流れるモノ
蒼真は走り出した。
そして、右手の人差し指に小さな炎を灯したかと思うと、それをどんどん巨大化させていく。
無言で立ちすくんでいる雪に、巨大な氷塊が迫っていく。
後50cm程落下すれば、氷は雪の頭に激突し致命傷となるだろう。
「くっそ・・・ぉぉおお!」
諦めず走り続ける小太郎は、背後の蒼真に気が付かない。
「出来る・・・出来るはず・・・!」
いつか、誰かにそう言われたことがあったような気がする言葉を、蒼真は呟く様に唱えた。
それでも不安は消えなかったが、時間はもう無い。
蒼真は覚悟を決めて、じっと前を見据える。
走る足を止め、指先に宿した大きな炎の塊を、静かに背後へ向ける。
そしてそれを、地面に向けて思い切り撃ち出した!
響く爆音と共に、強烈な爆風が辺り一面を吹き飛ばす。
蒼真は自身の体を僅かに焦がしながら、爆炎の勢いに乗って吹き飛んだ。
「っおわっ!」
爆音で足を止めていた小太郎の隣を蒼真が勢いよく飛んで行くので、小太郎は驚いて転んだ。
「っ・・・」
自身の想像よりも遥かに速く、蒼真は雪の元へ飛んでいた。
空中での姿勢制御は全く上手くいかなかったが、速度のおかげであらぬ方向を向く前に雪の傍まで飛んで来た。
「!!!」
一瞬、驚く雪の顔が見えた。
そしてその後、蒼真はほとんど反射的に雪に抱き着くような姿勢をとり、爆発の勢いそのままに彼女と氷塊の下から脱出した!
雪は何が起こったのか把握しきれず、何か硬い物とぶつかったような衝撃で我に返った。
「ったた・・・!?」
痛みを感じるのと同時に、慣れない人の温もりを感じて驚いた。
自分はどうやら、蒼真に抱きしめられるような形で地面に倒れているらしい。
「っっな・・・・・・!あ・・・」
跳ね除けて蹴りでも入れてやろうかと思った矢先に、雪の目に血が映った。
蒼真の身体中に無数の傷が出来ており、頭からも血が流れていた。
「ちょ・・・灰原君!?」
雪は男子に抱き着かれた恥ずかしさや怒りも忘れて、おろおろと辺りを見回す。
地面には引きずったような血の跡があり、その向こう10m程離れた場所に、巨大な氷の塊が刺さっている。
そして、その氷の向こうから慌てた様子で小太郎が走って来るのが見えた。
「おい蒼真ーー!眞白!」
呼びかけながら走って来る小太郎の目にも、すぐに地面に残る血痕と蒼真の姿が映った。
「ちょ・・・おい・・・!」
小太郎は驚いて一瞬止まったが、すぐに蒼真達に背を向けて走り出した。
「え・・・ど、どこ行くの!?」
怪我人を自分の元に置いて行かれることに対する不安で雪が怒鳴ると、小太郎は諭す風に「センセーを呼ぶ」と言ってまた走り出した。
「・・・そ・・・そう」
小太郎がすぐに見えなくなって、雪の目にまた巨大な氷塊が映った。
だんだん冷静になって来て、自分のしていたことや今までの振る舞いが馬鹿らしくなった。
そして、勝手に敵だと決めつけて攻撃したにもかかわらず、自分の事を守ってくれた蒼真に、雪は自分でも不思議な気持ちになっていた。
「・・・」
口をつぐんで、辺りを何度か見まわす。
そして。
「・・・・・・ありがと」
そういって、気を失っている蒼真の事をそっと抱きしめた。
少しして、誰かの足音が近付いて来たのが聞こえたので、雪は大慌てで蒼真から身を離して立ち上がった。
―翌日の保健室
「・・・ん・・・?」
目を覚ますと、蒼真は柔らかな布団の中で白い天井を見ていた。
全身がまだ少し痛むし、頭もクラクラする。
「蒼君!」
彩華の声がしたので、蒼真はすぐに声の方を向いた。
「彩華・・・ねーちゃん」
「蒼君・・・大丈夫・・・?」
彩華は心の底から心配そうな声で言い、不安そうな表情で蒼真の事を見ていた。
蒼真が笑って見せると、彩華は悲しそうな顔をした。
「無理しないで。まだ横になってた方が良いって。」
「うん・・・分かったよ」
大人しく横になると、彩華は蒼真の傍にやって来てベッドに腰かけた。
「っ・・・」
蒼真は無意識に緊張したが、彩華はそんな彼の頭に優しく手を乗せた。
「傷だらけになって・・・どうしたの?」
怒っている訳ではなく、彼を案じている。
蒼真にもそれがすぐにわかったが、逆に言い辛かった。
「なんでも・・・。」
彩華は幼い頃、能力のせいで寂しい思いをしたのを知っている。
そんな彼女に、雪との出来事を話すのは悪いような気がしたので、蒼真は言わなかった。
気の利いた嘘は浮かばなかったので、すぐに黙り込んだが・・・。
「嘘。」
彩華が小さな声で言ので、蒼真はハッと顔を上げてしまった。
「ふふ・・・蒼君は素直、だね」
にっこり笑って、彩華は言う。
「知ってるよ、全部。クラスの子との事・・・」
「・・・そっか」
「うん」
蒼真が落ち込んだ風になったので、彩華はそれ以上何も言わなかった。
「蒼真!」
「先輩!」
