アサヒのスキル1
前の投稿から間が開いてしまいました。
それでも毎日少しずつ書いておりますので平に御容赦を。
今回はアサヒのスキルの説明回でございます。
俺はスライム退治に行く事をマヒルに言い出せずにいた。
せっかく仲良くなれた女の子といきなりパーティ解消なんてシャレにならない。
駆け出しの冒険者が【自覚無き小魔王】に挑むなんて、一緒に死にに行きましょうと言うのに等しいことだろう。どうしたものか。
「アサヒ?おーいアサヒー。聞こえとぉ?」
「うぇ?」
どうやらマヒルは何度も話しかけてくれていたらしい。
俺に無視されて膨れっ面になっている、…うん、可愛い。
「だーかーらー、アサヒの装備買いに行こー言うとぉに」
「お、おおー、装備、装備なぁ、流石に上下スウェットのままってのはなぁ」
「おまけに靴履いてにゃあじゃにゃあの」
「げっ、靴下のままだ」
「そんにゃあで小魔王と戦うって言うとぉなら流石に止めとぉよ」
「………え?」
「スライム、倒しに行かにゃあの?」
「いや、っていうか、倒しに行くって言っても付いてきてくれるの?」
「乗り掛かった船降りるのも格好つかにゃあしね」
「ふおおぉぉ…、天使や…、本当の天使より天使や…」
「あはは、アサヒは他の冒険者とは一味違うみてゃーで少し楽しいんよ」
「ほー…、そういうもんかね」
「だ」
この世界で初めて仲良くなれたのがマヒルだった事は幸運だったのかもしれないな。
そして俺はそんなマヒルにもう1つお願いをせざるを得ない。
「ところで…マヒル様」
「なんにゃあ?何でまた様にゃ?」
「お金…貸してください…、靴代だけで良いので!必ず返すから!」
「アサヒ文無し!?」
「恥ずかしながら」
この世界には来たばかり、あの似非天使アーミャは装備もお金も何もくれないし、元の世界で準備する時間すらくれなかった。
「良いけど…、私もそんなに持ってにゃあよ?」
「靴下で走り回るのはちょっとね…」
「んむぅ…、靴代だけなら」
「あざーっす!」
二人で向かったのは革用品を扱うお店、靴はもちろん鞄や革鎧なんかも置いてあった。レトロな雰囲気が街並みとマッチしていてなかなかに好みかもしれない。
しかしここに来る途中で見掛けた目付きの悪い二人組の若い男が景観を損ねたのはマイナスポイント。人の往来をジロジロと眺めるヤンキー、こっちにも居るんだな、ああいうの。治安はそんなによろしく無いのかもしれない。
いざとなったら俺が男らしくマヒルを守って…、ああ良いや、落ちが読めるフラグはよそう。
棚に並んだたくさんの靴。いや、言う程たくさんは無いようだ。
地元のスーパーマーケットの靴売り場の方がまだ品数が豊富だと言える。
値札らしき物にはだいたい200C~2000Cと書かれていた。言語統一魔法のおかげで文字は読めるがそれがどれだけの価値かは分からない。
「マヒル様、どれなら買っていただけますでしょうか」
「もー、様って言うにゃ!んー、…500カッパーまでで」
最低額じゃないとこが優しい。本当にお金は無いけど最低額は忍びない的な。
そして通貨単位はカッパーという事も分かった。
「あざーっす!あーっす!」
「アサヒのそのノリはよぉわかんにゃあなぁ…」
俺的には先輩に奢ってもらう後輩の感覚だ、もちろん金は返すが。
選んだ靴は上限ピッタリ500カッパー。
防御力よりも軽さ、ホールド感、グリップ力を重視した選定だ。
上下スウェットで防御力皆無なんだから靴だけ防御力あってもしかたないし、けっこう良い判断なんじゃなかろうか。
それにしても、女に金を支払わせるヒモっぷりで店員の視線が痛い。
マヒルが巾着袋から貨幣を取り出し店員に渡す時の店員の「え?この子が払うの?」感がいたたまれない。何かね?この世界でも金は男が出すものなのかね?
マヒルは中身の寂しくなった巾着袋の緒を締めて溜息をつきながら店を後にする。
巾着袋をしまおうとした正にその時だった。
マヒルの手から強引に巾着袋を奪い去る一人の男、さっき見たヤンキーの一人だ。
俺は慌ててマヒルの元へ駆け付けるが時既に遅し…。
「マヒル!だいじょう、ぶ……うん、大丈夫そうだね」
マヒルから金を奪った男の腕が曲がってはいけない方向に曲がっている。
一瞬でヤンキーの腕を掴み捻り上げる匠の技、あれ折れて無いだろうな…。
泡吹いて悶絶してるヤンキーが逆に可哀相になるが因果応報とはこの事だろう。
「アサヒ!お金取られた!」
「え!?」
「二人おった!もう一人の方に私のお金投げ渡して…そいつ逃げてった!」
確かに走り去る人影が1つ、あいつに違い無いだろう。
「分かった!俺に任せろ!」
陸上部で鍛えた足を舐めてもらっては困る、走るのは意外と自信があるのだ。
とは言っても距離が遠すぎる、果たして追い付くかどうか…。
ヤンキーの走っていく先には背丈を超える大きな石壁、ヤンキーはその壁に沿って走っていく。そう、急に曲がられたのだ。追い付く前に見失ってしまう。
もう追い付けないか…いや、待てよ。今こそズルして手に入れたスキル、パルクールの出番では無いだろうか。障害物を最短で越え、時には利用する移動術。
あの石壁に飛び付き上に登れば高い位置からヤンキーを探せるかも。
しかしパルクールなんてやったことが無い、ネットで投稿動画を見たくらいだ。
スキルは身体能力に上乗せで発動するというが、どこまで信じて良いのやら。
なんて悩んでる間にもう壁は目の前、減速したら跳べない。
もう…行くしかない!
