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おうじさまといっしょ

感想、ブックマーク、評価、誤字報告を頂きありがとうございます!

誤字報告……見つけて頂きありがとうございました!


久々主人公。番外編6!

 最近のウェル様は、少しおかしい。

 いや、少しどころじゃない。どういう訳か、日に日におかしさが悪化している気がする。 ……主に、私に対する距離感が。


 前は、私に対してそっと触れるような、それこそ両手をぎゅっと握られたり、壊れ物を扱うかのように、頬を優しく撫でてくれたりといった、健全かつ、心地の良い適度な距離感だったのに。


 それが、今では会いに来てくれた時なんか必ずと言っていいほど、私にぴったりとくっ付いているのだ。一緒にお茶をする時なんて、私の隣に来てくれて座る。隙間なくべったりと。0距離だ。ものすごく密着している。過剰なぐらいに。


 まるで、彼の中から距離感という概念が消し飛んでしまったかのようだ。そして、ウェル様が両手を大きく広げて待っている胸の中へ、おずおずと進みながら私がそこへ収まりに行き、彼の背中に腕を回して抱きしめ返す、というのも最近やっている。


 彼が言うには、「再会出来たのもつい最近であり、只でさえ本当に婚約者が実在するのか怪しまれていたのだ。それに、病弱という設定も払拭せねばな。お披露目に備えて、私達の仲の良さを周囲に示さねばならない。その為には、普段のスキンシップが大事だ」との事らしい。


 前世含めて色恋沙汰の経験がないもんだから、その辺のところ良くわかってない自覚があるけれど、ウェル様の表情はとても真摯なもので、曇りのない真っすぐな瞳をしていたから、きっと間違いないのだろう。


 正直言って、ものすごく恥ずかしい。

 現状、気兼ねなく話せる関係だし、そこまでしなくても良いような気はしているけれど、確かにウェル様との間には10年もの空白期間があるのだ。


 普通に過ごせていたら、誰が見ても仲が良いと言う事を自然にアピール出来ていたかもしれないのに、私が脱走したせいでそれが全然出来ていなかったのだもの。距離を埋める為には、彼の提案はちょうどいいのかもしれない。


 ……と、一瞬思いかけたけど!

 やっぱりおかしい……!


 他の婚約者達をこの目で見た訳ではないけれど、普通の婚約者同士はこんなにくっついていないと思う! 最近ハマっている恋愛小説でもこんなにスキンシップ過多な描写は無かった筈。流石に、ちょっとベタベタし過ぎなんじゃないだろうか?


 理由については……なんとなく、目星が付いている。

 おそらくだけど……きっと、ウェル様は、ストレスでおかしくなってしまったに違いないのだ。


 次期王になるのが決まっている彼は本来はとても忙しい身だ。

 現在、私が彼との距離感に悩んでいるこの瞬間も、慌ただしく仕事に追われている筈なのに。その合間を縫って、なんとか時間を作っては私に会いに来てくれている。

 それを嬉しいと思う反面、あまり無理をして欲しく無いとも思ってしまう。


 ……忙しさは、人を狂わせる。

 私にも覚えがあるからわかる。


 かつて社会人をやっていた頃なんか、定時で帰る時間を大幅に超えたり、仕事に追われ、お昼ご飯を食べ損なったりした日々が続いた時なんか、精神に異常をきたしたもんだった。彼は、ただでさえ忙しいのだから、きっとその疲れに限界がきて、参ってしまっているに違いないのだ。


 って事でどうしたらいいと思う? とメル君とクロードに聞いたところ、メル君は私を見て、バカじゃないの? と言いたげな顔をしながら「ティア様バカなの?」と言ってきたのだ。びっくりした。まさか本当に言ってくるとは思わなかった。


 続けて、「んなしょうもない事聞いてこないでよ! ていうかさあ、目の前でイチャコラされるこっちの身にもなってくれる? 却って迷惑料貰いたいぐらいなんだけどッ!?」と逆に怒られると言う訳のわからない体験をしたのだった。


 ……いやよく考えたらこれ、ただのノロケに聞こえるかもしれなかった。何聞いてんだ自分!

