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元密偵の昔のお話

感想、誤字報告、評価等頂きありがとうございます。

番外編4っ!


「……やっと、撒いたか……」


 繁華街の路地裏にこっそりと隠れて、ボクを散々追い回してきた胡桃色の髪のお方と、上空を険しい目つきで飛び回りながらボクの事を探し出そうとしているぴーちゃん達から、やっと逃げ切る事ができた……


 ていうか、愛情かけて大事にしてきた鳥に寝返られるって何なのっ!?


 ぴーちゃん、見損なったよ……!

 まさか、キミが餌で釣られるような、尻軽な鳥だったなんて……!

 あんなぽっと出の男なんてどこがいいのさっ! そりゃあ、まあ、元の家柄も良くって、女性と見まごうような顔も良いっちゃいいかもしれないし、剣の腕もたつけどさあー!


 アルベルト様は、どうやら旅のお供が欲しいようだけど、なんでボクに粘着してくるのかが本当によくわからない。

 一緒に来てくれるならもう誰でもいいじゃない。例えば……そうだ! マックスでいいよ、マックスで!

 あいつアホだし、壊滅的に空気が読めないんだから、外に連れ出した方が、多少の常識を身につけて帰ってくるでしょ。

 それをなんでか知らないけど、隙あらば王城に潜入しては、ボクの元に突然現れて連れ去ろうとしてくるし!


 てか、王城もなに頻繁に潜入されちゃってんのっ!? 警備ザルなんじゃないのっ!? アルベルト様に何度も入って来られるのって、明らかに異常だからね!

 ハッ! ……まさか、隠し通路でもあるんじゃないだろうな。

 そういえば、クロードのヤツ、最近頻繁に書庫へ出向いているようだし。今思い返してみても様子がおかしかった。いつものように口元に笑みを湛えていたけど、どことなく、焦っているようにも見えたし。怪しい。


 アイツ、なんか知ってるな……!

 今度アイツの後を付けて、目に付いた怪しい場所全て、片っ端から埋め立ててやる……!


「はぁー……」


 だめだ、顔の筋肉が怒りで凝り固まってきた。とりあえず、両手を頬に当てて、ムニムニと揉みほぐしておく。

 それから深呼吸して、肺いっぱいに溜まった空気を押し出すように、細く息を吐き出すのを何度か繰り返す。

 ……うん。ちょっとだけ落ち着いてきたかな。


 現状を振り返ってみると、ボクはどうやら、ティア様やアルベルト様に好かれている? の、かな……? 本当になんでか知んないけど。友人だって言いながらすごいグイグイ来るし。

 ……なんか、あの兄妹に振り回されているような気がしてきた……はあ。


 まあ、いいや。

 とにかく王城へ戻ろう。流石に、今日はもう追っかけて来ないデショ。


 念の為、辺りを伺う。もちろん上空を見るのも忘れずに。 ……よし、アルベルト様達、もういないみたいだな。

 こっちも長年密偵をやっていた身だ。そう簡単に連れていかれる訳には行かない。


 ぴーちゃんが寝返ったのなら、こっちも意地だ。

 隣国への経済調査の為に……まあ、途中からティア様捜索になったけど。とにかく、隣国にいた当時は路銀の心配をしながらの活動だったけれど、護衛騎士となった今は違う。

 お給金も格段に良くなったんだから、そっちがその気ならこっちにも考えがある。アルベルト様に負けないぐらいの高級な餌で釣って、ぴーちゃんを奪還してやる……!


 そう考えながら歩いていたのが良くなかったらしい。無意識に進んだ先は、ボクが絶対に行くつもりのなかった、例の区画だった。


「……あ。ここ……」


 住居と見られる建物は所々崩れ落ちており、辺りは人の気配が無い。その場所は、かつては貧民街だった場所の更に奥。当時最も治安が悪かった、所謂スラム地区と呼ばれる場所だった。

 ちなみに、例の事件でティア様が捕らえられていた、魔女のアジトがある区画でもある。


 ——そして。


 ボクが生まれてから“孤児になった時”までを過ごしていた場所でもあった。




 ……来るつもりなんて、なかったのになぁ。


 今では、ここに住んでいる者はいない。元の住人達は、国が新たに指定した地区へ居住を移しており、大量殺人と誘拐という惨劇の爪痕を残すこの場所は、現在立ち入り禁止となっている。 順次、王都の街並みを整えている最中なので、いずれ、この場所も新しい居住区として生まれ変わる予定だ。


 そんな血塗られた事件があった場所だけれど、国からの通達があるまでは、生活が困窮している者やなんらかの事情がある達が、何処からともなく流れ着き生活をしていた場所でもある。

