VSユニコーン4
上空から降り注ぐ見えない恐怖。
全てを押し潰す空気の塊が周辺の地面を陥没させる。自然現象のダウンバーストと違うのは風が横に広がらない事、圧縮された空気は横に逃げたりしない。
その範囲内に生き物が居れば元の形なんて分からない程に悲惨な有り様になるだろう。
ユニコーンは自分の魔法で空気圧を相殺し、威風堂々と自分こそが最強なのだと、そう言いたげに軽く嘶き、こちらを見下ろす。
そう、見下ろされている。範囲内に居ながら俺らは生きているのだ。
時はほんの数秒ほど遡る。
……… …… …
「アクアガーデン…シャトー」
ユニコーンがダウンバーストを起こす直前にヤテンが割り込み、魔法を行使する。それは魔法というよりは芸術だった。
俺とマヒルとヤテンの3人を囲うようにして小さな水の城が出来上がったのだ。
まるで水晶の様に見える城の壁は圧縮された水。サイズこそ物置き小屋だが、その佇まいは神秘的で、西洋のお城を思わせる。
しかしその姿を保っていられたのはほんの僅かな間でしかなかった。
上空からかけられた大きな圧力が城を潰し、削り、水飛沫となり磨り減っていく。
その様子をユニコーンはただ見つめていた。自分の優位は揺るがないと、その目が語る。
上空からの風が止むのと城が消滅したのはほぼ同時だった。
ヤテンがいなければ俺もマヒルも空気に押し潰されてお煎餅になっていたところだ。
「すまんヤテン、ありがとう」
「アサヒに死なれては…困るから。でも…もう魔力が無いわね。次は凌げないわよ」
「分かった、ヤテンは下がっててくれ」
「……無理ね、もう」
「え?」
突然ヤテンが後方へ吹き飛ぶ、それは音も無く静かに目の前に居た。
雪の様に真っ白で、ばんえい馬の様に大きな馬。ユニコーン。
その大きな蹄がヤテンを蹴り飛ばしたのだ。
いきなり角で刺されなかったのはマヒルが咄嗟に角を斧で弾いたから、俺は攻撃を察知する事も出来なかった。
ユニコーンにまとわりついていた酸はもう消えている、ヤテンの魔力が尽きたからか、もしくは今の攻撃で…。
「ヤテン!」
俺はヤテンに向かって走るが、それを追いかけるようにして走ってきたユニコーンが俺を追い越し、ヤテンへと駆ける。
やはりユニコーンの第一標的はヤテンらしい、背中を向けて走っていた隙だらけの俺を無視してヤテンへ止めを刺しにかかる。
ユニコーンの蹄はヤテンの足を踏み潰し、粉々に砕く。
そして、転がるヤテンを角で突き刺し、空中へ放り投げてしまった。
放り投げられたヤテンは俺の目の前に落ち…力無く転がる。
「ヤ…テン?う…うああああ!」
口から垂れた赤い液体、穴の開いた腹部、…これは、もう。
助からない、そう思う気持ちを否定しようと必死に頭を巡らすが助ける方法など出てこない、だって…もう…既に。
『魔力が満ちた』
その声はエクリプス、俺の中に住み着いた日食の月兎。
「遅い!今さらか!」
『…それは僕のせいじゃないだろ?』
「早く力を貸せ!」
悪いのは俺の力不足だ、そんなのは分かっている。しかし気は鎮まらない。
俺のせいか?いや、悪いのはあの馬だ、…殺してやる。
『…はぁ。使うのはアサヒだ、いつでも使えるよ』
「骸真偽の槍!」
右手に巻き付いた腕輪が紫色に光り、俺の右手に紫色の光の槍が出現した。
シンプルで、ただ真っ直ぐな槍。
「リビングデッドエクリプス!」
『天網を穿て、理に風穴を』
リビングデッドエクリプス、それは自分が屠った相手を武器として一瞬だけ歪に蘇らせる冒涜的な外法。その際に死者の呪いが生じる。
その呪いを俺の変わりに受けるのが骸真偽の槍だ。
骸真偽の槍から蟹の脚が出てこようとしていた。
『早く投げないと危ないよ?』
俺は大きく体を開きユニコーンに向かって槍を構え、手を強く絞りこむ。
ユニコーンは受けてたつと言わんばかりにこちらを見つめていた。
「行け!カルキノス!」
俺が投げた槍はユニコーンに向かって飛んでいく、しかしそれもユニコーンの空気圧の壁によって減速してしまう。
魔法の槍であっても魔法の防壁に防がれる、それは予想していた。
しかし俺には分かっていた、カルキノスならいけると。
骸真偽の槍はユニコーンの空気の防壁によって失墜する。
しかし地面に着いたのは槍では無かった。槍から生えたブレイド状の蟹の脚が地面に着地する、それは正しくカルキノスの脚だった。
また一本、そしてまた一本と槍から巨大な脚が生え、槍が地面を走る異様な光景となる。
神々しいユニコーンに向かって疾走する禍々しい異形の槍。
傍目から見たら間違いなく俺が悪者に見えるだろう。
元のカルキノスに比べれば小さいが、それでも暴れまわる脚は圧巻の一言。
それに小さいのは見た目だけでその質量は元のカルキノスそのものらしい。
それはユニコーンがカルキノスの脚を魔法で抑えきれていない現状が物語っている。
そしてとうとう辿り着いた槍をユニコーンは全力で迎え撃つ。
が、しかし物事には相性という物が存在する。
ユニコーンの角で叩き折られたのはカルキノスの脚一本。
いくら強力で最強の角があったとしても、それは一本だけ。蟹の脚は十本あるのだ。
単純な話だ、1対10。この物量差の前では一本の業物も意味をなさない。
魔法で弾けない、物理的にも対応出来ない、ならば結果は見えている。
ユニコーンが正面から攻撃を受けず、逃げていれば違う結果になっていただろう。
しかしユニコーンは逃げない、相手の必殺の一撃から逃げるような奴じゃない。それはヤテンが教えてくれた事だった。
カルキノスの脚がユニコーンを押さえ込み、切り刻む。
自分が投げた槍とはいえ、自立して走る槍がしたことだ。
自分が殺したという実感は薄く、どこか客観的な自分がいた。
…終わった、ユニコーンの最後の嘶きを聞き遂げた後、強い頭痛に襲われ、俺の記憶はそこで途絶える。
「アサヒ!アサヒー!」
……… ……… …… …
…… …
ユニコーン戦決着!
ギャグやラブコメもありますがこういう話だったりします。
ヤテンがどうなったのかは次回で!
第3章、まだ少し続きます!