 もしかしたら、私も疲れているのかもしんない。王妃教育で神経を擦り減らしている自覚はあるのだ。


 ちなみに、クロードの方は苦笑しながらのノーコメントだった。大人な対応だと思う。でも欲を言えば、なにか一言、アドバイス的なものが欲しかった。


 っとまあ結局、解決策を見いだせないまま、現在私は、本日分の王妃教育のノルマを終えて、自室でウェル様と一諸に紅茶とお菓子を頂いているところだ。


 ウェル様のお膝の上に横向きで腰掛けながら、バランスを崩して落っこちないように、少し寄りかかるような体勢になっている上に、腰には彼の腕が回されてガッシリと固定されている為、身動きが取れない。

 そして先程から、彼が指で摘んだクッキーを私の口元へ持ってきては、唇をちょんちょん、と軽くつつかれて食べるのを促されている。


 おおおお膝……お膝の上でだ……!

 あ、これ膝抱っこだ……!


 そ、そう! 今私は! ウェル様のお膝の上に! 座らされているのである!



「どうした? ルル。食欲が無いのか?」

「あ、うう……そうゆう訳ではないのです……わ?」


 現在、この部屋の中には、私とウェル様が。

 ……そして、若干居づらそうにしながら、護衛騎士のメル君とクロードが、壁際に立っている。

 二人っきりではない。同じ部屋の中に、護衛騎士の彼等がいるのだ。


 私が落ち着かない理由が、これだ!


 せめて、二人っきりならまだ良かった。いや恥ずかしいは恥ずかしいけれどまだ我慢ができる。

 それがこの状況、気まずいったらない。


 ちなみに侍女さん達の方は、上手く存在感を消しているようだ。

 実は彼女達も同じ室内に居たのだった。……けれど、先ほどから全く気配すら感じない。流石現役密偵でもある侍女さん達だ。ものすごくこなれている。


 メル君やクロードもかつては密偵だったのだから、気配を消したりだってきっと出来るんだろうけど、残念ながら、こちらから見えない死角になるような場所は、既に侍女さん達に取られ済みである。なので現状、目の前の壁際に、いたたまれない感じで立っているのだった。


 現在ギャラリーは、侍女さん達含め、5人。精神的にキツイと思う。

 ……おそらく、お互いに。


 擦り減っていた意識が更に飛びそうになり、薄く開いた口の中へ、優しくクッキーを押し込められる。

 それを半ば無意識にもぐもぐする私を見て、ウェル様は満足そうに頷き、にこりと微笑んだ。


「それにしても。ルルも、もう18か。 ……早いものだな」


 その声で意識が戻ってきた。


「あのう……」

「ん? どうした?」


 すごく良い顔で話す彼には申し訳ないけれど、でもやっぱり、これだけは言わなくっちゃ。


「わたし、まだ16……」

「……………………はぁ。長いな……」


 長い長い溜息をついて力無く項垂れながら、ウェル様は、ギュッと私に抱きつき、その麗しいかんばせを肩に埋める。サラサラとした金の髪が私の首すじを撫でていき、少し、擽ったい。


「なんか……ごめんなさい?」

「……いや。ルルは悪くない」


 顔を上げながら、少し疲れたように微笑む彼に、意を決して言ってみる。もちろん、令嬢的な言葉使いを意識して。


「あのう……」

「ん? どうした? ルル」

「下して欲しいのです……は、恥ずかしいです……わ?」

「そうか、ルルは見られているのが恥ずかしいのだな?」


 その言葉で、彼は色々と察してくれたらしい。抱きつく手を緩め、身体を離してから頷いてくれた。良かった。私が人目を気にしている事をわかってくれたのだ!

 ウェル様は優しい人だもの。

 ちゃんと目を見て話せば、理解してくれ……


「……お前達は何も見ていない。よいな?」


「ハッ! もちろんです主」

「何も見ておりません」


 ……てなかった。


 威厳のある風格は王族そのものだ。鋭い目つきで護衛騎士に促す彼の言葉に、メル君とクロードはすかさず答えた。この二人の視線はこちらを見ているようで見ていない。その瞳はどこか虚空を見つめており、無我の境地とも言える。


 ウェル様は目元を緩めて振り返る。


「これで大丈夫だな?」


 う、うーん?

