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第79話 サマーは見た!そうか、そうか、つまり君達はそういう関係なんだね





 目の前には、驚きのあまり空中で目をパチパチさせる青色コスチュームを着た魔法少女、キューティ・サマー。

 そして真横には、たったいま飛んできた攻撃から身を庇ったため、至近距離で身を小さくしているセーラー服姿の綾辻千春さん。

 更に、そんな二人を一瞥しつつ、周辺を警戒する学生服姿の俺こと水樹優人。

 俺達三人は、今、お互い非常に気まずい状況に立たされた。


「えっ、えーっと、あの、その……だ、大丈夫でございまするでしょうかぁ、お二人さん?」


 俺達の身を案じてどこからか飛んできたサマーは、俺達を認識した途端、分かりやすい動揺を見せた。そして、早口になりながら使いなれていない言葉づかいで俺達に訊ねる。

 長年、幼馴染をやってきた俺も、こんな取り乱し方をした彼女を見たのは初めてだ。


「「う、うん」」


 明らかにおかしい彼女の言動に、俺と綾辻さんは恐る恐る頷いた。


「そっかぁ……じゃあ彼氏君、もう彼女ちゃんを離してあげた方が良いんじゃないかなぁ?」

「へ?」


 下手くそな作り笑いを浮かべながらサマーは人差し指をこっちに向ける。一瞬、彼女の言っている意味が理解できず、俺はサマーが指で示していた綾辻さんを見た。

 その時、俺と綾辻さんは顔を見合わせ、お互いの距離の近さを自覚した。


「「っ!」」


 俺と綾辻さんは反発するようにお互いに距離を取った。


「あーー、あはははぁ、そっかそっかぁ……仲良いんだねぇ君達ぃ?」

「いや! あの、これは、違うの!」

「いいよいいよ別に……ふーん、なるほどねぇ」


 綾辻さんはわたわたと手を振って否定するが、サマーは聞く耳を持たず一人合点がいったというように曇った瞳でこっちを見る。

 このサマーの態度には覚えがある。沙織が怒った時や拗ねた時によくやるヤツだ。


(さて、困ったことになった)


 俺は冷や汗を一滴流しつつ内心で頭を抱えた。色々と弁明したいところだが、残念ながら今はそれどころではない。

 ふと、生命力が吸い取られるような冷気が流れるのを俺は感じた。


「来るぞ!」

「えっ!」


 俺が警戒するように促すと、サマーはすぐ後ろを振り返った。


「ヒャッハーーっ!」


 そんな甲高い声を上げながら大きな黒い影が飛んできた。それはオオクワガタのノーライフであるビッグスタッグ・ビーストル……略称、ビッグスタッグだった。

 ビッグスタッグは鋭利な刃のついた大顎を二又の槍のように向けてサマーへ襲い掛かった。


「っ!」


 弾丸のごとく飛んできたビッグスタッグは、そのままサマーに向かって突進する。その勢いにサマーは巻き込まれ、地面へと落下した。その衝突で大きな衝撃音と土煙が辺りに広がる。


「ヒャーーハハハハ!」

「ぐぐぐっ!」


 土煙が風に流れると、落下地点の中心でサマーがビッグスタッグの大顎を掴んで踏ん張っていた。顎を掴まれているビッグスタッグは狂気じみた声で笑いながら、羽音を響かせてサマーを押し潰そうとしている。


「逃げて!」

「でも!」


 サマーは精一杯の力で耐えながら、俺達に逃げるように促した。しかし、綾辻さんはそんなサマーを助けようと宝玉“マジック・クリスタ”を握る。

 それを見た俺は、綾辻さんの手首を取って彼女を止めた。


「水樹君?」


 綾辻さんは『どうして止めるの?』と言うような顔で俺を見る。


「一旦、姿を隠そう。ここで変身するのはマズい」

「けどサマーが!」


 俺は綾辻さんだけに聞こえるような声で撤退するように言うが、仲間のピンチを前に綾辻さんは二の足を踏む。

 綾辻さんの気持ちはよく分かる。平静を装ってはいるが、俺もできることならこの場にとどまって、すぐにでもビッグスタッグに飛び蹴りを入れてサマーを援護したかった。

 けど現状、それはできない。俺ができることがあるとすれば……。


「……っ!」


 俺は持っていたミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、すぐにビッグスタッグへ向けて投げた。

 普通の500ミリリットルペットボトルを投げた程度であれば、戦車に小石を投げるようなものだが、俺は中の水を加速させ、おまけにペットボトルの口から出た水滴を散弾銃のように飛び散らせた。

