてみん)


 気合を入れて立ち上がり、ルーナは身嗜みを整えるために洗面所へ足を向けた。




 朝の支度を終えて、さて食堂で朝食を食べに行こうと思った時、出入り口のドアから控えめなノックが聞こえてきた。


「はーい、コトネかしら?」


「うん、ルーナちゃんおはよう。朝ごはん食べに行こうよ」

 

 ノックの主はコトネであり、一緒に朝食を食べに行こうと迎えに来てくれたようだ。


「今、出るから……」


 手荷物を引っ掴み、最後に姿見鏡で身嗜みを確認しておかしなところが無いかを確認してから、玄関ドアを開いた。


「おはよう、コトネ」


「うん、おはよ」


 互いに朝の挨拶を交わし、部屋の戸締まりをしてから二人は女子寮から食堂へ移動していく。


「ルーナちゃん、何だかスッキリした?」


 移動中に、ふとコトネが話し掛けてきた。


「スッキリしたって、何が?」


 何がスッキリしたのかとルーナは訊ね返す。


「ほら、ルーナちゃん、昨日の夕方くらいから何だか元気が無かったから、どうしたのかなって思ってたの。何か悩みでもあるのかなって思ってたけど……今朝は大丈夫そうだから、安心したの」


 良かった、とコトネは柔らかく微笑む。

 この訊ね返しに、ルーナは言葉に窮する。

 まさか昨日にゼノアと色々あったことをそのまま話すわけにもいかず、それらしく取り繕う。


「あ、えぇと……ほら、来月に生徒会選挙があるじゃない。立候補しようかどうかを迷っていたの」


 とは言えこれはまるっきりの嘘でもない。


 生徒会選挙に当選し、生徒会の一員になることが今の自分に出来ることだと、つい先程にそう決めたのだ。


「そうなんだ。ルーナちゃんは真面目で頑張りやさんだし、きっと生徒会に入れるよ」


 そんなルーナの内心など知る由もないコトネは、邪気も無く彼女を応援する。


「ありがとうコトネ、頑張って当選してみせるわ」


 掛け値や損得勘定無しに接してくれるコトネに感謝しつつ、ルーナは生徒会選挙の立候補する意志を固めていく。

 少しは心が楽になった、と思った瞬間にその"楽"を取り上げられてしまった。


「おぉ、ルーナにコトネ。おはよう」


 ルーナから"楽"を取り上げて嗤うのは、悪魔ゼノアだった。




 ルーナ・アストレアが目覚める、その数時間ほど前。

 早朝とも深夜とも言い難い時間――まだ空は藍色のままだ――に、ゼノアは目覚めた。


「5時間58分ってところか」


 コキキと首を鳴らして、睡眠時間を呟く。

 体内時計、それも分単位で正確だ。


 およそ六時間だが、それだけ眠れば十分過ぎる。


 大戦の最中は三日三晩戦い続けて、二時間ほど眠って、また三日三晩戦い続けるなど日常だったのだ。

 むしろあまり長く眠っていては逆に起きられなくなってしまいそうだ。


 窓を開けば、そこへ広がるのは星空のキャンパス。


 ゼノアは目を凝らし――その月を横切る影を見つける。

 翼や脚の形状から、飛竜ワイバーンだろう。


「さて、と」


 足先に魔力を集中、高めていく。

 ちょっとそこまで"散歩"しに、ゼノアは窓枠周りに足を掛け――一直線に跳躍した。


「はははっ、風が気持ちいいな」


 大気を切り裂く暴風と化したゼノアは、見る内に鮮明になっていく"獲物"に語り掛けた。


「なぁ、お前もそう思うだろう?」


 獲物――『レッドワイバーン』は何事かとその方向へ向き直った瞬間には、

 ゴッガャッ、と言う頭蓋骨が軋むような衝撃が襲い、平衡感覚を失って真っ逆さまに墜落していく。


 森の中へ落ちたレッドワイバーンは、森林を豪快に薙ぎ倒しながら地面を転がり、頭を振りながらどうにか起き上がった。


 その両眼が見据える先にいるのは、人間――ゼノア・バロム。


 ゼノアは魔力跳躍した勢いをそのままに、レッドワイバーンの側頭部を、さらに魔力を重ねがけして蹴り飛ばしたのだ。

