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魔女と騎士

幕間 魔女より突っ込んだ内容です。

番外編5!

 


 ———昔々の魔女のお話をしましょうか。その魔女は、命を散らすまでの僅かな間、恋人の騎士と、とても幸せな日々を過ごしていたのですって。



 ※



 朝日を燦々と浴びたステンドグラスは、教会の中をその鮮やかな色彩で照らし、キラキラと、幻想的な光が床の上を舞い踊る。

 教会でいつものように私を待っていてくれる彼の姿を見つけて、歩いていた足は自然と駆ける形になる。


「テオ!」


 愛しい恋人の名前を呼ぶと、私の声に気づいた彼は、蕩けるような笑顔を向けて、私の名前を返してくれるの。


「リリス……! 会いたかった!」


 両手を広げて迎えてくれる彼の胸に向かって、駆けてきた勢いのまま飛び込むと、彼はしっかり受け止めてくれて、私の身体をギュウ、と強く抱きしめてくれる。

 鍛え抜かれた彼の硬い胸板に顔を埋めて、おでこを少し強めにグリグリと押し付けるの。そうすると、彼が「う……!」って苦しそうに呻くから、その反応が面白くって、やっぱり今日も繰り返してしまうの。


「リリス……それはやめてくれ」

「ふふふ。愛情表現よ?」


 困ったような顔をして彼は諌めてくるけれど、本気で嫌ではないのが分かっているから、偶にこうやって子供っぽい悪戯をしてしまうの。

 彼の顔を見上げて微笑んでから、今度は胸板にそっと頭をくっつけて瞼を閉じる。心臓の鼓動がトクトクと聞こえる。彼が生きている証でもあるこの音を聞くのが、私は大好き。

 背中に回された彼の腕がピクっと反応し、抱かれる力が強くなる。

 されるがままに身体を預けながら、限られた時間の中の、彼との逢瀬に胸をときめかせるの。





 村の外れにあるこの教会は、私達が逢瀬を重ねる秘密の場所なの。

 私の家から続く、森の小径をしばらく歩いていくと、茂みで道が絶たれている場所があるの。まるでなにかを隠しているかのようなこの道を抜けると一気に視界が開けて、眼前には小高い丘が広がる。その上にひっそりと教会が建っているのよ。



 今では荒れ果て、人の気配が途切れた此処は、随分昔に働いていらした神父様が退職されてからは、後任の方が見つけられなかったみたい。導き手が居なくなっても祈りを欠かさず捧げに来ていた村の人達は、今ではすっかり来なくなってしまったの。……神の御使とされる、真っ白な髪の“女性(わたし)”が現れたから。


 こじんまりとしていたけれど、品良く整えられていた筈の内装は、今では所々痛んでしまって、勿体ないと思う。ステンドグラスだけは唯一割れずに無事だったから、偶に硝子を拭いてあげると輝きを取り戻して、光を纏った綺麗な色彩を私に見せてくれるの。それを見に来るのが、私の密かな楽しみ。ここは誰も立ち入らない、私だけの秘密の場所。


 彼を匿うのには最適だったわ?

 ……もし、彼が村の人達に見つかってしまったら、良くない目に遭ってしまうでしょうから。

 きっと彼の事を話したら、皆は見殺しにするように言うでしょう。

 私の仔羊となった彼等は、昔と違って、余所者に酷く冷たくなってしまったから。



 彼と出会ったのは、偶然だったの。


 誰もがまだ寝静まる、朝焼けが訪れる前の、闇と赤の交わる時間。その時間だけは、誰にも邪魔されず自由に過ごせる私だけの大事な時間なの。


 昼間はお家に閉じこもりながら安らかに眠って、自身の異質な姿を仔羊以外に決して見せない為に。

 夜は母に教えてもらった、皆を導く希望の謳を紡がなくてはいけないから、全てが終わった少しの間だけ、こうして自由にお散歩をするの。


 そんな、いつもと変わらず、束の間の時間を過ごしている時だったわ。森の中を歩いていた時に、偶然行き倒れている彼を見つけたのよ。



「酷い怪我……」


 彼は馬で駆けていたところ、大型の魔獣に襲われたのでしょう。彼の側には馬だったモノの残骸が。

 きっと、このコのお陰で、彼の命は助かったのね。魔獣が嫌う香りを詰めた匂い袋を持ってさえいれば、こちらには近寄って来る事はなかったのに。彼は持っていなかったみたい。

