Finger<引き金を引くもの>
夜の彩華宅。
二人の食事を終えて、蒼真は自室に戻って来た。
「はぁー・・・」
しずくと知り合った事を彩華に話してみたが、彼女はまるで母親の様に喜んで聞いていた。
それはとてもうれしい事のはずなのに、蒼真はどうにもモヤモヤした気持ちになった。
何が気に食わなかったのか自分でも分からなくて、蒼真はベッドに身を投げてみる。
柔らかく自分を受け止めるベッドの感触は、少しも不快に感じない。
「何だかな・・・」
もう一度ため息をこぼして、ぼーっと右手を天井にかざす。
すぐそこにあるように見えるが、天井の蛍光灯に手はかすりもしなかった。
何だかそれが物凄くもどかしく感じて、蒼真は寝転がったまま思い切り右手を伸ばした。
それでもまだ届かなくて、精一杯指先まで意識を集中して、前へ、前へ。
「・・・ん?」
今一瞬、天井が揺らめいて見えた。
それはすぐに消えてなくなってしまって、蒼真は見間違いかと思って目をこする。
「っつ」
何故だか、目元に触れた自分の右手はとても熱かった。
慌てて右手を顔から離し、自分の手をじっと見つめてみる。
「・・・・・・???」
蒼真は何が何だか分からなかったが、やがて少しずつ理解し始めた。
「まさか・・・」
世間の大多数の人間には、きっと"まさか"とすら思いもしないような事。
それでも、蒼真には考えつくような事だった。
いつもすぐ傍に、心当たりが居たから。
「俺も・・・」
戸惑いと不安が半分、興奮と喜びが半分・・・いやそれ以上。
複雑なワクワク感に浮足立つのを感じながら、それでもなるべく冷静さを装って、蒼真は自分の手を前方に向けてみる。
意識を自分の指先に集中して、じっと、じっと目の前の壁を見据える。
無駄に力む右手の指先・・・人差し指の先辺りがほのかに明るくなる。
「・・・!!」
驚きと喜びを一生懸命抑え込んで、薄れかけた集中力をもう一度指先に集中した。
指先の明かりはどんどんと大きくなっていって、やがて小さな炎になった。
「・・・おお・・・おぉおおお!」
思わず声が出たその時、指先に灯っていた小さな炎は火球となって発射されてしまった。
「あっ」
ドガーン・・・と大きな音を立てて、目の前の壁に炸裂。
立ち上る爆炎の向こう側、自室の壁に大きな焦げ跡が付いた。
「・・・やっちゃったなぁ」
丈夫な材質だったので、幸い穴は開かなかったが・・・
蒼真は彩華の家に傷を付けてしまった事を申し訳なく思った。
「でも・・・コレ、彩華ねーちゃんの・・・同じだよな・・・」
昔、一度だけ見せてもらった景色。
彩華が空に次々と描き出した虹・・・あれも、自分の今のも、きっと同じだ。
蒼真はそう思ったから、嬉しかったし、戸惑っていた。
彩華が独り暮らしをするきっかけになったモノ。
それが、今蒼真にも出来るようになった。
一体いつから?なぜ?
それは分からない。
10年程前、幼い頃の彩華は、非常に珍しい症例を持つ少女として一時期取り上げられた。
前例が無かった訳ではないらしいが、当時は自由の国と平和の国が戦乱の最中・・・
敵国や他国に「似た症例がある」との事で、彩華は問答無用でスパイ扱いされた。
もちろん反対する声も少なくはなかったが、大事を取って彩華は周囲から隔離されることとなった。
蒼真と父親は反対派だったが、彼女の両親は賛成派・・・彩華は独り暮らしとなって、両親とは今もほとんど絶縁状態だ。
もっとも、住まいの提供や月々の仕送りは行われているが・・・
だが、現在は少しずつ研究が進んでおり、ここ民の国をはじめ他の国にも複数の事例がある事が分かっている。
相変らずなぜ発症するのかは不明だが、今はそれを"症状"ではなく"特技"や"体質"として扱っている。
一番分かりやすい表現で言うと「特殊能力」で、今や世界中に知られた存在となった。
現状知られている数種類の事例は、いずれの場合も指先から発現する為、研究上はごく単純に「Finger」と呼ばれている。
それ以外の場合では、主に「能力」と呼ばれており、軍事的に使用されることもあるという。
「・・・ねーちゃん・・・」
蒼真は嬉しかった。
これで、彩華が独りぼっちになる事も無い。そう思ったから。
ずっと昔、彩華が1人で暮らすことになった時に、蒼真が言った。
「俺だっていつか出来るようになってやる!そしたら一緒だろ!」
あの時の彼女は、悲しそうな顔もせずにありがとう、と言っていたっけか。
あれが諦めなのか、本当に喜んでいたのか。
今の蒼真にはむしろ分からなくなっていた。
だが、蒼真はすぐに自室を飛び出した。
戸惑いと不安が、少しこし大きくなったのかもしれない。
「彩華ねーちゃん!」
「わっ・・・どうしたの蒼君」
突然蒼真が駆け寄って来るので、彩華は驚いた。
手にしていたマグカップを落としかけたが、どうにか落とさずに済んだようだ。
「俺・・・俺・・・!」
いざ彼女を前にすると、どういうべきなのか分からない。
彼女は喜んでくれるだろうか?
