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Fingers!  作者: いえのひと
4/8

Finger<引き金を引くもの>

夜の彩華(あやか)宅。


二人の食事を終えて、蒼真は自室に戻って来た。

「はぁー・・・」

しずくと知り合った事を彩華に話してみたが、彼女はまるで母親の様に喜んで聞いていた。

それはとてもうれしい事のはずなのに、蒼真はどうにもモヤモヤした気持ちになった。

何が気に食わなかったのか自分でも分からなくて、蒼真はベッドに身を投げてみる。

柔らかく自分を受け止めるベッドの感触は、少しも不快に感じない。

「何だかな・・・」

もう一度ため息をこぼして、ぼーっと右手を天井にかざす。

すぐそこにあるように見えるが、天井の蛍光灯に手はかすりもしなかった。

何だかそれが物凄くもどかしく感じて、蒼真は寝転がったまま思い切り右手を伸ばした。

それでもまだ届かなくて、精一杯指先まで意識を集中して、前へ、前へ。


「・・・ん?」

今一瞬、天井が揺らめいて見えた。

それはすぐに消えてなくなってしまって、蒼真は見間違いかと思って目をこする。

「っつ」

何故だか、目元に触れた自分の右手はとても熱かった。

慌てて右手を顔から離し、自分の手をじっと見つめてみる。

「・・・・・・???」

蒼真は何が何だか分からなかったが、やがて少しずつ理解し始めた。

「まさか・・・」

世間の大多数の人間には、きっと"まさか"とすら思いもしないような事。

それでも、蒼真には考えつくような事だった。

いつもすぐ傍に、()()()()が居たから。

「俺も・・・」

戸惑いと不安が半分、興奮と喜びが半分・・・いやそれ以上。

複雑なワクワク感に浮足立つのを感じながら、それでもなるべく冷静さを装って、蒼真は自分の手を前方に向けてみる。

意識を自分の指先に集中して、じっと、じっと目の前の壁を見据える。

無駄に(りき)む右手の指先・・・人差し指の先辺りがほのかに明るくなる。

「・・・!!」

驚きと喜びを一生懸命抑え込んで、薄れかけた集中力をもう一度指先に集中した。

指先の明かりはどんどんと大きくなっていって、やがて小さな炎になった。

「・・・おお・・・おぉおおお!」

思わず声が出たその時、指先に灯っていた小さな炎は火球となって発射されてしまった。

「あっ」

ドガーン・・・と大きな音を立てて、目の前の壁に炸裂。

立ち上る爆炎の向こう側、自室の壁に大きな焦げ跡が付いた。

「・・・やっちゃったなぁ」

丈夫な材質だったので、幸い穴は開かなかったが・・・

蒼真は彩華の家に傷を付けてしまった事を申し訳なく思った。

「でも・・・コレ、彩華ねーちゃんの・・・同じだよな・・・」

昔、一度だけ見せてもらった景色。

彩華が空に次々と描き出した虹・・・あれも、自分の今のも、きっと同じだ。

蒼真はそう思ったから、嬉しかったし、戸惑っていた。



彩華が独り暮らしをするきっかけになったモノ。

それが、今蒼真にも出来るようになった。

一体いつから?なぜ?

それは分からない。


10年程前、幼い頃の彩華は、非常に珍しい症例を持つ少女として一時期取り上げられた。

前例が無かった訳ではないらしいが、当時は自由の国(じゆうのくに)平和の国(へいわのくに)が戦乱の最中・・・

敵国や他国に「似た症例がある」との事で、彩華は問答無用でスパイ扱いされた。

もちろん反対する声も少なくはなかったが、大事を取って彩華は周囲から隔離されることとなった。

蒼真と父親は反対派だったが、彼女の両親は賛成派・・・彩華は独り暮らしとなって、両親とは今もほとんど絶縁状態だ。

もっとも、住まいの提供や月々の仕送りは行われているが・・・


だが、現在は少しずつ研究が進んでおり、ここ民の国(たみのくに)をはじめ他の国にも複数の事例がある事が分かっている。

相変らずなぜ発症するのかは不明だが、今はそれを"症状"ではなく"特技"や"体質"として扱っている。

一番分かりやすい表現で言うと「特殊能力」で、今や世界中に知られた存在となった。

現状知られている数種類の事例は、いずれの場合も()()()()()()する為、研究上はごく単純に「Finger(フィンガー)」と呼ばれている。

それ以外の場合では、主に「能力」と呼ばれており、軍事的に使用されることもあるという。


「・・・ねーちゃん・・・」

蒼真は嬉しかった。

これで、彩華が独りぼっちになる事も無い。そう思ったから。


ずっと昔、彩華が1人で暮らすことになった時に、蒼真が言った。

「俺だっていつか出来るようになってやる!そしたら一緒だろ!」

あの時の彼女は、悲しそうな顔もせずにありがとう、と言っていたっけか。

あれが諦めなのか、本当に喜んでいたのか。

今の蒼真にはむしろ分からなくなっていた。


だが、蒼真はすぐに自室を飛び出した。

戸惑いと不安が、少しこし大きくなったのかもしれない。


「彩華ねーちゃん!」

「わっ・・・どうしたの蒼君」

突然蒼真が駆け寄って来るので、彩華は驚いた。

手にしていたマグカップを落としかけたが、どうにか落とさずに済んだようだ。

「俺・・・俺・・・!」

いざ彼女を前にすると、どういうべきなのか分からない。


彼女は喜んでくれるだろうか?