 巨岩すら粉砕しかねない一撃をまともに受けてなお立ち上がれるレッドワイバーンの生命力はさすがと言うべきか、しかしそれは何の慰めにもならなかった。


 悠々飛行していたところをいきなり蹴り飛ばして墜落させてくれた人間に怒りを向けながら、レッドワイバーンは吼える。


「生身の人間相手じゃ準備運動すら出来ないからな。ちょっと準備運動に付き合ってくれよ」


 ゼノアは人差し指を立てて、自分の方へクイクイと傾ける。

 それを挑発として理解したのか、レッドワイバーンは口蓋から焔を揺らめかせ、次の瞬間には巨大な火球を吐き出した。

 襲い来る超高熱の塊は、着弾すれば地面を抉るだろう。

 しかしそれが着弾するよりも先に、ゼノアの姿が"消える"。


 どこへいった、とレッドワイバーンは動揺を顕にしてキョロキョロと辺りを見回し、


「どこ見てんだ?」


 気が付けば、ゼノアはレッドワイバーンの右翼に取り付いており――これも魔力で膂力を強化した素手で翼膜を引きちぎっていく。


 感じたことの無い痛みに、レッドワイバーンは悶え苦しみながらゼノアを振り払う。

 振り払われたゼノアは受け身を取りつつ着地する。


 その表情は楽しげに、兎を追うライオンのような、獰猛な笑みを浮かべている。


 レッドワイバーンは、その人間から放たれる重圧感を前に、自分ですら知らなかった本能――怯えを自覚した。

 暢気な草食竜や小賢しい肉食獣を一方的に叩きのめして食い物にする……それが当たり前だったレッドワイバーンは、初めて自分よりも上位の存在、しかも何段も格上の相手を目の当たりにする。

 命の危険を悟ったレッドワイバーンは、右翼の膜をズタズタにされて上手く飛べないままに、その場から飛び去ろうとするが、


「逃げてんじゃねぇよ」


 それよりも先にゼノアに尻尾を掴まれてしまった。

 ゼノアは左手で尻尾を捕まえ、右手は貫手の型を作り、突き込んだ。

 ブヂンッ、と耳障りな音を立てながら、レッドワイバーンの尻尾を半ばから断ち斬った。

 末端神経を強引に切断されて、レッドワイバーンはさらなる激痛に苛まれながらまた墜落した。


「おいこらどうした!まさかこの程度で怖じ気付いたのかッ!」

 

 羅刹か、阿修羅の如く怒り狂うゼノアは斬り落とした尻尾を乱雑に放り捨てる。

 レッドワイバーンの角を掴んで首を持ち上げると、今度はその左眼に貫手をぶち込み、眼球を掴んで引きずり出す。


「貴様の役目はなんだ!食物連鎖の上位種として!増え過ぎる雑魚を間引きすることだろうが!!」


 左眼を失い、聴覚を殴り付ける罵詈雑言の嵐に、レッドワイバーンは弱々しく抵抗しようとするが、


「阿呆が!今の一瞬でブレスを吐き出して俺を焼き殺すことだって出来ただろう!!てめぇらは500年の間で敵の殺し方すら忘れたのかッ!!!」


 レッドワイバーンは、完全にゼノアの異常性に気圧されていた。

 ゼノアは掴んだ角を握り潰し、頭を垂れるレッドワイバーンを見下ろし、


「死ね」


 短くそう吐き捨てて右拳を振り下ろし、レッドワイバーンの頭蓋骨を粉砕した。

 砕けた頭蓋骨は脳へ突き刺さり、瞬く間にその機能を停止させ、レッドワイバーンは断末魔ひとつ上げられずに絶命した。


 服についた砂埃を払い、ゼノアは深く溜息をついた。


「腐敗したのは人間だけじゃなかったのか。この世界はどこまでぬる腐ってやがる」


 無駄な時間を過ごした、とゼノアは再び魔力跳躍で空を飛び、学生寮へと帰っていく。


 その頃にはそろそろ夜明けが近付いていたが、汗や返り血を洗い落とすために朝風呂に入ることにした。




 食堂前でルーナとコトネに会ったのは、それから二時間後のことだった――。

 と言うわけでEpisode:11


 生徒会選挙への立候補を決意するルーナ、コトネと朝から和気藹々……からの激しい虐殺シーンの落差ジェットコースターで攻めました。

 ゼノアは人間だけでなく、魔物相手でも鬼畜です。

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