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第83話 ハイテクジジィ




 現場へ走ること、およそ10分。途中、大通りに出て下り方向へ走っていた俺は、道を進んでいくにつれ、周辺に異様な喧騒を感じるようになっていった。


「なんだ?」

「えっ、なになに?」

「何かあったのか?」


 最初は何だろうと遠方を気にしながら歩く人達だった。


「ママぁ!」

「ダメよ、こっち来なさい!」

「チッ! ったく、早く進めよ」

「おいアンタ、そっち行っちゃいかん!」

「車を降りろ! 危ないぞ!」


 やがて危険を感じた子供や大人たちとすれ違い、大通りを走る車の渋滞が見え始めた。逆に反対車線は車1台走っていない。


「キャーー、怪物よ!」

「向こうで怪物が暴れてるぞ!」

「逃げろ!」

「うわぁぁ!」


 そしてついに、現場から聴こえてくる爆音を掻き消すような悲鳴を響かせて人々が逃げていく。

 俺はハデスが現れた場所が近いことを確信しながら、逃げていく人たちの間を縫うように走る。だが隣町へ入る交差点に着く頃には、すれ違う人達の姿はすっかりいなくなっていた。

 俺は足を止め、周辺に目をやる。建物の中にこもったり逃げ遅れた人もいるのだろうが、目に見える範囲では住民の姿はない。代わりに、地鳴りのような音が近くから聴こえる。電線でも切れたのか、火花の音もバチバチ鳴っている。

 キューティズとビーストルが戦っている音だ。


「さて……」


 俺は息をついて、両手を腰にやった。ビーストル達はキューティズが何とかしてくれるだろうし、現場周辺の対応は玲さんがいるだろう。

 俺は予定通り自分の仕事をしようと思ったが、ここで思わぬ問題にぶち当たった。いや、正確に言うとここに来るまでにずっと考えてはいたんだ。けど結局、ここに来ても良い解決策が浮かばなかった。


《それで? どうやってヒューニを見つけるつもりだ?》

「それを今考えてる」

《なんだよ、あんなに勢い込んでたのにノープランかよ》

「うるせぇ」


 モーメの言う通り、ノープランだ。現場周辺にヒューニが現れるのが分かったのは良いものの、どの場所に現れるのかは分かっていない。おまけに時間が経つにつれて探索範囲は広がる。やみくもに探しても見つけられる可能性は限りなくゼロだ。


「せめてヒューニが向かう場所や方角でも分かれば……ん?」


 俺が頭を悩めせていると、ふとバイト用のケータイが鳴りだした。


「はい、こちら水樹」

『松風じゃ。現場に着いたようじゃの』

「えぇ。でも」

『みなまで言うな。どうせ着いたは良いがヒューニを探すすべがなかったんじゃろ』

「どうして分かるんです?」

『なに、取るに足らん年寄りの技じゃよ……時間がもったいないから手短に伝えるぞ』


 今まで柔和だった松風さんの口調が、急に低いものに変わった。


『ヒューニを見つけた。特定した場所まで誘導する』

「了解」


 ケータイのGPSか、あるいは周辺の監視カメラをハッキングしているのか。いずれにせよ、システム操作もそうだが、一人で俺やヒューニを発見から分析、そして追跡までやるなんて、さすがハイテクジジィ……いや、『玄武』の“マスターワイズマン”だ。


『ここからは通信機を変えた方が良い。スーツを着ろ、ハイドロード』

「はいはい、分かってますよ」


 俺はケータイを切り、人目につかない建物の陰へと足を向けた。そして腕時計の装着システムを起動し、ハイドロードへと変身する。その際、モーメはスーツが身を包む直前に俺の腕を離れ、装着後また腕に巻き付いていた。2度目の変身とあって対応できたようだ。


「……よし」

『変身したな。それならちょっと待っとれい』


 ハイドロードのマスクに付いている通信機から松風さんの声が聞こえる。周辺に監視カメラの類は無い。一体どうやって俺を見ているのだろうか。俺は周辺を見回すと同時に松風さんの言葉に首を傾げた。

 それに、ちょっと待ってろって、なんでだ?