コレは嬉しい事なのか?

自慢するのは昔の彩華に失礼なのでは?

そもそもあの時の勝手な言葉を覚えているのか?

彼女が気にしないように、忘れようとしていたら・・・?


「俺・・・。」

何と言えばいいのか、そもそも言っていいのか。

蒼真はどんどん不安になって、やがて口をつぐんでしまった。

「・・・何?」

始めの勢いはどこへやら、すっかり萎れてしまった蒼真を見て、彩華は小さく笑った。

彼女にとって、これは別に珍しい事ではない。

蒼真の癖だったからだ。

良い事があった時も、悪い事をしてしまった時も、悲しい時も、悔しい時も、怖い時も、寂しい時だってそうだ。

いつだって彼は、勢いで突っ込んで来るのに、それが長続きしないでどんどん冷静になっていく。

そして口に出すのをためらって、萎れて黙り込んで・・・

「もー・・・今度は何?」

彩華はまるで母親の様にそう言って、蒼真の頬に触れた。

「っ」

蒼真はハッとなって彩華から跳び退いた。

「もっ・・・もうガキじゃねーし!」

「はいはい。で、どうしたの?」

「そ、それは・・・だ・・・あの・・・」

「さっきの音の事?」

「え」

蒼真は焦ってしまった。

同じ家に住んでいるのだ。当然さっきの爆音が聞こえない訳はない。

それなのに隠し事はもう無理そうだ。

「凄い音してたよ?爆発?怪我してない?」

「あっ」

彩華はそっと蒼真の右手を取る。

蒼真の人差し指の先には、少し水ぶくれが出来ていた。

「火傷?大丈夫?痛くない?」

「・・・いつの間に・・・?」

自分でも気付いていなかった火傷を指摘されて驚いていると、少しずつ指先のジンジンした痛みが強まって来た。

「ったた・・・」

「大変!どうしよ・・・あ、冷水で冷やさなきゃ」

彩華はすぐに立ち上がって、蒼真を台所へ連れて行く。

「ちょ・・・一人でやれるって」

「だめよ、無理しちゃ。火傷なんて慣れてないでしょ」

「え・・・いや・・・それはまぁ・・・」

「ちゃんと冷やさないと。怪我してたのにも気付いてなかったのに、キチンと手当てできるの?」

「・・・ぅ」

あれこれ言いながら、彩華は手際よく蒼真の指先を流水にさらした。

不思議な事に、水をかけ続けているとその水ぶくれはどんどん薄くなって、やがて消えた。

「・・・あれ・・・そんな直り方するかなぁ?」

彩華は不思議そうに蒼真の指先をじーーっと見つめる。

「あ、ありがと!もういいよ!!」

蒼真は恥ずかしさのあまり、ちょっと乱暴に彩華の手を振り払った。

「ひゃっ」

彩華は驚いて、後ろに倒れそうになる。

「あっごめ」

蒼真は慌てて右手を伸ばしかけたが・・・

「っ・・・」

さっきの爆炎を思い出して、自分の手を抱え込むようにしてひっこめた。

「っとと・・・大丈夫・・・よ?」

なんとか体勢を立て直した彩華はそう言うと同時に、彼の姿に気付く。

自分の右手を不安そうにひっこめた姿。

「・・・ふふ」

何だか懐かしくなって、彩華は柔らかく微笑んだ。

そして、ぎゅっと蒼真を抱きしめた。

「っ!!!」

真っ赤になって離れようとするが、彩華はぎゅーっと離さない。

「隠し事、してるの?」

「っえ・・・あ・・・ぅあ・・・いゃ・・・」

彩華の優しい温もりと、不思議ないい匂いに包まれて蒼真はパニックになっていた。

「・・・大丈夫?」

優しくそういって、ゆっくり蒼真から体を離した。

蒼真が必死で顔をそらしても、耳の先まで真っ赤になった自分の顔を隠せない。

「・・・ぅん・・・」

消えそうなほど小さな声でどうにか返事をすると、チラチラと彩華の顔を見てみた。

彼女はにっこりと微笑んで、蒼真を見つめている。

優しさのある、でも少しいたずらっぽい笑みが目に入って、蒼真はまた目線をそらした。

恥ずかしさでいっぱいで、彼女の顔をまともに見られない。

でも、不思議な安心感と溢れる程の幸福感が、蒼真の中のモヤモヤの様なものを薄めた。

「・・・あのさ」

「ん?」

色んな物を覚悟して、口にする。

「俺も・・・。その。・・・出来るようになったよ」

「・・・?」

「能力・・・ねーちゃんと同じだ」

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