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郵便配達屋さんより

「なーんで今日こんなにいっぱいなのー?」


「明日が卒業式だからじゃん?」


 なぜか毎度、私は数枚のラブレターを受け取る。でもそれは、かなしいかな、私宛てじゃない。


 同い年で幼馴染の南は、モデルをしていたこともあるという母親似の端整な顔をしていて、当然ながら周りはそれを放っておかない。


 明日は高校の卒業式。私たちは二年生だし、卒業するわけではないのだが、先輩たちからの熱いラブレターは殺到するわけで。

(でも多分、明日に比べればくそみたいなもんだ)


 入学当初から頻繁に盗難にあっていた南だけに、

(闇オークションで高値で飛び交う消しゴムとか)

学校から特別に下駄箱にも鍵がかけられるようになった。それからというもの、私はこうして南に直接渡せない上に下駄箱にも置いておけない恋する乙女の郵便配達役に回っているのだ。


「読まないのー?」


「香里奈が呼んでくれりゃあいいじゃん、いつも通り」


「少しは自分でも見なさいよー、七通も来てるんだよ?」


 それから明日の呼び出しが十四人に、おそらくまだ開けてない私のカバンの中にも軽く二・三十通は詰め込まれているのだろう。毎日行きと帰りで重さが恐ろしいほど変わるのだ。


「お、ラッキーセブン」


「ごまかすなよっ」


「いーからいーから、ちゃっちゃと読んじゃって。一回くらい目通せっつったの香里奈じゃん」


「――たくっ」


 こうして卒業式の前日、ラブレターを届けに南の部屋へ来た郵便配達屋である私の

「歯が浮くような乙女の愛の朗読」がはじまったわけである。

(いつものことだけど、それでも人のラブレターなんて恥以外のなんでもない)



「『ダーイスキな南くんへ』」


 うわ、手紙なのに、ただの紙のくせになんか、キラキラピンクオーラがっっ

 ま、まぶしいっ!!


 え、なになに?


「『南くんはみんなの王子様』?

『でも私だけの王子様になってください』ぃぃぃ!?」


 うわ、何で私がこんなことを告白しなきゃいけないんだ! 断じてわわ、私はこんなこと思ってない、思ってないのにーっっ


「っくっ……負けた……っっ」


「お前、なにいってんだよ……」


 今の今までベッドの上に転がり、雑誌を顔の上に置いて、完全に眠る姿勢だった南が、少しだけ雑誌を持ち上げて私へ視線を向けてきた。

 あきれてるんだ、声でわかる。人が折角恥をしのんでラブレターを読んでやっているというのに、寝るなんて失礼な男だ。


「だってこれ、いつにも増して激しんだもん」


 ほら、という感じにピンク色の、ハートのイラストが散りばめられたラブリーな紙をひらひらと南へ見せた。

 こんなに体から離しても、あふれ出る乙女の恋心なのか、ピンクのオーラとハートがいくつも飛び出す幻覚まで見える。

 これも卒業の魔力か、すごいな。


「だってお前、いつにも増して顔赤いんだもん」


「真似すんなよ、気持ち悪い」


「真似するよ、かわいんだもん」


 だから、私はにやりと笑って見てくる南に自分でも恐ろしいほどのイライラを募らせる。

 さあ深呼吸。


「黙れ、このえせ王子!! あーもうっ! どうして私がこんなの朗読しなきゃいけないのさっ!! てめえで読めってんだ!」


「いいよ、俺は。香里奈はもーっと気持ち込めて読めよー」


「いやだよ! どうして私があんたに恋する乙女の気持ちをこめなきゃいけないんだっ!」


「えー? それはやっぱり、そうした方が伝わるから?」


「いっぺん死ね! 逝ね!」


 はあ、すっきり。


「そんなに怒ってもかわいいだけだって。ほら、最後のそれ、読んでよ」


「……いいよ、これは」


「なんでだよ、それで最後でしょ? ここまで来たんだから最後まで読んでくれてもいいじゃん」


 いや、まあ確かにそうなんだけどね。


「わかった。じゃあ読むよ。えーっと、


『親愛なる魔王様へ


好きだ、バカ。

うぬぼれてんじゃねーよ、死ね。

でも好きだ、バカ。』


なにこれ?」


 真っ白い便箋、今までに比べたら一番色気のない手紙。

 今まで気持ち悪いくらいに充満していたピンクオーラなんて欠片も見当たらない。


「何それ、誰から?」


「匿名希望だって」


「ふうん」


 これで解放される。そう思って私はふうっと息を漏らした。


「……じゃあ私、用すんだし帰るわ」


「俺、そいつと付き合おっかな」


「ええーっ!?」


 気がつくと立ち上がった私の前に南はいて、最後に読んだ七通目の手紙をもって、にやりと笑いながら見ていた。


「え、な、なんで? 死ねとかいってんじゃん、その人」


「俺さ、この字に見覚えあんだよねー」


「へ、へー……」


 やばい。まさか興味持つとか思ってなかったし。


「ほら、この無駄に達筆な感じ。お前もよく知ってんだろー」


「え、し、知らないなー」


 なぜか一歩ずつ近づいてくる南に、私は次第に行き場をなくしていく。

 気がつくと背中にドアがあった。開けたら逃げられる、でもかなしいかな、このドア、部屋の中に向かって開くんだよね。つまりこのドアの前にいる私が開けるには、スペースが足りないわけ。


「嘘いうなよ、匿名希望の香里奈さん?」


「わ、私がそんなもん書くわけないじゃん!!」


 顔が熱い、絶対顔が赤くなってる、そう思いつつ、首を左右に振って全力で否定した。


「そうかなぁ。じゃあ、これは?」


 そういうと、南は制服のポケットに手を突っ込んで一枚の紙を取り出した。

 それはさっきと似たような白い便箋。そして、似たような筆跡。


「あ、あ、それって――」


「昨日ね、香里奈の部屋で見つけたんだー。下書き?」


 私はあまりの恥ずかしさにボンッと音がするくらいに顔が上気するのがわかった。衝撃でゴンッと頭をドアにぶつける。


「なな、な、なに人の部屋勝手にはいってんのよーっっ!!」


 しかもそんなもの間違っても拾うな! っていうかなんで私はあんなもの書いちゃったんだ! 卒業だからいつもよりラブレター増えるだろうって、便乗するんじゃなかった。ああ、これも卒業の魔力なのか! まんまと罠にはまっちゃったじゃないか!

 吉井香里奈、一生の不覚であります。


「だってさぁ、窓が開いてたから、ね?」


「バカ! 死ね! いっぺん地獄に逝ってこおおおおい!!」


『ね?』じゃない『ね?』じゃ! そんなカワイイ顔したって私はだまされないんだから! ファンの人だったら卒倒かもしれないけど、私は大丈夫! ちょっと鼻血出そうだけど……。うわぁ、やばい。


 私の叫び声が驚くくらいに響き、家が揺れたような気がした。すごいな、今なら私、声のでかさでギネスブックに載れそうな気がするわ。

 でも結局現実にそんなことは起きないわけで、ただの酸欠になっていた私は、ふらりと南の胸へ倒れこんでしまった。


「だからかわいーっていってんじゃん」


 あー、これだから魔王様って性質が悪い。


=END=

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