「……ん、なんだ?」


 ふと空から何かがこっちに向かって飛んでくるのが見えた。最初は鳥か何かだと思ったが、それは全くブレることなく飛翔し、あっという間に大きくなっていく。その動きは戦闘機やロケットのようだ。


「うぉッ!」


 てっきりこっちに向かって降ってくるものと思い、俺は一瞬身構えたが、その飛行物体は着陸するかのように地面と並行に飛びはじめ、俺の目の前で来て急停止し、浮遊したまま動きを止めた。

 俺は警戒しつつ、その飛行物体へ目を向ける。よく見るとそれは亀のような形をしていて、色は見た目通り濃い緑色、目がサーチライトのように光り、手足にあたる所からジェット噴射で飛んでいる。おまけに、側面にはガーディアンズのロゴが塗装され、背には俺のスネークロッドが備え付けられていた。


「なんだコレ?」

『よし、乗れ』

「いや乗れって言われても、何なんですかコレは?」


 俺は通信機から聞こえる松風さんに向けて訊ねた。


『ワシが独自開発した亀形のライドドローン“風神”じゃ。それでお前さんをヒューニの元まで誘導する』


 どうやら、この飛行物体ことライドドローンは、松風さんが操作してここに寄越してくれた乗り物らしい。

 確かに、甲羅の部分はドーム状というよりボード状にできており、大きさにしてタタミ半畳分くらいある。ベースは特殊な金属でできているようだし、人ひとり乗れると言われれば、特に疑いはない。

 でも……。


「ドローンって……これ、どっちかというとジェットじゃ?」

『ドローンじゃ。そういうことにせんとそれを街中を飛ばせんのじゃよ』


 なにそれ、航空法かなんかの話?


「それにこれじゃあ、亀っていうよりガメラでしょ?」

『良いから、はよ乗れい。敵が逃げるぞ』

「……わ、わかりましたよ」


 松風さんに言われ、俺は恐る恐る甲羅の部分に足を乗せる。そしてスネークロッドを手に取り、サーフボードの上に立つような態勢を取った。

 するとライドドローンの亀の目の部分が点滅し、全体の色が濃い緑からハイドロードのコスチュームの色と同じ青色へと変わった。


「色が変わった?」

『操縦者を登録したんじゃ。それでお前さんの体の動きや声でも、ドローンをある程度操作できる』

「へぇぇ」


 俺が乗ってもライドドローンはバランスを崩さず浮遊を続けている。若干の振動はあれど、乗り心地はそんなに悪くない。


『じゃあ行くぞ』

「へっ? どわっ!」


 急な加速と風圧に襲われたと思ったら、ライドドローンが前進して空高く上昇していく。俺は咄嗟に身を低くして、落とされないよう甲羅の端を掴んだ。


「おっ、よっと……少しコツはいるけど、良いなコレ」


 ライドドローンが加速を止めて飛び始めると、俺は突いていた膝を離してドローンの上に立った。体感的に80キロは出ているが、足の動きにあわせてドローンが自動で安定した状態を保ってくれるおかげで慣れればどうってことはなかった。むしろ電車やバスに乗るよりも安定しているようにさえ感じる。


『ヒューニは通り沿いの建物の上にいる。そこまでお前さんを運ぶぞ』

「了解!」


 飛ぶコツを掴んだ俺は、そのままライドドローンの上に立ってヒューニの元へと向かった。




 ***




 キューティズとビーストルが戦っている通りから少し離れたところにある住宅マンションの屋上から、ヒューニはバトルの様子を見下ろしていた。

 距離もあるが、ビーストルの存在もあってキューティズやニャピー達が彼女に気が付いた様子はない。


「これで最後。やっと“三匹揃ったわ”ね。まったく気取られないためとはいえ、囮を作ったり日ごとに分けたり、面倒くさいわねぇ」


 そう言ってヒューニは顔を下へ向け、自身が手に持っているものを見る。それは何かの黒い箱に取っ手がついたもので、ペット用のキャリーケースか、あるいは薬品や化学物質の保管容器のようにも見える。

