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教科書とにゃんこ

 たまに、どうしようもなく不安になってしまう。いや、不思議に思ってしまう。


「ほら、香里奈。こっちおいでって」


「いいです、遠慮です」


「大丈夫だから、ほら。ね?」


 ねっていわれても、無理。そんなこといってもどうせ聞いてくれる気なんてないんだから、いう気も失せてしまう。そう思いながら、手招きする幼馴染を見つめていた。もとはといえば、私はただ、貸していた教科書を取りに教室へ来ただけなのに。


「いい子だから、おいで?」


「いい子じゃなくていいんで、教科書、返してください」


「む、敬語なんて、許せねー」


 あー、もう。うっかりため息。どうでもいいけれど、私は早くこの場から逃げたい。だって、周りからの視線がうざいくらいにイタイのだ。別に、悪意なんてこめられちゃいない。ただ、この幼馴染にどうしても集まってしまう視線だけは、私にはどうにもできないのだ。


「いいから、香里奈ちゃん。おいでって」


 そういってさっきからしきりに自らの膝の上へ私を乗せようとしている幼馴染、南。多分、この状況、この熱い視線、すべてを楽しんでいる。


「……これだから魔王は、」


「なんかいった?」


「イエ、ナンデモナイデス……」


 くそう。早くしないとお昼休みだって終わってしまうじゃないか。そうしたら、私は教科書なしで授業を受けなくちゃいけないのか。いや、それなら南を放っておいて他の人に借りたほうが早い。

 ちらりと南を見た。奴は相変わらず私を見ていたらしい。キレイな顔してるよな。うらやましい。そりゃ、おモテにもなるさ。なんていうか、無差別フェロモン王子?

 どうして私は周りの女の子(一部男の子も)のようにメロンメロンにならないのかって、多分、感覚が麻痺しちゃってるんだろう。一緒にいすぎた。


「もう、いいや。じゃね」


 とにかく早くあの穴が開くような視線の集中地帯から逃げ出したかった私は、そういって教室を出ようとした。ところが、うまくはいかない。スカートの裾が引っ張られてしまったのだから。


「ちょ、やだ! はなしてよっ」


 パンツが見えるじゃないか! 私は掴んできた手の主を睨みつけながら目でそう訴えた。ああ、泣きそうだ。この、ハレンチ王子!


「やだよ。そしたら香里奈は教科書どうするの?」


「別に、他の人に借りるもんっ!」


「だあーめ。借りるなら、俺のにしなさい」


「いいから! はなしてよーっ」


「香里奈、」


「な、なにようっ」


 急に真面目な顔つきに変わるから、ちょっとドキッとしてしまう。絶対意図的に使い分けてるよ、こいつ。なんてわかっていながらも、不意打ちには弱い。


「俺ら、付き合ってるんだよねえ?」


「え、ええっ!」


「何、その反応」


「え、いいです。お断ります。とんでもない!」


「はあ?」


 いやいやいや。恐れ多くてそんなことできません。


「だって、無理! いじめも集団リンチも間違いなしじゃん! 私はそんな人生わざわざ選びません!」


「いや、ダイジョブでしょ。今までだって何もなかっただろ? 被害妄想激しすぎなんだよ、香里奈は」


 嘘だ嘘! 私が今まで無事なのは幼馴染だから! 都合のいい使い魔! あくまで友達で害なし! じゃなきゃ今ごろ生きていられません。


「俺がそんなに信用できない?」


「そういう問題じゃ、」


 ない、といおうとしたら、南が席を立った。私より大きいために、急に視界が暗くなる。


「――っ、ふにゃあっ!」


「ふふ、ネコ? なに、にゃあって」


 なんでなんでなんで!?

 なんか、ぎゅうぎゅう抱き締められている気がするのは気のせい? っていうか、あの、


「あにゃ、け、けつ握んなっ!」


「えー? スキンシップじゃん」


「嘘だ嘘! っていうか全体的に、離せ!」


「ダイジョーブ。香里奈かわいいから」


「意味わかんない意味わかんない!」


 頭爆発しそうだよー! なんだこれ、なんだこれ。


「ダイジョーブだってば、落ち着いて、ねー?」


 この状況でどうやって落ちつけってんだ! うわ、やばい。視界にもやみたいなのがかかってきてるよ。あや、呼吸がうまくできない。


「香里奈?」


 吸っても吸っても、全然足りない。

 南の声がするけれど、めちゃくちゃ怒って怒鳴りつけてやりたいんだけれど、手の先からびりびり痺れているみたいで、全然力が入らない。


「え、ちょ、どうした? 香里奈っ」


「く、魔王が調子に乗るから、」


 頭がぐらぐらしてる、そう思った。ふらっとする私の身体を南が支えてくれているから、なんとか立っていられた。


「え、ホント、大丈夫?」


「んも、教科書返しやがれ」


 あ、結構大丈夫だ。まだ憎まれ口叩けるくらいの思考回路はまわるみたいだ。必死で睨みつけながらそれだけいった。


「――っ、かーわいー!」


「うや、」


 どうしてこうなるんだ!

 涙目でされるがままの私。さっきよりもさらにきつく、ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう、ない胸までもがぺったんこに押しつぶされちゃうんじゃないかと思うくらいにきつく抱き締められる。

 視線が痛い。


「なに気にしてんだから知らないけど、香里奈ならダイジョーブだって」


「なにが、」


「子猫みたいでかわいーから、」


「うそつけ」


 大丈夫。私にしか聞こえない声で、南が耳元でささやく。


「周り、見てみって」


 いわれるままに、肩越しに見える周りの人たちの表情をうかがった。怖いな、そう思った。


「あ、あれ?」


 なんだっけ、これ。なんだっけ。なんていうんだ。

 そこにはなぜか、涙ぐんで拍手する集団がいた。『おめでとう』『よくやったね』『お幸せに!』

 いやいやいや、わけわかんないんですけど!


「なんで、どうなってんの?」


「だって、香里奈」


 香里奈が好きだから付き合えないって、俺が告白断るの、結構有名なんだよ?


 そんな台詞、お願いだから耳元でささやかないで欲しい。

 背骨がくだけて、体中の力が抜けちゃう。


「わかった? 子猫ちゃん」


 わかりたくもないけれどね。っていうか、子猫って。


=END=

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