Agriculture 4
「これでよしっと…」
雑草抜きを終えてから一通り花や野菜を見て回り、害虫駆除と余計な花の摘み取りを完遂させ、パンパンと土が付いた手をはたく。
魔法が使えれば害虫駆除も一瞬なのだが、ヴェルディ程度の魔力では不可能であるのは言うまでもない。
まぁ、この手間が農業の醍醐味であるし、魔法は下手したら害虫だけでなく作物まで消し去ってしまう恐れがある。
4軒隣のタックさん(54)が現にそれをやらかして、パッサ田2枚分のパッサを消し去り、それからずっとショックを引きずっていた。今は皆の笑い話になっているが、当の本人タックさんの目は笑っていない。もう立ち直ったと言っていたがあれはまだ引きずっている目だ。
つまり害虫ぐらい大量の小さな相手に広範囲魔法をかけるとなると精密な魔法制御が必要で、ベテランであってもたまにミスをすることがある。
2枚分のパッサが消えるなんて…考えただけでも恐ろしい。丹精込めた家庭菜園の野菜全てが消えてしまう想像をしたら、たちまち冷や汗がでた。
「いいや、魔法が使えない私には関係ないし。
さてと気を取り直して次は新しい子たちを植えよう…ニロさんにもらった苗だからきっと美味しい野菜ができるわ。」
近所に住むニロさんは齢80にして未だ現役の農家で野菜のエキスパートだ。ヴェルディもニロさんレベルの野菜を目指しているが、未だにその味を越えるものは作れていない。
そんなニロさんから貰って今回植えるのは、ベロツィという焼くと美味しく煮ても最高、パッサとの相性も抜群に良いので、食卓に副菜として頻繁に登場するほどメジャーな野菜。
この街でパッサに次ぐ生産量を誇る。
ウキウキと貰ったベロツィの苗を用意しながら「そういえば」と思い出してしまったのは、先ほどの事があったからか。
「ベロツィってアッシュの好物なのよね…」
アッシュは小さい頃からベロツィが好物で毎日に大量に食べ、しまいにはヴェルディのお弁当に入っていた分まで奪い取るほどだった。
魔法を使って巧みに奪い取るので、手も足も出なくてされるがまま。悔しい思いをしたものだ。
今、王都の高等学校で主席を争うほど魔法の才能があるアッシュは、その頃から他の子と比べて頭2つ、3つは抜きん出ていて、魔力ほぼ0のヴェルディが敵うはずもなかった。
「よし、ベロツィ上手くできたらアリスさんにあげよう。…対アッシュ用の野菜にしてもらわなきゃ。」
アリスさんとはアッシュの母親の事だ。アッシュと違ってフワフワした天然な方でヴェルディを娘のように可愛がってくれている。
そして対アッシュ用の野菜というのは、ヴェルディが丹精込めて作った野菜の中から厳選したものをアリスさんに提供し、イングラム家の食卓に定期的に出してもらっているものの事。
もちろんヴェルディが作った野菜だという事はふせている。
ヴェルディが17歳にしてこんなにも農業に夢中になっているのは、もちろん農業が楽しいというのが1番の理由だがーー裏事情としてアッシュを見返してやりたいという思いがひそかにあるからだ。
昔から今まで魔法が使えずにずっとアッシュにバカにされ続けているヴェルディが、何かでアッシュに勝てないか考えに考え抜いて選んだ農業の道。
何もできないヴェルディが、自分のたった一つの才能を最大限に生かすことができる道。これしかないと思った。
だからアッシュがヴェルディの野菜を食べて「うまい!」ともし一言言ったならそれだけでヴェルディ的には勝利だ。
魔力がなくてもこれだけうまいものが作れるんだぞ、と示してやりたい。
あのムカつくアッシュをぎゃふんと言わせてやりたい。
もちろんヴェルディは分かっている。他の人から見たらむちゃくちゃくだらない理由だという事を。
それでも、1度くらいは、あいつに自分の作った野菜をうまいと言わせてやりたいのだ。