VSカルキノス4
今回はカルキノスとの戦いです。
楽しんでいただけたら幸いでございます。
カニカニパニッククライマックスです。
泥沼は透明度なんて微塵も無い、カルキノスが収まる深さだとしたら俺にとっては底無し沼に等しい。つまりこの泥沼に飲まれた時点で死亡確定だ。
足場は泥沼に浮かぶ木片のみ。それは斬り倒された樹木だったり旧ダイザミの建物の一部だったものだったり、なんにしたって心もとない。
意を決し近くの木片へと跳躍する。
両足で着地すると腕を振り子のように動かし、前のめりになる重心を後ろに誘導してバランスをとった。行ける、安定している。後は沈む前に次に飛び乗れば良い。
やはりパルクールのスキルを使えば地形の不利はある程度克服出来る。
移動術とリーチの長い投擲術は多種多様な相手と戦う上でなかなかに便利かもしれない。
カルキノスはどこに潜んでいるのか。
いや、どこでも構わない、どうせ分からない。あとはタイミングの問題だけ。
そして、タイミングだけの話であれば我が愛しのマヒル様が教えてくれるはずだ。
「アサヒ!下!」
ほらね。
注意を下に向けると俺が足場にした木片に亀裂が走るのが見えた。
俺が立っていた場所に鋭利な鋏脚が突き上げる。
泥沼に一瞬にして聳え立ったソレは巨大な剣の塔と呼ぶに相応しい。
事前に察知していた俺は次の足場に素早く移動していた。
冗談じゃない、あんなのに突き上げられたら痔では済まないぞ。
冗談では無いし冗談を言っている場合でも無い。
高く聳え立った鋏脚は関節で折れ曲がり、今度は巨大な鎌となって横薙ぎに俺を刈り取ろうとしてくる。あれ?これ詰んだ?
カルキノスの鎌はあまりにも長大で逃げ場が無い。
これが上から見下ろすタイプのアクションRPGだったら即死攻撃だ、クソゲーにも程がある。しかしこれはゲームでは無い、3Dのリアルだ。
迫ってくる鎌にタイミングを合わせ跳躍する。
さあ、今度の足場は高速で動く鎌の上だ。
着地と同時に腕を振り子にして重心のバランスをとる、狭い足場に飛び乗るのは俺には容易い芸道だ。
たとえそれが巨大なカニの鎌だろうとやることは何一つ変わらない。
カルキノスの鋏脚に乗った俺はそのまま脚の上を根本側に向かって疾走する。
狙いはもちろん関節だ、毒針を打ち込むには俺の腕力では関節以外は刺さらない。
しかしそれはカルキノスとて警戒済み、俺が移動しきる前に脚を泥の中に戻す。
「くっそ、やっぱり簡単にはいかないか」
俺も近くの足場へと飛び降りた。
小魔王はやはり一筋縄ではいかない、だが圧倒的に不利な訳でも無さそうだ。
戦えている。勝機はある。あるはずだ。だからこそカルキノスも俺を警戒している。
「アサヒ!下!あと前方にも!2本来とお!」
マヒルの声が敵の攻撃を教えてくれる、正直な話これが無かったら不意打ちくらって今頃死んでる気がする。
マヒルの直感スキルこそチートだと思う。
横に飛び退き足場に乗る。その時だった、またマヒルの声が聞こえてくる。
「3本目!下!」
おいおい、勘弁してくれよ、鋏脚だけじゃねぇのかよ。どんな姿勢で潜ってんだよ。
出てきた3本目はやはり歩脚だった。歩脚とは言ってもカルキノスの脚は全てが刃物、下から突き上げるギロチンから身をかわす。
「4本目!前!」
今度は前方、身をかわした先に歩脚が聳える。避けれない!
「う、おおおおおお!」
背中に背負ったジャベリンを外して盾とし、カルキノスの脚に衝突する。そしてジャベリンをそのまま足場として強く蹴り、体を縦に旋回し後方へと離脱した。
ジャベリンを失っての緊急回避だ。もう1本脚が出てきたら本当に詰む。
…出てこないな、なるほど、鋏脚2本と前方の歩脚2本か、残りの脚で泥の中に体を固定させてるに違いない。しかし計4本、それは割りと絶望的だ。
こちらの武器は毒針1つになってしまった。
そんな時、再びカルキノスの鎌が横薙ぎに接近してきた。
「容赦ねぇなぁ!少しは休ませろ!」
やることは変わらない、もう一度鎌に飛び乗る。
逃げ場はそこしか無いし、俺も関節に向かうしか無い。
無い…のだが、鎌がもう1本迫ってくるのが見える。
俺一人にそんなに本気になるんじゃねぇよ。こちとら人間だぞ。しかも高校生だ。
こうなったらやれる事は1つだ。
毒針を構える、刺す為じゃない、投げる為に。
狙うは真下、今足場にしている鋏脚。
狙える場所は堅い鎌部分のみ。
俺の腕力では刺さらない、ならばジャベリンマスタリーのスキルでブーストするしか無い。
「すまんなヒイリ、せっかくくれたのに使い捨てだわ」
俺の手から投擲された毒針はカルキノスの頑強な鎌を穿つ。
カルキノスが慌てて鋏脚を引っ込めたものだから毒針も一緒に泥沼の中へ。そして俺も新たな足場へと着地した。
俺にはもう武器が何も無い、毒が効く事を祈るばかりだ。
カルキノスは俺の投擲の力は知らなかった、予想外のダメージを受けたからか脚を全て引っ込め、その後の動きが見られない。
でかい図体の割りに意外とデリケートな奴だ。
まぁ、俺も攻撃手段を失ったから撤退させてもらうとしよう。
陸地へ戻ろうとしたその次の瞬間に事は起こった。
泥沼が大きくせり上がる。俺の目の前に巨大なカニの顔が現れた。
