Agriculture 3
この世界には魔法があり、人々の生活において必要不可欠である。
お湯を沸かすのも魔法。洗濯物を乾かすのも魔法。お風呂だって料理だって、とにかくいたるところに魔法。
魔法がなければ生活が成り立たないと言っても過言じゃない。
例外的に魔法を使うことができない事象は少々あるが、一般人が普通に暮らしていく上でなんら問題はない。日常生活においての魔法は万能だ。
そしてヴェルディの国でも国民はほぼ全員魔力を有していて、平均的に2歳を過ぎる頃には立派に魔法で風呂も沸かせるようになる。
学校教育は教養科目と魔法科目が3:7の割合で行われ魔法の比重が圧倒的に大きい。
魔法万歳!豊かな生活万歳!ーーと一般的にはこうなるわけだが…
ヴェルディの場合は違う。
ヴェルディは…生まれつき魔力をほとんど持っていなかったのだ。
火をつけようと思っても、手のひらが平熱よりもちょっとあったかくなったかな?程度。
水を出そうと思って力を込めても出てくるのは汗ばかり。汗も水といえば水なのかもしれないが求めているものとは全く違う。
学校の授業も教養科目はトップに名前を連ねていたが、魔力がないから魔法科目は全然ついていけなかったし、なにより他の子供達に「役立たず!」「魔力なし!」とバカにされ続けた事が一番辛かった。
そしてその筆頭となっていたのがーー…
「あーもう!イヤな奴思い出した!クソアッシュ!バカアッシュ!」
隣の家の幼馴染、アッシュ・イングラムだった。
家庭菜園の畑についたヴェルディはアッシュに対する恨みを込めながら雑草をブチブチ抜いていく。
ヴェルディの家庭菜園の畑は、隣の家のすぐ横だからこの独り言は全て筒抜けなのだが、当の本人アッシュは王都の高等学校に通うため、寮生活をしており不在。
帰ってくるのは週末のみなので、平日はいくらでも独り言言い放題なのである。
ちなみにヴェルディは、15歳までの義務教育を終えて進路を選ぶ際、高等学校に進学する道は早々に候補から外した。
高等学校は王都に5つしかなく、進学する場合は街を離れねばならないというのも嫌だったし、何より義務教育期間以上に魔法の授業が増えるため、ヴェルディに限っては留年する可能性もないとは言えなかったからだ。
そもそも王都までいって、魔法が使えない様を見せてみんなに笑われて、今までのように恥をかくことが分かりきっているのに、進学しようなどと思うはずがない。
街で一番仲のよかったミラは、ヴェルディが進学しないと聞いて心底残念そうだったが。
「あ、アッシュって後2日でかえってくるんだっけ…。
っていうかあいつも意外とまめよね…ちゃんと週末ごとに帰ってくるし。普通17歳くらいの男子は、3ヶ月に1回帰って来ればいい方だって、3軒隣のニロさんが言ってたのに。」
独り言を言いながらもテキパキと動き、手は休めない。恨みを込めて抜いた雑草をポイポイと手際よくカゴに放り込んでいく。
街の秘伝の方法を使うと、この雑草たちがパッサの上等な肥料になるのだから1本だって取りこぼせないのだ。
「でも帰ってくるたびにうちまで来てイヤミ言ってくんのはなんなの!『お前女として枯れてる』、『おばあちゃんかよ』…好きでやってんだからほっときなさいっての!
あんたこそ家の手伝いしなさいよ!おまけにわざわざ王都で買った彼女へのプレゼント見せつけてくるけど暇なのか!渡してから帰ってこい渡してから!」
そう、アッシュは帰省するとわざわざイヤミを言うためだけに、家庭菜園満喫中のヴェルディの所にやってくる。毎週欠かさず。
手にはいつもきれいな包み紙で包まれたプレゼントを持っているが、ヴェルディにくれるのはその場でポケットから出したボロボロのクッキーとか、良くて溶けてないアメ。
くれない物なら家に置いてくればいいのに毎回持ってくるので、一度「その包みはなんなの?」と聞いた時は「これはお前用じゃねーよ!お前なんかこれで充分だろ。」と、やはりポケットから出したクッキーを投げ渡してきた。一応パッケージに王都の観光名所である塔の絵プリントがあったから、お土産っちゃお土産なのだが。
アッシュの持ってくるプレゼントは、いかにも女の子向けのラッピングが施してあるので、渡す相手はきっと女の子。
つまりあいつは彼女がいるという事を自慢するためだけに、毎回プレゼントを見せびらかしに来るのだろう。
それにしてもアッシュのお眼鏡にかなうとはどんな子なのか少し気になる。
小さい頃は生意気だったアッシュも成長するにつれてグッと背も伸び、もうヴェルディより頭1つ分以上高い。金髪に海を思わせる青い目は、他の女子からするとイケメンらしい。
おまけにあいつはヴェルディと違って魔力も多く魔法の才能もあったから、中等部ぐらいからモテにモテた。全く、皆外見に騙されている。
王都の学校でも女子の反応はこっちと同じだろう。よりどりみどりの女の子から選んだのだから、きっとすごい美人に違いない。
ヴェルディにしてみると、アッシュを好きになる気がしれない。
この国で最も多い茶髪・茶目の自分とは違う、きれいな髪と目は羨ましいと感じるがそれだけである。
アッシュには昔いじめられていた上に、今もヴェルディに対する態度がかなり冷たいので、持っているのは好意どころか敵意のみだ。
「……しまった、こんな事考えてる場合じゃないわ。」
いつの間にか手を止めてぼーっと考え込んでしまっていたらしく、慌てて作業を再開する。
「そう言えば新聞に載ってた王都のお菓子、食べたいけどアッシュに頼むのもなぁ…。
ミラは2カ月先まで帰ってこないって言うし。って言うかそもそも頼んだところでアッシュが買ってきてくれるわけないか。」
ヴェルディの独り言は、雑草を取り終えるまで尽きる事はなかった。もはや癖なので仕方ない。
しかし最初の方でアッシュへの恨みを原動力としてテキパキと進めたおかげか、普段よりもだいぶ早く雑草抜きが終わったため、そこだけはむかつく幼馴染に少しだけ感謝である。
小指の爪ほどの感謝だけど。
農業知識0で書いております…。
雑草って確か全部抜くんじゃなくて、少し残した方が良かったんだっけ…