 血に濡れた背中には鋭利な爪で引き裂かれた痕があったの。酷い怪我をしていたわ。


 高熱に浮かされながら衰弱していて、苦しそうにずっと呻いていたの。彼の腋に私の身体を滑り込ませて支えながら運ぼうとしたけれど、どうしても私一人の力では運べそうに無くって、意識が朦朧としている彼に声を掛けて、なんとか自分の力で歩いてもらうしかなかった。自分よりも大きな人間を運ぶのは酷く骨が折れたわ。殆ど引き摺るような形になっていたから、随分と時間が掛かってしまったけれど。


 教会まで辿り着き、羽織っていたストールの上に、出来るだけゆっくりと彼を置き、怪我の具合を慎重に確認していく。

 他には細かな切り傷と、全身に浮かぶ打撲痕。彼が倒れていた辺りには、傾斜の激しい山道があるから、そこから落ちてしまったのかもしれない。

 生きているのは奇跡に近い。彼の周りには折れた木の枝が散らばっていたから、運良くクッションの役割を果たしたのかもしれないわ。

 この背中の爪痕が一番の重症だったから、きっと、ここから悪い物が入り込み、熱が出てしまったのでしょう。


「少し、待っていてね?」


 今の時間なら、まだ母は帰ってきていないから、大丈夫。

 母は、サバトが終わった後は、すぐに家へは戻らないから、彼の事は隠しておける。

 私は、急いで家に戻って、彼を看病する為の道具を取りに行ったの。



 ※



「良かった。少し、落ち着いてきたみたい」


 桶に張った水に布巾を潜らせて、泥と埃で汚れた彼の顔を拭ってあげる。綺麗に拭い終わった後、汚れの下から凛々しい顔が現れて吃驚したのよ?

 整った顔立ちだったけれど、威圧感があって、少し怖くも見えるみたい。


 背中の傷へ手当を施しながら、朦朧とする彼の魂が現世(うつしよ)を去らないように、静かに語りかけるの。


「——辛かったでしょう。苦しかったでしょう。でも、もう大丈夫よ。私が貴方を護ってあげる。きっと、怪我も良くなるわ。それまで暫くの辛抱よ」


「………………」


 滴り落ちる汗を拭い、時折苦しそうに呻く彼の頭を撫でてあげる。そうすると、苦悶に歪む表情が、少しだけ、穏やかになる気がしたの。


「今は安心して、傷ついた身体を休めなさい。次に目覚めたその時に、貴方は力を取り戻すでしょう」


 ——それまでは、私がずっと、貴方の側にいてあげる。




 あの後も彼は呻き声をあげながら、丸一日魘されていたみたい。

 今日は偶々新月の晩だったから、サバトはお休み。そんな時は、母は決まって何処かへと出掛けに行き、翌日のサバトが行われる時間まで戻らなかったから、彼の容体が落ち着くまで、私は彼の側に寄り添いながら、看病を続けたの。


 月の明かりが一切届かないこの時だけは、サバトは行われないの。母が言うには、黒の神は月の力を媒介にし、導きの声を届けてくれるから、新月にどんなにお祈りをしても、あちら側に、私達の祈りや願いは届かないのですって。


 翌朝になり、いつのまにか眠ってしまったらしい自分の目蓋を擦り、彼の顔を覗き込んでみる。昨日魘されていたのが嘘のように、とっても穏やかな顔をしていたわ?


 まもなく覚醒が近いようで、濃い色の長い睫毛が震えている。暫くして、目蓋がゆっくりと開かれていく。焦点を合わせようと瞬きを数回してから、彼の瞳は私を捉える。


「…………ここは……?」

「良かった。気がついたのね? ……ここは、今は使われていない、町外れの小さな教会よ。具合はどう? 随分魘されていたわ?」

「………君が……助けてくれたのか」

「ええ。私はリリス。この近くで暮らしているの……貴方は?」

「私は………」



 彼はテオドールと名乗ったわ。

 普段は王都で騎士をしているのですって! 本物の騎士様を見るのは初めてだったから、つい、まじまじと見てしまっていると、彼に「そんなに珍しいものではないのだが」って苦笑されてしまったの。少し、困らせてしまったみたい。でも、私にとっては貴重な体験だもの。


 この異質な髪と白過ぎる肌では、母と村の人以外には見せられないし、本当は日が出ている時間は外出するのを禁じられているから。


 ……だから、どうか許してね?