 ボクの両親がまだ生きていた頃は、他の浮浪者と同様に、ここで一緒に暮らしていたんだよねぇ。両親はどこかから駆け落ちして来たみたいで、行く当てがなかったんだってさ。まあ、暮らしは貧しかったけれど、家族皆で工夫しながらの生活はそれなりに楽しかったんだ。



 ……それなのに、両親は、姿を消してしまった。

 ……ボク1人を残して。


 両親は心根の優しい人間だったから、きっとボクを捨てた訳じゃない。だって、家の中は、鉄錆によく似た噎せ返るような血の匂いが充満していて、辺りには、切り裂かれた衣服や2人と同じ色の髪の毛が残っていたから。

 大量の血痕が室内に飛び散っていたから、両親はおそらく亡くなっている。けれど、どんなに探しても2人の亡骸は見つけ出す事が出来なかった。


 王都をグルリと囲む外壁は、当時は手入れがなされず無残に崩れている箇所がある為、その役割を充分に果たせてはいなかった。だから、隣接する森からの侵入者も稀にあり、魔獣と言う名で呼ばれていた化け物が、ボクの住んでいた区画を徘徊していた事もあったから、もしかしたら、両親はそいつらに喰われたのかもしれない。

 それか、魔女崇拝の生き残りを名乗る人間に、材料として使われたのか。


 たまたま、野草を取りに行っていたボクだけが難を逃れたけれど、それでも当時幼かった自分でもわかってしまった。

 もう二度と、あの優しい両親に会うことは出来ないんだって。


 その日は、唯一無事だった母親のエプロンを身体に巻いて、部屋に充満した鉄錆によく似たの臭いを誤魔化すように、身体を丸めて眠りについた。

 翌日から、ひとりで生きていかなくてはいけなくなったけれど、子供ひとりで生きていくだなんて、当然無理に決まってる。周りには当てに出来るような人間はいないし、ここに住む人間は、基本他人に関与せず、皆見て見ぬ振りだ。


 しかも両親が居なくなったとわかると、ボクが出かけている間に家の中が荒らされて、残っていたなけなしの家財道具すら全て持ち出されていて唖然としたよ。

 やっぱり、人間なんかろくなもんじゃないんだって、心の底から思ったね。

 しかも時期も悪くてさあ、まもなく冬を迎える頃だったんだよねぇ。徐々に食べる物もなくなり、元々栄養不足で細っこかった身体はみるみるやせ細ってきてさ。家の壁にもたれかかりながら、木の根を齧って空腹をごまかしてきたけれど、限界が来たみたい。

 視界が霞んできて、いよいよお迎えが来るかと思った時に、王子サマに出会ったんだよねえ。

 金の御髪に、上等なお召し物を着ていたもんだから、遂にボクの元へ天使が来たかって錯覚したなあ。


 まだ子供だったそのお方は、ボクの顔を覗き込んで問いかけてきた。

「もし、まだ生きたいと願っているのなら、私の所へ来るか?」だってさ。


 その時、どうしてか、食べ物の事が頭に浮かんだんだよねぇ……特に、ふかし芋の事が。当時はお金が無くって、屋台の側を通る度に、いい匂いがしてさぁ。

 一度は食べてみたいって思ってたせいかもしれない。

 ほとんど無意識に聞いていたと思う。

 ふかし芋が食べれるか? って。

 そしたら、「お腹いっぱい食べさせてやる」だってさ。

 自信満々に断言するもんだから、この人なら、ついていってもいいかな、って思ったんだよねぇ。


 残った力を振り絞って、小さく頷くと、そのお方は優雅に微笑んで、お付きの者達に何かを指示しているようだった。

 成り行きをぼーっと見ているうちに、いつのまにか目蓋が降りてきて、視界は暗転していって……

 起きたら豪奢なベッドの上に寝かせられていて、身体も清められていた。そして、約束通り、ふかし芋をお腹いっぱい食べさせて貰った訳だけど。


 その見返りに、まさか密偵になる為の教育をされるとは夢にも思ってなかったなあ。


 でも……孤児だったボクが、今ではお貴族様になるだなんてね。やっぱり、人生何があるかわかんないもんだと思う。


 少し、感傷的になりながら、廃墟と化している居住区を見て回っている内に、ふとある考えが閃いた。


「……あ。そうだ。ちょっとだけ……」


 突然思いついたその考えを実行するべく、ボクは、一度繁華街へ戻る事にした。


 