 大丈夫では、ないかなぁ〜〜?


 どうやらわかってくれたと思ったのは、私の錯覚だったようだ。

 ダメだったか……

 なんとなく一緒に過ごしてみて思ったけれど、ウェル様は、あんまり人目が気にならないようだ。

 貴族やってると、生まれた瞬間から大人の現在でも、側には必ず誰かがいるのだ。物心つく前から、当たり前の様に人にお世話をされるので、長年、常に人目に晒される生活を続けてきた彼にとっては、最早普通の感覚なのかもしれない。


 いやでも、これだけは言わなくっちゃいけない。今後の私の生活に関わるのだから!


「でもウェル様……じゃなくって! お、オリウェリウス様! 人前で過剰な接触はするべきでは無いと思うのです。少し恥ずかしいです……わ?」

「ルル。どうしてそんな他人行儀な話し方をする? 最近話し方を変えたのは何故だ? 私にはいつものように、砕けた喋り方をしてくれと言っているではないか」

「え? でも……先生が、そうしなさいって。いくら婚約者でも王族の方相手に不敬ですよって言われて……」



「そうか。 …………ルル。君に不要な知識を教えたのは一体誰だ? その者の名前を教えてくれないか?」


 何故だか話の流れが良くない方向へ行ってしまった。少し、ウェル様の表情が昏くなった気がする。

 ……これは……正直に言ったらダメなヤツだよ、ね……?

 なんとなくだけど、言ったが最後、先生が無職になってしまう。 ……ような、気がする。


 先程の知識を教えてくれた先生は、御年40歳のベテラン女教師だ。

 今まで数々の淑女を導いてきた先生は、実は苦労人でもある。若くして夫に先立たれ、女手一つでお子さんを育て上げてきた立派な方なのだ。教えは厳しく、言葉遣いも堅いところがあるけれど、でもその言葉の端々に愛のある言葉が滲んでいるのを感じるから、本当は、とっても優しい人なんだと私は密かに思っている。そんな、真っ当な人間である先生を、路頭に迷わせてはいけない。


 いやでもどうしよう……!

 現状を打開出来るような、良い案が思いつかない……!


 ちらり、と目線だけでメル君に助けを求めると、それに気づいた彼は、こっちを見るなと言わんばかりの物凄く迷惑そうな顔をしてきた。 ……それが無二の友人に対して向ける顔だろうか。

 隣のクロードを見ると、目を伏せ静かに首を振られた。どうやら彼も助けてくれないらしい。酷い!


 チラチラと見ていたのがいけなかったらしい。私の視線の先に気づいたウェル様に両肩をガシッと掴まれ、おでこがくっつきそうな程、超至近距離で顔を覗き込まれた。


 わぁ、綺麗な瞳。紺碧色の海みたい……じゃなくって! ち、近い近い!

 しかも、私の気のせいじゃなければ目が据わっている気がする!

 恋愛的なものとは違う意味で身体が緊張し、心臓がバクバクと音を立てる。


「ルル。どうして先程から護衛騎士の方ばかりみる。 …………やはり、人選を誤ったか。こちらも別の人間にするべきか……」


 普段私が聞く事の無い、腹の底から絞り出されたかのような低い声で、恐ろしい事を言うウェル様に、護衛騎士の二人はギョッとした顔をしていた。


 しまった……!

 ————無職が、3人に増えてしまう!


 メル君は、先程とは打って変わって焦ったような顔になり、私に向けて必死に口パクをしている。なにかを伝えようとしているらしい。


 目をじっと凝らして口の動きを追う。

 なになに?

『だ・き・つ・け……?』


 え……? それだけでこの状況、打開出来るのだろうか?

 クロードの方に視線を向けると、彼も必死な顔で首を上下にブンブンと振っている。メル君と同意見、という事だろう。


 二人に了承の意味を込めて小さく頷くと、ゴクリ、と唾を飲み込み、意を決して目の前の彼にぎゅっと強く抱きついてみる。

 その反動で、身に纏う豪奢な衣服から、相変わらず柑橘類によく似た香りがふわりと漂う。いい匂い〜! やっぱりどんな洗剤を使っているのか気になる……! 今度聞いてみよっ!

