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第82話 バトルの裏にあったヒューニの影




 授業が終わり、休み時間になっても、沙織の機嫌は直らなかった。直るどころか、返ってきたテストのせいで、むしろ悪化していた。


「んむむむ」


 机の上で組んだ腕に顔を置き、沙織は帰りのホームルームが始まるのを待っている。口元は腕で見えないが、昨日よりも眉間の皺が深く、机の下の貧乏ゆすりも激しい。心なしか周りにいるクラスメイトも藪蛇になるまいと避けているように見える。


「なぁ、水樹。夏目ちゃん、何かあったのか?」

「……さぁ」


 沙織が一日中不機嫌なのは葉山も分かったようで、ついに俺へ訊きに来た。けど、ここでも俺は知らないフリをするしかなかった。


「なんでか朝から不機嫌なんだよ」

「心当たりないのか?」

「あぁ、無いね」

「そうか……なんにせよ、はやく直ると良いな」


 疑っているのか信じているのか、葉山は俺の肩をポンポンとたたいて自分の席へと歩いて行った。暗に『お前が何とかしろよ。できるだろ?』と言われているような気がした。

 俺は額をポリポリと掻き、ゆっくり大きく息を一つ吐いて席を立った。そして沙織の元へ歩み寄る。


「おぉーい、大丈夫かぁ?」


 俺が声を掛けると、沙織は顔を伏せた。


「赤点は? どうだった?」

「うるさい。ほっといて」


 沙織はこもった声で返す。今朝より語気が大人しいことから察するに、補習は回避できたようだ。


「補習は回避か。良かったな。これで夏休み遊べるじゃん」

「ふん」


 沙織は関係ないと言うように鼻を鳴らした。


「休みって言っても部活あるし」

「連日ずっとってわけじゃないだろ? 俺もバイトの休み作るから、一緒に遊ぼうぜ」

「別に私とじゃなくても、勝手に遊びに行けばいいじゃん。千春とかとさ」

「なんでそこで綾辻さんが出てくるんだよ?」

「さぁね」


 沙織は顔を転がし、片目で俺を見る。


「……ねぇ」

「ん?」

「優人は昨日の放課後、何してた?」

「は? 急になに?」

「良いから答えてよ」


 じーっと見る沙織と俺は目を合わせる。その瞳には、疑念と不安、そしてわずかな期待がこもっているように見えた。


「……バイトしてたけど?」

「うそ」

「ホントだって」


 綾辻さんと話した内容はモーメや(ハイドロード)のことだし、現場に行って戦いもした。仕事(バイト)だったのは本当のことだ。だから一応、ウソは言ってない……ということにしたい。

 だが俺が答えると、沙織の目が細くなり、瞳の色に悲嘆が混じったように見えた。


「優人にとっては、女の子とデートすることがバイトなんだ?」

「そんなわけないだろ。急に何?」

「……ふーんだ」


 それ以上訊くとボロが出ると思ったのか、沙織は顔を伏せた。

 俺は更に何か声を掛けようとしたが、ここで担任の森田先生が終礼のホームルームのためにやってきた。覇気のない沙織の様子に心を痛めつつ、仕方なく俺は自分の席へと戻った。





 森田先生からの軽い期末試験の労いとその他諸々の連絡事項を聞き、ホームルームは終わった。これで待望の夏休みまでは、明日の終業式を残すのみとなった。

 終礼が終わると、教室内はクラスメイトの会話や椅子を動かす物音、帰ろうとする生徒の足音など、賑やかな雑音に包まれた。

 そんな中、俺はすぐに沙織へと声を掛けようと近づいたが、沙織は俺が声を掛けるよりも先に席を立って、鞄を持って教室の外へ出ていった。明らかに避けられた反応に、一瞬俺は足を止めたが、このまま何もしないわけにもいかず、すぐに後を追った。


「ん?」


 だが教室を出たすぐそこの廊下で、沙織は足を止めていた。何かと思い、視線をその先に向けると、そこには綾辻さんと秋月がいた。

 どうやら綾辻さん達は先にホームルームを終え、沙織が出てくるのを待っていたようだ。


「沙織ちゃん」

「……さーて、帰ろ帰ろ! あっ、二人とも私今日は一人で帰るから。じゃあねぇ!」


 綾辻さんが小さな声で呼びかけるが、沙織は無視し、二人にわざとらしく言うと、そのまま横切って去っていった。その反応に、綾辻さんはショックを受けたように顔を俯かせ、秋月は首を傾げる。


