すれちがう雪だるま
騎士のディーター・クルツは今、雪だるまから滅茶苦茶に殴られている。
もっとも、雪だるまの手はツツジの枝だから、箒で叩かれている、といったほうが近い。
さらに、その巨体にのしかかられては大変、とばかりに、彼は必死に庭中を逃げ回っている。「テア! 助けて!」
私はその様子を、冷たい眼差しで見つめていた。
そもそもの始まりは、今朝カーテンの隙間から寝室へ差し込んだ、真っ白で真っ直ぐな光だった。
私はその明るさに目を覚まし、そっとベッドから抜け出して薄くカーテンをめくった。混じりけのない透明な空気の向こうに、目が痛くなるほどの青空が広がっている。
その光を反射して、ゆうべからの雪がきらきらと、白く青く積もっていた。
私の頭に、ひとつの考えが浮かんだ。
――夫が起きる前に雪だるまを作ろう。きっと、びっくりする。
私は羊毛の上着と手袋を身につけると、キンと冷える庭へと出た。
得意な魔法を使えば、あっと言う間に済む。けれど今朝は「ちゃんと」作りたい気分。
汗を拭って、一度だけ魔法の呪文をごにょごにょと唱えた。雪だるまのずっしり重い頭はふわりと浮いて、胴体に載った。
私の背丈ほどもある雪だるまに、ふふ、と笑いがこぼれる。
顔に小石をはめ込み、雪の重みで折れたツツジの枝を胴体に挿し込むと、ちょうど玄関の扉を開ける音がした。
「早起きだなあ」まだ寝間着姿の夫が、目をこすっている。
私は、巨大な雪だるまに向かって腕を広げた。「どう?」
彼の口がぽかんと開いた。
「すごいな。……僕のために?」
私の顔が、ほわんと温かくなる。「うん」
彼も照れた笑顔を見せた。
「じゃあ、早速」
家の中へ戻っていくその後ろ姿に、私は首を傾げた。
――早速? 何を?
やがて、夫が再び現れた。その手に握られていたものは。
一振りの、重く堅牢な長剣。
「いくよ!」
その言葉に、私は身を固くした。
彼は剣を抜いて雪だるまへ一気に駆け出すと、横ざまにその首を刎ねた。
「ちょ……」
言葉を失った私に、彼が微笑んだ。
「やっぱ、この剣、切れ味いいわー。練習用の人型、わざわざ作ってくれるなんて。ありがと」
私はぶつぶつと呪文を唱える。夫の手から、剣が青空高く吹っ飛んでいく。転がった雪だるまの頭が再び胴体へと載る。その雪だるまがごとり、ごとりと動き出す。
騎士のディーター・クルツは今、雪だるまから滅茶苦茶に殴られている。