 飛び散った水滴は、ビッグスタッグの硬い外皮を貫くには至らなかったが、羽ばたかせている羽にいくつもの小さい穴をあけた。


「ッ!」

「うりゃあ!」


 その攻撃で違和感を覚えたのか、ビッグスタッグに隙ができた。その隙を突いてサマーはビッグスタッグを勢いよく放り投げる。

 この時、抵抗することに必死だったためか、サマーは俺が水を投げたことにはまったく気が付かなかった。

 羽に多少の穴が空いた程度ではビッグスタッグにダメージは入っていないようだが、いずれにせよ、これで目の前のサマーのピンチは脱した。


「行こう」

「う、うん」


 俺は綾辻さんの手を取ったまま走り出した。


《なんだよ逃げるのか?》

「うるさい、一度隠れるだけだ」


 腕にいるモーメが馬鹿にしたようにクスクス笑う。俺は綾辻さんのペースに合わせつつも、できるだけ速く走りながら、身を隠せるような物陰を探した。しかし、監視カメラ、乗り捨てられた車のドライブレコーダー、逃げ遅れた人や野次馬など、あらゆる目に映らない場所というのは、大通り上ではなかなか見つからない。

 仕方なく俺達は大通りから小路に入り、条件に適した建物の陰で足を止めた。


「ここなら大丈夫だな。早く済ませよう」

「うん。マジックハーツ、エグゼキューション!」


 俺は腕時計の文字盤に触れてシステムを起動し、綾辻さんは呪文を詠唱する。腕時計から出てきた特殊素材のスーツが俺の体を、桃色の光が綾辻さんを包む。

 やがて、俺は“ハイドロード”スーツを装着し、綾辻さんは“キューティ・スプリング”へ変身した。


「よし……ん?」


 装着が終えてすぐに、ハイドロードスーツに搭載されている通信機が起動した。


『ハイドロード、こちらエージェント・ゼロ。状況は?』


 通信元は玲さんだった。どうやらノーライフが現れた情報が入って出動したのだろう。端的に訊いて来たことから、俺が現場に来ているのも把握しているらしい。


「スプリングと一緒に現着。なお、サマーがすでに敵と戦闘中です。敵は昨日のノーライフと同一、あるいは同種のものと思われます」

『了解。私も間もなく現場に到着する。幸い、まだ周辺の事故や強盗、殺人事件等の通報やSNSの投稿は確認されていない。貴方は変化人間のサポートを優先しなさい』

「了解」


 一呼吸の間、俺は今の状況と対応を頭の中で整理する。その後、今の通信の内容が気になってじーっとこっちを見ていたスプリングへ向き直った。


「よし。綾辻、じゃなくてスプリング!」

「は、はい!」


 俺が声をかけると、スプリングの背筋が少し伸びた。


「敵はおそらく昨日現れたノーライフだ。ということは今サマーが戦っているクワガタのヤツの他に、カブトムシのヤツも近くにいるはずだ。君はそっちの援護に向かってくれ」

「えっ、でも」

「サマーの援護には俺が向かう。もしカブトムシのヤツもいたとしたら、多分そっちはオータムが相手をしているはずだ。二手に分かれてそれぞれ討伐する。けど深追いはするな。何か気になることや身の危険を感じたら、すぐに戦線を離脱してこっちに合流しろ」

「う、うん。わかった」


 まだ少し不安がありそうだが、スプリングはコクっと頷いた。


「心配するな。サマーの方は俺が何とかする」

「うん、お願いね。行こうマーちゃん」

《うん!》


 スプリングはマーを連れてオータムの元へ走った。オータムの場所はおそらくマーが教えてくれるだろう。

 彼女を見送ると、すぐに俺もサマーのいた場所へ走った。


《お、おい! 出せッ! このッ!》

「あっテメェ! 動くな気持ち悪い!」

《うるさい、ここから出せ! 締め付けられて苦しいんだよ!》

「いや外側に出る方があぶねぇって……アァァもう分かったから動くな!」


 途中、蛇になっているモーメがスーツの中で蠢く。その感触が気持ち悪く、いくら言っても聞かないので、じっとすることを条件に、スーツのつなぎ目から外に出した。

 ハイドロードのデザインとモーメの蛇が妙に合ってしまったのは癪だが、それはそれとして、そんなことをやっている内に、俺はさっきの場所へと戻ってきた。




 ***




 現場で暴れていたビーストルとビッグスタッグ・ビーストルを発見した沙織と秋月は、キューティズへと変身して、それぞれ手分けして戦っていた。そして今も、サマーはビッグスタッグと戦っている。

