2 面接試験
登場人物
スズキ氏
老舗縫製工場のファクトリーブランド「□O:△O」のブランドディレクター。
完璧超人の雰囲気が漂うジェントルマン。
サトー氏
「□O:△O」のプロダクションコントロール。
忘れん坊大魔王にして最強のポジティブ人間。
タカハシ
「□O:△O」のパタンナー兼サンプル縫製担当。
自尊心の低さなら誰にも負けない。
本作の主人公。
「スズキが会ってみたいって」
工場に配属されたばかりのサトー氏がワイシャツの裄詰めをしているわたしの横にやってきて言った。
「ほう」
様子を伺うように返事をする。
サトー氏は「□O:△O」なる新規事業プロジェクトを機に発足された社内ブランドの立ち上げメンバーで、社内の体制が変わったことで不在になってしまったCAD使い(パタンナー)のポジションに憂慮していた。
のか? 他者から見た一方的な主観でしかないので定かではないが。
少なくともパタンナー不在と言う事実と、現状裄詰め担当のパタンナー崩れがいると言うことが直線で繋がっていたようだ。
当人の返事もろくに聞かずにさっさと工場長に専任パタンナー宣言をしていたくらいだから。
しかし、わたしはこの時点で前向きと言うには少々難しい角度を向いていたのだと思う。
ただただサトー氏の圧しの強さに流されていた感が漂う。
さて、スズキ氏については休憩時間の会話の端々に登場するくらいで全容は全く掴んでいなかったが、遠目からでもわかるトレードマークのモジャモジャ頭のお陰で判別はついていた。
サトー氏の言葉を拾うところによると東京からやってきたDJで元凄腕アパレル販売員。
なるほど。それで合点がいった。
昨年のファミリーセールで値段が明らかに違う革ジャンを売っていたのを実は知っている。
スズキ氏に対するワードを頭のなかで並べながら、サトー氏が作業台の上に置いた新作のデザイン画をのぞきこむ。
C-1ベストだのサルベージパーカーだの、聞きなれない言葉に耳が滑り倒す。
こちとら、十年以上アパレルの端っこも端っこのワイシャツメーカー勤務。アパレル業界にいながらファッションからは遠い場所にいるのだ。
そんなことを思いながらいまいち気の無い返事をしていたときだ。
「サトー君」
工場では見慣れないモジャモジャ頭が登場。
件のスズキ氏だ。
挨拶もそこそこにスズキ氏は新作のアイデアを迷いの無い線画を交えて語り始める。
「それで袖口はひもで結びたいんですよ」
キャンディスリーブに似たサルベージパーカーの袖口の仕様に、メンズでもこんな仕様あるんだと感心しながら「かわいいじゃん」と返す。
すると間髪入れずサトー氏が「こうなのよ」と嬉しそうに作業台を叩いた。
恐らくこれは、面接試験をパスした合図だったのだろう。