 じゃ、なくって! 今はこの状況をどうにかしなくっちゃ。


「ルル!?」


 急に抱きついてきた私にウェル様はびっくりしたようだ。頬がほんのり赤くなっているような気がする。さっきから結構ベタベタしているような気がするけれど、ウェル様、自分からするのは平気だけど、私から急に触られるのには弱いのかも。

 そのまま見上げるような形で彼の瞳を覗き込み、必死でお願いをする。私の言動で人が辞められたら困る。少し、涙も出たかもしんない。


「ウェル様! ……あのね! 先生も、メル君もクロードさんも、みんな私の大事な人なの。 ……だから、辞めさせないで……?」


「……………………大事な人?」


 一気に空気が冷えるのを感じる。

 おかしい、今日はあったかい陽気の筈。……じゃなくって! どうしよう。完全に間違えた。


 ちらっとメル君の方をみると、顔を真っ青にしながらまた何かを口パクしている。


 なになに……?

『す・き・っ・て・い・え……?』


 ちなみに、クロードはみぞおちのあたりを手で押さえて、目を瞑りながら苦悶の表情を浮かべている。胃にダメージを与えてしまったようだ。ご、ゴメン!


「うう……あのう、ウェル様……?」

「ん? なんだルル?」


 にっこりと綺麗な笑みを向けてから、ウェル様は蕩けるような表情で私を見つめ返してくれる……様に見える。けど! 間近で見たからわかる。目が全然笑っていない……!


「……き」

「ん?」

「だ、大好き!!」

「!!」


 ウェル様に抱きつく腕に更に力を込め、恥ずかしさのあまり、彼の胸の中へ深く頭を突っ込んだ。だ、だめだ! この雰囲気、もう耐えらんない!


「……ルル。しばらく病弱に戻ろうか」


 頭上から、甘さを含んだ声が降りてきて、思わずくっつけていた顔をあげる。


「んん? ウェル様……それってどうゆう……」


 そのまま膝抱っこの状態から持ち上げられて、扉の方へ移動していく。


「私の部屋へ移動しよう。先程の続きをしようか? ……二人っきりで」


 妙に甘い雰囲気を纏いながら、ウェル様は、麗しく微笑む。こ、これは……! まずい。非常に良くない流れを感じる。なぜだか、そんな気がしてならない。


「ウェル様、冗談だよね……?」

「私はルルに嘘はつかない。 ……ずっと、病弱でも良い案があるのだ。もう、勉強で苦しまなくて良いぞ? これからは、私の部屋で一緒に暮らそう?」

「うええっ!?」


 ……これは、危ない展開なのではっ!?


 助けを求めるように二人の護衛騎士を見るけれど、クロードは諦めたように首を緩くふり、メル君なんか、目を瞑り黙祷をした後、静かに合掌しだした。その反応はどうかと思う! 私、生きてますけどっ!?

 どうやら二人共、止めるつもりはないらしい。ひ、酷い! 私、見捨てられたっ!?


「だ、だだだダメだよ! ウェル様!! まだ私、お披露目も結婚式もしてないんだよ!?」

「大丈夫だ。後でなんとかするから」


 必死でお願いをする私を諭しながら、ウェル様の手はついに扉へと添えられる。開かれた先は廊下だ。彼の部屋へ向かう最中、さっきまで私が居た部屋の扉は無慈悲に閉じられたのだ。



 ——————バタン。








 その後、間をおかずしてお兄様が王城内に侵入。各所に配置されていた密偵に発見され、即座にウェル様へ連絡が回る事となる。

 私から渋々離れた彼は、衛兵を伴い、お兄様の後を追いかけて行ったお陰で、私はなんとか一命を取り止めることが出来た。


 ……危ないところであった。色々すっとばすのはまずい。

 やはりお勉強は大事だろう。

 流石に、アホな王妃様はどうかと思うもの!


 結局お兄様を捕らえる事が出来ずに、ウェル様は、その足で再び政務に取り掛かるハメとなる。

 しばらくは仕事に追われる日々が続く為、彼に会えるのは今から3週間後だ。

 なんやかんやで有耶無耶にする事に成功し、ほっとしている私がいる。


 とりあえず、ウェル様とは、今後とも健全なるお付き合いをしていきたいと思う。





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