第80話 夏水のチーム青、再び!
アスファルトの瓦礫を払いのけ、ビッグスタッグは再度飛翔した。目は吊り上がり、威嚇するように口元の牙と大顎をカチカチと鳴らしている。その顔はまるで今にも火を吐きそうな形相だ。
「痛ぇーなァ、この野郎ォ!」
煮えくり返る怒りをあらわにして、ビッグスタッグは俺達二人に殺意を向ける。その威圧に押されたのか、隣でサマーが後退りした。
ここまでの戦闘で、サマーはビッグスタッグがかなりの強敵であることを理解していた。それが恐怖心を生み、怯んでしまったのだろう。疲労のせいか、少し息切れもしている。
そんなサマーとは逆に、俺は彼女を庇うように一歩前へ出る。
「サマー、まだやれるか?」
「は、はい」
「よし。俺がヤツを引き付ける。サマーは隙を突いて攻撃してくれ」
「わかりました」
サマーの返事を聞いて、俺は利き足で力いっぱい地を蹴った。そしてジグザグに動いてビッグスタッグとの間合いを詰める。
今、ビッグスタッグは羽音を立てて浮遊している。その高さはおよそ建物2階分。昨日の戦闘時よりも低いが、昨日とは違い、今回は不意打ちできない。まっすぐ接近すれば迎え撃たれる。
俺は飛んでいるビッグスタッグの下を通り抜けて、跳躍して背後から攻めかかる。ビッグスタッグよりも高く跳んだ俺は、その硬い外皮に飛び蹴りを当てた。
「ぐっ!」
昨日のスネークロッドが突き刺さった所は、見かけ上は治癒されているが、完全には癒えてないのだろう。俺がそこへ蹴りを入れると、ビッグスタッグの顔が苦悶に歪んだ。
「このォ!」
ビッグスタッグは振り返りながら、鋭い爪で俺を突き刺そうと腕を振った。だが、俺は蹴りの反動で宙返りして後方へとさがっていたため、攻撃は空を切った。
着地してすぐに、俺はビッグスタッグを見上げる。立て続けに攻撃を受けたことと反撃が外れたことで、さらにビッグスタッグの殺意が高まった。しかし思惑通りヤツの矛先は俺へと向いた。
獲物を狩る合図だろうか、ビッグスタッグは大顎の先をこちらに向けてカチカチ鳴らす。そして、弾丸の如く俺に向かって突っ込んできた。
当たると強力そうな突撃だが、俺は跳躍することでそれを躱した。
「ッ!」
だが無事躱したと思ったのも束の間、ビッグスタッグは移動速度はそのままに上方へUターンして再度俺の方へ向かって来た。
「ハッ!」
「サマーマジック。暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」
空中では身動きできず、背後からの強襲ともあって気づくのが遅れたが、直前でビッグスタッグを遮るように光の弾がいくつか走る。
「チッ!」
「ッ?」
ビッグスタッグは動きを止め、サマーの魔法をかわした。横やりを入れられたことに、ビッグスタッグは舌打ちを鳴らす。俺は無意識に目を細めた。
「邪魔だァ!」
するとビッグスタッグはエネルギー弾をいくつも発射して、サマーへ反撃する。強力そうだが、速度はサマーの魔法よりも遅い。
サマーは跳躍して弾着地点から離れ、エネルギー弾を次々とかわしていった。外れたエネルギー弾が地面に当たると爆発し、周辺に爆炎と大きな衝撃波を広げた。舗装されていた道路は次々と崩れ、周辺の建物も破壊されていく。辺りはすっかり荒れ地となっていった。
やがて攻撃が止まり、移動したサマーと俺で空中にいるビッグスタッグを挟む形になった。
「チッ! ちょこまかとォ!」
またビッグスタッグがエネルギーを収束させる。そして今度は雷撃となって周辺に発散された。俺とサマーは地を蹴って雷が落ちる地点から離れ、揃って攻撃をかわす。