突然、誰かの呼ぶ声と共に扉が勢いよく開かれた。
「あら」
保健室に現れたのは小太郎としずく・・・と、雪。
「あ、彩華姉」
「え、あ、初めましてっ!先輩のお姉様・・・ですか?」
「・・・姉・・・?」
しずくと雪が彩華の事を不思議そうに見ていたので、蒼真が説明する。
「彩華ねーちゃんは俺の家族なんだ。その・・・姉ちゃんだし、母さんみたいな・・・」
「うんうん!そうよ!私達は家族!蒼君のお姉ちゃん、っていうか・・・なんだろ?お母さん?って歳じゃないけど・・・」
「え、あ、いや、分かってるよ!!」
優し気な彩華と、他の時と随分雰囲気の違う蒼真。
二人を見ていると、雪もしずくも何だか複雑な気分になった。
「あの二人、仲いいだろ」
「何よ急に」
むすっとした雪を見て、小太郎はにやける。
「蒼真の奴、彩華姉の事が好きなんだぜ。昔っから」
「・・・あっそ」
「なんだか・・・いいですね、そういうの」
興味無さげに振舞う雪とは裏腹に、しずくは二人の関係に納得がいったのか羨ましそうに見ていた。
「二人共、蒼君達のお友達?」
「・・・」
雪は無言で頷いておく。
「え、あ・・・どう・・・でしょう・・・」
「友達、だよ」
不安そうなしずくに蒼真がそう言ったので、彼女も嬉しそうに頷く。
「ふふ・・・そっかそっか。カワイイお友達ね、蒼君。仲良くしてあげてね」
「どうも。」
「はい!よろしくお願いします」
「眞白の奴、何か拗ねてんのか?」
「拗 ね て ま せ ん」
雪の声のトーンが上がって、まくし立てる様に小太郎に詰め寄る。
「ちょ・・・先輩、保健室ですし・・・」
止めようとしたしずくだったが、雪の怒涛の様な剣幕に気圧されて声が消え入った。
「お、俺達は外行ってるぜ・・・!」
しずくの声に気付いた小太郎は、すかさず雪の腕を引いて保健室から出て行った。
「ちょっ・・・と!何触って」
「いーからいーから!続きはあっちで」
「もう!何なのあんた!」
やかましい声が少しずつ遠くなっていって、やがて保健室の中は静かになった。
「元気な子ね」
彩華は優しく笑ったが、しずくは戸惑っていた。
「さて・・・私も行くね、蒼君」
「ん・・・分かった」
「私も・・・えっと、失礼しますね、先輩」
「うん、ありがとうね・・・あ、小太郎達にも」
「タロちゃん達には私が言っとくね。しずくちゃん。」
「え、あ、はい!申し訳ありません」
「それじゃね、蒼君。」
しずくが頭を下げている間に、彩華は小さく手を振って出て行った。
「・・・。」
保健室でまたも蒼真と二人きりになってしまったしずくだったが、うっかり出て行くタイミングを逃して困っていた。
「・・・・・・。」
「・・・?」
「・・・」
「あの・・・どうした?」
「へっ!」
蒼真に話しかけられて、しずくは跳び上がった。
「あ、えっと・・・ごめんね」
「いぃいえいえ!」
大声で否定して、それからハッとなって口元を抑える。
「も、申し訳ありません・・・何も慌てるようなこと無いのですが・・・」
「あはは・・・」
「・・・その。」
「ん?」
しずくは、出て行くタイミングを失ったついでに、ある事を相談しようと思った。
「・・・あのですね、先輩。」
「うん?」
「昨日の話・・・先輩達の話、聞きました。」
しずくは言いながら、窓の方へ歩いて行く。
窓から見える校舎の裏には、まだ大きなくぼみが出来ている。
「能力?とかって・・・本当にあるんだ、って思いました。」
不思議そうに言うしずくを、蒼真も不思議そうに見ていた。
何も言わず聞いてくれる蒼真を、しずくは嬉しそうに見つめる。
「それで、ですね。私・・・帰ってから試してみたんです」
「・・・うん」
彼女が言いたい事が何となく分かった蒼真だったが、それでも黙っていた。
内容がどうあれ、言い出し辛い話はただ聞いて欲しいものである。
「それで・・・ですね」
しずくは自分の手を胸元で重ねる。
そして小さく深呼吸をして、それから。
「私・・・出来ちゃいました」
「え」
一瞬別の意味に取りかけた蒼真だったが、すぐに彼女の言っていることを理解した。
「私も・・・同じです。先輩方と」
どこか照れくさそうに笑うしずくは、蒼真の方へ歩み寄って来る。
「まだ誰にも・・・お父様にも言ってません」
きょとんとする蒼真の顔を覗き込むように見つめて、しずくは笑う。
青い髪が、風で小さく揺れた。
「私と先輩と・・・今は二人だけの秘密、ですよっ」
ふいに目が合って、お互いにドキリとした。
「なんて・・・」
「・・・。」
「・・・そ、その内皆さんにも・・・報告させて頂きますけどっ」
しずくは真っ赤になって、少し噛みながらそう言う。
「そ・・・そっか?」
秘密のままでもいいぞ、とはとても言えず、蒼真も照れくさそうに笑った。
やがて気まずい沈黙が流れ始めたので、蒼真はしずくを帰らせた。