「何かあったの?」

「さぁ」


 俺は続けて沙織の後を追おうと思ったが、秋月に訊ねられ足を止めた。


「今朝からご機嫌ナナメなんだ。何か知らないか?」

「知らないわ……けど、昨日の放課後から何か変なのよねぇ」


 秋月は知らないと言ったが、答えた直後に綾辻さんをチラリと見たのが、俺には見えた。


「ホントどうしたんだか……まぁでも、明日から夏休みだし、二、三日すれば機嫌も直るだろ」

「だと良いけど」


 ここで突然、俺のポケットに入っていた仕事用のケータイが鳴り始めた。画面を見ると着信が来ているのが表示されていた。


「あら、今時ガラケーなんて使ってるの?」

「あぁ、バイト用なんだ。じゃあな」

「ふーん」


 秋月が何かを疑うような目を向けるが、俺は震えるケータイを片手に、二人へ軽く手を振ってその場を後にした。




 ***




 話を聞かれないように、俺は屋上を目指した。屋上に着くと誰もいないことを確かめ、俺はケータイの通話ボタンを押す。


「はい、水樹です」

『おぉ、松風だ』


 意外な人からの電話に、俺の目がわずかに大きくなった。


「松風さんから電話なんて、珍しいですね」

『昨日のお前さんからの報告について、ワシの方で調べてな。エージェント・ゼロを通しても良かったんじゃが、ワシから直接話した方がはやいと思ってな。今大丈夫かの?』

「えぇ。何か分かりました?」


 昨日の戦闘で、俺はビーストル達がやけにあっさり撤退したことが気になった。そして昨夜、その理由として、奴等の狙いがいつもの襲撃とは別にあるのではないかという推測し、本部へと報告した。

 もしそうだとすれば、ビーストル達の襲撃はキューティズを引き付ける囮で、裏で別の何かが動いている可能性がある。この仮定を元に、俺はビーストル達が現れる時間の前後に何か不審な点はなかったか調査するようガーディアンズへ依頼をしておいた。

 どうやら、その依頼については松風さんが調べてくれたらしい。普通なら情報部や諜報部で対応するはずだが、松風さんに話が行ってる辺り、少々面倒なやり取りがあったようだ。

 それで一日もしないで話が返ってきたのは、ひとえに松風さんの持つ力量やコネのおかげだろう。


『単刀直入に言うぞ。敵が現れた周辺の監視カメラやドライブレコーダーなどの映像を分析した結果、2回の襲撃の同時刻にヒューニの姿が映っておった』

「ヒューニが?」

『彼女は異空間から姿を現すと、すぐに姿を消した。その後、2回ともどこへ行ったかは不明じゃ』


 相変わらず(良い意味で)デタラメな情報収集能力だ……。それはともかく、ヒューニが姿を消したのは、おそらく影に潜る魔法だな。あれで影の中を通って人目に付かずに移動したのだろう。

 推測するに、ビーストル達に隠れる形でこそこそ動いているのはキューティズ達に気づかれたくないため。けど問題は、なぜ隠れて動く必要があるのか、どこへ向かって、何を企んでいるのかだ。


『ワシからの報告は以上じゃ。引き続き探索範囲を広げて追跡を試み、何を企んでおるか探ってみる。じゃが2度ある事は3度あると言う。もしかしたら、コヤツ等は今日も姿を現すかもしれん』

「分かってます。連絡ありがとうございます。俺の方でも探ってみます」

『おう、気を付けてなぁ』


 そうして俺はケータイの通話終了ボタンを押した。


「おい、モーメ」

《……なんだよ》


 俺が腕に巻き付いているモーメに声を掛けると、モーメは煩わしそうにこっちをみた。感情の読み取りにくい蛇の顔が俺を見上げる。


「ヒューニが裏で動いてるらしい。お前、何か知らないか?」

《知らねぇーよ。知っててもお前らに言うもんか》

「……だろうな」


 訊いては見たが期待はしてない。でも良い。

 もし今日もビーストル達が現れるとしたら、ヒューニの奴も近辺に姿を現すだろう。現れない可能性もあるが、その時はその時だ。とりあえずヒューニを見つけて、尾行して狙いを突き止めよう。


「ん?」


 俺が結論を出した直後、またケータイが鳴りだした。


「はい、水樹です」

『こちらエージェント・ゼロ、北西側町境の高宮通り上にハデスが現れた。至急、応援頼む』


 俺が電話に出て名乗った直後、電話の主である玲さんが早口で言った。

 噂をすればなんとやら。


「了解。ちょうど今、松風さんから報告を受けました。現場周辺で住民を保護しながらヒューニを探索します」

『頼んだわ』


 また通話終了ボタンを押すと同時に、俺は身をひるがえして屋上を後にする。そして校舎の階段を勢いよく駆け下りて学校を出た。


「よし。待ってろよヒューニ!」





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