番外編1 始まりは期待はずれの異動
ここらでサトー氏との出会いを。
登場人物
サトー氏
「□O:△O」のプロダクションコントロール。
忘れん坊大魔王にして最強のポジティブ人間。
タカハシ
「□O:△O」のパタンナー兼サンプル縫製担当。
自尊心の低さなら誰にも負けない。
本作の主人公。
それはニ月末のことだった。
三月一日付けで内勤から工場へ配属される人が二名いるらしい。そんな噂が工場内に駆け巡った。
まだ誰かは分からなかったが、慢性的に人手不足だった工場に人員が配属されるのは有難い以外の何物でもない。
工場経験者で内勤は何人か心当たりがある。きっとその人たちだろう。勝手に期待していた。
しかし、期待は半分当たりで、半分外れ。
一人は工場経験者の女性。もう一人は中途採用で勤続年数の浅い男性(ん? 誰だろ?)。
女性の方は大当たりだ。カムバックを果たしてくれたことに期待しかない。
しかし、男性の方は? 異動の経緯が全く分からないが、個人的にははっきり言って期待はずれ。ガッカリだった。
男性の名はサトー。
顔と名前は知ってはいた。ほんの少しの間だが、仕事で関わったことがある。
その時の距離感の近さに「なんだこいつ」と思っていたのはここだけの話。
その後すぐにわたしは別部署に異動になり、接点は何もなくなった訳だが。
当時のことを覚えているかあとになって聞いたことがあるが「誰だったかは覚えてない」そうだ。
ま、そうだわな。当時の部署内は同じような髪型の人たちばかりだったし(そういう意味?)。
というわけでサトーなる男は本社工場の生産管理に配属された。
はっきり言うが、やはり距離感が掴めない。
最初に感じた「近さ」は気のせいではなかったようだ。
時はコロナ禍。ソーシャルディスタンスが叫ばれる世の中なのに、サトー氏は何故かわたしの隣で昼食を摂っている。
そこの席、定位置の人いるんだけど。自分なりにはっきり言ったつもりだったが、伝わらなかったらしい。彼はニコニコしながら愛妻弁当を食べている。
距離感は近いが、心の壁は築いておこう。近寄るなオーラを控えめに発動させた。
それが何故だ?
気づいたら二人で車に乗っているではないか。
あれ、心の壁はどこいった?
若干の警戒心(ほぼ初対面の得体の知れない人物ということに対して)を抱きつつ、サトウ氏の運転する社用車は目的地に向かっていく。
だが、道中の会話は意外にも盛り上がった。サトー氏の前職や理想の工場像など。いかん、語気に熱が入ってしまう。いやしかし、これは意外と楽しい人だぞ。最初から心の壁など無かったかのように、というか、いつの間にか壁の内側にいるのではないかと思うくらいの一級の人懐っこさで懐に入り込んでくる。天性の末っ子キャラか嫌味の全く無い陽キャと言ったところか。
いつだったか、釦穴を開けるのを失敗してシャツに穴を空けてしまったことがあったが、
「失敗すら愛しいね」
などと当て布をして穴を塞いでいた(もちろん製品ではない)。
恐ろしいほどのポジティブ全開!!
あまりのポジティブっぷりに驚愕しかない。その溢れてあちこちに落としているであろうポジティブの欠片を拾って煎じても良いですか? くらいの勢いだ。
そんなサトー氏に「□O:△O」に誘われたのは、ただの偶然だったのか。
子供のころの、夏休みが始まる前のような高揚感の気配がしていた。
サトー氏はただただ驚くばかり、というか、目から鱗のポジティブマンです。