キャンサー道楽1
読んでくださっている方々、まことに感謝でございます。
今回は小魔王の蟹が少しだけ出てきます。
町にはたくさんの飲食店が立ち並んでいた。そのどれもに「ブレイドキャンサー」のイラストや文字がでかでかと掲げてある。
「あのカニ人気だなぁ、でも良いのか?モンスターなんて食べて腹壊さないのかな」
「モンスターって言っても結局は生き物ですから。あ、あの店席空いてますよ。行きましょ」
俺の手を引っ張って店の中へと急かすヒイリ。こういうやり取りは彼女とやりたいよ。
そう思いマヒルの方へ目をやるとマヒルの表情が少し怖かった。
「マ、マヒル?どうした?」
「さっきから随分と仲良いにゃあ思うてにゃあ…、ヒイリは小さあし華奢で…、つまりは可愛いし、アサヒの好み通りだもんにゃあ…」
「いやいや!ヒイリ男だから!」
「はぁ…、私も可愛くなりたいにゃ…」
「ねぇ!早く行きましょうよー!」
マヒルは可愛いよ!と言おうとしたがヒイリに腕を引かれタイミングを逃してしまった。
「お、おう」
店の中には丸いテーブルがいくつも置かれ、そのどれもに蟹、蟹、蟹。しかしやはりあのサイズの蟹は脚一本だろうと丸ごと机に置くのは不可能なようだ。
砕いた殻をお皿代りにし、その上に白い身が盛られていた。茹でられて赤くなった殻、プリプリとした身、あんな巨大モンスターがよくもまぁこんなに美味しそうになったものだと感心してしまう。
「へいらっしゃー!空いてるとこ座ってくんな」
店員だと思われる人に座るように言われ席を見渡す、必然的に客もついでに見渡す事になるのだがテーブルに座っているのはやはり観光客がメインのように見える。
そんな中、一際異彩を放つ客が一人居た。それは黒いゴシックロリータ服を身にまとった場違いな女の子。冒険者のようには見えず、商人にも見えない、ましてや町人にも見えなかった。貴族の令嬢、そういう言葉がしっくりとくる。
ホワイトブロンドの長い髪はまるで作り物かと思える程にサラサラで目を奪われる。
「アサヒさーん!こっちですよー!」
ヒイリの声にハッとして目をやるとヒイリとマヒルは既に席に座っていた。
「あ、すまんすまん。今行くわ」
席に着くとすぐにウェイトレスのお姉さん…いや、おばさんがやってきた。
恰幅の良い人柄の良さそうなおばさん、おそらくは四十代くらいだろうか。
「はいいらっしゃーい、あらやだお兄さん両手に花ねぇ。良いわねぇ」
「違うから!片方花じゃないから!」
花だとしても真っ赤な薔薇咲いちゃうから!
「そうにゃよね…、こんな筋肉だらけで毛皮のある花なんかにゃあよね…」
花では無い、それはもちろんヒイリに対して言ったはずなのだが、何故かマヒルが自分の事だと勘違いしてしまったようだ。
「いやいやいやいや!」
マヒルの筋肉は絞りこまれていて無駄が無く、引き締まった体はセクシーささえ感じる。柔軟でしなやかな筋肉はやはり猫科の動物のそれだった。
いやしかしそういう褒め方はセクハラか?どう言ったものか。
「店員さん、僕たち新鮮なブレイドキャンサー持ってきたので調理してもらうことって可能ですか?一匹丸ごとなので食べきれない分は買い取ってもらいたいのですが」
ヒイリがさっそく商談を始める、こういうところはちょっと商人ぽいかもしれない。
「はいはい大丈夫よぉ。冒険者の客も多いからねぇ、割りとそういうサービスも受けが良くてねぇ。もちろん買い取らせてもらうわよお」
「ではブレイドキャンサー出しますね、どこに置けば良いですか?」
「あら、ティタンポケットね?厨房まで来てもらっても良いかしら?」
二人は厨房まで歩いて行ってしまった。チャンスだ、今のうちにマヒルの誤解を解かねば。
「ん、んん!あのですねマヒルさん、俺はマヒルの事ちゃんとかわい」
「アサヒさーん!新鮮だから刺身はどうかって聞かれたんですけどー!」
言い終わる前にヒイリの声が聞こえてくる、タイミングが悪いが返事しないと可哀想だ。
「あーもう!お任せで良いよ!」
「分かりましたー!」
俺は改めてマヒルの顔を見つめる。少し拗ねた表情がなんとも可愛い。
「で、だね。俺は今まで生きてきた中でマヒルが一番かわ」
「アサヒさーん!ライオルトは生のカニ食べるとお腹壊すかもしれないらしいんですけどー!」
またも言い終わる前にヒイリの邪魔が、あいつわざとじゃねぇだろうな。
「ああぁぁもう!それなら生は少なめで、後は火ぃ通してもらって!」
「分かりましたー!」
よし、流石にもう邪魔は入るまい、俺は一度大きく深呼吸し気持ちを切り替えた。マヒルに想いを伝えよう!と思ったその時だった。