 だがその戦況は、決して良いものではなかった。


「ぬぐぐ! サマーマジック。暗闇を照らす浄化の光よ、敵を撃ち払え!」

「ヒャハハハハハ!」


 サマーの放った魔法をビッグスタッグは高笑いを響かせながら飛行して躱す。いくら撃っても青色光の弾が空の彼方へ飛んでいくだけで、ビッグスタッグの身体には掠りもしない。

 撃ち損じる悔しさから、サマーの杖を握る力が増した。その焦りや苛立ちがサマーの冷静さを奪い、更に命中の精度を落とすという悪循環が生まれていた。

 本人に自覚は無いが、その悪循環は、先ほどの綾辻さんと俺の姿を見た時を境に急に加速した。


「はぁ、はぁ……この、じっとしてなさいっての!」

「ブヒャハハ、馬鹿だろお前! じっとしてろって言われてじっとするヤツがいるわけねぇだろォ!」

「うるさい! わかってるよ、そんなこと!」


 サマーは大声で答えるが、その声は僅かにかすれていた。よくよく見れば額には汗が浮かび、息切れもしている。

 ここまでの戦いのせいで、サマーの体力と魔力は大幅に削られていた。


「ヒヒヒっ! 死ねェ、クソアマぁぁ!」


 その隙をビッグスタッグは狙ったのだろう。ビッグスタッグは体から邪悪な怨念のようなオーラを放出し、収束させて漆黒のエネルギー弾を発射した。


「ふん!」


 サマーは跳躍して着弾点から離れ、攻撃を躱す。直線状に飛んでくる攻撃であれば、彼女にとっても躱すことなどなんてことないことだった。いつもの調子であれば、そのあとの追撃にも対処できただろう。


「ヒャハーーっ!」

「なっ! しまった!」


 移動先を読まれ、ビッグスタッグが空中にいるサマーの目の前へ瞬時に移動した。その動きはまるで瞬間移動したようにサマーには見えた。

 けど、驚いたのも束の間、目の前に現れたビッグスタッグのハサミ状の大顎がサマーを捕えた。


「ぐっ! 痛ぁ!」


 ビッグスタッグの力は凄まじく、締め付けも強力だ。さらにクワガタの内歯にあたる大顎の棘がサマーの両腕に食い込む。サマーはそれらの痛みに耐えかね、つい杖を落としてしまった。

 しかしこの時、サマー自身、自分が武器を手放したことに気が付かなかった。


「うぐぐぐッ、離せこの!」

「ヘヘッ、このまま真っ二つにしてやるぜ!」


 サマーの苦痛に歪む表情を楽しむように笑いながら、ビッグスタッグは大顎にじわじわと力を入れていく。サマーも抵抗を試みるが、純粋な力比べではビッグスタッグに敵わなかった。


「うっ、ぐっ、やめ!」

「ヒャハハ!」


 サマーの脳裏にいよいよ自身の死が過った。

 だが、その瞬間、サマーとビッグスタッグの横に何者かの影が現れた。


「あん……ギャアぁぁ!」


 ビッグスタッグが横目で、その正体を見るよりも先に、彼の身体に強烈な一撃が打ち込まれた。偶然か意図的か、その攻撃を受けた箇所は、昨日ビッグスタッグが負傷した所だった。

 ビッグスタッグは悲鳴を上げてまっすぐ地面に落ちていく。


「あーー、イタタぁ!」


 拘束から解放されたサマーは助けてくれた何者かと一緒に地上へ降り立つと、体に残った痛みに軽く身もだえしながら、その何者かへ目を向ける。

 そこには、自身の杖であるシャインロッドを持っているハイドロードが立っていた。


「あっ、ハイドロードさん!」


 自身を助けてくれたのがハイドロード……俺だと分かると、サマーの瞳にある光が増す。体にあった痛みも、まるでどっかへ飛んでいってしまったようだ。


「やぁ、サマー。自分の武器はちゃんと持っておかなきゃダメだぞ」

「あ、どうも」


 俺がビッグスタッグを殴るのに使った杖を返すと、サマーは恐縮したように小さくお礼を言いながら受け取った。


「でも、どうしてハイドロードさんがここに?」

「……最近は、仕事でこの辺にいることが多いんだ。そんなことより、今はアイツを倒すことが先だ」

「は、はい!」


 俺達は並び立って、ビッグスタッグのいる方へ向かって身構える。俺は拳を握り締め、サマーは杖をくるくる回した後、先端を前へ向けた。







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