 彼はある任務の為に、同じ騎士団の人達と旅をしていたらしいの。でも、泥濘んだ山道を駆けている時に魔獣に襲われて、彼だけが崖から落ちてしまったのですって。残りの騎士様達の行方は知れないけれど、きっと彼の事を探しているに違いないと思うの。一団は、任務をまもなく終えるところまで来ていて、町や村を渡り歩いていたところ、偶然此処へ辿り着いたのですって。


 でも、彼は大怪我をしているから、しばらくは動けないの。治るまでは、責任持って私が看病すると申し出ると、彼は申し訳なさそうに小さく、「すまない……」って言っていたわ。その顔が、弱り切った迷子の子犬のように見えて、なんだか少しだけおかしくなってつい微笑んでしまう。


 彼は、他人に弱みを見せたがらない人みたいだったけど、同じ時間を過ごすしているうちに徐々に心を開いてくれるようになり、私達はとりとめのない会話を良くするようになったわ。

 どんな任務をしていたのか興味本位で聞いてみたのだけれど、彼は、「重要な任務だから君にも教える事が出来ない。すまない」って心苦しそうに謝るから、これ以上詳しく聞くのは辞めようと思ったのよ。あんまり彼を困らせてはいけないものね。




 いつものように支度を整えてから、お日様の日差しが眩しい時間の中、彼に会いに行く。

 真っ白な髪は、大判のストールを頭から被って隠し、蔦で編んだバスケットには、彼の為に用意したバゲットサンドと紅茶を入れて。


 彼は、所作の一つ一つが洗練されていて、とても美しいの。紅茶のカップを持つのにも、どことなく優雅な気がするし、この町に住む人達とはどこか違うみたい。初めてバゲットサンドを渡した時も、「すまないがナイフとフォークを貸してくれないだろうか?」ですって!

 これはこのまま手掴みで口を大きく開けて食べるのよ? って教えてあげたら吃驚した顔をしていたわ。まさかバゲットサンドの食べ方をだいの大人に教えてあげる日が来るなんて思わなくって、堪え切れなくてクスクス笑ったら、彼は眉尻を下げて困惑した顔をしていたの。見た目は少し怖いと思っていたけれど、内面は、どうやらそうじゃないみたい。


 彼と出会ってから、私の日常は大きく変わったの。普段は出る事がなかった日差しの下で、彼の様子を見に行きながら、隣同士で座って穏やかに過ごし、夜は私を大事にしてくれる愛しい仔羊達の為に、秘密のサバトを行うのよ。


 彼は吃驚するほど回復が早くって、ひと月も経たない内に、もう歩き回れるようになっていたわ。傷口が開くから大人しくしていて、って何度も窘めるのに全然言うことを聞いてくれないのだもの。


 彼は任務があるから此処で休んでいる訳にはいかないのですって。でも、まだ完治した訳ではないから、出立までには猶予があったわ。


 日中は私と。沢山沢山お話ししたのよ。


 そんな日々を過ごしていくうちに、いつしか、彼に恋心を抱いてしまったの。この気持ちは伝えるつもりはなかったのだけれど、彼の方も私と同じように思っていてくれたみたい。


 想いを返してくれて嬉しかった。

 お互いの事を話す内、彼が貴族の子息だという事がわかって、私と彼との未来はどうあがいても一緒になる事は無いって、気づいてしまったわ。

 だから、この想いが酷くならない内に、彼にお別れを言ったのに。


 彼は、「君と離れる事など考えられない。そうだ、この任務が終わったら、君と一緒にいられるようになる。それまで待っていてくれないだろうか?」って言ってくれたの。……嬉しかった。