 ヒューニはこれで自分の任務は終わったと、安堵した表情をうっすらと浮かべ、身をひるがえしてその場から去ろうとした。

 このまま姿を消せば、彼女の行動や目的の真相は闇の中へと消えただろう。

 だが、そうはならなかった。


「ハァァァァーーーーッ!」

「ッ!」


 急に聴こえてきた風を切る音と人の声に、ヒューニは足を止め、上空を見た。

 するとそこには、空飛ぶ亀形メカに乗るハイドロード……俺がスネークロッドを振り上げた態勢で飛んできていた。

 それをヒューニが視認して驚いたのも束の間、俺は飛ぶ勢いを利用してヒューニへ向かって飛び掛かり、スネークロッドを振り下ろした。


「くっ!」


 ヒューニは咄嗟に手に持っていた箱で攻撃を受け止める。だが、飛行の勢いと俺の腕力、スネークロッドの強度に負け、踏ん張ることもできずにはじけ飛んだ。


「きゃ!」

「どわっ!」


 ヒューニだけなら良かったが、勢いを殺しきることができず、俺も一緒に地面の上を転がる。その衝撃で身体中に鈍い痛みが走ったが、俺は怯むことなく無理矢理に体勢を立て直した。


「イタタっ……危ないじゃないの!」

「知るかよ」


 ヒューニが頭を撫でながらこちらをキッと睨んだが、俺は臆さずスネークロッドを構えて戦闘態勢を取る。


「チッ、よりにもよってアンタに見つかるなんて」

「ヒューニ、ここで何してんだ?」

「言うわけないでしょ」


 お互いの視線がぶつかり合い火花を散らす。しかしふと、何かに気が付いたヒューニの視線が下へと向いた。俺もつられて下を見る。

 すると、俺とヒューニのいるちょうど真ん中に、ついさっきまでヒューニが持っていた箱が転がっていた。今の衝撃のせいで、形が歪み亀裂が入ったようだ。

 その箱の亀裂から、何か黒い霧のようなものが吹き出ている。


「なっ! シャドウシーリングが壊れた!」


 ヒューニが冷や汗をかいて焦った声で言う。かと思ったら、急に箱が爆発して黒い霧が辺りに飛散した。


「ッ! 寒っ!」


 拡散する霧に包まれたかと思ったら、冷たい風が俺の肌を撫でる。

 これは、ノーライフがいる時に感じる独特の冷気だ。俺の腕にいるモーメも、何かに怯えたように震えだした。

 しばらく俺達の周りが黒い霧に包まれたが、霧は風に流れ、徐々に周りの様子が見えるようになっていった。


「何なんだ?」


 霧が晴れていくにつれ、霧の中心……すなわち箱があった所に何かの影があるのが見えた。

 俺は警戒を強めて、霧の中にある影に目を向ける。それは、四足歩行の生き物のようなシルエットだ。


《あ、アイツは……!》


 やがて、黒い霧の中から姿を現したのは“一匹の獣”だった。

 人間の肉や骨をスナック菓子のように粉砕できそうな牙。立つだけでコンクリートの床を抉る鋭い爪。夜空を染めたような黒色で艶のある毛並み。そして、その獣を象徴するかのような三角耳と鼻つき、顔立ち。

 姿かたちは犬のソレそのものだが、その大きさや威圧感は、決してこの世界のものではない。


《アイツは、ハデスの幹部“ケルベロス”!》

「えっ?」


 モーメの言った目の前にいる獣の名前に、俺は目を見開いた。


(……頭、一つしかないけど?)





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