19 さあ、顔を上げろ
登場人物
スズキ氏
老舗縫製工場のファクトリーブランド「□O:△O」のブランドディレクター。
完璧超人の雰囲気が漂うジェントルマン。
サトー氏
「□O:△O」のプロダクションコントロール。
忘れん坊大魔王にして最強のポジティブ人間。
タカハシ
「□O:△O」のパタンナー兼サンプル縫製担当。
自尊心の低さなら誰にも負けない。
本作の主人公。
「□O:△O」に出会って、というかスズキ氏とサトー氏に出会ってからの一年間。全力で走り抜けた日々だった。
こうして振り返ってみると今でも笑えるネタはたくさんあるし、普通だったら辛かったであろうことも笑い飛ばしてここまで来れた。
本当に楽しかった。
この一言に尽きる。
しかし、かなり無理をしていたんだろう。ここへ来て体調の再起動へのカウントダウンが始まってしまったようだ。
実を言うと、数ヵ月前からかかりつけ医には休職した方がいいと診断されていた。
そんなことを言われても、わたしは毎日が楽しかったし、やりがいも大いにあったので、「休むなんて」と思っていたのだ。
たが、想定以上の集中力を連発していたせいで日に日に体力は削られていたように思う。
疲労がリセットされずに日々蓄積されていくのをひしひしと感じていたし、体調に引きずられるようにメンタルも急降下していた。
何をしても何を聞いても心は塞ぎ込んで拒否反応。
これはまずい。
限界が近づいている。
取り返しが付かなくなる前に、一度メンテナンスをした方が懸命だ。
「ごめん。ちょっと本格的に倒れる前に休みたい」
そんな申し入れをすると、二人は快く受け入れてくれた。
「ゆっくり休んで。ちゃんと充電してから戻ってきてよ」
恐らく工場の上の方から小言もたくさん言われたであろうに。
「言いたい奴らには勝手に言わせておけばいい」
と、防波堤になってくれた。
なんていい人たちなのだろう。
勢いでハグをしそうになったのはここだけの話。
そういう訳で、「□O:△O」加入一年目にして一週間の休業を取ることになった。
仕事から離れればいいと言うのに、暇にかまけてこんなものを書いてしまっている。
しかし、わたしにとって「□O:△O」は完全なる仕事の一部という分類ではない。その挑戦はすでにライフワークの一部のようになっているのだ。
改めてこの一年を振り返ると、「楽しい」ばかりが目につくような気もする。否、嫌なこともたくさんあったけれど、彼らのお陰でその影は薄く、鳴りを潜めている。
さて、体力は充填させた。
立ち上がろう。
さあ、顔を上げろ。そこに広がる景色を見るために。
さあ、走り出せ。自分を信じて。
さあ、戦え。自分自身に打ち勝つために。
以前は孤独だったかもしれないけれど、今は違うだろ?
どんなに強い向かい風でも、共に走る仲間がいる。
例え先の見えない暗闇の中でも、決して独りで戦っているわけじゃない。
すぐ側で彼らも戦っているのが分かるだろう?
挫けそうな時はきっと肩を叩いてくれる。
ただ信じればいい。共に戦う仲間を。
背中を任せて戦えばいい。
不安に思うなら振り返るんだ。きっと「大丈夫」だと笑ってくれるさ。
だから、進め。同じ場所を走るために。
了
以前のわたしは、続く日々をいつ最後の日にしようかなんて考えていたけれど、今は違う。
明日、やりたいことがある。
行きたい場所がある。
見てみたい景色がある。
そう思えるようになったのは、どう考えたって明らかに君たちのおかげ。
本当にいい人たちに出会えたのだと思う。
心から、ありがとう。