 それから、怪我が完治した彼は、王城へと帰って行ったの。仲間の騎士達はおそらく戻っているだろうからって言って。

 別れるのは寂しかったけれど、でも、私には彼との約束があるもの。だから、大丈夫。

 それがもし叶う事がなかったとしても、薬指に嵌る指輪と、この思い出さえあれば、きっと私は生きていける 。



 ……数日が経ち、私の元へ、王城から使者の方が来たの。

 王妃様を亡くし、憔悴しきった王様に、私の力で安息を与えて欲しいのですって。直ぐに母に相談したら、母はとても嬉しそうな顔をして、是非行きましょうと承諾したの。儀式には準備があるから、指定した日付にまた来て欲しいと使者の方にお伝えして、その日は一度帰ってもらったわ。


 それから、約束の日が来て、私が、魔女として王城へ呼ばれてね……




 ーー

 ーーー※




「——この続きは、あなたがもっとおおきくなってからね?」


 ベビーベットの上でこちらを見上げる小さな天使に微笑みかける。柘榴色の瞳を輝かせながら、じっとお話を聞いていた愛娘は、私の顔を見てきょとんとした顔をしたわ。


「うー」

「まあ、どうしたの?」


 ふっくらとした両手をこちらに向けて、娘は私の顔を見ながら、楽しそうににこにこと笑うの。指先で、その小さな手をちょん、とつつくと、思っていたより力強く握り返されて、私もつられて笑うのよ。


 それにしても……不思議。

 生まれたばかりの娘の容姿は、見れば見るほど前の生の私にソックリ。


 瞳は真っ赤な柘榴色。髪の色は……テオの色で生まれて来てくれて良かったわ。……もし真っ白な髪だったのなら……きっと、周囲から蔑まれ、迫害されていたでしょう。かつての魔女の姿は、今では国中に伝えられているわ。雪のように真っ白な髪に、柘榴のような真っ赤な瞳。


 瞳が赤いだけなら似た色を持つ人間は他にもいるのだけれど、真っ白な髪だけは別。この色と、真っ黒な髪だけは、この世界のどこにも存在しないもの。


 テオが玄関で誰かとお話ししているみたい。最近は、こういった事が多いの。テオはあまり私を外に出したくはないみたいだわ。

 きっと、また私がいなくなってしまったらと考えて怯えているのね。

 そんな事しなくったって、私が貴方の元を去るだなんてする筈がないのに。


 娘を抱きながら、テオの元へ行こうとした時、ちょうど扉が開かれて、テオが戻ってきたの。眉間に深いシワを寄せていて、なんだか少し機嫌が悪いみたい。


「どうしたの? 誰かお客様?」

「……いや。誰も来ていない」

「そう? なんだか、ガイナくんの声に似てた気が……」


 続けて話そうとした唇に、ふに、と彼のゴツゴツした指が触れ、紡ぎかけていた言葉が塞がれる。

 薄く口を開き、その指を口内に招き入れて甘噛みをすると、指は更に奥へと侵入して来るの。少し強めに歯を立てると、テオは、慌てて指を引っ込める。……都合の悪い事があった時に誤魔化そうとする、彼の悪い癖だわ。


「……テオ」

「…………」

「ガイナ君が来たのね?」

「……………………来ていない」

「もう! 嘘をついてはダメよ? 私には、本当の事がわかるんですからね?」


 テオは性懲りもなく嘘をついてあさっての方向を向いているけれど、私の真実がわかる力がなくたって、貴方の事ならなんだってわかるわ?

 昔から、ううん。生まれ変わった今でも、ずっと貴方の事を見てきたんだもの。


「次からは、追い返してはダメよ? 久しぶりにガイナ君とお話したいから、ちゃんと私に教えてね?」

「………………………」

「……テオ?」

「……………………………善処する」


 たっぷり間を開けた後、渋々テオは頷いたわ。じっと見つめる私の視線に耐えきれなくなったみたい。私の胸に抱いていた娘を抱き上げて、あやし始めたの。


 少年みたいなところがある彼だけど、でも、これからは、前の生で手にする事が出来なかった、この穏やかな日々を、共に過ごしていきましょう。


 ————貴方と私。

 それに、愛娘の三人で。






いつもお読み頂きありがとうございます。

誤字報告、感想、ポイント評価頂きとても嬉しく思います。

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