勢いを殺さず歩幅を調整、大丈夫、大丈夫。やれる。
地面を強く蹴り体を上空へ、少しびびったが何とか手は石壁の縁へ。
びびった理由は跳ぶ事に対してじゃない、体が跳び過ぎる感覚に対して。明らかに自分の能力以上の力が引き出されようとしていた。
これがスキルの恩恵か、おもいっきり跳躍したらどこまで手が届くのだろうか。
反動を利用して体を持ち上げ、壁の上に上がる。壁の厚みは20センチはありそうだ、これだけあれば足場として十分。
立ち上がると自分の身長が二倍になったかの様な高さに怯んでしまう。
しかし…見付けた。ヤンキーは壁を挟んで真っ直ぐの所にいた。
この壁は急勾配を遮り下に落ちないようにするための物だったらしい。
ヤンキーは壁を迂回して緩やかなスロープを下り今に至る、この壁を越えた俺は圧倒的に道を短縮した立ち位置となる。
しかしそれは飛び降りる事が出来れば…の話だが。
急勾配なのだから当然上がった高さよりも飛び降りる高さの方がずっと高い、石壁の上からだと更に二倍は高い。
こんな高さは俺が見た動画の中でも飛び降りる奴はいなかった。
しかしもうここまで来たらスキルを信じるしかないでしょうよ。
「う、うおおおおお!!」
加速し早打ちする心臓の音を書き消す様に叫ぶ。そして壁の上から体を投げ出した。
バンジージャンプすら飛んだ事の無いこの俺にここまでの度胸があったことに自分自身で驚いている。
俺の体はまるで羽でも生えたかの様に軽く、ヤンキーに向かって距離を縮めつつ飛距離を稼ぐ、しかしあと少し、まだ少し足りない。
…ちょっと待て、どうやって着地するんだこれ。
高い所から飛び降りた時は…。
俺は着地と同時に膝をクッションにして身を屈め、勢いを逃がす様に地面を転がる。前転し、尚も止まらぬ勢いに身を任せ手と首をバネにして体を起こす。
「っしゃ!出来たぁぁぁあ!!」
大きく距離を開けていたはずの俺が真後ろまで迫ってきた事にヤンキーは驚きの表情だ、そりゃそうだろう、俺だって驚きだ。
「はああぁ!?おまえどこから降って来やがったクソがあ!」
ヤンキーが道沿いに立て掛けてあった長い丸太に手を掛けた。
おい待て、流石に止めろ。倒すなよ?倒すなよ?
「死ねぇ!」
案の定倒れてくる丸太、しかも1つじゃ無い。パッと見5本くらい。
これは流石にきつい、回避に専念しないと潰される。俺の装備スウェットだからな?丸太なんて受けれないからな?
丸太の一本を足で蹴り、その反動で後方へと宙返りして丸太から逃れる。
「くっそぉ~、また距離開けられたな……ん?」
丸太を見て俺はある事にふと気付いてしまった。
丸太は棒状…、俺のスキルのジャベリンマスタリーでこれ投げれるんじゃ無いかな。
丸太を1つ拾って両手で構える、流石にこの太さではスマートには持てないし、スマートには投げれないだろう。やはりスキルを信じるしかない。
そして、投げるための動作をとると不思議と確信した。
「行ける………、くっらえ!このやろおぉぉおおおお!!」
俺の投げた丸太はさながらライフルの弾の様に回転しながらヤンキーへと迫る。
あ、ヤンキーも気付いたようだ、顔面蒼白とは正にああいう顔だろうな。
丸太という巨大な質量を持った飛来物は除夜の鐘の如くヤンキーを煩悩ごと吹き飛ばす。
「うひゃー、あれ死んでねぇだろうなぁ」
ヤンキーに近付いてみる、意識は飛んでいるがなんとか呼吸はしていた。
「お、生きてる。しぶといことで」
俺はマヒルの巾着袋と、ついでにヤンキーのお金も持っていく。ヤンキーと言うか…これが盗賊ってやつだろう、人の物取ってるんだから取られても文句言う資格は無い。
この世は弱肉強食、恨むで無いぞ。
取られた金が増えて帰ってきた。さっそくマヒルにお金を返せそうだ。
マヒルがどんどん名古屋市民になっていきますな。
味噌とか好きそう。
ジャベリンマスタリー、意外な高火力。
投げれる物があればの話ですが。




