1話
「行ってらっしゃい。気をつけてね、忘れものはない?」
「うん、ありがとう母さん。行ってきます」
僕が忘れものなんてする訳ないだろ
「弥生が高校生になったらこうして毎朝行ってらっしゃいを言えなくなるのね、あと何回言えるのかしら」
「東京では一人暮らしになるからね」
「別に地元の高校受験してもよかったのよ?高校生のうちから一人暮らしなんて母さん心配だわ」
ふん、冗談。僕は特別なんだから皆と同じところにわざわざ行くかよ
「母さんは心配性だね。大丈夫。連絡できる時には必ず連絡するし、夏休みには帰るから」
「そうね。弥生のことだから母さんが心配しなくても大丈夫ね」
当たり前だ
「遅刻しちゃうから、そろそろ行くね」
「えぇ、今度こそ行ってらっしゃい」
いつも通りの朝
「おっ!弥生ー!」
「あ、おはよう晶」
晶は僕の親友のポジション
短いツンツン頭のつり目が特徴ないかにもやんちゃそうな奴だ
馬鹿だかこいつがペラペラ喋ってるおかげで僕の存在が引き立っている
「そういえば卒業式の答辞は弥生が選ばれたんだってな」
「あ、うん。そうなんだ。本当に僕で良いのかなぁ」
僕しか敵人はいないだろうけど
「何言ってんだよ!弥生がいたからサッカー全国大会いけたんだぜ?おまけに生徒会長だったし、全国模試もトップ!春からはあの東京の名門A高校だろ?お前以外誰がやるんだよ」
「そんな大した事じゃないよー」
我ながら白々しいな
「あ!弥生くん!」
「絵里 おはよう」
「おっと、お邪魔虫は退散するかな。じゃあな弥生また教室でなー!」
「晶くんと何話してたの?」
「別に何も?この前作ってくれた絵里のクッキーが美味しかったって自慢してただけだよ」
「んもう!恥ずかしいからやめてよー弥生くん」
絵里は僕の恋人のポジションだ
白い肌に艶のある長い黒髪
バレリーナのような長い手脚
僕程じゃないが容姿端麗
まぁ僕のパートナーにはふさわしいだろう
周りもそう思っている
「春からは遠距離になっちゃうから少しでも長く弥生くんといたくて走って追いかけてきちゃった」
「気持ちは嬉しいけど気をつけてね?最近この道轢き逃げ事件があったらしいし危ないよ」
「ふふ、ありがと」
後ろから車が走ってくる音がする
「ほら絵里、こっちへ」
僕は軽く彼女の手をひき自分が車道側にでた
車がだんだん近づいてくる
・・・。
ん?横を通り過ぎるにしてはなんか変だ
まるで、僕の真後ろに向かってきてるような
「弥生くんっ!」
後ろを振り返った時にはもう遅かった
目を覚ますと見覚えのない天井が最初に目に入った
何が、起きたんだ?
僕は今何をしてるんだ?
ここはどこだ?
暗い、夜なのか?今何時だ?
首があまり動かない
目線だけでどうにか周りを見回す
病室?何で病室?
口に酸素マスクを付けられてる?
取ろうとしたが、身体が動かない
僕に何があったんだ
そうだ、僕はいつも通りの朝を迎えて
学校に登校していた
登校していたはずなのに・・・
「おい」
!
さっきまで誰もいなかったはずの病室に
鈴の音のような声が響く
恐る恐る声がした方向に目線を向けた
「ふむ、耳は聞こえるようだな。ではお前の耳が聞こえなくなる前に手短に話すからよく聞け」
そこには窓から差す月明かりに照らされて光る銀色の長い髪を揺らし
血の如く赤い瞳の少女が空いている僕の隣のベッドに腰掛けこちらを見ていた
「お前、もうすぐ死ぬぞ。このまま死にたくなければ私についてくると約束しろ。そうすればお前の命を助けてやってもいい」
この子は何を言ってるんだ?
僕がもうすぐ死ぬ?
そんなわけない。だってこの僕だぞ!
小さい頃からやれば何でもできたし、僕はいつだって1番だった
欲しいものも何だって手に入った
いろんな人が僕を特別扱いしていた
僕だって僕を特別扱いしていた
そんな僕がなんで
グラッ
急に目の前が霞む
「戸惑う気持ちもわかるが、じっくり考える時間はお前には無いぞ。このまま死にたくないのかどうなのかさっさと決めろ」
死ぬ
僕は本当に死ぬのか?
死んだらどうなるんだ?
怖い 怖い
どうなるのかこの僕でもわからない
嫌だ、死にたくない!
誰か助けて!お願いだ!僕を助けて!
「何度も言わせるなさっさと決めろ。助かりたいのかこのまま死にたいのかどうなんだ?」
自分の死が間近であると確信し混乱している僕を
目の前で僕が死のうとどうでもいいとでも言わんばかりの冷たい目で見下ろしながら言う
助かりたい!
お願い助けて!
助けて下さいお願いします!
朦朧とする意識の中精一杯小く頷いた
すると少女はスッと立ち上がった
「よし!」
ストンと華麗にベッドから降り僕に近づいてくる
「では、私がお前を助けてやろう。そのかわり約束は守ってもらうぞ」
少女は僕の顔の前に腕を出し、その腕を自分の爪で肉がえぐれる程の力でガリッと引っ掻いた
少女の血が僕の顔に流れてくる
もう考える事はできなくなっていた
そしてそのまま目を閉じ
そこで僕の意識はなくなった
どれくらい時間はだったのだろう
再び目を覚ました時は動かなかった身体が
嘘のように回復していた
あぁ、あの夜の出来事は夢だったんだ
おかしな夢をみるのは何年ぶりだろう
「おお!やっと起きたか!いやぁなかなか起きんから失敗したのかと諦めかけとったよ。良かったな、助かって」
聞き覚えのある鈴の音のような声
顔をあげると病室にいた少女が
目の前で笑っていた