Episode:1 戦いの果てに戦士は何処へ彷徨う
と言うわけで新作始まりました。
火山の噴火爆発が地を揺るがし、赤々とした輝きが、火山灰に覆われた月夜を照らす。
溢れ出した溶岩が海の上で冷えて固まった大地の上を踏みしめて、黒き巨駆は吼える。
黒翼は破り引きちぎられ、全身を覆う逆鱗の数々は斬り裂かれて、角、牙、爪と言ったあらゆる部位を穿ち貫かれ、あまつさえ片眼を抉り取られようとも、吼える。
己が存在を誇示するように、己こそがこの世界の覇者であると、
己こそが、"絶対強者"であると。
魔獣龍エンデアヴェルト。
"世界の終焉"を捩り名付けられた、あらゆる魔物の遺伝子を組み込まれて人工的に生み出され、百億を誇った人類のほとんどを殺した、史上最強最悪のハイブリッドモンスター。
もはや死に体であるエンデアヴェルトを目前に、一人の男が立つ。
その顔は焼け爛れて大きな裂傷が横切り、極度の疲労困憊によって窶れ疲れきっている。
身に纏うマントは既にボロボロでその意味を為さず、纏う漆黒の鎧は歪みへしゃげて一部が欠損している。
しかし右手に握るロングソードと、男の真紅の瞳はまだ輝きを失っていない。
まだ戦えるのだと、その敢然たる意志と闘志は決して揺るぎない。
「これが最後だ……これで、終わりにしてみせる!」
最高純度の魔法鉱石を惜しみなく注ぎ込んだ究極の業物に、残されたありったけの魔力を注ぎ込み、その鈍色の刃に黄金の輝きを纏わせる。
その輝きごと呑み込まんと、エンデアヴェルトは口蓋から黒焔のブレスを吐き出す。
溶岩すら蒸発させる自然外の熱量を持つ黒焔はしかし、振り抜かれた黄金の刃に斬り裂かれて霧散する。
焦熱のブレスを吐き出すために、エンデアヴェルトは一時的に身体の動きを止めねばならない。
――決めるなら、今しかない!
エンデアヴェルトに向かって男――『ゼノア・バロム』は跳躍した。
踏み込みに魔力を纏わせ、空を飛ぶような大ジャンプと共に黄金の刃を振り上げる。
「ぅおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
落下の勢いと、何万回と振るってきた必殺の一撃を、エンデアヴェルトの脳天目掛けて振り下ろす。
だが、ほんの僅か早く硬直を終えたエンデアヴェルトは、頭を守るように左翼で覆った。
一閃。
鋼鉄のような翼爪を粉砕し、黒翼を真っ二つに斬り裂いた。
が、致命傷を与え損ねた。
奴の息の根はまだ止まっていない。
「クッ……!?」
決めるはずだった一撃必殺を凌がれ、跳躍から着地したゼノアは目を見開く。
エンデアヴェルトは右翼を振り下ろそうしていた。
回避は、間に合わない。
咄嗟にロングソードを盾にして一撃を防ごうとしたゼノアだが、そのエンデアヴェルトの右翼を押し出すように、圧縮された烈風が放たれた。
「行けっ、ゼノア!!」
数多の犠牲の中から生き残っていた仲間が、風の魔法を使ってエンデアヴェルトを喰い止めているのだ。
けれどエンデアヴェルトは煩わしげに烈風を払った。
足止め出来ていたのは時にして僅か数秒。
だが、その数秒さえあればゼノアには十分だった。
「ありがとう……今度こそ、だ!!」
再度、足に魔力を込めて跳躍する。
狙いは、奴の喉笛だ。
腰溜めに黄金の刃を構え、一直線に舞う。
エンデアヴェルトは再び黒焔を吐き出そうと黒煙を覗かせ――その脇腹に巨大な鉄の杭が突き刺さった。
仲間の一人が、援護に弩台を撃ってくれたのだ。
大質量の一撃を脇腹に受けたエンデアヴェルトは蹌踉めき、
「でぇやあああああぁぁぁぁぁっ!!」
渾身の全力と共に、黄金の刃をエンデアヴェルトの喉へ突き込んだ。
だが、ブレスを吐き出す寸前だったそこから黒煙が吹き出し――凄まじい爆発を巻き起こした。
爆風と爆炎に身体を焼かれようとも、ゼノアはエンデアヴェルトの息の根が止まる瞬間を確かめねばならなかった。
エンデアヴェルトの巨駆が崩れ落ち、同時にその巨重に耐えかねた大地に亀裂が走る。
亀裂が地割れを起こし、奈落が大口を開けて、ゼノアとエンデアヴェルトを呑み込んだ。
「いやぁっ!ゼノアぁぁぁぁぁーーーーーッ!!」
