Agriculture 2
ヴェルディの暮らす街カロッタは、王都からそこそこ離れたのどかな田舎である。街の名産は国で主食として食べられるパッサ。
パッサは成長すると小ぶりな茶色い実をつけるので、それを粉末状にしてから捏ねてしばらくねかせ、ふっくら焼き上げたものがこの国のスタンダードな朝ご飯だ。
ヴェルディの両親ももちろんパッサ作りをメインとした農家で、ヴェルディ自身小さい頃から毎日手伝いに駆り出されている。
それはこの街の子供なら皆やっている事で特に珍しくはないが、ヴェルディの場合はパッサ作りの手伝いに加えて自分の作った畑で完全に趣味の家庭菜園も行っており、一日を全て作物や花の世話に費やしているという本格的な農業バカである。
今日も毎朝恒例のパッサの世話が終わった後、いそいそと自分の家庭菜園に出かける娘の姿を見て、父親のヴィットはため息をついた。
「お前は…なんでそんなに植物ばっかり…。農家の娘としてはこの上ないほどできた娘だがな、まだ17歳だぞ?他にやる事あるだろ?」
まーたいつもの小言が始まったか。このところ家庭菜園に向かおうとするとヴィットが何かとブチブチ言ってくる。
毎日の事だが、いや毎日言われてるからこそイラっとしてヴェルディは言い返した。
「別にいいでしょ!好きなんだから!ほっといてよね!」
「あのなぁ、好きといっても限度がある。朝パッサ世話して昼は家庭菜園と花壇作りに花の交配、夜はまたパッサの世話!そりゃ手伝ってもらえて嬉しいが…普通お前ぐらいの年の子は化粧して友達と遊びに行くとか、休みの日は服買いに行くとかするだろ?
お前最後に服買ったのいつだ?1年ぐらい前じゃないか?」
全くもって余計なお世話だ。ちなみに服は8か月前にも1着買っている。
そもそも家業が農業だし、趣味も農業なので1日作業服で過ごすことなんて日常茶飯事で、むしろ作業服以外を着る事の方が珍しいのだからそんなに頻繁に買い足す必要がない。
化粧もどうせ仕事をしていたらぐっちゃぐっちゃに崩れるのだからやるだけ無駄。
「1か月前にミラと遊びに行ったじゃない。」
農業のやり過ぎで怒られているのだから、いい訳に農業を使うと火に油を注ぐ結果となるため、思いついた反論の95%を飲み込んで比較的マシなもので言い返す。
「ああ…そう言えばミラちゃんが帰省してきた時に珍しく遊びに行ってたな。」
ヴィットが納得するようなそぶりを見せたので『今日はいつもより早く菜園のほうに行けそうだ』と胸をなでおろした時、
「やっぱりミラちゃんやアッシュみたいにお前も学校に入れるべきだったか。」
ヴェルディにとっての爆弾を投げ込んできた。『アッシュ』に『学校』。2つも。
お父さんも『アッシュ』はともかく『学校』がヴェルディの鬼門であることを知らないはずはないのに。
怒りを込めてダンッと足を踏みならし、ヴィットの前に仁王立ちをする。
「なるほど…お父さんは全く魔法の才能がない私を学校に入れて、またいじめられろって言うわけね?
はー…なるほど。」
「いやヴェルディ、そんな事は言ってない」
目が据わった娘を見てやっと地雷を踏んだことに気付いたヴィットは冷や汗をかきながら手をぶんぶん横に振る。その様子から悪気はなかった事は明らかだが、一度沸騰した頭がすぐに冷えるわけもなく、地の底を這うような低い声でヴェルディは続けた。
「同じ事よ。お父さん、もしこれ以上私に学校だの何だののたまったら…」
「……のたまったら…?」
「2ヶ月後に収穫予定のパッサに除草剤まいて、大量のザワメ虫放ってやる。」
娘のその言葉にヴィットはたちまち青ざめた。ザワメ虫とはパッサが大好物な農家の大敵の虫である。
数年前に大量発生したザワメ虫にパッサを食い尽くされ、泣き暮らしたあの恐怖の日々がヴィットの脳裏に蘇ったのだ。
しんと黙り込んだ父親を見て少し溜飲を下げたヴェルディは「フン!」と鼻を鳴らしてからドスドスと歩いて居間を出る。
学校なんて言葉は2度と聞きたくない。昔の忘れたい記憶が続々と湧き出てきてうんざりした気持ちのまま、家庭菜園の畑に向かうために玄関のドアを開けた。
『アッシュ』の名前も頭を離れない。
あーもう!ムカつく奴を思い出してしまった!