最中、前方にいるサマーと目があった。魔力が溜まっているのか、彼女の杖を中心に青色のオーラが纏わっている。この時、不思議と俺にはサマーが何をしようとしているのか理解できた。
「サマーマジック、朱炎が生み出す聖なる海の大波よ、水しぶきとなりて闇を冥府へ流せ! サマーオーシャン・スプラッシュ!」
サマーが呪文を唱えると、青色の光と共に大量の水が杖の先端から噴き出た。先日ノーライフの進化態と戦った際に使った魔法だ。水飛沫は滝のようになってビッグスタッグへ浴びせられる。
そして同時に、俺は水飛沫に向かって意識を飛ばした。
「グッ! な、なんだこれは!」
打ち付けた水飛沫は俺の『水操作』に従い、ビッグスタッグに纏わりついた。放水による衝撃と重い水圧でビッグスタッグの硬い外皮と内側の肉体が軋む。
ビッグスタッグは6本の手足や羽を使い、必死に抵抗した。その抵抗は強烈な不快感と鈍痛となって水を操る俺に返ってくる。
普通に呼吸できるのに反動で息が詰まりそうだ。
「ぬぅぅぅッ!」
水中でビッグスタッグのうめき声が泡となって消える。
しかし突然、いくら藻掻いても効果が無いと理解したのか、ビッグスタッグは手足を動かすのをピタリと止め、身をよじって水中で回転し始めた。一瞬、ヤツが何をしようとしているのか分からなかった俺とサマーは揃って怪訝な顔をする。だがやがて高速回転したビッグスタッグは、ドリルの掘削のようになって水の中から抜け出てきた。
対象を失った水の塊は、はじけ飛んで地面に飛散する。
「マジかよ」
俺はマスクの下で目を大きく見開いた。ここまでの戦いの中でふつふつとあった違和感が、俺の中でようやく確信できるまでに至った。
粗暴な性格のビッグスタッグだが、どんなに怒り狂ったように見えても、警戒を怠らず攻撃を躱し、追い詰められても機転を利かして危機を脱している。俺を背後からの奇襲できる絶好のチャンスも油断せず直前でサマーの攻撃を躱し、水圧で押しつぶされそうになってもすぐに対応してしまった。
その戦闘スタイルは、冷静で、頭が切れる。
(コイツは、ただの荒くれ者じゃない)
油断すると足をすくわれる。いや、だとするなら、そもそもこの戦い、何か裏がありそうだ。
これだけ冷静で頭の切れるヤツが、昨日撤退したにもかかわらず何の戦略もなしに戦いに臨むだろうか……。
「ぐぬぅぅ、気味の悪い技ァ使いやがって!」
ビッグスタッグが息を切らせながら俺達を見下ろす。俺とサマーは警戒を強めて身構えた。
「どうやら苦戦しているようだな?」
ふと羽音と共に、聞き覚えのある声が聴こえてきた。視線を移すと、カブトムシのノーライフであるビーストルが、ビッグスタッグへと近づいて来た。
「ふん、大したことねェよ!」
ビッグスタッグは不快そうに鼻を鳴らす。
「サマー!」
「大丈夫?」
「スプリング、オータムも」
ビーストルがこの場に来たことに、もしやと思ったが、続けてスプリングとオータムもこっちにやってきた。三人は並び立って、空飛ぶ2匹のノーライフを見上げる。
ビーストルは見下したような眼で三人を見た後、俺に視線を移して目を細めた。
「できれば一人くらい片付けたかったが、まぁいい。“今日はここまで”だな」
「なに?」
ビーストルの呟きに、俺はつい声に出して訊ねた。
その問いに答えるわけもなく、次元の裂け目がビーストルとビッグスタッグの背後に現れた。
「あっ待て! 逃げるなぁ!」
サマーの制止の声も虚しく、暗黒空間への穴が無くなるとノーライフの姿もなくなっていた。




