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窓辺の攻防 * 2

 私はいつも通り、下駄箱とカバンに詰め込まれた乙女の恋心を持って帰宅した。それはいつもより数段重いような気がする。

 南に渡せないでいるせいで、この一週間分、南へのそれは部屋にまでどっさりと溜まっている。


 卒業式は、それはそれはすごい有り様だった。それはもう、女子の先輩方は我先にと南のところへ押しかけ、遠目で見る者までもが眩みそうなフラッシュの嵐。それに対し南は、いつも通り、笑顔を一瞬も絶やさずに、色気を振り撒いていた。

 男性に向かって『色気』というのはおかしいのかもしれないけれど、とにかく『一生離さんぞ、こら』とでもいわんばかりに女心を鷲掴みにするような、なにかがあるのだ。


 だから私は、南を魔王と呼ぶ。だってあれは、絶対わかっていてやっているのだ。なんて悪趣味な。


 では、あの日南が私にいった言葉は、なんだったのだろう。

 私が疑問に思うのは、そこだ。

 南は私が書いたのだとわかっていて、『付き合おっかな』なんていう発言をしたのだ。

 けれど現実に、私と南の間は以前とまったく変わらない。幼馴染兼、ラブレター配達人。男女問わず務まりそうな役柄しか、私には与えられていない。しかもそのラブレターの勢いも、一向に留まるところを知らない。


 私って、なんなんだろうなぁ。


 時々、南に向かって怒りながら、泣きそうになってしまう。私と会長がくっつけばいいようなあの発言も。


「ただいまー」


 誰もいない家に向かって、声を響かせる。静かだ、私は大抵、一番に帰ってくる。


 夏に向けて、少しずつ湿度も上がり、陽射しも強くなってきた五月下旬。家の中の空気は外に比べれば涼やかで、軽かった。

 リビングに誰もいないことを確認すると、そのまま自室へ向かった。二階、階段を上がってすぐにある私の部屋は、ちょうど南の部屋の隣にある。窓を開ければ、部屋の中は丸見えだ。


 後で、持っていかなきゃな。重いカバンを抱えながら、これまた重いため息を吐いた。


 どうして、私はこんなに近くにいるんだろう。

 このときほど、幼馴染であることを恨んだ日はない。



 部屋の中に入ると、当たり前に、朝出たときと同じ状態だった。別に、汚いわけではない。ただ少し、トレーナーとジャージがベッドの上に放ってあるくらいだ。それから机の端の紙袋に詰め込まれたラブレターの山と。


 なんか蒸してるな。そう思って、窓を開けようと閉めっぱなしだったカーテンを開けた。その先は、南の部屋。

 あいつは今頃、バイトだろう。だから私は、カーテンを開けた。それから何も考えずに鍵を開ける。視界の隅で、何かが動いた。


「……あ、」


 どうしてか、そこには南がいた。彼の部屋だから当たり前なのだけれど。窓の向こう、灯りのついていない南の部屋。南とは違う、人影。バイトはどうしたんだ。いろんな言葉がふつふつ沸き上がったのだけれど、その光景の前ではすべて、消え失せてしまった。


 そして動けなかった。


「よかったー。先輩、帰ってください。あとはこいつに見てもらうんで」


「え、で、でも、」


 南はいつものように、笑った。それは誰もが釘付けになる、微笑み。魔王様の得意技。


「あんたじゃ俺の相手にならないって、いったデショ」


 有無をいわさず、先輩とやらは、なんとも素直に南の部屋、私の視界から姿を消した。

 なにかいおうと思う前に、南と目が合った。南は少し苦しそうに眉を寄せた。


「そっち、いっていい?」


 私は呆気に撮られて口を開けたまま、小さくうなづいた。湿った、でも部屋の中の空気よりはいくらか涼しい風が、やさしく吹き込んできた。


「どいて、入れない」


 さっきよりもクリアに届く南の声。言葉が見つからない。

 私は窓を開けるためにベッドに乗っかっていたけれど、急いでそこから降りた。そうしてすぐに、南の手が窓枠にかかったのが見えた。


「あー、危なかったー。俺、マジで襲われるかと思った」


 けろっとそんなことをいって、私のベッドの上に降りると、そのままもぐりこんだ。


「ちょ、なんでそこで寝るのっ」


「静かにしてくれよ、俺、頭痛いんだって」


 そういう南は確かに辛そうで、顔も赤い。さっき自分の部屋にいたときは、平気そうにしていたのに、声までもが急に鼻声に変わった。


「え……風邪?」


「ん、香里奈のせい。だから、看病よろしく」


「なんで私のせいなのよ、」


 さっきまで、いつもと変わらない顔してたのに。不思議に思って、南の顔の位置にしゃがみ込んだ。南は私の方を向いて寝転んでいて、相当な熱のせいなのか、潤んだ目がこれまた妙な色気を出していた。


 きっと、こんな南を見たら女の子達は卒倒もんだ。そしてそれは、男でもそうなんだろう。さっき、実感してしまった。きっとこんな南を平気で看病できる人なんて、南の両親とかうちの両親とか、私、くらいしかいないんだろう。


「だって、香里奈が心配させっから」


「――っ、もう。しゃべんなくていいよ、辛そう」


「わかる?」苦しそうだけれど、南は笑った。

「寝る」


「うん、」南の顔に手を伸ばした。すごく、熱い。黒い髪は、汗のせいかしっとりと濡れていた。


「無理、しないでね」


 そういった時にはもう、穏やかそうな寝息が聞こえてきた。

 私にできることって、なんだろう。

 とりあえず今は、側にいてやんなきゃいけないな。強く、そう思った。


=END=

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