鋭利なシャッターのようなカニの口が目前に迫る。
これは…今度こそ詰んだ…。もう戦う手段が無い。
ギチギチと音を立てるカニの顔、横にスタンバイしている鋏脚。
逃げ場が無いし、武器も無い。
「は、はは…、いやもう…、無理だわ」
しかし最後の時は訪れない、カルキノスの様子がおかしい。
毒が効いたのか?いや、この巨体だ、そんなに早く毒が廻るとは思えない。
カルキノスは口を動かすのを止め、じっと俺を見ている。
カニの目線なんて分からないけど、視線を感じる。
何にせよ見逃してもらえるなら有り難い話だ。
俺は踵を返し全速力で陸地へと足場を飛び回る。
何故カルキノスが止まったのかは分からない、それは分からないが分かっていた事が1つだけある。逃げる事に集中するべきでは無かった。
カルキノスのリーチなら泥沼の端まで届いてしまう。
そう、カルキノスのリーチの外に逃げるなんて不可能だったのだ。
「アサヒ!カルキノスが!」
「え?」
カルキノスは突然動き出す、それは刹那の出来事だった。
背中に一瞬冷たさを感じ、一気に熱を帯びる。
足場にしていた木片は真っ赤に染まり、俺は力無く倒れ込んだ。
「があああ!!っかは…、く、そ…」
背中を斬られた、一刀両断にされなかったのだけは救いだが、体に全く力が入らない。傷は決して浅くない事を物語る。
今の足場は面積が広く、沈む事だけは無さそうだが、それでも早く移動しなければ。
…無理だ、傷みでそれどころでは無い。本当に力が入らない。
…終わったな、後は止めを刺されて終わりだ。
異世界でもけっきょく英雄にはなれないらしい。俺なんてこんなものだ。
全てを諦めた時、俺の予想とは異なる展開が訪れた。
待て、待ってくれ、ここは俺が死んで終わるシーンのはずだろう。
「ヒイリ!やめろ!二人で逃げろ!」
カルキノスに向かって放たれた石飛礫。
それはヒイリのスリングショットによるものだった。
ダメージなんてあるはずも無いソレは攻撃では無くただの挑発。
カルキノスの気を逸らす事が目的のその行為は驚くほどあっさりと効果をもたらす。
カルキノスは何故か俺に止めを刺さずにヒイリとマヒルに狙いを定め移動した。
カルキノスが俺を殺す事を躊躇う理由は分からない。
分からないが、今はそれどころでは無い。
「俺の仲間に…手ぇ出すなぁああ!!」
…体が…動く。血が止まっている。体が軽い。
生命の闘衣の力が俺に恩恵をもたらしてくれた。
にも関わらず体を動かすと傷みが走る、回復した訳では無いようだ、動くようにしてくれた。しかし今はそれだけでも有り難い。
今から走っても間に合わない、投げる物が欲しい。
倒木などを探し辺りを見渡す俺の目にある物が映る、それはカルキノスの鎌。
鎌だけが泥沼に浮かんでいた。その鎌には穴が開いている。
「あれは、毒打ち込んだ方の…、自切したのか!」
頭の良い奴だ、毒に気付いて切り離してやがった。
しかし今はそれも利用させてもらおう。
俺は鎌を拾い上げると肩の位置に構える。
重い、背中の傷が開きそうだ。しかし生命の闘衣が俺の体を補助してくれている今なら撃てる、その確信がある。
左足を前に、体を開き、鎌を強く絞り込む。
足場が沈む前に、狙いをつける。
「くらええええ!!」
カルキノスに向かって飛んでいくカルキノス本人の鎌は空を切り裂き直進する。
俺が投げた鎌はカルキノスの甲羅へと深く、深く突き刺さった。
カルキノスはしばらく暴れた後、痙攣を起こして動かなくなる。
「勝った…のか…、はは、やった!…って!うわ!はよ足場移動しないと!」
沈んでいく足場を飛び回り、二人が待つ陸地へと向かった。
しかしそこで待っていたのは二人では無く三人。
マヒルとヒイリの他にもう一人、ゴシックロリータの服を纏ったホワイトブロンドの髪の女の子が居た。ダイザミの町で話しかけてきた子だ。
「どうして、ここに…」
「勝った…のね。まぁ、アサヒなら勝つと思ってたわ、この子…優しいから」
「この子?」
「この子はこの子よ、シオちゃん。アサヒは…あの人と同じ匂いがするもの」
シオちゃん?カルキノスの固有名詞か?相変わらず何考えているのか分からない奴だ。
「…よく、分からないな。君はいったい誰なんだ?」
「あら、名乗って…無かったわ。私の名前は…ヤテン」
「いや、名前も気にはなってたけど。君とカルキノスはいったいどういう関係なんだ?」
「ふふ…、焦らなくて良いわ。いつか…分かるから。今はこの子を弔うのが先」
ヤテンはそう言うと泥沼に手をかざす。
「アクアガーデン」
ヤテンの手が青白く光る、あれは魔法だろうか。
汚い泥沼から透き通った綺麗な水が吹き上がる。ヤテンの見た目も相まって優雅なお城の庭の噴水でも見ているような錯覚を起こしてしまう。
打ち上げられた透明な水は光を反射する粒となって降ってくる。
その光景にただ見とれていた。
「シオちゃん、これが…好きだったから」
それだけを言い残すとヤテンは町の方角へと消えていく。
戦いには勝った、しかし残された俺らにはどこか後味の悪さが漂っていた。
長かった第2章も終わりが見えてきました。
次の小魔王は何でしょうか、気になる方はブックマークしていただけると嬉しいです。
第2章、もうちょっとだけ続くんじゃ。