コレは嬉しい事なのか?
自慢するのは昔の彩華に失礼なのでは?
そもそもあの時の勝手な言葉を覚えているのか?
彼女が気にしないように、忘れようとしていたら・・・?
「俺・・・。」
何と言えばいいのか、そもそも言っていいのか。
蒼真はどんどん不安になって、やがて口をつぐんでしまった。
「・・・何?」
始めの勢いはどこへやら、すっかり萎れてしまった蒼真を見て、彩華は小さく笑った。
彼女にとって、これは別に珍しい事ではない。
蒼真の癖だったからだ。
良い事があった時も、悪い事をしてしまった時も、悲しい時も、悔しい時も、怖い時も、寂しい時だってそうだ。
いつだって彼は、勢いで突っ込んで来るのに、それが長続きしないでどんどん冷静になっていく。
そして口に出すのをためらって、萎れて黙り込んで・・・
「もー・・・今度は何?」
彩華はまるで母親の様にそう言って、蒼真の頬に触れた。
「っ」
蒼真はハッとなって彩華から跳び退いた。
「もっ・・・もうガキじゃねーし!」
「はいはい。で、どうしたの?」
「そ、それは・・・だ・・・あの・・・」
「さっきの音の事?」
「え」
蒼真は焦ってしまった。
同じ家に住んでいるのだ。当然さっきの爆音が聞こえない訳はない。
それなのに隠し事はもう無理そうだ。
「凄い音してたよ?爆発?怪我してない?」
「あっ」
彩華はそっと蒼真の右手を取る。
蒼真の人差し指の先には、少し水ぶくれが出来ていた。
「火傷?大丈夫?痛くない?」
「・・・いつの間に・・・?」
自分でも気付いていなかった火傷を指摘されて驚いていると、少しずつ指先のジンジンした痛みが強まって来た。
「ったた・・・」
「大変!どうしよ・・・あ、冷水で冷やさなきゃ」
彩華はすぐに立ち上がって、蒼真を台所へ連れて行く。
「ちょ・・・一人でやれるって」
「だめよ、無理しちゃ。火傷なんて慣れてないでしょ」
「え・・・いや・・・それはまぁ・・・」
「ちゃんと冷やさないと。怪我してたのにも気付いてなかったのに、キチンと手当てできるの?」
「・・・ぅ」
あれこれ言いながら、彩華は手際よく蒼真の指先を流水にさらした。
不思議な事に、水をかけ続けているとその水ぶくれはどんどん薄くなって、やがて消えた。
「・・・あれ・・・そんな直り方するかなぁ?」
彩華は不思議そうに蒼真の指先をじーーっと見つめる。
「あ、ありがと!もういいよ!!」
蒼真は恥ずかしさのあまり、ちょっと乱暴に彩華の手を振り払った。
「ひゃっ」
彩華は驚いて、後ろに倒れそうになる。
「あっごめ」
蒼真は慌てて右手を伸ばしかけたが・・・
「っ・・・」
さっきの爆炎を思い出して、自分の手を抱え込むようにしてひっこめた。
「っとと・・・大丈夫・・・よ?」
なんとか体勢を立て直した彩華はそう言うと同時に、彼の姿に気付く。
自分の右手を不安そうにひっこめた姿。
「・・・ふふ」
何だか懐かしくなって、彩華は柔らかく微笑んだ。
そして、ぎゅっと蒼真を抱きしめた。
「っ!!!」
真っ赤になって離れようとするが、彩華はぎゅーっと離さない。
「隠し事、してるの?」
「っえ・・・あ・・・ぅあ・・・いゃ・・・」
彩華の優しい温もりと、不思議ないい匂いに包まれて蒼真はパニックになっていた。
「・・・大丈夫?」
優しくそういって、ゆっくり蒼真から体を離した。
蒼真が必死で顔をそらしても、耳の先まで真っ赤になった自分の顔を隠せない。
「・・・ぅん・・・」
消えそうなほど小さな声でどうにか返事をすると、チラチラと彩華の顔を見てみた。
彼女はにっこりと微笑んで、蒼真を見つめている。
優しさのある、でも少しいたずらっぽい笑みが目に入って、蒼真はまた目線をそらした。
恥ずかしさでいっぱいで、彼女の顔をまともに見られない。
でも、不思議な安心感と溢れる程の幸福感が、蒼真の中のモヤモヤの様なものを薄めた。
「・・・あのさ」
「ん?」
色んな物を覚悟して、口にする。
「俺も・・・。その。・・・出来るようになったよ」
「・・・?」
「能力・・・ねーちゃんと同じだ」