 ※



 買い物が終わり、もう一度、先程の場所へと戻る。紙袋いっぱいのふかし芋と線香の束を両手に抱えながら、随分昔に、ボクが王子様に拾われた場所へと向かう。


「あった……ボロボロだ」


 屋根は崩れ落ち、家の形をなしていない。壁には、古ぼけた赤黒い飛沫の跡が年月の経った今でもこびり付いており、更に、埃や砂で汚れていた。


「よっと……」


 荷物を一度地面に置き、隅に落ちていた廃材を手に取ると、瓦解し床に落ちていた、おそらく屋根だったであろう部分を踏みながら室内へ進む。丁度家の中央部分にあたる場所に慎重に廃材を置きながら、その上に、先程買ってきたふかし芋を積み上げていき、隣に小さな瓦礫を置く。最後に火をつけた線香の束を、その小さな瓦礫の上にそっと置き、両親を弔う為の壇を作り終えると、彼等の事を思いながら、目を閉じて静かに手を合わせた。


 ……死んだ後、人がどうなるかだなんてわからないけれど。

 でも、きっと両親はボクの事を見守ってくれているんじゃないかな。

 手を合わせている間、なんとなく、あのあったかい笑顔をした両親の姿が脳裏に浮かぶ。


「……ボク、もう一人前になったからさ。どうか、安らかに眠ってよね。…………今まで来なくて、ゴメンね……」


 ひとしきり両親に語りかけてから、ゆっくりと、目蓋を開く。


 ……さあ、そろそろティア様の元へ戻らなくっちゃ。一応、あの子のお守りをしなくちゃいけないんだし。勉強の甲斐もあって、なんとかいっぱしのご令嬢のように振る舞えるようになって来たけれど、それでも抜けているティア様だ。まだまだボクがきっちり教えてあげないとねっ!


「……それじゃあ。またね」


 残りのふかし芋が入った紙袋を両手に持ちながら、一度だけ振り返る。

 両親に別れの挨拶をしてから、瓦礫を勢い良くトン、っと飛び降りて、かつてはボクの家だった場所から路地へと飛びだし、王城への道を駆けていった。


 ……そういえば。ふかし芋、買いすぎちゃったな。


 急いで買ってきたもんだから、加減を知らない個数を買ってしまった。さっき両親にお供えして来たけれど、中身を覗くと、後5個ぐらい余ってしまっているのを確認する。


 ……そうだ。たまにはティア様に差し入れでもしてあげるか。

 一応勉強頑張っている訳だし。

 今日だけは、特別に。


 ちょうど午後のお茶の時間だから、一緒に食べるのもいいかもね。もちろん、王子様にバレないようにこっそりとだけど。


 いつのまにか口の端が上がっていたらしい。慌てて片手でムニムニと揉みほぐしてなかった事にする。


 前に、あの子にふかし芋の事教えてあげた時、目を輝かせながら「私も食べたい!」って言っていたから、きっと喜ぶかも。


 ……なんて思っていられたのは、扉を開けるまでだった。


「ティア様ーー! ただいま……」


「あっ」


 ちまたで話題の恋愛小説を手に持ちながら、お行儀悪く部屋の隅でお菓子を貪っている女の子を見て、ブチっと自身のこめかみに青筋が浮かぶのを感じた。


「……ティア様。なーに、やってんのかなぁー? 昨日もおんなじ事で注意したばっかりだよねぇ? ……あのさあ、マナーって言葉、知ってる?」

「ししし知ってるよ! やだなあメル君? 今のはうっかり口に入っちゃっただけで食べるつもりはなかったの! 偶々だよ! 偶々!」

「へえ。 ……じゃあさぁ、今食べてんのは何かなぁ? そのお菓子、庶民の間で流行ってるやつだよねぇ? どこで手に入れたのぉ? なぁんで、ティア様が食べてる訳?」


 この子が外へ自由に出入り出来る筈はない。本人気づいてないけれど、部屋から一歩も出られないよう、王子サマに雁字搦めにされてるからね。

 と、なると誰かに買ってきてもらうしか方法はない筈。 ……まさかこの子、アルベルト様と通じているんじゃないだろうな?


「もしかしてさぁ! ……ティア様、アルベルト様に、ボクの事売ったんじゃ……?」

「してない! ほんとーにそれだけはしてないからっ! 信じてメル君! こ、これはね、昨日こっそり侵入してきたお兄様から……あっ」


 しまった! みたいな顔をしながら、ウッカリ口を滑らせたこの子に追い打ちをかけておく。アルベルト様の侵入経路について詳しく知っているに違いない。絶対に吐かせる。


「ふーん……ちょっと、大事なお話しをしよっか! ……ね? ティア様?」

「は、はあい……」


 ぎこちなく笑う女の子を締め上げるべく、にっこりと笑みを作り容赦なく近づきながら、これだけは強く思った。


 とりあえず、ティア様にふかし芋はあげない事にしよう。

 後で、ボクが全部食べる事にする。






前回はポイント評価を頂きありがとうございました!


自分で書いているものが面白いのか?

そうじゃないのか?

最早一体何を書いているのか分からなくなってきてますので、評価頂くのはやっぱり嬉しいです!


ありがとうございます!


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