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2-2

 あれから掃除をして多少マシになった室内で、私とロブ青年は、やる事が何もなさすぎて、だらけにだらけきっていた。


「りんごく、クソちゅまんね〜!」


 私は今、ソファの上で仰向けに寝転がりながら、ゴロンゴロンと転がって動き回っている。どうやら我々は隣国のスペックを侮っていたようだ。


 ……娯楽が! 娯楽がなんにもねえ!!


 この国は、我が国と比べると経済が発展していないらしく、全体的に、少し貧しい印象だ。


 識字率のあまり高くない城下町には、小説だなんてものはもちろん置いていない上に、ロブ青年が買い物がてら、この国について調べてきてくれた中で、国民の一番の楽しみは、一年に一回行われる建国祭のみなんだそうだ。


 その日は町中の通りを屋台が賑わい、隣国の王族が乗る馬車が大通りを進むパレードが催される。

 建物から花や紙吹雪を降らせるそうで、馬車の周りを舞うように落ちていくその光景は、とても綺麗なものらしい。町中がお祭り騒ぎになるそうなのだけれど。


 それもつい三カ月前に終わったそうで、次回行われるのは後九ヶ月後だそうだ。 ……無念。


「お嬢様、ま〜たそんな事ばかり言って! 暇なら外で遊んできたらどうですか?」

「だぁってぇ〜! やること、なあんにもなくって、つまんないんだもんっ……って! 外で遊んだらだめでしょーがっ!」

「ああ、そうでしたねぇ〜! 忘れてました! いやぁ、やっぱり長期間働かないのは良くないですよー! 身体が鈍っちゃって。お嬢様が『すぐに働くのは素人だー、五年は潜伏するぞ』とかいうから〜」

「そりゃあ、そうでしょ〜? そろそろ国内を探しつくした頃だし、つぎに来るとしたら、りんごくだも〜ん。今、堂々とはたらいたら、見つかっちゃうんだもーんっ」

「そうなんですよね〜。うーん……とりあえず、お昼ご飯食べます?」

「たべるたべる〜!」


 と、まあこんな感じで、緊張感のない日々を過ごしているのだった。


 そして。我々には、今一番どうにかしなければならない問題がある。


「はい、これが今日のお昼ですよ」


 ロブ青年が買い置きしてくれていた食品を、紙袋からゴソゴソと取り出してくれる。古びたテーブルの上に、真っ赤なリンゴがゴトリ、と置かれる。


 素材だ。


 料理とかではない、素材そのものだ。 ……そう。我々は、誰一人として料理を作れなかったのである。


 ま、まあ私はしょうがないとしてね! 幼児だし。問題はロブ青年だ。


 貴様今まで何を食べて過ごしていたのだ! と問い詰めたところ、独り身の彼は、屋台や市場でその日一番安い物を買っては、一人、自宅で食べて過ごしていたらしい。


 彼は、将来お店を任される事を夢見ていたから貯蓄も兼ねていただろうし、そもそもお腹に溜まればなんでもいいと思っていたようで、あまり食べ物に気を使っていないようだった。


 ……まあ確かに、私も前世で一人暮らしをしていた頃、コンビニでその日のご飯を買うのが基本だったな、と思い出す。


『カップ麺』 『おにぎり』 『カップ麺』 『カップ麺』 『牛丼』『カップ麺』と、今思えば、いずれ健康診断で引っかかる数値を出しそうな食生活だったと思う。


 だって一人分だけ作るのめんどくさいし、食材を無駄に余らせたり、却って光熱費がかかったりするから、買った方が普通に安いしコスパが良かったのだ。


 なので、当時まともな料理を作れなかったのは私が悪い訳ではない。私をそうさせた社会が悪いのだ。


 そう考えると、独り身のロブ青年の事はあまり責められないかもしれない。


「お嬢様、なにか他に食べたい物はありますか?  ……流石に、リンゴばっかりじゃあ、ダメですよね……?」

「んーん。ロブがせっかく買ってきてくれたし、べつにへいき〜! リンゴ、好きだも〜ん!」

「そ、そうですか……! 良かったー! 正直、お貴族様に何を買ってきたらいいかわからなくって不安だったんですよ〜!」


 そう言って、ロブ青年はホッとしたようにリンゴを咀嚼し始める。

 まあ、かつての私も、気に入れば飽きるまでずっと同じ物を食べ続けていたから、あんまり気にはならないかな。


 それに、リンゴ自体前世ぶりに食べたものだから、こんなに美味しいものだったんだな、と妙に感慨深い気持ちになる。


 リンゴを食べ終わった私は、再びソファで寝転がり、ロブ青年に考えていた事を伝える。


「……ロブゥ〜」

「? ……何ですか、お嬢様?」

「わたし、思ったの。この地でなにか、しゅみをみつけたい。できれば金になるやつ」


 最近だらけてお留守になりがちな表情筋を動かして、私はせめて表情だけでもと、キリっとした顔を作りながら、天井を見つめて宣言する。


「ああ。いいんじゃないですか〜? なんか良いのが見つかると良いですね〜」


 適当が過ぎるロブ青年の相槌を聞きながら、私は静かにソファから降りると、ロブ青年の座る椅子へと近づき右手のスナップを効かせた平手撃ちを、彼の太腿目掛けて勢い良く振り下ろす。


「ちゃあ!」


 スパン! と小気味よい音が室内に響く。


「あ痛! ちょ、ちょっと!? 俺、なんで今叩かれたんですかっ!?」

「まじめにきかないからだ〜!」

「もぅお嬢様、カリカリしすぎしゃないですか? ほら、胡桃買ってきましたから、これでも食べてて下さい。ついでに滑舌も悪いんですから顎も鍛えられますよ?」

「な! そんなにわるくねーしっ!」


 折角なので、ロブ青年が渡してくれた胡桃入りの袋を受け取り、中の胡桃を取り出して、ポイッと口の中に放り込む。


 ボリボリボリ……


 ……うん。結構イケるな。


 当面はこの前売っぱらった宝石一個でなんとかなりそうである。

 ロブ青年が、比較的まともな買い手を見つけてきてくれたお陰で、このまま無駄使いさえしなければ、生涯暮らしていけるくらいの金額にはなった。


 が、このまま何もしないで、ゲームの筋書きを無視しつつ、寿命を終えるまで隣国で過ごす。 ……という事も可能ではあるけれど、それだと少し、寂し過ぎる気がする。


 折角生まれ変わったのだから、このまま何もせずに追っ手に怯えて暮らさなくてはいけないのも、なんだか味気ない気がしてならない。


 何か……なんでも良いからないかしらね……? 趣味を! 出来れば金になる系で!

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