「アサヒさん、おまたせしました。後は調理を待つだけですので今後の話でもしましょう」
普通に戻ってきたよ!あーもう良いや、どうせヒイリとはこれでお別れなんだからマヒルとはまたゆっくり話そう。きっとヒイリの話もそういう話だろう。
「お二人のおかげでここまで無事に来れました。ありがとうございました、お二人ともユニークで楽しかったです。ここは僕が奢りますので好きなだけ食べてください」
「おう、ありがと。ヒイリとの契約はこの町までだったよな」
「はい、契約はこの町までですね。また機会があればご一緒したいです」
料理が来るまでまだ時間はあるだろう。俺は気になっていた事を聞いてみた。
「この町が栄えたのがブレイドキャンサーのおかげって事は分かったけどさ、それが小魔王のおかげってのはどういう事だ?」
「この土地に住む小魔王、カルキノスの事ですね。ブレイドキャンサーの最終進化だって聞いてます。自然発生の進化では決して見る事の無かった進化形態らしいですよ」
「ほほー、そいつは見てみてぇもんだな」
そんな俺の言葉に返事を反したのはヒイリでは無かった。
「あらあら、お兄さんもそれ目当てかい?むこうの窓から見えるから、望遠鏡も貸そうか?」
さっきのウェイトレスのおばちゃんだ、小魔王が見える?何を言ってるんだこの人は。
疑いつつも窓まで移動し外を眺めてみる、いや、木々やら何やらで何も見えない。
「違う違う、もっと上さ、上」
手に単眼の小型の望遠鏡を持ってきたおばちゃんが上の方を指差す。言われるがままに視線を上に移すととんでもないものが視界に写りこんできた。
「おいおいおいおい、まじかよあれ」
そこにあったのは遠目でも分かる程に巨大な蟹の胴体、そしてそれを支えている歩脚、歩脚の一本一本が樹木よりも長い。
さらに圧巻なのが歩脚よりも更に長い鋏脚、その鋏脚を上に振り上げた姿勢で固まっている。そのフォルムはタカアシガニの様だった。
「望遠鏡、使うかい?」
「お願い…します…」
おばちゃんから望遠鏡を借りると改めてカルキノスを観察する。
その色は灰色に青みがかったような配色でブレイドキャンサーとほぼ同じ、だが鋏脚は両手とも尖っているように見える。
「実はあれ脚も全部刃物みたいになってるらしくてねぇ、蹴られただけで調査隊が真っ二つにされたなんて事件もあったんだよ」
「うぇ!?危ないじゃないか!何悠長に観光名所みたいな扱いされてんの!?」
「それがねぇ、ちょっかいかけない限りは向こうから町に攻め込んでくるような事は無いんだよ、あの場所が気に入ったのかねぇ」
「あの場所って何なの?」
「旧ダイザミ、廃墟さ。まぁ、ここらは地盤悪いからね、陥没したんだよ」
「小魔王って別に人間に敵対心持ってるって訳じゃねぇのかな、これは倒さなくても良いんじゃないかなあ。後で天使に…ん?」
横から視線を感じて見てみると隣に女の子が立っていた、歳は俺よりも少し年下だろうか。先ほど見かけたゴスロリ服の女の子、近くで見ると更に…、何というか世界から浮いているような不思議な雰囲気を持っていた。
「ねぇ、あなた…小魔王を倒しに来たの?」
急に話しかけられて驚いてしまう、そもそも小魔王を倒すなんて普通は正気では無い事らしいし、こんな真面目に聞かれるとも思わなかった。
「へ!?あ、ああ。まぁ、倒さないといけない天使様の呪いみたいなのにかかっててな」
嘘は言っていない、しかしこれならふざけてると思ってくれて話は終わるだろう。
「…そう、あなたなのね。あの子、強かったでしょう?」
「え?ちょっと?何の話?」
「小魔王は人間の…敵よ。間違いないわ。人間が小魔王の敵だとも言える」
「あのー、あー、俺そろそろ席に戻らないと」
とんだ電波さんに絡まれてしまった、早く話を切り上げたい。
「弱い方が…死ぬ、それだけなのだけど、分からない子も…いるから」
やばい!これはほんまもんの電波さんだ!誰か助けて!
「アサヒさーん!料理来ましたー!早く早くー!」
席から俺を呼ぶヒイリ、今度はタイミング完璧だ!今回ばかりは誉め称えてあげたい。
「じゃ!そういうことだから、君も席に戻りなよ」
「ふふ、アサヒ…ね。また会いましょう」
名前覚えられたー!もう会わねぇよ!俺は急いでマヒルとヒイリが待つ席へと向かった。
はい、小魔王キャンサーの名前はカルキノス。
シェ○ガオレンではありませんよ!あれはヤドカリですから!これはカニですから!
外骨格とか自重とかもう気にしたら負けだと思います。