眩い光と共に薄れゆく意識の中で、仲間内で一番信頼していた女の声だけが、酷く遠くに聞こえた。
………………
…………
……
「――はっ!?」
唐突に覚醒めて、ゼノア・バロムはベッドから飛び起きた。
身体中が汗をかき、心臓が早鐘を打つ。
「はっ、は、はぁ……ゆ、夢、夢か?」
夢と言うにはあまりにも長く、あまりにも鮮明で、あまりにも非現実的で――だがまるで実際にその場にいたかのような現実味を帯びていた。
「と、言うか、どこだここは……ん?」
ここはどこだと自問自答し、その声の違和感に気付いた。
喉の"濁り"を感じない。まるで子どものような声色だ。
次に見てみるのは、両手。
肉刺だらけで血塗れの手ではない、きめ細かい色白い手をしている。
どう見ても、自分の手ではない。
慌てて周りを見て、鏡を見つけたので自分の姿を反射させてみると。
「……これ、俺だな?」
見た感じ、十五か十六くらいの見た目をした、ゼノア・バロムその人だ。
顔立ちは中性的で、身体の線もやや細い。
女装すれば簡単に性別をごまかせるだろう。
だがそれはさらなる違和感を生む。
憶えている限りなら、自分は四十路を迎えていたはずだった。
身体のあちこちを動かしてみるが、どこにも違和感を感じず、感覚もハッキリしているところ、まだ夢を見ていると言うことでもなさそうだ。
だとすれば、何故自分は若返った姿で、何故このような見知らぬ場所で眠っていたのか。
――あの戦いは、どうなった?
魔獣龍エンデアヴェルトとの戦いの結末はどうなったのか。
奴を殺し切ることは出来たのか。
エンデアヴェルトと共に奈落へと落ちて、救出されたのだろうか。
背中を預けるに相応しかった六人の戦士達はどうなったのか。
不意にずきり、と頭痛が襲う。
「んっ、ぐっ……!?」
突然の頭の痛みに、膝を付く。
頭の中に、脳内に、見た事もない景色、聞いた事もない言葉、知るはずのない記憶が流れ込んでくる。
「がっ、ぁぐっ、うぐっ、ぅっ……!?」
膨大な知識とイメージが、濁流の渦となってゼノアの脳内を溶く。
あの戦争は『第七次魔法大戦』と呼称され、およそ500年以上経過している事。
ここは『アバロニア王国』領域下の『聖アイリス魔法学院』と言う学舎の、学生寮。
予科一年A組 出席番号30番『ゼノア・バロム』
出会ったことも見聞きしたこともない人物との、あるはずもない記憶が、頭の中へ注ぎ込まれてくる。
クラスメート達、よそのクラスの生徒達、魔法教師達、学院長、城下町の人々……
「(こ、れはっ……なん、なんだっ、なに、がっ……!?)」
自分はこれから、この世界で生きていくこと。
それを理解した瞬間、頭痛は治まった。
荒い呼吸を繰り返し、寝汗の上から滝のような汗が溢れ出る。
未だに信じられない。
だが同時に理解し、受け入れている自分もいる。
自分はこれから、聖アイリス魔法学院の一生徒として第二の人生を歩んでいく事を。
「なるほど……なるほどな……なぁるほどなぁ……」
現状は理解した、というより納得いった。
この意味不明な現象も、あの凄惨に過ぎる戦争やエンデアヴェルトとの死闘に比べれば他愛のないものだ。
この程度の異変で、このゼノア・バロムが狼狽えるものか。
それに、どうやら今は随分と穏やかな時代になったようだ。
あの頃に憧れていて、いつか必ず成し遂げたいこと……
――戦争の無い世界で、平和に暮らしたい。
「くくっ……、っとぉ……ここは一応、寮だったな」
盛大に腹の底から笑いたい気分だが、いきなり誰かの大笑いする声が聞こえてきたら驚くだろう。故にここは口で欠けゆく三日月を描くだけに留めた。
勢いよくカーテンと窓を開ければ、清々しい朝日が部屋の中へ注ぎ込む。
こんなにも穏やかな朝を迎えるのも、久しぶりだ。
少しだけ感傷的になってから、先程に会得した記憶を頼りに、まずは身嗜みを整えることにした。
この時、ゼノアはまだ知らない。
今のこの時代は、腐敗した体制の元に築き上げられた平和でしかないことを。
その腐敗堕落を、自らの手で粛清していくことを―。
初っ端から切った張ったの戦闘シーンからの、まさかの夢オチ?と見せかけたタイムリープと言う1話目でした。